月兎

宮成 亜枇

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 これは、本格的な軟禁と言ってもいいのではないだろうか。逃げられないようにボディーガードに腕を掴まれ、放り込まれたホテルの一室で、今度は携帯を取り上げられた。予測はついていたので電源そのものをすでに落としていた。よほどのことがない限りロックを解除されることはない。室内を見回すと、視界に入ったのは山積みにされた課題。この量は、発情期の際に学校に休みを申告した時よりもやや多い。朔夜が以前勝ち取った権利を、母親はいいように利用したことがここから見て取れた。よく見ると、課題の他に受験勉強用の参考書と問題集もある。要するに、番になるまではここから出さない、大人しく勉強をしていろ、と言うことだ。
 ここまで来ると、バカらしくて笑えてくる。何かアクションを起こすようなら反抗しようという気はあったが、それすらできないほどに徹底的に手を打ってくるとは思っていなかった。が、そんなことはどうでもいい。両親がオメガの息子を単なる手駒としか考えていないのは十分に伝わった。親に対して、愛情を感じることも求めることも二度とない。
 それでも、朔夜は課題に取り組み始めた。それしかできることがなかった、と言うのもあるが、現在できる唯一の反抗でもあった。番になれば、他のアルファからとやかく言われることはなくなる。それでも、学力で負けたくなかった。例え親に「お勉強のできるバカ」と言われようとも。朔夜にとって、学力は武器。それは本人が一番わかっていた。
 そして、朔夜には負けたくない人物もいた。その人は、今日一日ずっと側にいた。彼は明日からもきっと、学生と代表としての二つの顔を両立していく。これから先、二度と会うことはないかもしれないが、彼が頑張っているのなら、同じように頑張りたい、負けたくない。その思いだけが朔夜を突き動かす。
 怒りや悲しみ、そのようなものはすでに沸かなかった。
 あくまで手駒。ロボットのように生きればいい。そんなオメガを、明日会う予定のアルファはどう見るのかわからないが、いらないというのなら見捨てられ、また別のアルファが目の前に現れるだけだ。
 問題を解く手は全く止まらない。朔夜は、自分でも気づかないうちに小さな笑みを浮かべていた。
 それをもし、一真が見ていたとしたら。
 迷わずペンを取り上げ、「やめろ!」という声とともに、背後から抱きしめただろう。
 それだけ、悲しみを滲ませた笑み。
 感情を封じたはずなのに漏れ出した、彼の本心だった。
 
 知らないうちに、机に突っ伏して眠っていたらしい。何かが鳴っている音で目が覚めた。寝ぼけていても何となくわかる。備え付けられた電話だ。出てみるとモーニングサービスはどうするか、と言うことだったが食欲は全くわかない。丁重に断った。
 カーテンを開ければ、日差しが一気に入り込む。時計を見れば7時過ぎ。そろそろ、一真は学校に向かう頃か、それとも先に予定を済ませてから学校に向かうか。登下校は変わらず別々だったため、想像するしかなかった。
 課題はある程度終わらせていたため、朔夜は改めて室内をじっくり観察する。クローゼットを開ければ、着替えが数着用意されている。すべて封すら開けていないと言うことは新たに購入したもの。それを見て、朔夜はほっと息をついた。
 もし、いつも着慣れているものがここにあったとしたら、多英が協力したことになる。もしそうだったら、朔夜の心は今度こそ壊れてしまっていた。洗面道具もそうだ。揃ってはいるがありきたりのもの。朔夜はもう一度安堵の息を吐く。
 そうして机に戻ってきて、朔夜は一枚のメモに気づいた。こんなに近くにあったのに、昨日は課題に取り組むことしか頭になくて、完全に見逃していた。
 
 そこには、母の字でこう書いてある。
『クローゼットにあるスーツを着て、10時にロビーに来なさい』
 短く、必要最低限なことしが書かれていない。しかし、そこには十分すぎるほどの拘束力がある。
 メモを見ても、朔夜は表情一つ変えない。そのままバスルームに向かう。
 我慢したのではなく、ただ、予定が一つ増えたという認識しかできなくなっていた。朔夜の心は麻痺を起こし始めていたのだ。

 シャワーを浴び、身支度を調えた朔夜は。ベッドに腰掛けたままあるものを手に取り、焦点の定まらない瞳で見つめていた。それは、予定時間の直前まで続き、彼は無造作にポケットに入れ、部屋を出た。

 ベッドの上には、空になったケースが残された。
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