月兎

宮成 亜枇

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 今日は面白いものを見るな、と。秀は素直に思った。
 一真が想いを直接伝える、と言った以上そうしたのだろう。いつも以上にハイテンションで入ってきた友人。そして。
 中高一貫校であるが故に、高等部との関わりは多少はある。その時に垣間見た朔夜の様子がおかしく、一つの考えに捕らわれ、いつもなら牽制する周りのアルファのことも気にならない、というよりは視界に全く入っていないようで、珍しくあり気にもなる。物事を処理するのは得意としているが、思った以上に朔夜は不器用だ。手先だけではなく、感情の整理の部分でも。
「考えすぎて転ばなきゃいいけどね……」
 ぽそっと呟いた言葉はすぐに一真に拾われる。
「何が?」
「あ、朔夜くん。さっきチラ、と見えたけれど、周り、全然見えてないよ。大丈夫かなぁ?」
「マジっ! そっかぁ……」
 少し話した内容が朔夜のこととわかると、明らかに気持ちが揺れ動く。こう言うところに好感が持てるのだが、どれだけ先走りしたのだろうか? そこは聞きたい。
 そう思って、一真に話を促すと。
「んー? 俺のお嫁さんになって、って言っただけだよ?」
 と、あっさりと。
「……ずいぶん攻めたね」
「そうかぁ? だって俺、朔夜以外好きになんてなれねぇもん」
 素直に感想を述べても、一真はあっけらかんとしている。まだ中学生なのにそこまで誰かを想えるのは驚きであり、羨ましくもある。一真が話した両親の話は、秀も例外ではない。まだ検査も受けていないというのにすでにその話が舞い込んでいる。めんどくさくてすべて断っているがどうにかならないものかと頭を悩ませている問題だ。
 そして、言われた朔夜はどうするのだろう? 今見た感じでは、明らかに動揺していた。それは、少なくても一真に好意的な感情があるからではないかと思う。そうでなかったら周りが見えなくなるほどに考え込むことはない。
 ほぼ毎日、うんざりするようなアルファからのアプローチを受けている朔夜。今は多英とマンションに住んでいるから聞いていないのだろうが、良家の子息であることには間違いない。そのうち、聞かされるのだろう。秀や一真の抱えている問題が、反対の立場になって。そう考えて、ハッとなる。朔夜の性格のことだ。両親からそのような話を聞かされた時には、
(……やりかねないね)
 一真に聞かれると厄介なことになるので、心の中の声に留める。
 秀は、詳しいことは知らない。知らなくていいと思う。一真と朔夜のことについても、友達だから気にかかるだけでそれ以上の興味はない。
 秀は、昔からそう言う性分だ。何でもそつなくこなし、人当たりもいい。故に気づけば周りに人が集まる。だが、当の本人は心を許せる友達以外は誰もいらない、自由でありたい。アルファやベータ、オメガ。そんなものはどうでもいい、関わりたくない。それが彼の本音。
 だから、尋ねられもしない限り、友人達の事にも首を突っ込むつもりはないのだが、とにかく突き進む一真と。悩み、迷い、結局は自分を犠牲にするタイプの朔夜。このままだと、二人とも苦しむ結果になるのではないか。

(『月兎つきうさぎ』、かぁ……)
 秀は、持っていた本を開く。国語の授業で感想文を書くことになり、どれにしようか迷った末に選んだのがこれだった。
 飢え死にしそうな旅人に、食べ物を与えることができた狐と猿。しかし、何も取る事ができなかった兎は、狐と猿に火を熾してもらい、その中に自ら飛び込み、食糧とした。それを見た旅人に化けた帝釈天が、兎を月にあげたという、有名な伝承。

 その兎の姿が、秀には朔夜のように思えてならなかった。
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