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番外編
しおりを挟む俺が公爵家に帰宅してから一年が経った。この一年で、俺の体力も回復し、栄養も行き渡ったのか、いくらか歳相応の身長に追いつけた。数センチほどカインとレインの身長に追いつけなくて、少し残念に思ったのは秘密だ。
貴族としてのマナーも思い出し、母様や父様の仕事の手伝いだってできるのに、何故かさせてもらえず、有給を取った弟たちは、3ヶ月前から仕事と学院に復帰した。
俺も学院に通ってみたかった、と母様に内緒で言ってみたら、家庭教師をつけてくれた。
だが、その家庭教師は、俺を養子だと罵り、奴隷になっていた事は社交界に広まっているのか、奉仕しろと髪を掴んできた。俺はノエル・フォン・ミゲルとして、公爵家長男として過ごせるようになったが、未だにそういう行為や言葉を聞かされると、どうも身体が勝手に反応して奴隷の本能とでも言うべきだろうか、奉仕しようとしてしまう。
それを父様も母様も双子たちも分かっていたので何かあったらと、お守り兼防犯としてペンダントをくれた。
レインが3日徹夜して作り上げた魔道具らしく握ると、母様と父様、カインとレインに通知が行くというものだった。俺の脳が奴隷の本能に支配されて身体が言うことを効かなくなる前に、シャツの上からギュッとペンダントを握った。
直後、俺の身体は言うことを効かなくなって、家庭教師のスラックスに手をかけ、脱がせ始めてしまった。
だが、咥える直前に、扉が大きな音を立てて開き、父様が家庭教師を殴り飛ばしてくれた。
「っ、ノエル!!大丈夫?まだやってない?」
「...。」
「ああ、綺麗なルビーの瞳がまた陰ってしまって、もう大丈夫だ。」
そう言って、俺を抱きしめてくれる父様。俺はきっと無表情なのだろう。遅れて来た母様が俺たちに駆け寄ってきて頬を撫でてくれた。
「ノエル、もう大丈夫よ。父様も母様もいるわ。泣いていいのよ。」
母様の言葉を聞いて、俺は安心したのだろう。ボロボロと大粒の涙を溢しながら父様の背中に手を回して泣いた。その間、父様も母様も「大丈夫。」と何度も言って何度も撫でてくれた。
学院から急いで帰ってきたカインとレインにも抱きしめられて撫でられた。レインが転移魔法を使わないで帰ってきたことに驚きつつ、二人に「ありがとう。」と言いながら撫でてあげた。
家庭教師は、もちろんクビ、紹介状もなしに追い出されたので彼は職を失って野垂れ死ぬだろうと父様が言った。
「やっぱり、他人を雇うのは良くなかったのよ!!」
「そうだな。」
「そうだわ!私が教えればいいのよ!!」
「...しかし、「なにかしら?」なんでもないです。」
「じゃあ、ノエル。明日からは母様の部屋にいらっしゃい。母様が教えてあげるわ。」
「...うん。」
次の日からは、母様が俺に勉強や社会情勢を教えてくれた。
✧
数日後、母様の発言で公爵家が慌ただしくなった。
「マナーもお勉強も身に付いたし、そろそろ夜会に行きましょうか!」
その一言で、王宮で行われる舞踏会に行くことになり、俺の正装はなく、あってもサイズが合わず、新しく仕立てるために仕立て屋を呼び、作ってもらうことになった。仕立て屋は女性だけだった為、母様が一緒にいて何があってもいいようにしてくれた。
一週間後には、新品の正装一式が届いた。仕立て屋からの手紙と共に。
『ノエル・フォン・ミゲル様が、公爵家にお戻りになり、我々、仕立て屋は喜ばしく思います。貴方様のいない社交シーズンの公爵家の皆様は、とてもお辛そうだったので、本当に嬉しく思います。おかえりなさいませ。今までノエル様用に考えていたデザインは古くなってしまったのでデザイナー一同で新しいノエル様だけのデザインを考え、早急に仕立てました。社交界での貴方様のお話を楽しみしております。 公爵領仕立て屋一同より。』
「お話って、どうせ良くない噂たてられるだけでしょう?」
「そんなことはさせないわよ。」
「ええ、....母様。程々にしてね。」
「そんなことはないぞ。マリア、やってしまえ。」
「もちろんよ。なんたって、私達は国で唯一の公爵家になのだから。」
夜会当日、昼過ぎから邸の使用人たちに着飾られた。
明るめの金に近い茶髪は腰より下まで伸び切ってしまい、毛先だけ整えてもらい、編み込みながら項あたりで結んでもらった。
仕立ててもらった正装の上着は白に近いグレーに金と白の刺繍が施されて刺繍の端々に公爵家の家紋である不死鳥のデザインが施されていた。シャツとスラックスは黒地でスラックスの側面には上着と同じように金と白の刺繍が入っていて、全体的に俺の瞳に合うような色合いだった。
編み込んだ髪におまじないと言って、使用人たちや執事のアズ、カインとレインに、カスミソウの白い花を挿してもらった。レインにもらったペンダントはシャツの上に出して、瞳と同じルビーが胸元に輝いている。リボンタイの中心には家紋を象った金のコサージュがつけられている。ピアスもルビーで俺の瞳に合わせているのがよくわかった。
仕度が終わって、玄関にカインとレインと向かえば、母様と父様が待っていてくれた。俺たちは全員お揃いの色で揃えていて、母様も白と黒のドレスを着ていてとても綺麗だった。
「わあ、母様。とっても綺麗。」
「あら、ノエルは褒めてくれるのね?ジェンは照れちゃって何も言ってくれなかったのよ。」
「父様、口にしないと伝わらないよ。」
「うう、分かっているんだが、こう、恥ずかしくてだな....。」
「ジェンなんてほっときましょう。ほらこっちを向いて。仕上げをしましょう。」
そう言って編み込みの付け根に白いカランコエの花を一輪ずつ挿してくれた。
「あ!!私の分まで挿してしまったのか!!」
「あら、ジェンがいけないのよ。ねー、ノエル。」
「...もう一輪ずつ挿せばいいんじゃない?」
「ノエル!!優しい!!愛しい息子!!」
ぎゅって抱きしめたあとに母様の挿したカランコエの下にもう一輪ずつカランコエを挿した。
全員で馬車に乗って王宮に向かった。馬車の中では誰の隣に俺が座るかで揉めて、結局カインとレインに挟まれる形で座り、父様が嘘泣きをしながら落ち着いた。
王宮の舞踏会会場の前に馬車をつけてもらうと、馬車の外がざわついていた。
「なんで、こんなに注目を浴びてるの?」
「それはね、俺たちが夜会に出るのは兄さんがいなかった間と同じで約6年ぶりなんだよ。」
「え、。....おれの、せい?」
「違うよ。兄様のせいじゃなくて、僕たちが出たくなかったんです。」
「ど、して?」
「兄様がいなくなったことを良いこととして公爵家に擦り寄ってくるんです。」
「『これで邪魔な長男はいなくなりましたね。』とか、『嫡男になるのでしょう?婚約者はいかがですか?』とか。」
「...俺、帰って、こないほうが、」
「「ノエル。」」
「そんなクソ野郎どもとは縁を切った。」
「え。」
「娘を紹介してきた夫人たちとも縁は切ったわ。」
「...え。」
「貴方がいない隙につけ込んでくる貴族とは関わりを持っても意味がないわ。」
「ノエルは堂々と我が公爵家の嫡男として長男として舞踏会に出るんだ。」
「兄様、心配なことがあったり、何か言われて心と身体が離れかけちゃったら、ペンダントを握りしめてね。」
「それに今日は、髪にいっぱいお守り着けてるからね、兄さんが何か不快な思いをした瞬間に俺たちにその思いは届くから、安心してね。」
ちょっと引くぐらい過保護だけど、俺の心は喜んでいるようで、返事をしつつカインとレインの手を握った。
王宮の騎士が馬車の扉を開けて、父様が最初に降りて、母様をエスコートして降りていく。カインとレインが続いて降りてエスコートまでとはいかないが、扉の横で待っていてくれた。ゆっくり降りて、カインとレインに挟まれながら進んだ。進む間、ざわめきと共に無遠慮な視線が突き刺さったが、ある程度カインとレインが壁になって塞いでくれた。
「ミゲル公爵家、公爵並びに公爵夫人、御子息様方の御来場です。」
その言葉と共に会場内のざわめきが消えた。扉が開かれると、視線がすべて俺たちに刺さった。
「まあ、久しぶりに見るけれどおかわりないわね。」
「実子の双子は最年少で騎士団と魔術師団入りだろ?」
「ぜひ、娘を嫁がせたいものだ。」
「わたくし、一目惚れですわ。お父様、是非。」
「あら、中心にいるのはどなた?」
「奴隷だったご長男じゃなくて?」
「奴隷?もともと孤児だったのに、奴隷か。」
「はっはっは、そんなものを置いている公爵はついに狂ったか?」
まあ、そんなものだと思ったけど。....うーん。
「兄さん、気にしなくていいからね。」
「兄様、僕たちがいるんですから余計な輩は近づけません。」
「...ああ、不安は全部伝わるんだっけ。」
「そうだよ。あ、我慢しちゃだめだからね?」
「し、しないよ。」
「したら、駄目ですよ?」
「うん。」
国王陛下と皇后陛下への挨拶をしに行くと、形式的な挨拶をすると砕けた口調で父様に話しかけていた。
「良かったな、ジェン。」
「はい、無事、とは言い難いですが帰ってきたので。」
「ノエル、と言ったな。」
「は、はい。」
「よくぞ帰った。我ら王族もお主の帰りを待っていたんだ。」
「...え?」
「いやぁ、ジェンがな、仕事をしてくれなくてな、捜索にばかり手を入れて、ああ、捜索が悪いことではないんだがな、宰相のくせして仕事を部下に投げ出していたからな...。」
「...ええ。」
「ノエルちゃん。」
「...な、んでしょうか。皇后陛下。」
「あら、やだ。私、ノエルちゃんの伯母なのよ?エリザベスちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「え、....え?」
「あら、嫌かしら?」
「...その、えっと。長いのでベス伯母様とかは、だめでしょうか?」
「あら、あら?マリア、あなたの息子かわいいわね。」
「当たり前でしょう?私の子よ?」
「ノエルちゃん、うちに来る?」
「え?」
「だめよ。ノエルは公爵家の長男よ。それにジェンもカインとレインも許すわけ無いでしょう?」
「...残念だわ。ノエルちゃん、今度お茶会を開くから、絶対マリアと一緒に来てね?」
「はい、ベス伯母様。」
王族への挨拶を終えると広場でシャンパンを持ちながら壁の花状態になっていた。カインとレインも挨拶が必要なので回りに行っていて、独り寂しく壁でシャンパンを持っていた。そう、持っているだけ。口はつけなかった。
「おや、そこにいるのは公爵家の奴隷じゃないか。」
あーあ、めんどくさそう。顔を上げて相手の顔を確認するが、俺の記憶にはなく誰だか分からなかった。
「...えっと、どちら様ですか?」
「ふん、奴隷なんかに名乗る名はないな。」
「...そうですか。では、御用は?」
「お前に、用などあるものか。ただ見物しに来ただけさ。噂の奴隷がどんなものなのか。」
「...はあ、そうですか。」
「見た目は、なかなか悪くないな。どうだ?今晩私に買われないか?」
「....いえ、結構です。」
うわぁ、何こいつ。やばー。俺、公爵家なんだけどなー。誰だろう。こいつ。
「...どなたか存じませんが、我が国では奴隷商売は違法なんですよ。ご存知ですか?」
「当たり前だろう?」
「その違法である奴隷だった俺を買おうとした貴方は犯罪者ですね?」
「はあ?何を分けのわからないことを、」
「全くそのとおりだな。」
「極刑にしてしまいましょう。」
「「ね?」」
カインとレインが誰だかわからない人と俺の間に入って俺の発言を援護する。その人は公爵家への無礼と迷惑だということで、王宮の警備騎士に連れて行かれた。
「兄さん、流石だね。強くなった!」
「兄様はいつでも強いです。」
「ふふ、ありがとう。」
そう言って、持っていただけのシャンパンに口をつけた。
Fin
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