月兎

宮成 亜枇

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 多英に朔夜を番にして欲しいと言われ、自らもそう望んでいるにも関わらず、現実はそううまくいかない。何となく察してはいたが、まさかこんなにも早いとは思っていなかった。
 朔夜の家に泊まってから一週間後。
「一真、こっちにいらっしゃい」
 自宅でくつろいでいた一真に声がかかる。なんだろうと思って母のところへ向かえば、
「これを見て欲しいの」
 テーブルの上にあったのは、何かの台紙。言われたとおりに中を開いて、
「げっ!」
 思わず叫んだ。
「一つ年上のお嬢さんなんだけど、どう? 一真の好きそうな子だと思うんだけど」
 笑みを浮かべて説明する母に仰天すると共に、怒りがこみ上げる。
「あのさっ、何考えてるんだよっ! 俺、まだ中学生だぞっ!!」
「あら? でもアルファだという事はもうわかっている、遅くはないわ。子供のもう一つの性がわかった時から、みなさんこのような活動はされているらしいの。私も、最近初めて知ったんだけどね。あ、もちろんお見合いとまで考えなくてもいいわ。お友達からで。でも、相手のお嬢さんはあなたの事をスゴく気にいっているらしいの。家柄も悪くない。一真にはとてもお似合いだと思うけれど?」
 怒りに震える息子を気にも留めず母は続ける。
「なんで、そんな勝手な事をするんだよっ!」
「勝手、って……、私はあなたの事を考えて」
「それが勝手だ! って言ってるんだっ!! 第一今、俺がどんな状態でどうして朔夜のところに行ってるのかもわかってるだろっ。そんなヤツに誰が会いたいって……」
「ふふっ。それでも構わないって仰ってたわ。だって、後一年もすればその関係も終わりでしょ?」
 何の悪気もなく言う母に、ますます怒りがこみ上げるが、ふと、あることが頭をよぎる。
「じゃあ……、朔夜はどうなんだよ」
「朔夜くん? 何が??」
「だからっ! 朔夜だって家柄はいい、それに、頭もいい。それにオメガだ。……俺と、番になることだってできる。それだったら」
「何言ってるの? オメガと番になったらあなたが大変な思いをする。番になったオメガは、周りを誘惑し惑わすようなことはしなくなるけれど、番はよりいっそうフェロモンの影響を強く受ける事になる。場合によっては、オメガのせいで人生を狂わされることもあるわ。朔夜くんのことはスゴくいい子だとは思うけれど、それとこれは別の話。もう少ししたら、あなたも朔夜くんからは距離を置きなさい。もう、必要なくなるでしょう?」
 こう、言われて。初めて母を殴りたいと思った。しかし、必死に堪えた。もし、今ここで手を下したら、きっと朔夜が自分のせいだと勘違いしてしまう。違うのに、オメガだと判明してからと言うもの、朔夜は一真の身に降りかかることすべてを自分のせいにしてしまう傾向があるのだ。
「ざけんなっ!」
 代わりに。持っていた写真台紙を床にたたきつけ、踏みつける。
「一真っ!」
「お父さんもお母さんも、オメガには了解のある人だと思ってた。だから、俺が今やってることも許してくれてるんだと思ってた。……何だよっ。それじゃあ、朔夜はまるで捨て駒みたいじゃないか……っ。俺なんかよりずっとずっとアルファみたいなのに。なんで……っ」
「それが、オメガの現実だからよ。もちろん、アルファよりも優秀なオメガはたくさんいる。だから私達は、オメガの事情を知った上で雇っているの。彼らが能力を十分に発揮できるように配慮をした上で。朔夜くんも、ウチで働きたいというのなら大歓迎するわ。でも。あなたがたとえどれだけ朔夜くんを好きでいても、私達は認められない」
 真剣なまなざしで告げる母に、一真は唇を噛みしめる。
「知って、たんかよ……。知ってて、こんな事やるのか、あなた達はっ」
「そうよ。私達はあなたの幸せを一番に考える。親として当然じゃない」
 更に重なった言葉に、完全に一真がキレた。
「くそっ!」
「一真っ? ちょっと、待って!!」
 吐き捨て、部屋を飛び出す。途中何人もの使用人にぶつかり、数人跳ね飛ばした気もするが構わず外に飛び出す。
 今は、この家にいたくなかった。このムシャクシャした思いを、どこかに発散したかった。
 朔夜のところに行くという選択肢もあったが、それはすぐに除外した。この状態で行けば、彼がどんな行動を起こすか、すぐに見当がついたからだ。

 行く先もなく全力で走る。しかし、それも長くは続かない。
「わっ!」
 何かにつまずき、思いっきり転ぶ。
「いってぇ……」
 膝がジンジンと痛む。血が出てるかもしれないが、一真は起き上がることもせずに、
「くそっ! くっそぅ……っ!!」
 握りしめた拳で、何度も何度もアスファルトを叩く。
 悔しかった。こんなにも、たった一人のことが好きなのに。中学生と言うだけで、簡単にすべてを否定される。それが情けなくもあり、自然と涙が零れる。
 叩きつける拳は、段々感覚がなくなる。それも当然だ。しかし、一真は一向にやめる気がない。しかし、

「はい、そこまでね。一真くん」

 柔らかい声と共に、叩きつける拳が両手に包まれる。えっ? と思って顔を上げると。
「何かあった? 話、良かったら聞くよ」
 ニッコリと微笑み一真を見つめる薫と、少し離れた場所に、しおりと手を繋ぎこちらに視線を送る亨の姿があった。
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