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Chapter6
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その決意から数日後。間宮の姿は都内某ホテルにあった。
フロントには行かない。鍵は、代わりにチェックインを済ませた大輔から預かっている。
今回のことに、大輔たちは、よく賛同し協力してくれたと思う。 話せば当然、反対されるものだと思っていたから。
いくら変装をしてもオーラを隠しきれない、とよく言われるものだから、帽子にサングラス、そして普段しないような地味な格好。それくらいしかしていない。
それでも、ここに来るまでに例の姿は見なかった。 今回は、うまく巻くことができたと信じたい。
部屋の前に到着し、キーを通す。 そうして、中に入れば。
「ははっ。なんだよ……っ」
「笑わないでよ。俺、こういう所慣れてないんだから……」
居心地が悪そうにベッドの端に腰掛ける綾瀬に、思わず笑みがこぼれた。
「ママに今日は仕事休め、大輔さんには何も言わずについて来い、って言われるから何事かと思ったら……」
ブツブツと。 目の前の相手に文句を言うように綾瀬は告げる。
「あー……。事前に話さなくて悪かったな。どうしても他に日が取れなそうで、急ぎだったから、ママ達に協力して貰った」
「このホテルも?」
「そう。大輔さんだったら、メンドクセーの巻けそうな場所、知ってると思ってさ」
「だからってねぇ……」
そこまでを聞いて、綾瀬は呆れる。
彼自身、このままではダメだと思っていた。先に進まない。しかしここまでお膳立てされると、どこかむずがゆい感覚が、いつまで経っても抜けないのだ。
今、二人がいるのは誰もがその名を、そして『高級』と認識されているシティホテルだ。 『葉を隠すなら森の中』とはよく言うが、ここまで金をかけなくても。
「あ、金のことは気にしなくていい。俺が呼んだ以上もちろん俺持ち。ほら、普通のビジネスホテルとかだと、アイツらも紛れ込んでくる可能性はあるだろ?もちろん、ママの家、って言うのも考えたけどさ。 ……誰にも、邪魔されたくなかったんだよ。 尚哉だけに。俺の想いを聞いてほしかった」
綾瀬の思考を読み取ったのか、帽子を取り、サングラスを外しながら間宮は告げる。
久々に見た瞳に。 綾瀬は、心を揺さぶられた。
今まで、この目を何度も見てきた。
子供のように煌めくことも、弱々しく揺れることも。
そのような動きを、おそらく誰よりも近い位置で、見てきた。
しかし、今。
彼が見つめている、間宮の瞳は、そのどれとも違う。
近い、と言えば。 自信に溢れた役者の顔。だが……、それでもない。
現在の間宮は、『演技』をしていない。
短い期間ではあるが、濃密、と言っていいほどのつきあいをしてきた。だからこそ、伝わる。
彼が、何か覚悟を決めて、ここにやって来たことが。
綾瀬は、自分さえ我慢すればいいと思っていた。 こんな風に間宮や真澄達を巻き込むつもりはなかった。
だが、相手が予想の遙か上を行く行動に出たせいで、今、目の前の男に何かを決断させようとしている。
それが、嫌だ。
自分のせいで誰かの何かを変えるつもりはサラサラない。
「尚哉……」
間宮の手が、綾瀬の頬に触れる。
彼の視線の強さに目を逸らしそうになるが、こうされてしまってはそれもできない。 この手は、意図的なものだろうか?
「明日、全部話す」
「えっ……?」
「社長には会見をさせて欲しい、とだけ言ってある。その時間を作るために、ずっと動いてた。そこで、全部話すよ。俺が今、誰が好きでどれだけ想っているか。もちろん、尚哉の名前は出すつもりはないけれど」
「ちょ……っ。ちょっと、待ってっ! そんなことしたらっ!!」
突然の報告に、言葉が出てこない。
今すぐやめさせなければ、そんなバカげた考えを今すぐにでも捨てて貰わなければ、この先彼はどうなる?
「……もちろん、わかってるよ。社長も裏切るんだ。今のままってわけには、当然いかない」
間宮は、笑みを浮かべる。 自虐的でも、呆れているのでもなく、どこか……、吹っ切れたような。
「ちょうど、昨日でひととおりの仕事に区切りがついたところだ。だから、今しかない。……考えたよ。いろいろ。でも、お前一人守れないんじゃ、あの世界にいられなくても構わない。自分でもバカげてるのはよくわかってる。それでも……、今あるもの全部捨てても。俺は、お前のことが好きだ。他に、何もいらない」
「……あのさ。自分が何言ってるのかわかる? バカげた事言うのもほどほどにして。 第一、芸能界やめて、何やるわけ? ほかの世界観てきたわけじゃないでしょ?」
間宮の思いを受けて、綾瀬は問う。
もし、そのビジョンが今なければ。たとえどう言われようと、今すぐここから出て行き、この関係を終わらせるつもりだ。
彼を、守るために。
「それについては、前から考えていたことがある」
そう告げて。間宮は話し出す。
芸能界、と言う華々しい世界で過ごし、見てきたもの。隠れていた闇も含めて目の当たりにし、その中で浮かんだ、ある望み。
もちろん、俳優を続けながらでもできることかもしれないが。そんな二足わらじは履きたくない。
いずれは、とは思っていたが。時期が早まっただけのこと。
「バカだよ、あんたは……」
呆れたように笑い、綾瀬は告げる。
「こんな俺なんかのに、人生棒に振っちゃうんだから」
そうして、間宮を見つめる表情は。
怒っているような、泣いているような。それでも……。
コクリ、と頷いて。微笑みを深くする。
「……『俺なんか』、じゃねぇよ」
同じように微笑んで、間宮は返す。
はっきりと答えは聞いていない。しかし、元々面倒な性格をしていることはすでに理解している。だから……、いい。
受け止めてくれたこと。それだけで今は十分だ。
頬に寄せていた手を後頭部に回し、そのまま、唇を重ねる。
綾瀬は抵抗しない。代わりに。
両腕を彼の背に回して、想いに応えた。
フロントには行かない。鍵は、代わりにチェックインを済ませた大輔から預かっている。
今回のことに、大輔たちは、よく賛同し協力してくれたと思う。 話せば当然、反対されるものだと思っていたから。
いくら変装をしてもオーラを隠しきれない、とよく言われるものだから、帽子にサングラス、そして普段しないような地味な格好。それくらいしかしていない。
それでも、ここに来るまでに例の姿は見なかった。 今回は、うまく巻くことができたと信じたい。
部屋の前に到着し、キーを通す。 そうして、中に入れば。
「ははっ。なんだよ……っ」
「笑わないでよ。俺、こういう所慣れてないんだから……」
居心地が悪そうにベッドの端に腰掛ける綾瀬に、思わず笑みがこぼれた。
「ママに今日は仕事休め、大輔さんには何も言わずについて来い、って言われるから何事かと思ったら……」
ブツブツと。 目の前の相手に文句を言うように綾瀬は告げる。
「あー……。事前に話さなくて悪かったな。どうしても他に日が取れなそうで、急ぎだったから、ママ達に協力して貰った」
「このホテルも?」
「そう。大輔さんだったら、メンドクセーの巻けそうな場所、知ってると思ってさ」
「だからってねぇ……」
そこまでを聞いて、綾瀬は呆れる。
彼自身、このままではダメだと思っていた。先に進まない。しかしここまでお膳立てされると、どこかむずがゆい感覚が、いつまで経っても抜けないのだ。
今、二人がいるのは誰もがその名を、そして『高級』と認識されているシティホテルだ。 『葉を隠すなら森の中』とはよく言うが、ここまで金をかけなくても。
「あ、金のことは気にしなくていい。俺が呼んだ以上もちろん俺持ち。ほら、普通のビジネスホテルとかだと、アイツらも紛れ込んでくる可能性はあるだろ?もちろん、ママの家、って言うのも考えたけどさ。 ……誰にも、邪魔されたくなかったんだよ。 尚哉だけに。俺の想いを聞いてほしかった」
綾瀬の思考を読み取ったのか、帽子を取り、サングラスを外しながら間宮は告げる。
久々に見た瞳に。 綾瀬は、心を揺さぶられた。
今まで、この目を何度も見てきた。
子供のように煌めくことも、弱々しく揺れることも。
そのような動きを、おそらく誰よりも近い位置で、見てきた。
しかし、今。
彼が見つめている、間宮の瞳は、そのどれとも違う。
近い、と言えば。 自信に溢れた役者の顔。だが……、それでもない。
現在の間宮は、『演技』をしていない。
短い期間ではあるが、濃密、と言っていいほどのつきあいをしてきた。だからこそ、伝わる。
彼が、何か覚悟を決めて、ここにやって来たことが。
綾瀬は、自分さえ我慢すればいいと思っていた。 こんな風に間宮や真澄達を巻き込むつもりはなかった。
だが、相手が予想の遙か上を行く行動に出たせいで、今、目の前の男に何かを決断させようとしている。
それが、嫌だ。
自分のせいで誰かの何かを変えるつもりはサラサラない。
「尚哉……」
間宮の手が、綾瀬の頬に触れる。
彼の視線の強さに目を逸らしそうになるが、こうされてしまってはそれもできない。 この手は、意図的なものだろうか?
「明日、全部話す」
「えっ……?」
「社長には会見をさせて欲しい、とだけ言ってある。その時間を作るために、ずっと動いてた。そこで、全部話すよ。俺が今、誰が好きでどれだけ想っているか。もちろん、尚哉の名前は出すつもりはないけれど」
「ちょ……っ。ちょっと、待ってっ! そんなことしたらっ!!」
突然の報告に、言葉が出てこない。
今すぐやめさせなければ、そんなバカげた考えを今すぐにでも捨てて貰わなければ、この先彼はどうなる?
「……もちろん、わかってるよ。社長も裏切るんだ。今のままってわけには、当然いかない」
間宮は、笑みを浮かべる。 自虐的でも、呆れているのでもなく、どこか……、吹っ切れたような。
「ちょうど、昨日でひととおりの仕事に区切りがついたところだ。だから、今しかない。……考えたよ。いろいろ。でも、お前一人守れないんじゃ、あの世界にいられなくても構わない。自分でもバカげてるのはよくわかってる。それでも……、今あるもの全部捨てても。俺は、お前のことが好きだ。他に、何もいらない」
「……あのさ。自分が何言ってるのかわかる? バカげた事言うのもほどほどにして。 第一、芸能界やめて、何やるわけ? ほかの世界観てきたわけじゃないでしょ?」
間宮の思いを受けて、綾瀬は問う。
もし、そのビジョンが今なければ。たとえどう言われようと、今すぐここから出て行き、この関係を終わらせるつもりだ。
彼を、守るために。
「それについては、前から考えていたことがある」
そう告げて。間宮は話し出す。
芸能界、と言う華々しい世界で過ごし、見てきたもの。隠れていた闇も含めて目の当たりにし、その中で浮かんだ、ある望み。
もちろん、俳優を続けながらでもできることかもしれないが。そんな二足わらじは履きたくない。
いずれは、とは思っていたが。時期が早まっただけのこと。
「バカだよ、あんたは……」
呆れたように笑い、綾瀬は告げる。
「こんな俺なんかのに、人生棒に振っちゃうんだから」
そうして、間宮を見つめる表情は。
怒っているような、泣いているような。それでも……。
コクリ、と頷いて。微笑みを深くする。
「……『俺なんか』、じゃねぇよ」
同じように微笑んで、間宮は返す。
はっきりと答えは聞いていない。しかし、元々面倒な性格をしていることはすでに理解している。だから……、いい。
受け止めてくれたこと。それだけで今は十分だ。
頬に寄せていた手を後頭部に回し、そのまま、唇を重ねる。
綾瀬は抵抗しない。代わりに。
両腕を彼の背に回して、想いに応えた。
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