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69.☆ 怖いなら逃げてもいい。

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(コリンside)

 怖い。

 悔しいとかじゃない。‥怖い。
 思えば今まで生きてきて「命の危機」を感じたことはない。
 そりゃ、誓約士は危ない仕事だ。命の危機はあるだろう。だけど、その危機は、仕事が終われば去る様なものだ。警察なり国家に捕縛されて、その後僕の脅威になることはない。(まあ、僕らを利用するっていうのは最終手段なんだ(犯罪者とはいえ、拘束とかよくないよね。誓約って言うならば、有無も言わせない強制的な拘束だからね。任意同行‥とかじゃないの)その事実を隠す意味でも、その後すぐ‥処刑されちゃうからね)
 誰かが守ってくれる。
 警察と組むんだったら警察が、政府に雇われるんだったら政府が身の保証をしてくれる。誓約士にはそれだけの価値がある。
 ソロで活動する僕には、「守ってくれる者」はいないが、そもそも僕には膨大な魔力やら、強力な魔術がある。対峙した敵に負ける様なことは無い。

 敵が分かっていれば、だ。
 敵が誰か分からなくって、何処から来るか分からなくって‥どれ程の人数がいるのかも分からない。
 そんなのと、どうやって戦えばいいんだろう。
 どうやって戦えば‥勝てるんだろう。

 街のチンケな悪党とは違うんだろう。
 自分の命すら、(操られてるから)失うことを怖いと思っていない敵。
 ‥相手の命を奪うことを、これっぽっちも悪いとも、‥怖いとも思っていない敵。
 絶対容赦なんかないし、話し合いが通用しない敵。
 どちらかが死ぬまで終わらない‥戦い。
 気がついたら、怖くて仕方が無くなった。
 一瞬も気が抜けない。
 気を抜いたら、後ろから腕が伸びて、捕まってしまうかもしれない。‥その場で切り殺されるかもしれない。
 今はこうやって自由に動かしている腕が、足が動かなくなるのを想像するのはとても恐ろしかった。
 明日が来ないかもしれないって考えることもまた‥。
 僕だけじゃない。
 シークさんやら、ザッカさん、ナナフルさん‥。
 ‥アンバーも。

 でも、正直、心のどこかでは、「てめえアンバーの蒔いた種じゃないか、てめえでなんとかしろ」って思ってる自分がいるのが分かり、そんな自分に一番イライラする。
 ‥僕は自分がいい奴だなんて思ったことは無い。だけど、‥自分が嫌な奴だとは思ってはいないし、思いたくない。だから、そんな「嫌なこと」考える‥考えてしまう自分がたまらなく嫌だ。
 「嫌な奴だ」って人に言われるのは、「仕方ない」ことだけど、(だって、人は自分じゃない。100%理解されるってことはないからね)自分のことを、「嫌な奴だ」って思うのは、最悪だ。
 自分がいい奴だなんて思うやつは、傲慢だって思う。
 偽善者だって思う。
 無自覚に、自分の現状に満足して(これが傲慢)もしくは、「してあげてる」って上から目線(これが偽善者)これはよくない。
 自分の視野を狭める。これは良くない。
 だけど、‥自分が嫌な奴だって思うってことは「自分でこれは良くない」って思ってることをしているってことでしょ? それって、(怠惰や偽善よりずっと大罪で)最悪だと思う。
 自分をよく思われようなんて考えなくてもいいから、せめて自分のことを自分で嫌いにならないで済む様に努力すべきなんだ。その努力を怠っておいて「自分は嫌な奴だ。そんな自分が嫌いだ」とか、問題外だと思う。
 だけど、生きていたら、‥精一杯生きれば生きる程、自分の思うとおりにならないことが出て来る。
 ‥気がつくことも増えて来る。
 人間あんまりぼんやり生きていたら、「井の中の蛙大海を知らず」って諺にもあるように、‥自分が小さいって気付かない。
 精一杯生きれば、それに気付いて、精一杯生きる程に苦しみも増える。
 努力すればするほど自分の才能の無さを悔やみ、ライバルを憎む。努力した効果が中々でないことに‥焦る。
 人を愛するのも‥苦しい。
 好きな人に振り向いてもらえない苛立ちやら、嫉妬。
 そんな正体が分かっている感情ならまだしも‥正体すら分からない苛立ちや、嫌悪感を感じることも‥ある。
 自分の意志が関与出来そうなことは、むしろ‥出来ないことに対する焦燥感位なのかもしれない。

 だから、‥自分ではどうにもできないからイライラするんだ。
 僕は、アンバーの事を嫌いになんてなりたくないし、それ以上に、自分の事を嫌いになんてなりたくない。
 そんな‥自分すら嫌いな自分なのに、シークさんに好きになって欲しい‥なんて、思えるわけがないじゃないか。
 
 ぐるぐるする。
 イライラする。
 どうしようもない。‥どうすることも出来ない。
 
 違う。そんな話をしているんじゃない。
 僕は‥命の危機の前になんて‥。
 緊張感なさすぎるだろう。
 緊張感をもたないと‥。

 だめだ、さっきまで忘れていた恐ろしさがまた戻って来た。
 僕はなんて馬鹿なんだろう‥。

 嫌だ、
 怖い。
 イライラする‥。
 ‥怖い。
 そんな自分が許せない。

「嫌だ‥。怖い。嫌だ。
 助けて‥っ」

 気がついたら泣いていた。
 涙が後から後からあふれてきて、止まらない。

「コリン? 」
 アンバーの不安そうな顔。
 ‥ごめん。違う。アンバーのせいじゃない。
 アンバーのせいじゃなくって、‥自分のせいだ。僕が弱いから‥自分の気持ちを自分で抑えられないし、心を強く持てない。こんな弱い自分が‥嫌だ‥。
「コリン。ごめん‥コリンを怖い目に合わせて‥ごめん、ごめん‥! 」
「違うアンバー! 僕が怖いのはそうじゃない。原因がわかる敵なんて、怖くない! 分からないことが‥、自分が分からないってことが怖いんだ! 自分の事だのに、自分で分からないのが怖いんだ! それは、アンバーのせいじゃない。お願い! これ以上僕に僕の事嫌いにならせないでくれ! 
 アンバーが僕に謝れば謝る程、‥アンバーが責任を感じれば感じる程、僕は自分が許せなくなる。
 お願いだ‥! 」
 何を言っているのか分からない。
 どう伝えたらいいのか分からない。
 分からない自分の気持ちが一番怖いなんて‥どうやって伝えればいいんだろう。どう伝えたら伝わるんだろう。
 ただボロボロ泣きながらアンバーにしがみついた。

 怖くって落ち着かなくなっている弱い自分が嫌だ。
 そんな自分の弱さを人の‥アンバーのせいにする自分が嫌だ。
 アンバーのこと憎いって思ってしまう自分が嫌だ。
 ‥自分の事嫌いだって思う、自分が嫌だ。
 だのに、どうしようもない‥自分で自分の気持ちを何とかすることが出来ないことが、‥一番嫌いだ。

「コリン‥コリン‥! 俺が守る。コリンの事は俺が守る。勿論、ナナフルだってザッカだって、シークだって! 命に代えて‥いや、違うな。俺も死なない。‥コリンが責任を感じたりしないように、コリンの前で俺も死なない。
 だから、自分の事をそんなに責めたりしないで‥っ! 」
 アンバーにしがみついた僕をアンバーがぎゅっと抱きしめた。
 痛いほど力をいれて‥
 ‥いや、痛くはない。そんなに力は入れられていない。
 そもそも、そんなに力は強くないのかもしれない。
 華奢だと思っていたアンバーの身体は、‥シークさんみたいに硬くなかったけど、僕よりずっと大きくて、僕はアンバーにすっぽり抱き込まれていた。
 うるさい程の心臓の音は、アンバーの音か‥僕の音か。
 近い。
 心臓が。
 アンバーは無言できゅっと僕を胸に抱き込んだ。
 
 ふわりと身体があったかくなる。
 ‥あ、これ魔力譲渡だ。‥いや、僕が僕の意思で譲ってるわけじゃないから、魔力吸引だな。
 なんだ‥アンバーやっぱりできるんじゃないか。魔力吸引。
 ‥ちょっと取り過ぎじゃないか‥? そんなに取られたら流石に僕でも‥

 ふわふわしてきた、だめだ‥もう‥

「大丈夫。何も心配はいらない。‥自分の事嫌いになる必要も、責任を感じる必要も、‥怖いことを怖くないっていう必要もない。
 怖くたって、何も悪いことじゃない。
 大丈夫。
 俺がついてる。
 コリン‥
 ‥怖いなら、逃げてもいい」

 ‥コリン、好きだよ。‥愛してる。

 意識が途絶える前に、アンバーの優しい声が聞こえて、
 唇に
 ふわりと
 アンバーの冷たい唇が重なった感触が一瞬あって

 それ以上、何も覚えていない。
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