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 ルーチェの「可愛いもの好き」を理解した針子たちは、「格好いい」と「可愛い」の折衷案をそれぞれが思いついたらしく、デザイン画を回収してさっさと朱の宮殿へと戻っていった。婚礼ドレスの修正もあるため、針子たちは結婚式まで多忙を極めることになるだろう。
 申し訳ないとは思いながらも、国内随一の腕を持つ彼女たちがどんなものを仕立ててくれるのか、ルーチェは楽しみにしている。

 そうして、リーナとルーチェは東屋でのんびりと過ごすことにした。もちろん、アディはそばで眠っている。

「いいこと、ルーチェ。星の別邸では好きな格好をしていいの。男装でも、ワンピースでも、誰も文句は言わないわ。陛下であっても、文句は言わせないから」
「ありがとう、リーナ」

 とは言っても、リーナが可愛い格好をしているため、ルーチェは割と満たされている部分がある。男装の中に「可愛い」をいくつか取り入れるだけでも、ルーチェは十分に幸せだ。今まではそれができなかったのだから。

「他に何か言っておきたいことはある? やってみたいこととか」
「そうだなぁ……あ、思いつくのは一つだけ、かな」
「あら、なぁに?」
「たまには、日中でもフィオ王子のそばにいたいなって」

 リーナが不思議そうにルーチェを見つめる。
 伏せっていた数日間の孤独感から、ルーチェはフィオのそばにいてあげたいと思ったのだ。看病が必要なくとも、ふと目を覚ましたときに、そばに誰かがいるときっと心強いだろうと思ったのだ。

「あ、もちろん、リーナと過ごすのが嫌だというわけではないよ。ただ、看病しなくてもいいというのは、やっぱりちょっと寂しいかなって」
「……ルーチェは優しいのね」
「そんなことないよ。熱を出さなければ、フィオ王子のそばにいたいだなんて思わなかったかもしれない」
「そう……ありがとう」
「ふふ。リーナからお礼を言われるのは不思議な感じがするなぁ」

 東屋の影が伸び始める。夕刻が迫っている。病み上がりの今日は泊まるつもりはないため、ルーチェは「そろそろ帰るよ」と立ち上がる。

「待って、ルーチェ。わたくし、あなたに言わなければならないことがあるの」
「私に?」
「そう、とても大事なことなの。わたくしは、わたくしたちは――」

 リーナの言葉を聞く前に、ルーチェの足をするりと撫でて走り去った金色の塊。一瞬だけ振り向いた猫が咥えていたのは、涙を拭くためにリーナが貸してくれた手巾ハンカチだ。

「えっ、アディ?」

 洗って返そうと思っていたルーチェは、思わずアディを追いかける。気づいて、リーナとエミリーもルーチェの後を追ってくる。

「ルーチェ、どうしたの?」
「アディが、手巾ハンカチを持っていってしまって」
「何、考えているのかしら、あの子」

 アディは邸の中に入る。いつもならメイドかジータに手足を拭いてもらうのだが、今日はそれらを素通りする。エミリーは一生懸命ついてくるが引き離され、扉のあたりでジータから「アディのことは二人に任せておきましょう」と止められた。
 アディの様子がいつもと違うことに、リーナだけが気づいて「まさかあの子」と呟く。

「アディ、どこへ行くの?」

 アディは後ろをチラチラと見て二人が自分を追いかけてきていることを確認しながら、中央階段を上っていく。二階、そして三階にたどり着き、アディは藍色の絨毯が敷かれたほうへと走っていく。

「アディ、どうしたの? ここはフィオ王子の部屋だよ?」
「ナーァ」

 ようやく手巾ハンカチを受け取ったルーチェが、アディを抱き上げる。廊下の窓から茜色が差し、藍色の絨毯を赤く染め上げている。そろそろ、フィオが起きてくる頃合いだ。

「アディ、いいの?」

 リーナが、ルーチェの腕の中のアディに問う。アディは「ナァ」と短く返事をする。リーナは「わかったわ」と応ずるが、ルーチェには何のことか理解できていない。飼っているリーナにはアディの言葉がわかるらしい。

「リーナ? アディ?」
「……ルーチェに謝らなければならないことがあるの」

 リーナはどこに隠していたのか、一つの鍵を取り出した。手慣れたようにフィオの部屋の扉にそれを差し込み、解錠する。
 リーナがフィオの部屋の鍵を持っていることに、ルーチェはかなりの衝撃を受ける。いくら兄妹と言えども、ルーチェは兄の部屋の鍵も、姉の部屋の鍵も持っていない。つまり、二人はそこまで気を許し合った仲なのだ。

 ――どういうこと? もしかして、フィオとリーナは、兄妹以上の関係だということ?

 そんなまさか、と思いながらも、促されるままにアディとともにフィオの部屋へと入室する。
 薄暗くとも、見慣れたフィオの部屋――執務室だ。魔石シャンデリアがついても、結構な物音を立てても、フィオは起きてこない。まだぐっすりと眠っているのかもしれない。

「リーナ。フィオ王子の邪魔をしては悪いよ」
「構わないわ」

 リーナは隣の部屋の扉の鍵も解錠している。そして、「こっちにいらっしゃい」とルーチェを手招きする。アディは既に扉の向こう側へと入室している。
 恐る恐る近づくと、隣は居室。客室のものと同じくらいの広さだ。もちろん、その部屋も薄暗く、フィオはいない。ルーチェはここから先には足を踏み入れたことがないため、緊張のあまりカチコチに固まりながら歩く。
 リーナとさらに隣の部屋に入室して、ルーチェはとうとう足がすくんで動けなくなった。支度室らしき部屋のソファには、見たことがあるリーナのワンピースやフィオの部屋着が置いてあり、化粧台もある。日常的にリーナがここを使っているのだと、すぐにわかる。アディはリーナの部屋着の上で「ニャァ」と鳴いている。

「リーナ、どういうこと? どうして、あなたの服が」
「次の部屋が、フィオの寝室よ」
「リーナとフィオは、つまり、ええと、そういう関係だと……?」

 リーナは躊躇なく、フィオの寝室の扉を解錠する。そして、バンと開け放ち、魔石照明をつける。隣の寝室がパァと明るくなる。フィオが寝ているはずなのだが、リーナの行動に迷いはない。フィオの驚くような声も聞こえない。

「ルーチェ、いらっしゃい」
「え……それは、嫌だな」

 ――兄妹が愛し合っていると知らされるより、夢で見たみたいに「リーナがフィオになる呪いでした」と言われるほうが余程マシだよ。こんな残酷な現実には……耐えられない。

 足がすくんで動かない。ルーチェはガタガタと震える体をさすり、リーナを拒絶する。彼女の表情が悲しげに歪むのにも気づかない。

「ルーチェ」
「ダメだよ、怖い」
「わたくしだって怖いわ! あなたに何もかもを知られて、失望されるのが!」

 突然響いたリーナの声に、ルーチェはビクリと肩を震わせる。その一瞬の隙をついて、リーナがルーチェを抱きかかえる。どこにそんな力があったのかとルーチェが驚いている間に、さっさとフィオの寝室へと入っていく。

「見なさい、ルーチェ。これがフィオとわたくしの秘密。あなたに謝らなければならないことなのよ」

 ふらりともしないリーナの腕の中から、恐る恐るルーチェは寝台ベッドを見やる。そして、婚約者の姿を探す。しかし、どこを見ても、そこにフィオの姿はなかったのだ。


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