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279.これからのこと

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「‥ま。私の件はこれで‥。それで、協会の件は進んでる? 」
 小さく息を吐いたナナフルが静かに微笑んで言った。

 この話はこれで終わり。

 ナナフルがそう言うなら、コリンたちにもそれ以上何も言うことはない。
 ザッカは満足そうに‥優しく微笑んでナナフルの肩を抱いた。

 ザッカの中では、この件はずっと前に終わっていることだった。
 過ぎ去ったことは忘れて、ナナフルには幸せになって欲しいって誰よりも思っていた。

 金が有る者や貴族の犯した罪は隠蔽される。
 悔しいけど、それが今までの「当たり前」だった。
 そういう「当たり前」に対抗するのには、時間と労力が必要で‥安全性が保障されないことだった。
 だから、ナナフルの安全と幸せな未来を何よりも重要視するザッカにとって、ナナフルの過去は(重要ではあったが)重要度としてはかなり低いものだった。
 アレだ「大事なのは、過去より今だろ? 」って奴だ。
 思えば、この件に対しての考え方やスタンスが、コリンたちとザッカとでは最初っから違っていた。
 コリンたちが「ナナフルの仇を討ちたい」って思ってたのに対し、ザッカの考えは「ナナフルの異母妹や仇が今のナナフルにとって危害を与える存在であるか否かの見極め」に過ぎなかった。
 全く無害であるならばそれでいい。ナナフルに彼らと接触した事実を知らせる気もなかった‥らしい。
 後でそうザッカから聞かされたコリンたちは「ザッカさんらしいな」って思った。
 いつもの「ナナフルさんが一番のザッカさん」っぽいけど、いつもの「熱い男ザッカさんらしくは、ない」。

 相変わらず、ナナフルさんが絡んだザッカさんは「いつものザッカさん」である以前に「ナナフルさんが一番のザッカさん」なんだ。

 ザッカさんは
「俺は、ナナフルが絡んだらもう馬鹿みたいになってしまう。ナナフルの幸せを‥っていうか、「俺が思うナナフルの幸せ」を守る為にしか頭が働かなくなる。だから、今回お前たちが動いてくれて、ナナフルの仇を捕まえることが出来て‥俺は結果的には‥感謝してるんだ」
 って言ってた。
 自分だけだったら、絶対にナナフルの仇を捕まえることに時間や労力を割くことは「なかった」って言ったザッカに、コリンたちは「そうかも」って素直に思った。
 それどころか、夫人がナナフルさんの母親の話を一言でもしなくてよかったな、って思った。あそこでチラリとでも言ってたら‥きっと、無事じゃいられなかっただろうなあ~なんて思ったり。(僕たちは命の恩人だよねと、コリンたちは思ったり)

 ナナフルの中で、エンヴァッハ夫婦とその娘たちがどれくらいの意味を持っているかはコリンたちには分からない。(勿論、ザッカにもだ)
 もしかしたら、まったく関係が無くって、‥考えたくもないことだったかもしれない。
 でも、「忘れたいのに‥ほじくり返してわざわざ思い出させるようなことをしないで欲しかった。余計なことをして‥」ってナナフルが思っているとは思わない。
 ナナフルは、そんなに感情的な人間ではない。
 でも、「もう過ぎたこと」ってあっさりと忘れられるような薄情な人間じゃない。

 悲しい、悔しいって感情ではない。
 自分だけ幸せになるなんて許されない。
 母親が自分の幸せを何よりも願ってくれているってわかってても、だ。
 だけど‥ザッカと一緒に居て自分は幸せだって思ってしまう‥。そんな自分が許せない。

 そんな葛藤は常にあっただろう。

 「感情的な人間ではないから」、エンヴァッハ夫人に対する怨恨の思いがこころの中でわだかまったまま暮らすことはなかった。そんな思いを抱えて生きていくのは、無駄なことだってわかっていたから。
 だけど、「薄情じゃないから」今の幸せを素直に享受することが出来なかった。
 葛藤の末、「自分のすべきこと」を忘れてしまわないように‥繰り返し「事実だけ」を自分の心に刻み込んだ。
 自分の母親殺害を依頼した人物がいて、その為に母親は殺害された‥という事実。
 依頼した犯人が分からない。だから、自分のすべきことは犯人を探し出すことだ。だけど、それは‥憎いからではない。その人物が罪を犯したからだ。
 罪人は須らくその罪を償わなければいけない。
 バレなければいい‥とか、逃げ得は許されない。
 
 情報を集めていると、世の中には自分の様に悔しい想いをしている「立場が弱い」人間が多いことを知った。
 でも、立場が弱いがゆえに声を上げられない。
 身分が高いとか、頭がいいとか、お金があるから‥そんなことで人の価値が決まらない‥そんな時代を作るために、雑誌社っていう‥「情報を集めやすい」環境に身を置いた。
 雑誌で暴露して社会的な制裁を与える。
 そんな志を持っていたけど‥社会は思った以上に封建的で、保守的だった。
 過去のことは忘れて自分が幸せになることを一番に考えて欲しい‥ってザッカが思ってくれてることも知っている。
 だけど‥
 
 そして、今、母・ミナを殺した人間が捕まった。
 ほっとした。
 やっと‥
 肩の荷を下ろしてもよくなった。
 母親の無念を果たすことが出来た‥ではなく、もう罪悪感を抱かずに済むことにほっとした?
 ‥自分の薄情さに嫌気がさした。
 だけど、同時に自分のそういう「図太さ」や「図々しさ」を頼もしいと思える自分も居たり‥。
 ‥もういい。もう認めてしまおう。
 貴女の息子はもう、貴女の事件を乗り越え‥忘れて幸せな生活を送っています。
 ザッカや、仲間たちと一緒に‥
 ナナフルは小さく微笑んで、自分の肩を抱くザッカの腕にそっと頬を寄せた。

 そんなザッカとナナフルに微笑ましい眼差しを向けていたコリンたちは、だけど、俯き‥小さく息を吐き気合を入れなおすと、
「この前会った教会の同窓生には、魔術士協会のことを伝えることが出来ました。協会をぶっ潰すための協力を求めることはしてません。‥下手に動いて協会に気付かれては困りますからね。
 だけど、皆に協会が「疑わしい存在である」ということを理解してもらうことは出来たと思います。
 そして‥それを常に念頭に置いて、協会の要求全てに疑いの目を向けること、ネットワークを使って重要な連絡は取らない様にってことなどを伝えました」
 まず最初にロナウが「仕事モード」に入った。
 フタバが頷き後に続く。
「ですから、これからの連絡は‥古典的ですが、手紙等のアナログな手段ってことになります」
 ザッカとナナフル、シークが頷く。
 っていうか‥この三人の通信手段はもとよりこの方法しかないから、特に不便は感じないのだった。
 最後に‥
「僕の方は、‥そろそろ誓約士協会と合流しないといけないな‥って思ってます。もともと、ちょっと心配事だけ片付けてから‥っていう約束だったので」
 コリンが落ち着いた口調で言った。
 全員の視線がコリンに集まる。
 コリンは寂しそうに‥でも精一杯微笑んでシークを見た。

「シークさん。
 お話があります。‥少しよろしいでしょうか? 」
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