上 下
34 / 45

33.「そのままの俺」という、俺にとってもっとも楽なスペック。

しおりを挟む
 目が覚めて、また一日が始まる。
 いつも通り昨日までのことが「まあ‥色々あるけど、それはそれ」って位の記憶になってる。
 普通だったら、もう一週間位は? ‥あるいはそれ以上悶々と? 否、色んな感情が渦巻くであろうけど、このベッドの仕様で「まあいいか」位になっている。
 いくら俺でも、本来なら一日でこうはならんよ。「昨日は散々な日だった。‥気分最悪。今日はもう何もしたくない」とか思うだろうし、昨日のこと思い出して(嫌なことって次の日に寧ろ「来る」よね)もう一生動けない様な気分になって‥そのうちそれが怒りに変わって、「アイツ、今度会ったらいてかましたるぞ」ってなって‥だけどそうしてる場合じゃないから「いや、もうええねんアイツは、関わらんかったらええねん」って気を持ち直しす。
 実際はその日一日は確実に顔も合わせへんし、下手したらそのまま自然消滅するな。
 そういうのが、ない。
 このベッド、最強通り越して、怖い。
 寝てる間に脳とか弄られてない?
 ‥考えんとこ。それこそ、時間ないから。
 動けるなら、それでいい。王子には‥あれだ。当初の予定通り必要に迫られた時しか接触しないでおこう。ルミエルに言われるまでほぼそういう対応だったしね。
 話し掛けたのも、お菓子あげたのも、優しくしたのも、
 好感度を上げる為。それだけ、それ以外の理由はない。
 いまはね、もう目標値に達してるから、どうでもいい。
「あ~もう、やめやめ! 時間が無駄! 」
 俺は自分を鼓舞させるためにわざと声に出して言うと、大きく一度伸びをしてベッドから飛び降りた。
 衣装チェンジ。
 今日も制服じゃなく、カッターとスラックスだけ。
 授業には出ない。ルミエルが出してくれた「特別欠席」は昨日延長しておいた。
 今日は個人的にすることがあるんだ。
 因みに、この服、この世界的にはめちゃラフな普段着だ。運動するのも、これ。
 運動するときはTシャツと短パンでしょ~って思うけど、お貴族様の世界にそういうのは、ない。お貴族様どころか‥そもそもTシャツと短パンがない。短い丈のズボンとか‥ありえんでしょ‥って感じらしい。短い袖ってのはある。庶民が着てるのは貫頭衣が多い。アレを短い袖って言うなら‥庶民はほぼ全員短い袖だな。冬は‥どうしてんだろ。なんか羽織るのかな? そもそも、冬まで俺、ここにいるんかな?
 素材は‥一応はさらっとしてる。綿製だ。
 乾きにくいし、しわよりやすい。でも、俺たち学生は、部屋の前の籠にいれておいたら洗濯係のメイドさん? 洗濯屋さん? が洗濯して籠に返してくれるから問題ない。(有難いね)
 洗濯機がないとか‥大変だよね‥。出会ったらお礼言わなきゃな。
 この頃着てるこの「学校でうろうろするにも問題ない普段着」は、この前ディケンズたちと買いに行ったんだ。やっぱさ、友だちと一緒はいいよね。気を遣わないし‥何より、目がチカチカしない。美形はね、一緒にいると目が疲れる気がするよね。
 疲れないって、大事だよね~。

 ディケンズたちと朝食を食べる「この頃授業出てないけど‥出席日数大丈夫か? 」「体調が悪いわけじゃないんだな? 」って心配してくれるブランに「学校に許可は取ってあるから」「体調は大丈夫」って話をする。魔王討伐の話をするわけにはいかないからな。でもまあ‥生徒も薄々は「なにかあるらしい」って気付いてるみたいだけどね。まさか魔王だとは思ってなくても、だ。
 食事が終われば皆は授業に、俺は調理場に向かう。朝の片づけをしているおばちゃんを手伝って卵と砂糖をゲット。現物支給ってやつだね。おばちゃんたちは「アルフレット様の護衛騎士さんたちにも協力して欲しいって頼まれてるし、お金も貰ってるから手伝いなんてしないでいいんだよ」って言ってもらったけど、そこはね。だけど、材料が足りなかったら遠慮なくお願いしようと思う。
 今日の料理は、アル様用「エネチャージバー」の試作だ。
 フロランタンが開発の要になる気がする。
 だけど‥フロランタンはまだレベル的に作れないらしい‥。
 多分自動生成が出来ないだけで、自分で作る分には問題ないんだと思う。
「キャラメルは自動的に作れるから、それを原料にすると材料調達に都合が良さそう‥」
 ブランのレシピにはそんなこと書いてないよ? でもね、まずは「それっぽいもの」から作ってみようと思うんだ。
 キャラメルを作り、キャラメルを溶かし、ナッツを加えて、別に作ったクッキーの上に乗せる。
「ちっちゃいクッキーの上に乗っけるのが面倒」
 で「平たい、おっきなスクエアクッキー」を自分で作ってみることにした。
 ここで大事なのは焼きすぎないこと。だって、キャラメリゼを載せてまた焼くからね。
 あと‥甘さはどうだろ‥? 控えめにした方がいいのかな? 上が甘いものだから下は甘さ控えめの方がいい? でも、俺が作りたいのはフロランタンではなく、「高カロリー上等! 一本で満足だぜエネチャージバー(仮名)」だから‥いいんかな? 
 出来上がったフロランタンもどきを齧ってみる。
「うん‥予想通り。美味しいけど‥なんかこう‥違う。もっと「ガツンと来るわ~」感が欲しい。もったり‥そうもったりもっと‥こうガツンと‥」
 ‥マシュマロ? マシュマロじゃね? 甘い、そして汎用性が高いお菓子‥マシュマロ。自動で作れたら‥良くない? 色々使えそうだよ? ‥そういえばレシピないな。きっとこの世界には存在自体‥ない。だけど、そんなこと気にしない。NOプロブレム。
 一人では作ったこと‥ないけど、俺は実はマシュマロ作れるぜ? レシピ知ってるぜ?
 地球にいた時妹(本物)と本を見ながらカルボナーラ作った時(※ カルボナーラに使うのは卵黄だけ)にめっちゃ卵白だけ余って「これで何か作るか‥」ってお菓子の本調べて、マシュマロを作ったんだ。あれは妹の案。面倒くさがった俺が「そんなの卵焼きに混ぜとけばよくない? 」って言ったら「白っぽい卵焼きとか、嫌だ! 」って反対されたんだよね。
 そんなこんなでいやいや作った「手作りマシュマロ」は甘かったけど、市販にはない何かしら‥趣? 風味? があった。あれはあれで美味かった。
 いや~なんでも作ってみるもんですネ。
 材料は‥ゼラチン、砂糖、卵白(卵の白身だな)
 卵白に砂糖入れてめっちゃ泡立ててメレンゲにして、そん中に、戻したゼラチン入れて混ぜて固める。ここで失敗するとふわっとしない。
「この世界にゼラチンがあって助かった。流石乙女ゲーム。きっと歴代のヒロインちゃんが「ババロア♡」とか可愛いもん作ったんだろう」
 俺は作らない。ババロアとか持ち運びに不便そうだし。作るのに容器がいるじゃん? その容器を買うお金もいるよね。途中参加の俺には準備金がないの。正規のルートじゃないってのは、不便なことが多いね。

「出来た! いや~俺、料理の腕上がってない? 」
 つい冷やしてしまったが‥冷やし固める前にナッツとか入れたらええんかな? ナッツを入れたらこのふわっとはなくなるよね。でも、別にふわっとは求めてないわけで‥。ってか、どうせこのふわっとを潰すなら‥いっそ、卵白要らなくない?? 
 ゼラチンと砂糖でよくない?? (それじゃグミだよね? )
 まあいいや‥カロリーとかカサとか増えそうだから入れとくか。
 そもそも、マシュマロが自動生成出来たら‥お菓子の幅広がる。何より、卵用意しないでよくなるのがいい。‥ということで‥定番・自動作成料理認定されるように何度も作りましょう! 卵いっぱい使っちゃったから、アル様の護衛さんに追加で買って来てもらった。いっぱいマシュマロあげるから許してね☆
 ‥おい、クス(アル様のとこの関西弁担当)よ「‥甘い‥」って悶絶するのやめて‥。嫌いなんだね、甘いもの。よくわかったよ‥。(そういえば、クッキーよりチーズスナックだったね。てっきり、自分とこ(アル様のコック)の味だから馴染みがある‥って感じで食べてるんだと思ってたよ‥)
 そんなわけで大量に作ったマシュマロは、今日の三人(とクス以外の護衛騎士さん)のおやつになりました。
 皆の評価は、きちっと分かれた。
「‥甘すぎんか? 」
 と、
「これ、めちゃ好き! 」 
 甘党かそうじゃないかで分かれそうでは、ある。
 ライ様は微妙な顔してたから、多分苦手なんだろう。元々表情豊かな人じゃないから分かりにくいけど、顔には出る人なんだよ。慣れて来ると「今嫌そうな顔してるな」とか分かって来る。分かりにくいのはレオン様。いつも王子様スマイル張り付けてるからね。アル様はそういうのない。美味かったら「これ、好きだな♡」って言うし、苦手なら苦笑いで「ごめんね」って言う。
 マシュマロの評価は‥苦手:ライ様、アル様。アル様は‥甘さっていうより「この触感が‥慣れない」って言ってた。‥よかった。甘いもの嫌いだと、この先の高カロリーバー(めちゃ甘いの確定)開発が頓挫する。好きらしい:レオン様。(← 表情は変えないけど、好きなものなら二つ目にも手を伸ばす。苦手なものは絶対に二つ目に手を伸ばすことはない)
 レオン様、甘いもん結構好きなのネ。
 ちらっと俺を見て、不安気な表情を一瞬浮かべたのが見えた。言わない、‥言えないけど、反省してるみたいだから‥俺はもうそれ以上言わない。必要以上に近づくことは今後もしないけど、あからさまに避けたりも‥しない。仕事仲間ってそういうもんだ。
 
 俺は、あの三人を仕事仲間だって思うことにしたんだ。必要以上に卑屈になりたくないから。(王子様相手とか‥もう、「はは~! 仰せの通りで‥」しかないでしょ? 普通なら。あと、三人の取り巻きの皆様が言うみたいに「身の程知らず」も気にしない。顔面偏差値が違うとか気にしてたら「仕事」にならんからね~)
 幸い三人ともそれを「当たり前に」許してくれてる。それどころじゃないから。
 一番のラッキーは、俺が男だから、四六時中一緒に居ても三人の内の誰とも恋に発展することはないってことかな。お互いにね。だって、メンバーの内の二人がそういう関係になったら‥気まずくない? 
 下手な女の子より綺麗な男の子の方が‥とか漫画ではよくあるけど、ないよね。綺麗だろうが、下に自分と同じモノが付いてるって地点で、もうアウトだよ。おっぱいも好きだし。
 女の子だったらさ、超美人とかじゃなくても、ちょっとしたしぐさにドキッとすることはあるけど、男ってだけでそれはない。よっぽどなことがあれば流石に「男なのに惚れるわ~」ってことは‥でも、あることはあるんだ。でも、それだけ。「一時の気の迷い」で‥そのうち忘れちゃう。多分頭がストッパーをかけるんだろうね。
 三人は「よっぽどなこと」がなくても、男だとか女だとか‥そんな区分さえ馬鹿馬鹿しくなるような存在。
 絶対的な‥憧れのアイドル。
 でも‥羨ましい‥はないかな。
 三人は、思った程恵まれた生活をしていない。
 周りの期待も欲求もすこぶる高いから自分を追い詰めて大変そうだし、周りの皆の目は「そんな自分」しか見てないって分かってるからシンドイし。(皆は「王子様はトイレとか行かないっ! 」っていう‥とんでもなくキラキラした目で見てるわけでしょ? 俺は無理)
 あとさ、「モテすぎて困る」ってのもあると思う。
 四六時中人の目があるのもシンドイし、やっぱりあるじゃん。好み。
 ライ様とか、無駄話されるのめちゃ嫌うしね。アル様は、必要以上にべたべたされるのが嫌い。胸とか腕にぐいぐい押し付けてこられるの、めちゃ嫌みたい。女の子が嫌いってわけじゃないっぽいから、「そういうのが嫌い」なんだろう。まあ‥俺も、そういうのは嫌‥かな。わからん、されたことないから。されたら案外ころっといってしまうのかもしれん。‥だれか、レッツトライ。
 でもな~されて「こりゃあかんわ。嫌」ってなったら‥断りにくいな~。雑魚モブだけに、「申し訳ありませんが‥やめて‥」とか言いにくいなあ~。
 ‥まあ、でもあの方々なら「ウザい」「コイツ嫌い」って思ったら自分で言わなくても、護衛さんだとかがいくらでも注意してくれるだろうし、何なら何にも言わずにお家の方に制裁を加えて「物理的に」遠ざけることだってできるだろう。
 それでいうと‥人生イージーモードだよね。
 だけどね、‥別にそれだからと言って俺はね、三人が「めっちゃ羨ましいわ」って思わないの。
 プラスの苦しさがもれなくあのスペックについてくるって言われたら‥いや、あのスペックは要らないです‥普通でって言っちゃう‥かなあ。
 俺は「そのままの俺」のスペックにそこそこ満足してるし、‥それが一番楽に息が出来るんです。

 ‥だから、今の「聖女チート」がプラスされた俺は‥ちょっとシンドイ。間違いなく自分だし、仕様により、確かに「そういう力」は持ってるんだけど‥過大評価されて、身の丈に合わない仕事を任されようとしてる‥そんな不安な気分になるんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです

BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。

総受けなんか、なりたくない!!

はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。 イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…? どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが 今ここに!!

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

私が攻めで大丈夫なのか?!

琴葉悠
BL
東雲あずさは、トラックの事故に巻き込まれたと思ったら赤子になっていた。 男の子の赤ん坊に転生したあずさは、その世界がやっていた乙女ゲームの世界だと知る。 ただ、少し内容が異なっていて──

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

処理中です...