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122.何者でもない者。

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 そこにいた全員(ロナウとフタバを除く)が息をのんだ。

 魔術士は魔術士と殺し合っても、人の法で裁かれない。
 進化型騎士は‥人を殺しても、魔術士を殺しても、どちらの法でも裁かれない。
 そして、人の法にも、魔術士の法にも守られない。
 まさに、何者でもない者、なのだ‥。

 悪の集団はその存在に気付いているだろうか? ‥教会長みたいな、こっち側の事情に詳しい者もいるんだから、当然知っているだろう。
 知っていたらそれを悪用しようと思う? 
 そもそも、‥彼らは法のことをそんなに重視しているだろうか?
 彼らがどういうポジションなのか‥による。
 彼らが無法上等~! の反政府組織ならそんなこと気にしないだろう。だけど、そうではないなら、法の抜け穴を利用して法に問われない方法があるなら、それを逃す手はない‥って思うんじゃないかな。
 取引相手にとっても、「法で裁かれることはない」っていうのは、魅力的だろう。‥むしろ、取引相手側のメリット‥なのかもしれない。

 それでいったら、進化型の騎士のポジションっていうのは、「使える」。
 調べる価値は十分にあるし、もしも今はそういう抜け穴を悪用していなくても、この先「そういう危険性があるよ」って注意喚起する必要がある。
 犯罪を未然に防ぐ為には、そういう抜け穴的なものを出来る限り見つけ出して、潰しておくこと。
 犯行現場を押さえて現行犯逮捕☆ だけじゃないんだ。それの方がカッコいいけど‥ホントの末端しか捕まえられないでしょ。
 テイナーの考えなしの行動が今回は、役に立ったってところかな~。
 ‥図に乗るだろうから絶対褒めないけど。

 まあ、それに‥アレだ。
 あくまで、一つの可能性ってだけで、ちっとも関係ないってこともあるだろうしね。
 そこは、慎重に調べて行かないとな、と思う。

「あ~あ。僕って何だろう‥。
 何者でもなくって、家にも‥騎士協会にも居場所が無くって、‥今現在無職。
 それに極めつけ‥
 愛する人にも相手にされてない。
 ‥僕って、世界一不幸かもしれない」
 ロナウが若干芝居じみた大袈裟な動作で、盛大なため息をついた。
 ザッカが呆れ顔でそんなロナウを見て、
「不幸とか言ってられるってのは、そう不幸じゃない人間だけだ。
 本当に不幸だと、人間‥言葉を失う。
 自分の中で閉じこもって、人が信じられなくなる。
 他人の同情を請う‥どころか、誰に何を言われてもこころにどころか耳にすら入ってこない。
 他人のことをわざわざ心配できるご身分なんですね~。羨ましい限りです‥って、他人を妬み、僻み心を持つこと‥すらない。ただ。息をしてるだけ‥
 誰かが手を差し伸べて‥水を差し出してくれれば、それを手に取ること位しようが、誰もいなかったら、間違いなくそのまま死ぬ。‥それも、そう苦しむこともなく、だ」
 不機嫌さを隠さず顔に出して言った。
 ロナウが首を傾げてザッカを見る。
 ‥誰のことを言ってるんだ? って顔。
「アンバーもシークも、幼い頃に両親を殺された。‥俺たちが今追っている敵にだ。
 ショックで呆然と立ちすくんだシークは森で置き去りにされ、‥運よく他の冒険者に拾われた。
 立ち向かっていったアンバーは、悪人にかどわかされ、親の敵に闇の魔術を教えられて育った。‥最後の仕上げは、憎い親の仇を殺すこと‥と洗脳されてだ。
 シークは‥あの時、足がすくんで、何も出来なかった自分をずっと悔やんでいる。
 両親を殺害した相手を恨むのではなく、両親を救えなかった、それから、両親の仇を討つために立ち向かっていかなかった自分を恨んでいるんだ。
 誰もが「シークだけでも助かって不幸中の幸いだった」って言おうとも、だ」
 ザッカの言葉を聞いて、フタバが眉を寄せ「酷い‥」と呟いた。
 ザッカがフタバに軽く頷き言葉を続ける。
「アンバーは‥運よく、洗脳していた悪人より魔力が高かったから、洗脳されなかった。
 ある意味不幸だったのは、洗脳されなかったから、ずっと正気だったってことだろうか? 
 皆の様に、操られて、自分の精神を操作されているのはない。彼はずっと正気だったんだ。
 正気なまま悪人の手下にされてきた。
 だけど、自分の境遇を嘆いたりせず、自暴自棄になったりもせず、「ここで得られるものは総て得てやる」とばかりに魔術を教わり、悪人心理を学び、与えられた状況を楽しんでさえいた。
 ‥悪人のフリをしていたんじゃなく、その時のアンバーは「悪人の手下」そのものだったんだ。
 アンバーとコリンが会った時には、敵同士の関係だった。
 今一緒にいるのは‥でも、改心してってわけではない。彼はずっと自分にとって正しい、やってもいい、やったら楽しい‥と思うことしかしてこなかったんだ。今アンバーがここにいるのは悪人仲間といるよりコリンといる方が楽しいから‥に過ぎない」
 アンバーが苦笑いして「さすがに人道的にアウトなことはしないよ。だから、ま、その範囲でね」って言った。
 ‥僕に言ったりしてきたことは、人道的にセーフだったっけか‥?
 かどわかされたり、セクハラ受けたり、強姦されそうになった気が‥。
 コリンは‥口には出さなかったが‥生温かい視線をアンバーに向けた。
「アンバーは敵の下っ端だった。そして、アンバーと同じ状況で育ってきた仲間たちは、今でも敵の下っ端として奴らの悪事に加担させられている。‥洗脳されて、だ。
 アンバーは今、俺たちと一緒にいることで、かっての仲間に敵認識されていることになる。
 秘密を‥たとえわずかでも知っているアンバーは奴らにとって、最も殺したいターゲットだろう。
 ‥嗅ぎまわっている俺たち以上に。
 だけど、アンバーはそんなかっての仲間たちを助けたいって言ってるんだ。洗脳を解いてやりたいって‥。
 俺がアンバーを仲間だと認めているのは、その言葉を聞いた時だった。
 ‥なあ。
 ‥二人とも中々にハードな過去を持ってるって思わないか? 
 この話を聞いても、自分の方が不幸だって思うか? 」
 ザッカがロナウの瞳を覗き込む様に、確認する。
 憧れの王子様アンバーの不幸な生い立ちを聞いて、フタバの顔が徐々に険しくなる。
「そんな‥なんてひどい‥! コリン、詳しい話を教えなさい! 」
 って、コリンに詰め寄ると、コリンは(その迫力に)たじたじになりながらフタバに今までのことをかいつまんで話した。
 ‥勿論セクハラや強姦未遂は伏せておいた。アンバーの名誉の為っていうより、自分の精神衛生の為だ。(あと、シークに聞かれるのも嫌だったし)
 そんななかで、ロナウは何も言えず、ザッカの厳しい視線に耐えていた。
「‥‥う‥」
 視線すら外せない。
 ‥蛇に睨まれた蛙だ。

 こんな時は、下手にしゃべらない方がいい。

 本能で分かった。
 ザッカはロナウの頭にふわりと手をのせると
「そういう不幸自慢は無意味なんだよ。
 ‥シークもアンバーも自分の事を不幸だなんて言わない。
 俺たちも、壊れ物扱いなんかしない。
 同情なんて‥彼らにとっては迷惑なだけの安い感情だって思うから。
 ‥自分の事不幸だなんて言って、同情を誘うのは止めた方がいい。
 自分だって、自分を弱いって可哀そがってたらそれ以上の進化はないし、誰かがくれるアドバイスも耳に入ってこない。そもそも、自分で這い上がってこようとおもってない人間に、人は手を貸そうなんて思わない。「可哀そうにね」で終わりだ。
 本当に手を貸したくなる人間っていうのは、弱くたって、‥誰もに弱いって思われていようとも前を向いている人間だ。
 自分の弱さと真剣に向き合って、克服しようとしている人間だ」
 だから下を向くな。
 優しい静かな声で言う。
 ロナウが恐る恐るザッカに頷くと、ザッカも頷き返した。
「コリンはな、別に大層な過去なんて持ってない。‥アンバーやシークと比べると幸せそのものの生活を送って来た平凡な青年だ。
 容姿にも恵まれ、努力家で、成績もいい。
 だけど、コリンは‥周りの人には恵まれて来なかった。
 人はコリンを妬み、犯そうと好奇の目を向けた。コリンの内面を見ようって人間はあまりいなかったんだ。
 悪口を言われ、嫌がらせを受け‥時には犯行まがいの暴行を受け掛け‥でも、コリンは負けなかった。
 悲しいなんて言わなかった。悔しいって歯を食いしばって来たんだ。
 悔しいから‥復讐してやる‥見返してやる‥じゃない。‥それだけじゃない。
 コリンは自分の人生を安易に考えてはいない。やけくそになったり、人のせいにしたりしない。
 そういうところは、シークと似てるのかもな。

 ‥コリンと君は違う。

 コリンは、もっと自分の人生と向き合っている」
 最後の言葉だけは、きっぱりと、厳しめの声を出した。
「ザッカ‥さん‥」
 ロナウはザッカを見上げたままだ。
 さっきみたいに怖くって動けなくなってる‥だけじゃなさそうな‥?
「‥君の生き方を否定する気はない。
 他人である俺には、誰かの生き方をどうこういう資格はないし、‥関心もそうない。
 だけど、コリンと君の生き方を一緒だなんて思わないで欲しい」
 今は、ザッカの言葉に頬を高揚させて何度も頷いている。

 ‥ザッカ、テイナーに惚れられてますやん‥。

 ザッカとロナウを周りは複雑な‥生温かい表情で見守った。
「僕が間違ってました‥。
 僕もこれからは、自分の事をもっと真剣に考えて生きていきたいです。
 ‥貴方の傍で‥! 」
 キラキラした目でロナウがザッカの手を握って言う。

「許すか!! 」

 叫んだのは、コリンだった。(ナナフルは苦笑いしていた)
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