上 下
7 / 28

スーパー家政婦の喜多(前編)

しおりを挟む
 姉のお腹に隠れていた不思議な茶色い封筒――――

 ボクと姉にとって大事な物が入っているという。早く中を見てみたいけれど、夕食後のお楽しみと言われたらボク一人で今見る訳にはいかないよね。

 家政婦の喜多きたが作るスープカレーのスパイシーな香りに引き寄せられるようにボクは階段を降りていく。彼女は謎の多いスーパー家政婦。ボクたち姉弟の生活全般のサポートをしてくれるのだけれど、ボクの前にはほとんど姿を現さない。突然現れたか思えば、次の瞬間には姿を消す神出鬼没な人なんだ。
 そして今回も、キッチンに立っていたのは家政婦の喜多きたではなく、ピンクのフリフリが付いたエプロン姿の姉だった。

「あっ、しょうちゃんちょっと早かったかな。もう少し待っててね。お姉ちゃんサラダの盛り付けを頑張ってるから」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん!」
「んふーっ!」

 花柄レースのテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルには深皿に盛られたスープカレーとライスが置かれている。席の端に茶色い封筒を置き、イスに座って足をぷらぷらさせて待っているボク。

 ダイニングからは、カウンター越しに姉が鼻歌交じりの上機嫌でキッチンを動き回っている様子がよく見える。
 思えばボクたちはずっと以前から毎日のようにおままごとをして遊んでいた。いつの間にかそれが現実生活となり、ボクらはこうして二人だけの生活を遊び感覚で楽しんでいる。

 やがてスリッパをパタつかせて姉がサラダボウルを運んできた。

「じゃ、いただきましょう!」
「うん、いただきまーす!」

 二人揃って手を合せてから、スープカレーを食べ始めるボクたち。
 スプーンでお汁をすくってふーふーしてから口に入れると、予想通りスパイシーな香りが口の中に広がって、その後に来る辛さの刺激がボクの心を六千キロ彼方のインドまで運んいく。

「美味しいね、お姉ちゃん!」
「喜多は料理の腕も超一流よね。あっ、でもしょうちゃんの嫌いなニンジンが入っているわね……お姉ちゃん食べてあげよっか?」

 確かに大きなニンジンがごろんと入っているのが気になってはいたんだ。そんなボクの気持ちを察してくれた姉はテーブルに手を付き身を乗り出し、とろんとした顔で可愛らしくて小さな口を開けて待ってくれている。

「じゃ、ニンジンお願いするね……」

 スプーンにのせたニンジンを、左手を添えて姉の口へ運んでいく。
 すると途中で姉はハッと目を見開いて――

「ちょっと待ってぇー、しょうちゃん! 今、あーんって言わなかったよーっ?」
「ええっ!? そこ、重要なの?」

 姉はときどき変な所にこだわるけど、きっとそれには深い意味があるんだろう。姉の言うことはいつでも正しいことなのだから。

 ボクが『あーん』と言いながらニンジンを運ぶと、今度はまるでスプーンごと食べてしまうような勢いでぱくっとする姉。そのまましばらくスプーンごともぐもぐしてから『んぱーッ』と口を開けた。

「ん~っ! しょうちゃんのニンジン、サイコォー!!」

 満面の笑みを浮かべて両手を上に突き上げて喜んでいる。
 よく分からないけど、姉が幸せそうなのだからボクはそれでいい。

 ボクのスプーンはまるで洗い立てのようにピカピカになっていた。

「お返しに、しょうちゃんの大好きなお肉をあげるね! はい、あーん」

 姉が身を乗り出しお肉を乗せたスプーンを差し出してくる。
 ボクはテーブルに手を付いて『あーん』と口を近づけていく。

「あっ、ちょっと待ってしょうちゃん……」

 姉は突然スプーンを引いて『んちゅっ』と唇をつけてぺろりと舌を出した。

「えっ……、今何したの…………?」
「安心してしょうちゃん、憎きニンジンの欠片はお姉ちゃんが退治したからっ!」

 そう言って、再びお肉を差し出してくる姉。
 ――やっぱりお姉ちゃんは優しいな。
 でも、これだけは言わなければならない!

「お姉ちゃん! ボクをそこまで甘やかさなくてもいいんだ! ボクはもうすぐ高校生になるんだから!」
「で、でもでも、お姉ちゃん、しょうちゃんに嫌われたくないし……」
「大好きなお姉ちゃんを嫌いになるわけがないじゃないか!」

「だっ、大好きな……お姉ちゃん!?」

 その瞬間、姉の顔は真っ赤になり手元がびくんと揺れた。

 カレーのお汁がついたお肉が宙を舞い、サラダボウルの中に落ちていく――

 その様子がまるでスローモーションの世界のようにはっきりと見えていたボクは、思わず手で受け止めようとしていたんだ。
 当然のように間に合うはずもなくサラダの上に落ちるお肉。
 そして、大きく前のめりになっていたボクは勢い余ってテーブルの上にダイブしてしまった。

 サラダボウルが宙に浮き、中身のサラダが舞い上がる。
 続いて激しい音を立ててテーブルに転がるサラダボウルが、牛乳の入ったコップをなぎ倒していく。
 テーブルクロスにぶちまけられた牛乳が津波のように茶色い封筒の方に迫っていく。

「ああっ!」

 二人は同時に声を上げ、手を伸ばして飛びついていった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...