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278.なんか拍子抜けっていうか‥

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「なんか拍子抜けっていうか‥ねぇ‥」
 ぼそっとコリンが呟いた。
 朝ごはん後、ミーティング前のちょっとしたブレイクタイムだ。
 いつものメンバーはダイニングテーブルに座って、新聞を読んだり雑談したり‥と各々自由に過ごしている。
 社員ではないロナウとフタバは、この頃ではすっかり社員みたいにここに馴染みつつあった。
 それはシークとアンバーも同じなんだけど‥
 アンバーは昨日に引き続き戻っていない様だ。

 ザッカが
「何が」
 って新聞を読むのもやめず‥顔も上げずにコリンに聞いた。
 コリンはそんなザッカを気にする様子も見せず、
「‥誰だよ。長女のこと『洒落ならない悪人』って言ったの」
 不満げに口をとがらせて呟いた。
 そんなコリンを、横に座るロナウが苦笑いして
「まあ‥ねえ。でも、よく考えたらそんなもんなのかもよ? 自分一人の力で「大して」お金をかけずに悪事を働くとか‥普通のお嬢様には無理なんだよ。
 だけど、彼女は確かに悪人だったと思う。
 妹の事利用するだけ利用して見殺しにして来たし。今回のことだったら‥そこそこの‥とはいえ情報屋を雇って妹の居場所を調べておびき寄せたりしたしね。それに母親の事騎士団に売ったのも彼女だったわけだし」
 って言った。
 まあねえ‥とコリンが大きく息を吸って‥その息を長めに吐き出しながら、考え込むように腕を組む。

 あの時、居合わせた騎士はザッカの友人であったが、友人はお礼を言いに行ったザッカに
「ザッカに言われた後、別に匿名の通報があったんだ」
 って言ったらしい。
「だから、あそこに向かったのも、ザッカの個人的なお願いとかじゃなく仕事だったってわけ」
 とも。
 だから別に気にしなくていい、と友人は笑った。
 その話を聞いた時、全員「(匿名の通報は)長女の仕業だな」って思った。
 だけど‥
「長女はナナベルさんをおびき寄せて母親と会せ‥、「最悪殺し合いwelcome」って思ってるんだって思ってた。更に「殺し合わないならお前がやれ」って情報屋に依頼してるんだと‥」
 コリンが眉を寄せたまま言うと
「なかなか「お小遣い程度」で雇える情報屋にそれは無理でしょ」
 ってザッカが笑った。顔を新聞から上げずに、だ。
 さっきから下を向いているザッカだけど、朝一目見た時から分かった。
 ‥やけに機嫌がいいな、と。
 下を向いてるのはニヤニヤしてるのを隠してるせいなんだろう。
 だけど、そんなこと皆スルーだ。絡むだけ馬鹿馬鹿しいからね。
「リスクが高すぎるか~」
 コリンが苦笑いする。(コリンはザッカとそこそこ付き合いが長いからスルースキルが身についたわけでは無い。ただ、ザッカに限らず人の事あんまり見てないんだ)
 人殺しって、犯罪の中でもかなりリスク高い。貴族殺しなんて特に捕まれば死刑間違いなし‥。
 そうならないだけのバックがあったってこと‥なのかな? 裏の世界ってそういうとこ凄いね。
 ‥それを考えると、ナナフルの母親の殺しを依頼した夫人の方が「裏の世界」に伝手があったってことだよね‥。長女ってば逆に殺されなくてよかったな‥、なんて思ったり。
 そんなことを言ったコリンにロナウは首をひねり、
「‥そうとも言い切れないんじゃない? どこかに属してるわけじゃないけど、金さえもらえたらなんだってするぜ的な奴に頼んだのかもしれないし。
 たまたまそういうやつに知り合いがいたかもしれないしね。でも、怖いのは‥そういう依頼をしたがってる奴がいる‥って聞きつけて偶然を装って近づいて、依頼を受けて‥その先そのことをネタに一生たかられ続けるってパターン‥」
 悪人の世界にもネットワークくらいはあるだろう。
 知らんけど。
 って言った。
 コリンは「あるかもね~。案外、ホントにたかられててもういよいよヤバくなってたのかもよ? 」って肩をすくめて苦笑いして
「まあ、島争いとかもあるだろうし‥悪人には悪人のルールってのは‥確かにあるだろうね」
 知らんけど。
 ってコリンも付け加えた。
 と、さっきまで黙って聞いていたシークが「じゃあさあ‥」
「協会は‥そういうのに属してるのかな」
 ってボソッと呟いた。
 ザッカがここに来て初めて顔を上げて‥シークを見る。
「‥属してないだろう」
 じゃあ‥

「きっと、彼らのことを従来の悪人はよく思ってはいないだろうね」
 って話に参加してきたのは‥
 フタバと一緒に皆に朝のハーブティーを運んできたナナフルだった。
 お盆を机に置き、フタバも頷きながら
「いっそのこと、勝手にぶつかりあって、自滅してくれたらいいんですわ」
 なんて物騒なことをいう。
 従来の悪人は、ルールに従わないであろう新興勢力‥協会の存在を絶対によくは思わない。
 それは容易に想像がつく。
 協会は‥そこまで考えただろうか? ‥考えていない気がする。
 そんな新興勢力を従来の悪人は良く思わないだけで済むだろうか? いや、すまないだろう。既に制裁を与えたんだとしたら‥協会は今の様に幅を利かせてはいないだろう。‥ってことはまだ従来の悪人が彼らの出方を見張ってる‥かそれとも協会側と既に話がついたか?
 ‥お金や力でかたをつけた? 共生する道を選んだ? 
「今の状況を調べておいた方がいいね。
 この先結束されたりしたら困るし、今は膠着状態なだけでいずれ爆発して‥周りが巻き込まれるとか最悪だ」
 ナナフルがザッカの横‥いつもの席に座りながら辛辣なことを言う。
 悪人同士は仲良くされても、喧嘩されても周りに迷惑がかかる。
「それに、悪人を利用する一般人は、もっと厳しく取り締まらないといけないね」
 悪人を雇うってことは、悪人に活動経費を払ってるってことだ。
 悪人に苦しめられ‥でも、悪人を養うような行いをし、更に悪人の規模が大きくなり‥また更に苦しめられる‥。
 自分で自分の首を絞めるとはこのことだ。
「利用しているって思ってるのは自分だけで、悪人に操られて‥利用されてるのは実は自分だったって気付いてない奴は‥愚かだよ」
 ナナフルはゾッとする程‥冷たい微笑をその美しい顔に浮かべた。
「自分の愚かさを留置所で嘆き‥悔めって思う? 」
 ふふってザッカが笑うとナナフルはちょっと眉を寄せて
「何とも思わないよ。ホント‥どうでもいい。でも、捕まってくれてよかった」
 あの女は、法で裁かれて欲しいからね。
 ぼそっとナナフルが付け加える。

 あの後、ザッカはナナフルにざっくりとこれまでのことを話した。

 伯爵の家族は不仲で、長女が母親を通報して今彼女は騎士団で取り調べを受けている。
 捕まった罪状は、次女殺害未遂の現行犯だ。だけど、騎士団はこの機会に彼女の過去の罪についても追及していくらしい。
 それこそ、ナナフル親子(実はナナフルは生きているのだが)殺害疑惑の検証やら、他の令嬢に対する障害、暴言や中傷など‥名誉棄損罪についてだ。
 ちょっと聞き取りを実施しただけで、驚くほどの証言が集まったらしい。
 過去の殺人については証拠がないから追及できないかもしれないけど、ナナフルの母親に対する名誉棄損罪で立件を目指している‥と騎士団の友人が教えてくれた。
 五年前から家出していたナナベル‥夫人の二女はそんな家族に今回とうとう本格的に見切りをつけて除籍願をだしたらしく、今はアンバーの友人たちと暮らしている。
 アンバーの友人‥ニックはナナベルと結婚するために悪事からきれいさっぱり足を洗うと言っていた‥という。
 長女は結婚していたらしいが、今回のことで離縁されたらしい。だけど、伯爵家には帰らずそのまま修道院に入った‥らしい。

 そうホントにざっくりとだけ話すとナナフルは「ふうん」と‥ホントに興味なさそうに頷いたらしい。(まあ、血が半分繋がってる父親とはいえ、会ったこともないしね)
「母さんの未練がそれで晴れるとは思えないけど‥。母さんの望み通りは今幸せに暮らしてる。‥それでいい」
 って言った‥と、その時のナナフルの表情の綺麗だったことってば‥! ってザッカは凄い笑顔で教えてくれた。(きっとその後盛り上がって‥今朝のザッカニヤニヤ‥の状態になったんだろう。皆そのことに気付いているが勿論触れない)

「ザッカたちがその逮捕劇の現場を見に行ったのは‥伯爵夫人が捕まるのを見届けたかったから? 」
 ナナフルが聞くと、
「‥それもあるけど、逮捕される前に誰かに殺されたりとかしたら‥なんか‥さ」
 ザッカが肩をすくめた。
「そうだね。やっぱりさ、罪人には生きて罪を償ってほしいよね」
 夫人が殺人についてどこまで知っているかは分からない。
 だって、ナナフルの母親を殺した犯人はもう既に殺されているから。だけど‥殺しを依頼した罪を夫人にはこれから償ってほしい。

「何よりさ。‥真面目に生きてる人間が殺されたり騙されたりしないような‥そんな世界になって欲しい」
 そのためには、
 新興勢力だろうが従来だろうが、悪人は等しくまとめて法の下で裁かれなければいけない。
 そう決意を新たにするナナフルだった。
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