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50.甘いものは、嫌いなんです。

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 住民たちにお礼を言って別れると、コリンたちはいったんその場から離れて、とにかく情報を整理しよう‥ということになった。
 さっきから、コリンもアンバーも一言も話さない。だけど、考え事を纏める為に頭をフル稼働させているコリンとは違い、アーバンは、眉をハの字に寄せて、何か困っているような、居心地が悪い様な‥そんな複雑な表情をしていた。
 そんなアンバーを見てちょっと首を傾げたナナフルに、
「さっき」
 アンバーがボソリ、と口を開く。
 話しかける‥というより、独り言をつい口に出して呟いたって感じだった。
「え? 」
 ナナフルがアンバーの顔を覗き込む。
 アンバーは、ナナフルと視線が合うと
「さっき村の人が、俺に話しかけてくれた‥。あんなこと初めてだったから‥嬉しかった‥んです」
 困ったように微笑んで、言った。
 ナナフルが目をちょっと見開く。
「あ‥」
 ナナフルが、なんて言っていいかわからず口を噤んで、思わず目を逸らすと、横にいたコリンと目が合った。
 コリンに、困った顔をしたナナフルが小さく首を振ると、ナナフルが困っているってことを正確に理解したコリンが、ナナフルを助けるべく、一歩前に出て、アンバーを見た。
 ‥何を訳の分からんことを言って、ナナフルさんを困らせてるんだ。
 って顔。
「そりゃ、今までと違って、今は普通のカッコイイ兄ちゃんに見えるからでしょ? ザッカさんの服似合ってるよね? 。ちょっとズボンの丈が短いみたいだけど」
 分からないなら教えてやる。
 って感じで、きっぱりとコリンが言った。
 似合っててカッコイイ。そして、ザッカさんの服は、アンバーにはちょっとズボンの丈が短い。
 コリンに他意はない。アンバーを褒める気もないし、ザッカをけなす気もない。
「悪かったな! 」
 (なのに)ザッカが巻き添えをくらって、小攻撃を食らっている。
 ザッカとアンバーは身長はほぼ変わらない。ズボンの丈が変わるとしたら、それは足の長さの差だ。
 ‥別にザッカが短いんじゃない。アンバーが特別スタイルがいいんだ。
「服? 」
 そして、アンバーも褒められたとは思ってない。
 ただ単に、コリンの言ったことの意味があまり分からないって風に、聞き返した。
 コリンは頷いて、
「うん、森で会ったときに着てた、如何にも悪の魔術士って感じの服の奴に誰も話しかけないと思うよ? 」
 アンバーに言うと、そうでしょ? ってシークに同意を求める。
 急に話を振られたシークは「どうだろう? 」って感じで、苦笑いする。
「服装の問題? 」
 アンバーはそんなシークの様子は気になっていない様だ。キョトンとした顔は、コリンしか見ていない。
 コリンは、そんなアンバーにふふっと笑いかけると
「それは、大きいと思うよ」
 苦笑いして、小さく頷き、アンバーが自分の着ている服をじっと見たのを見て、
「あと、目つき」
 付け加えた。
 アンバーが困ったように眉を寄せる。
「‥目の色は生まれつきこんなんだ。赤くて‥血みたいで縁起悪いよな。目つきも‥確かにわるいしな。俺も、コリンみたいにトパーズ色で、つぶらな瞳だったら良かったのに‥」
 ちょっと自嘲気味の微笑を浮かべるアンバーにコリンは首を傾げる。
「別に、血みたいで縁起悪い‥とかは思わないけど。切れ長の目も、流し目されたら、女の子皆ぽ~っとなっちゃうような色っぽい目だと思うだけだけど‥切れ長自体が悪いんじゃなくって、その冷たい視線が良くないって感じかなあ~」
 不思議そうにそう返すコリンにはさっきと変わらず、褒める気も貶す気もない。
 そもそも、アンバーを慰めようとかそう言った気は、ない。それどころか、誰かに、何かしてやろうって思って、動いたことは、あまりない。
 好意を持っているから‥つい身体が動いちゃうだけで、コリンは「何かを考えて行動をする」ってことが、本当に少ない。
「色っぽい? 」
 予想外の言葉に、アンバーは首を傾げる。
 コリンの言葉を反芻すると、かっと顔が熱くなったのが自分でも分かった。
 だけど、コリンは涼しい顔のままだ。
「うん。悪の魅力っていうの? 危ない色気があるんじゃない? 無自覚にチャームの魔法駄々洩れ‥とか、良くないと思うよ」
 色気はあるんだろうけど、自分には全然関係ない。
 無自覚無意識に、自分に関心がないってことを念を押され、‥つい憎らしくなる。
 だから、わざと色っぽくコリンに微笑みかけると
「‥コリンそれは‥褒めてるのか? 色っぽいから、ぽ~っとしてしまう‥って言って‥俺に魅了されてますって言ってるのか? 」
 艶っぽい視線をコリンに向けた。
 シークの殺気が自分に向けられたのを背中に感じたが、同時に、でもシークは実際に動くことはないってことがわかっている。
 コリンが嫌な顔をするまで、シークが動くことはない。
 そして、(やっぱり)コリンはイヤな顔はしなかった。
 冷めた顔をしてにやり、と口元だけで笑うと
「僕には、チャームの魔法は効かないよ。僕が気付くより先に、僕の自動攻撃魔法が跳ね返すんじゃないかな」
 ひやり、と背筋が冷える様な冷たい視線でアンバーを見る。
 くつり、とアンバーが笑うと、再び艶っぽい視線をコリンに向ける。
 コリンの自動攻撃魔法で防御している‥を聞いたうえでの、チャームによる精神攻撃だ。
 周りはたまったもんじゃない。
 隣にいるだけで、駄々洩れの色気にくらくら来そうになる。その居心地の悪さに、シークは顔をしかめ、ザッカはナナフルの視線を強制的にアンバーから外させる。
 アンバーは余裕のある笑みを浮かべ
「俺のアプローチを魔法だって言われるなんて心外だな」
 って強がるが、どうやら、コリンの自動攻撃魔法を食らっているらしく、僅かに眉をひそめた。
「僕はね、チャームは大っ嫌いな魔法なんだ。
 だから、チャームに対しては他の攻撃魔法より、ちょっと察知レベルを高めて、少しの攻撃に対しても自動攻撃が作動するように設定してるんだ。
 チャームは卑劣な精神攻撃だからね。
 勿論僕は使わないよ。
 恋人に色目使っただの、チャームで教師から情報を不法に引き出させただの、自分の努力不足を人のせいにする奴とか、辛抱たまんないよ。反対もおんなじだ。正攻法で口説くならまだしも、チャームで相手の気持ちをどうこうしようとか、考えただけで虫唾が走るね」
 ‥めっちゃ恨みが深い‥。
 思った以上にガチギレしているコリンに、「冗談では済まない」ってことがわかったのだろう。
 アンバーは肩をすくめて小さくため息をついて苦笑いすると、
「悪かった」
 と、さっさと降参のポーズをとり、チャームを霧散させた。
 コリンも、ほっとした顔で、交戦体制を解除した。
「‥別に、他意はない‥。僕のことじゃなくって‥一般論だよ‥。普通は、僕みたいなガキより、大人の魅力を持つ奴の方がモテるでしょ? ただ、そういうぐらいの‥意味だよ」
 コリンも苦笑いで、アンバーの謝罪を受け取り、「僕もごめん‥」肩をすくめた。
 ふう、とザッカが安堵のため息を漏らす。
 ‥正直、いつ切れてもおかしくないコリンと、何かあったらすぐに動くぞ‥って一触即発状態のシークとか‥って、心臓に悪い。

 その時、
「コリンは? 」
 ナナフルが顔を上げて(さっきまでザッカに強制的に俯かされていた)コリンを見た。
 ‥ナナフル。
 何無邪気にそんなこと聞いちゃってるの。
 ひやり、とザッカの背中が冷えた。
 もう背中だとか脇だとか、冷や汗で気持ち悪いし、冷たい。
「え? 」
 こてり、とナナフルにコリンが首を傾げる。
 ナナフル‥もうやめよ?
 ザッカは言いたいが、‥今言いにくい。
 視線だけでナナフルとコリンを見比べていると、
「コリンはどうなの」
 にこっと微笑んだナナフルが聞いた。
 ‥うちの天使はなんで、‥こう可愛いんだ。命知らずだけど‥!
 コリンもナナフルに、にこっと微笑みかえして
「僕は、甘いもの、嫌いなんです。
 食べるのも、あんまり甘いものは食べないです。
 ふわ~ってなっちゃって、気が抜けますからね」
 と、「甘いもの」を思い出したのか、ふわ~と幸せそうな顔をした。

 ‥めっちゃ好きなんじゃん‥

 ザッカは、ツッコミたいが、突っ込まない。あえてスルーする。
「ふうん? 」
 ナナフルは、こてっと首を傾げた。
 ふふ、とコリンが笑う。
「つかみどころのないふわふわ~のケーキとか、とろとろ~の蜂蜜より、ビスケット(ここのビスケットは、おやつではなく、軽食。甘くなくって硬い)の方が好きです。ここにある! って存在感とか生命感にあふれたものの方が正体がわかって安心します。噛まないと喉に入って行かないじゃないですか。‥ふわふわやとろとろは噛まないでも喉におちていくから‥怖いんです。
 チャームってふわ~ってしてるじゃないですか。‥だから、嫌いなんです。‥言い様のない不安に襲われます」
 言って、ふ、っと瞳に影を落としたコリンの肩をナナフルがそっと抱きしめた。
 不安、怖い。
 ‥でも、それは分かる気がする。
 でも、恋だってそうじゃない? 愛しくって、恋しくって‥ドキドキして、気持ちがふわ~とする。自分の気持ちが自分で分からなくって、相手の事考えたら切なくって、でも愛しい気持ちを抑えられなくって、苦しくなる。
 でも、あの苦しみは‥甘美で愛おしい心の痛みだ。
 恋人と触れ合うと、幸せだし、嬉しい。
 ‥でも、コリンは臆病で、‥それすら怖いって思ってしまうのだ。
「僕は気持ちが弱いから‥、恋に溺れたら、きっと、まともな判断力を失ってしまう。‥ただでさえ、煽られたらカっとなる単純バカだから‥」
 ふわ~
 って幸せな気持ちになって、自分の気持ちをしっかり持てない‥冷静な部分を少しでも残しておかないと‥不安だ。
 不安だから、自動攻撃機能をつけた防御魔法をつけている。
「僕は‥」
 視線だけ、シークを振り返る。
「本気で恋なんてしちゃダメなのに‥僕は‥」
 その顔は、今まで見たことない程不安げで、‥泣きそうだった。
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