歌声は恋を隠せない

三島 至

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動揺

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 リナリアが教会へ歌いに行く時、ミモザもよく顔を出すようになった。
 歌い終わったリナリアは、ミモザを見つけると、ぱっと表情を明るくして彼女にかけよる。その姿が人々に見られるようになると、周囲はざわめいた。
 二人がいつの間に親しくなったのかも不明で、何より、カーネリアンにしか興味を示さなかったリナリアが、自分からミモザに寄っていく行為が信じられなかったのだ。
 リナリアは手帳に何かを書いて、ミモザは当然のようにそれを覗き込む。そして時々、二人で顔を見合わせて笑い合う。
 そんな光景が目撃される中、カーネリアンと一緒にいる姿は見かけない。
 これは一体どうしたことかと、カーネリアン本人に問いただす人物がいた。
 ランスだ。

「おいカーネリアン! 何があったんだよ、何でミモザがリナリアと仲良く歩いてお前は一人なんだ? リナリアと喧嘩したのか!?」

「そんなの、俺に聞かれても……少なくとも、喧嘩はしていない。……と思う」

 カーネリアンは平気そうに答えているが、内心一番戸惑っていた。
 カーネリアンの怪我が治り、退院してみれば、もうこんな状況だったのだ。
 リナリアがカーネリアンの病室に来ることは無かった。

「ミモザのことなら、ランスの方が詳しいだろ。結構仲良かったよな」

 逆に聞くと、ランスは「さっぱりわからん」と淀みなく言い切る。

「皆どよどよしているぞ。カーネリアン、本当に心当たりないのか?」

「ないよ」

「いや思い出せって、あるはずだって。例えば……」

 ――例えばそう、告白したとか、されたとか。

 ランスにしては珍しく言いよどんだ。
 さすがにそんなことがあったら、心当たりがないはずない。
 それに、わざわざ口に出すのは、何となく嫌だと思った。

「例えば?」

 カーネリアンが聞き返すが、ランスは適当に誤魔化した。

「リナリア、最近よく笑うじゃん。何かいい事あったんじゃないか?」

 確かに、リナリアは明るくなった。
 しかしカーネリアンの与り知らぬ所で、である。
 今まで、教会の外で待ち伏せしていれば、見つけて駆け寄ってきてくれたリナリアが、最近は近寄って来ない。
 見つかりやすいところを歩いているので、気付いてはいるはずなのに。
 明らかに避けられていた。
 面白くないというより、カーネリアンは不安になった。
 リナリアに嫌われたのかもしれない。
 もしくは、昔恐れていたことだが、リナリアがカーネリアンへの興味を無くしたか。
 カーネリアンがリナリアのことを好きだと、本人が気付いたとしたら。
 本当のリナリアはそんな性格ではないと分かっているのに、彼女がカーネリアンに見切りをつけたのではないかと思ってしまう。
 最近は、上手くいっていると思っていた。
 何が悪かったのか分からない。






 恋愛事に疎いカーネリアンと、リナリアの気持ちに気付いているランスは、簡単なことに目がいかなかった。
 カーネリアンの病室に足繁く通うフリージアの姿も、目撃されていたのだ。
 一度も見舞いに行かないリナリアよりよほど、カーネリアンとフリージアは恋人らしく見える。
 そしてそれは、リナリアから見ても同じことだ。
 リナリアが誤解しているということに、二人は気付かなかった。






 親しげにしているリナリアとミモザを目の前で見て、誰よりも動揺したのはフリージアだった。

(何で、ミモザにあんな全開の笑顔を向けているの、リナリア!)

 呆然とした。
 カーネリアンが入院している間、確かにリナリアの事は疎かになっていたが、あまりにも劇的な変化に頭がついていけない。
 フリージアがどんなに頑張っても叶わなかった、リナリアの友人の位置に、何故、この短期間でミモザがいるのか。

(一体どんな手を使ったのよ、ミモザ……!!)

 リナリアの可愛らしい笑顔を見ながら、ひたすらミモザが羨ましいと思った。




 彼らを動揺させている当人たちといえば。

≪お父さんから、手紙が届いたの≫

 文字を読んで、ミモザはリナリアの顔を見る。
 にこにことして、とても嬉しそうだ。

「良かったわね! どんなことが書いてあったの? 差し支えなければ、教えて」

 リナリアは頷くと、手帳に書いて見せる。

≪お父さん、お母さんのことすごく好きだったみたい。それを知って、嬉しかった。お母さんは、どうしてかは分からないけど、自分の意思で、私を一人で育てたんだと思う≫

 手紙には、グラジオラスの想いが綴られていた。
 リナリアに向けた物なので、どちらかと言えば客観的に書いてあるような文章だったが、それでも、父が母を本当に愛しているのだということは伝わってきた。
 アザレアが亡くなって、本当に悲しい。
 そんなことも書いてある。
 手紙を読みながら、母のことを思い出して、リナリアは涙ぐんだ。
 母は本当に優しくて、誰よりもリナリアを愛してくれていた。
 リナリアはきっと、父の分まで愛情を受けていたのだと思う。
 母が、父を嫌っていたはずが無い。
 嫌いな人にそっくりな娘を、あんな風に育てられるわけが無いのだから。

≪お母さんも、お父さんの事すごく好きだったと思うの。それを返事に書こうと思う≫

「返事出すのね。お父さん、飛び上がって喜ぶんじゃない?」

 そういうと、「こうやって」と飛び上がる身振りをする。
 ミモザの冗談めかした言い方と表現に、リナリアは思い切り笑った。
 喋れていたなら、さぞ楽しそうなリナリアの声が響いたことだろう。

 ――ちなみに、フリージアが目撃した全開の笑顔とは、この時の事である。

≪あとね、もうひとつ大事な話があって≫

「大事な話?」

≪手紙の最後の方に、もしかしたらだけど、って書いてあったの。だから、私、そのうち街を出る事になると思う≫

「え? 待って待って、何がもしかしたら? ……ああ、ごめん、今書くところよね、黙って待つわ」

≪うん。まだ成功するかは分からないのだけど、呪いを解く方法が分かったらしいの。だから、王都に来ないかって。もう私十六歳だから、そのまま王都で暮らす事になりそう≫

「ええ! 呪い、解けるの? それは、良かったけど……でも」

 突然の事態に、ミモザは情報を処理しきれない。
 ミモザも不安に思っている事を、リナリアは書き出した。

≪せっかく友達になれたのに、寂しいよ。だから、またこっちに遊びにきた時、相手してくれる? ミモザも、王都に遊びにきて。迷惑かもしれないけど、手紙書くね≫

「迷惑なわけないでしょ! 今更何言っているのよ! もう……お父様に、紹介しといてね、必ず遊びに行くから……」

 まだ先のことなのに、ミモザは少し泣きそうになっていた。
 随分親しくなったものだと、不思議な感覚だった。
 リナリアはすっかりミモザに心を開いて、笑ってくれる。

 リナリアは手帳を閉じる前、父の手紙に書かれたことを思い出して、一言書き加えた。
 ミモザはそれを見て微笑む。

≪じゃあ、約束だね≫

 恋が叶わなくても、王都でやっていけそうだと、リナリアは自分を励ました。



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