上 下
10 / 60

第十話 実家・フラン子爵家の面々

しおりを挟む
ハリーが連行された頃と時を同じくして、もう一軒、貴族院からの通達が届いた家があった。
マリーゼの実家、フラン子爵邸である。

執事からそれを受け取ったのは、マリーゼの兄であり、フラン家の次期当主であるダニエルだった。
痩せぎすの身体に神経質そうな顔立ちのダニエルは、差出人を見て血相を変える。

「大変だ! 貴族院の封蝋のある手紙がうちに来るなんて……!」

「貴族院!? あなた、何かやらかしたの!?」

栗色の巻き毛に派手な化粧をした妻のビアンカが、怪訝な顔をした。

「いや、心当たりはないが……」

封を切り、貴族院公式の紋章が入った便箋を開き、その内容を読み進めるにつれ、ダニエルは複雑な表情になっていく。

「……マリーゼの亭主が、いろいろと、やらかしたらしい。一週間後に貴族院の裁判が開かれるようだ。
我々も出廷しなければならないらしいぞ」

「アハハ、良い気味だわ。ハリーと言ったかしら、あの男。
家柄と父親の威光を笠に着て、さんざんウチを見下してくれたじゃないの。
それが今や犯罪者なのね、ざまぁないったら。で、一体何をやらかしたの?」

ゲラゲラ笑うビアンカに、ダニエルは渋い顔をする。

「殺人だ」

「ふぇっ!? ちょ、ちょっと! マリーゼは関わってないでしょうね? 身内から犯罪者が出るなんて嫌よ!」

ビアンカの声がひっくり返った。

「いや、マリーゼは被害者だ。保険金を掛けられて殺されそうになったらしい。他にも医者が殺されてる」

「あ、そうなの……まあ、あの大人しいだけの娘が、そんなことをする訳ないわね」

「だがな、奴が犯罪を犯したとなれば、マリーゼは離縁するだろう。うちに出戻るつもりなんじゃないか?」

「えー……それはちょっと……あ、それなら修道院にでも突っ込んでおけばいいんじゃない?
元夫が犯罪者じゃ、もう貰い手なんか無いんだから」

「いや、それも不味いだろう。手紙を見る分に、マリーゼは相当虐待を受けていたらしいし……
そんな娘を追い出したら、さすがに体裁が悪い。社交の時にも、いろいろ言われるだろう」

「それなら、どこかの金持ちの後妻にでも出せばいいじゃないの。若い妻が欲しい年寄りなんて、いくらでも見つかるわ」

「だから、体裁が……」



その時、リビングのドアが開いた。

「何の話をしている」

揉める息子夫婦の背後から姿を現したのは、マリーゼの父親でもある現フラン子爵当主、ロバート・フランだった。

「父上、マリーゼが離縁して戻って来そうです」

「なっ……あの娘、スレアの家で何かやらかしたのか……?」

長男ダニエルの言葉に、たった今まで偉そうに反っくり返っていたロバートが、急に勢いを失くして猫背気味になる。学生時代、先代スレア伯爵の元で使いっ走りをさせられていた過去が、今でも尾を引いている様子だ。

「いや、なんでもハリーが殺人に関わったのが発覚して、貴族院の裁判に掛けられるらしくて。おそらくスレア家は取り潰しになりますよ」

ダニエルが説明すると、萎縮していたロバートは再び背筋を伸ばし、満面の笑顔になった。

「そうなのか! ようやくワシらもあの家の呪縛から解かれる! めでたしめでたしじゃないか!」

なんて現金な、と父親に呆れる表情を隠さないハリーだが、なおも続ける。

「殺人の中にはマリーゼに対する保険金殺人未遂もあったから、我々も出廷するように要請がありました」

「なんだと! スレアの息子め、人が育てた娘を何だと思っているのか!
アレを金に替えていいのは、ワシらだけだ!」

「それよりマリーゼが離縁して、フラン家に戻ってくるのではないかと……」

「んん? 別にいいではないか。あれはお前より事務処理が早かっただろう。便利に使ってやればいい。
これで使用人を一人解雇できるな、フム」

一気に機嫌の良くなったロバートだが、ビアンカは不服そうだ。

「そんな、お義父様ぁん!」

「ビアンカ、何も案ずることはない。以前のように食事の時間もずらすし、部屋も離れたところに与えるから、そう顔を合わせることもなかろう」

「それなら、まあ……」



しぶしぶ納得する息子の妻をよそに、ロバートにはもう一つの算段があった。

(うちは娘が被害者だ。単なる取り潰しなら、その貴族の財産は全て国に没収されるが、被害者がいる場合はまず慰謝料が優先的に支払われ、残りが国庫に入る。
あの家の財政状況自体は大したことはないが、家屋敷は立派なものだ。売れば相当な額になるはず……
それが手に入るまでには、必ずマリーゼを手元に置かなければ)

ロバートは口の端を片方だけ上げて、ほくそ笑んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)

モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。 そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!? 「わん!」(なんでよ!) (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します

凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。 自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。 このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく── ─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

婚約破棄、爵位剥奪、国外追放されましたのでちょっと仕返しします

あおい
恋愛
婚約破棄からの爵位剥奪に国外追放! 初代当主は本物の天使! 天使の加護を受けてる私のおかげでこの国は安泰だったのに、その私と一族を追い出すとは何事ですか!? 身に覚えのない理由で婚約破棄に爵位剥奪に国外追放してきた第2王子に天使の加護でちょっと仕返しをしましょう!

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

処理中です...