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260.ナナベルさん、一歩前進する(side コリン)

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 僕はザッカさんに「後をお願いします」ってサインを送って、隠密スキルを使ってコッソリ二人を追った。
 二人も魔術士だけど、二人にだってバレないだろう。
 だって、今僕は魔力すら出していないから。
 普通ね、魔法を使っている時は魔力を使っているから「そこに魔術士がいる」ってバレやすくなるんだ。だけど、僕はそれをカバーして、「魔力を出さずに魔法を使う」をマスターしてるんだ! エッヘン(って‥今はどうでもいいんだけど、ちょっと言いたかっただけ‥)
 でもね、これは万能スキルってわけじゃない。
 こういう「人がいないところで潜む」のに適したスキルなんだ。
 というのも‥魔力を出さない様に隠密のスキルを使うと、凄い集中力がいるから、周りからの反応に対処が遅れて危険なんだ。
 例えば、大通りなんかでこれをすると‥
 走ってきた普通の人に体当たりされて大怪我する‥とかね。
 走ってきた人も「え!? 何にぶつかった!? 」ってびっくりするし、僕もそこで姿を現すわけにいかないから痛いのを我慢しながら集中力をキープしなきゃならないし‥大変なんだ。大怪我まではしなくても、普通に足を踏まれたり‥下手したら犬におしっこをひっかけられたりするね! 
 人込みで使うのは尾行スキル(魔法ではなく)で隠密スキル(魔法)じゃない。
 人間何事も楽しようとしてはいけない。

 ナナベルさんとフタバちゃんは‥予想に反してぎすぎすした様子で話してはいない様だ。
 最初は警戒していたナナベルさんも、フタバちゃんがまだ社交界に出ていないことや、フタバちゃんの母親が全然社交的じゃない(社交界で有名なレベル)だってことで、少し態度を軟化してくれたようだ。
 それに加えて、フタバちゃんがナナベルさんの社交界での噂の話はしない様に気をつかってるってのも、ある。
「エンヴァッハ伯爵は、義父の知り合いなんです」
 とだけフタバちゃんは言った。
「ナナベル様は、お父様によく似ておられますね」
 フタバちゃんが言うと、ナナベルさんは一瞬キョトンとした表情をし、首を傾げた。
「父に似ているのは寧ろ、姉の方だと思うけど」
 ナナベルさんが言うと、フタバちゃんは
「雰囲気や目元がよく似てらっしゃいます。‥お姉さまは色味は確かに伯爵によく似てらっしゃいますが、全体的な雰囲気は夫人に似てらっしゃるかと」
「確かに姉は、華奢で女らしい身体つきで‥お母さまに似てるわね」
 羨ましい‥って言ってるような‥口調。
 そう言われると、ナナベルさんは女性にしてはしっかりした身体つきをしている。
 鍛えられた身体とかじゃ勿論ない。だけど、骨格がしっかりしてるから華奢には見えないんだ。
「ナナベル様はそのドレスよくお似合いですよ。貧相な身体には似合わないドレスです」
 コテンと首を傾げてフタバちゃんが言った。
 ‥褒めようとしたわけではなさそうだ。ただ、そう思ったから口にしたんだろうな。フタバちゃんはお世辞とかのスキルがゼロに等しいんだ。
 そんなに口も上手くないしね。それは‥でも僕も一緒だから何とも言えない。
 ナナベルさんは‥
 苦笑いしてる。 
「貴女は社交界でやっていくのは向いてない感じねえ」
 って嫌味ではない口調で笑う。
 そして、ぽつぽつと昔話をし始めた。
「姉は社交界の華だったの。‥過去形なのは、今の姉を知らないから。‥きっと、今でもそうだって思うわ」
 そう言って、姉の自慢話と、ダメな自分の懺悔話が始まった。
 優しくて女らしくて上品で‥本当に素晴らしい淑女の姉。
 女らしい所作は華奢な姉にはよく似あっていた。誰もが振り返り、誰もが姉と付き合いたいって思った。
 私はこの通り、身体ががっしりしてるから‥上品にしてても、姉の様な華がなかった。
 美しく優しい姉には、社交界は恐ろしいところだって思ったわ。
 だから、私が守ってあげないと‥って思った。
 だけど‥私は器用じゃなかったから‥上手くいかなかった。
 気が付いたら敵だらけだった。私がもっと利口で器用だったら、うまく立ち回れたんだろうけど‥。
 そんな感じの話。
 ナナベルさん、強がってるけど、結構今まで苦労してたんだろうなって‥思った。
 ちょっと目を潤ませながら
「姉を見たことがある? 美しい人でしょ? 」
 って聞いたナナベルさんに、フタバちゃんは首を振って
「お姉さまを好きなのは悪いことじゃないって思いますけど‥、お姉さまはナナベル様のそんな気持ちを利用してるだけだと思いますよ。
 ホントに優しいお姉さまは妹に汚れ役なんて押し付けません。妹が悪く言う人に上品に「そんなこと言わないで‥」って言うんじゃなくて、立場や身分を利用してでも報復しますよ。
 そんなの、出来の悪い妹を庇う姉って立場をアピールしたいだけに決まってるじゃないですか!
 ‥そんな心根だから、あの方の笑顔はやっぱりなにか‥嫌な感じがするんです。

 ‥伯爵家の御令嬢に敬語を使わずにすみません。だけど、それはここだけってことでご容赦していただければ‥」
 ‥うわあ、フタバちゃん! それは流石にキレられるだろ! 貴族のこととか全然分からないけど、‥フタバちゃんの方が貴族の爵位的に格下なんでしょ?? 「無礼な! 」とか言われて大変なことになるんじゃない!?
 僕が一人わたわたしていると、ナナベルさんが‥
 泣き出した。
 ほろりほろりと涙を流して‥
「そんな‥ことあるわけ‥」
 って‥。
 でも、これってうすうす気づいてたんだろうな。そうじゃなかったら、彼女の性格だ、「そんなことあるわけない! 」ってキレるよね。
 気付いてても‥周りは皆自分の言葉なんて聞いてくれないし、周りが好きなのは皆姉。
 言っても無駄だって思ったんだろう。
 だから‥自分もそうだって‥自分も姉が正しいって‥思い込んだんだろう。そう‥自分の中で「嫌」をいれかえたんだ。
 嫌なのは自分を利用する姉じゃなくて、自分を悪く言う周りの人間だ。
 って。

「やっと素直になれたね」
 気が付くと、アンバーがフタバちゃんの後ろに立っていた。
 ‥いつから? って思ったけど‥やめた。
 そういえば、アンバーも例の「スーパー隠密スキル」(※ 魔術士同士でさえも察知できないレベルの隠密スキル(魔法))マスターしてた。僕じゃあるまいしそんなに長時間使えるか? と思うけど、そこは‥尾行(魔法じゃない)と併用していたんだろう。
 いつもの事ながら‥恐ろしい。
 ‥にしても、何じゃその気障なセリフと気障な仕草は。殴りたくなってきたぞ‥。
「ホントは貴女が自分で気付くのを待ってたんだけどね。‥自分で気付かないと前に進めないって思って、わざと突き放したようなことをした。‥ごめんね」
 「よそいきの」顔で困ったように微笑む、黒の貴公子アンバー。
 わざと突き放したって‥5年もか? ただ普通に忘れとっただけやろ‥。こんなの誰が信じるねん。
 呆れ果てた僕がナナベルさんを見ると
 ‥ナナベルさん‥何感動したような顔しとるねん。
 貴女、ちょっと騙されやすすぎません!? だからお姉さんに利用されるんですよ!? それとも、アンバーのチャームの魔法が効いてる?! (絶対そうにちがいない)
「今までのことを話してくれませんか? 素直に。
 ‥自分を卑下したりしないで自信をもって‥。そんな貴女となら、これからの話が出来ると思うんです」
 ああ‥チャームの魔法が効かない自分をこれ程呪ったことはない。
 ‥もうね、気持ち悪くって素面じゃ聞いてられないの。
 チャームにかかったなら、きっと気持ち悪くないんでしょ? 「かっこいい! アンバー様! 」とかになるんでしょ?? ‥でもまあ、それも嫌か‥。
 そんな貴女と、どんな「これからの話」をするのか知りませんが、アンバーと知り合うに至った「悪の組織との話」話しててもらおうじゃありませんか! 
 サムイボを堪えながら、僕は改めてナナベルさんに視線を向けたのだった。
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