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Chapter2
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リクエストがあったとは言え、曲名は言われなかった。なので思いつくまま、しかし雰囲気は壊さぬように配慮をしながら、綾瀬は弾く。
流れる曲は、愛の歌。
恋人を思って、紡ぐ唄。
聞かせたかったのは、あの人。
この曲をセレクトした時点で、ママは気づいているだろう。綾瀬がまた、自虐的に傷を抉っていることを。
女々しい、と我ながら思うが。そう簡単に消せるものではない想い。
治りかけた傷のかさぶたを自ら剥がすように、痛みを負う。それが意味を全くなさないと、頭では理解していても、完全に笑い話にするには、傷はまだ、生々しい。
とても叶わない恋だと言う事は、とっくに気づいていた。それでも、好きだった。
想うだけで十分だった。
なのに。抑えきれない想いは、あっさりと器から零れて、相手に拾われる。
拾われたところで、期待はしていない。否定的な言葉を吐かれるのは予想していた。が、実際はそれ以上。
故に、想い人かトップでいられるのも頷けるが、受け止められるほど、綾瀬は強くなかった。
ほのかな想いは、木っ端微塵にされ、吹き飛ばされる。
笑顔を貼り付けた、冷淡な瞳を持つものによって。
それでも。いまだに心を支配する。
いいかげん忘れたいのに、できないのが、苦しい……。
綾瀬は、奏で続ける。
客が満足するまで、と始めは思っていたが、結局は自分が癒やされたかったのかもしれない。自ら弾く、ピアノの旋律によって。
しばらくして。
リクエストをよこした客が、ふと、立ち上がる。
側には、今まさにやって来たであろう、長身の男。
その姿に、綾瀬は見覚えがあった。
二人が店の外へ出たことを確認し、ピアノから離れ、カウンターに戻る。……と。
「あはっ。やっぱりぃ? ナオちゃんって、喘がせたらきっと、女の子よりイイ声で啼くわよねぇ♪」
そんな、とんでもない台詞が。
「ママっ! いったい何の話してんのっ!」
「あ、ナオちゃんお帰りー。何って、そりゃあ、『綾瀬尚哉がどれだけバリネコか』。みんなに聞いてみただけよぉ?」
尋ねれば、そうあっさり返され、綾瀬は「なにそれ……」と、頭を抱える。
しかし、真澄はお構いなし。
「あっ! ほらほらっ。みんな見て。ナオちゃんの服ね、新調したのっ。こっちの方が腰のラインがはっきり見えるでしょ?」
「えっ! マジか!? 見せて見せてっ!! ……うわぁ。そそるわ、それっ」
「でしょお。もうっ、みんなに早くお披露目したくて。ウチの娘ちゃんは何でも似合うけど、やっぱりね。こう言うキュッ、と腰のラインが出る方が良いわよねぇ」
カウンター越しに自分を見やる瞳が、気持ち悪い。
しかし、これも仕事。しかたがない。もし、身に危険が及ぶようなことが起これば真澄がその腕力を披露するだけのこと。客達も全員それをわかっているから、悪ノリはするがそれ以上は手を出さない。
いいのか悪いのか。盛大についたため息が、今の心境を表していた。
その後も、
「ナオちゃん、ピアノ弾くとき時々眉間にしわ寄せるのよねー。それがさっ、イク時ってあんな感じなのかしら? って。ああんっ、見てみたいっ!」
「あ、わかるそれっ。綾瀬くんってさ、すっげー感度良さそうじゃん? 俺、満足させる自信あるぜ?」
と、言う会話は続いていたが、すべて綾瀬は無視した。
下手に関わったら巻き込み事故。おかしな方向に話が進むのが目に見えているからだ。
……それよりも。
「ね? ママ。さっきの沢井さんだよね? じゃあ、店にずっといたのが例の恋人?」
先ほどの光景を確認したくて、尋ねる。
「あっ! そうそう。ごめんねぇ。ナオちゃんに言いそびれちゃって。今日、ひろくん仕事が忙しかったから、ここで待ってて貰ったんだって。よろしく言っておいて、って、言われたわ」
その言葉を受け。ああ、なるほど。と、綾瀬は納得した。
流れる曲は、愛の歌。
恋人を思って、紡ぐ唄。
聞かせたかったのは、あの人。
この曲をセレクトした時点で、ママは気づいているだろう。綾瀬がまた、自虐的に傷を抉っていることを。
女々しい、と我ながら思うが。そう簡単に消せるものではない想い。
治りかけた傷のかさぶたを自ら剥がすように、痛みを負う。それが意味を全くなさないと、頭では理解していても、完全に笑い話にするには、傷はまだ、生々しい。
とても叶わない恋だと言う事は、とっくに気づいていた。それでも、好きだった。
想うだけで十分だった。
なのに。抑えきれない想いは、あっさりと器から零れて、相手に拾われる。
拾われたところで、期待はしていない。否定的な言葉を吐かれるのは予想していた。が、実際はそれ以上。
故に、想い人かトップでいられるのも頷けるが、受け止められるほど、綾瀬は強くなかった。
ほのかな想いは、木っ端微塵にされ、吹き飛ばされる。
笑顔を貼り付けた、冷淡な瞳を持つものによって。
それでも。いまだに心を支配する。
いいかげん忘れたいのに、できないのが、苦しい……。
綾瀬は、奏で続ける。
客が満足するまで、と始めは思っていたが、結局は自分が癒やされたかったのかもしれない。自ら弾く、ピアノの旋律によって。
しばらくして。
リクエストをよこした客が、ふと、立ち上がる。
側には、今まさにやって来たであろう、長身の男。
その姿に、綾瀬は見覚えがあった。
二人が店の外へ出たことを確認し、ピアノから離れ、カウンターに戻る。……と。
「あはっ。やっぱりぃ? ナオちゃんって、喘がせたらきっと、女の子よりイイ声で啼くわよねぇ♪」
そんな、とんでもない台詞が。
「ママっ! いったい何の話してんのっ!」
「あ、ナオちゃんお帰りー。何って、そりゃあ、『綾瀬尚哉がどれだけバリネコか』。みんなに聞いてみただけよぉ?」
尋ねれば、そうあっさり返され、綾瀬は「なにそれ……」と、頭を抱える。
しかし、真澄はお構いなし。
「あっ! ほらほらっ。みんな見て。ナオちゃんの服ね、新調したのっ。こっちの方が腰のラインがはっきり見えるでしょ?」
「えっ! マジか!? 見せて見せてっ!! ……うわぁ。そそるわ、それっ」
「でしょお。もうっ、みんなに早くお披露目したくて。ウチの娘ちゃんは何でも似合うけど、やっぱりね。こう言うキュッ、と腰のラインが出る方が良いわよねぇ」
カウンター越しに自分を見やる瞳が、気持ち悪い。
しかし、これも仕事。しかたがない。もし、身に危険が及ぶようなことが起これば真澄がその腕力を披露するだけのこと。客達も全員それをわかっているから、悪ノリはするがそれ以上は手を出さない。
いいのか悪いのか。盛大についたため息が、今の心境を表していた。
その後も、
「ナオちゃん、ピアノ弾くとき時々眉間にしわ寄せるのよねー。それがさっ、イク時ってあんな感じなのかしら? って。ああんっ、見てみたいっ!」
「あ、わかるそれっ。綾瀬くんってさ、すっげー感度良さそうじゃん? 俺、満足させる自信あるぜ?」
と、言う会話は続いていたが、すべて綾瀬は無視した。
下手に関わったら巻き込み事故。おかしな方向に話が進むのが目に見えているからだ。
……それよりも。
「ね? ママ。さっきの沢井さんだよね? じゃあ、店にずっといたのが例の恋人?」
先ほどの光景を確認したくて、尋ねる。
「あっ! そうそう。ごめんねぇ。ナオちゃんに言いそびれちゃって。今日、ひろくん仕事が忙しかったから、ここで待ってて貰ったんだって。よろしく言っておいて、って、言われたわ」
その言葉を受け。ああ、なるほど。と、綾瀬は納得した。
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