歌声は恋を隠せない

三島 至

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雑談

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 カーネリアンの怪我は、一度意識を失いはしたが、重傷ではなかった。
 とはいえ、数日入院しなければならない。
 今日帰ってくるはずのリナリアのことが気にかかり、一人になった病室で、カーネリアンは一人呟く。

「別に、約束しているわけじゃないけどさ……」

 約束が無くても、リナリアならいつものように、隣に並んでくれただろう。
 父親のことはどうだったのか、行った先で嫌な目にはあわなかったか。聞きたいことはあったが、何はともあれ、カーネリアンはリナリアに会いたかった。
 もうとっくに家に着いている時間だ。自分は運が悪かったとしか言えない。
 フリージアはもう病室にはいない。彼女が一通り落ち込んだ後、カーネリアンが適当に励まして帰したのだ。
 始終申し訳なさそうにしていたが、本当にフリージアのせいだとは思っていない。ただの事故だ。

 フリージアは最近、やたらとカーネリアンの世話を焼く。主に恋愛面で。
 リナリアが王都に行く前、フリージアの助言に従い、リナリアへの態度を少し変えてみた。効果はあまり無いようだったが、カーネリアンも、人に言われるうちに、少し前向きになっていた。
 リナリアとの距離を、少しでも縮められたらいい。
 だがそう思った矢先、実父かもしれない人に会いに、リナリアは七日も留守にしてしまった。

(フリージアの言うことに左右されるようになるとはなあ)

 フリージアはお世辞にも頭がよくはない。
 カーネリアンからすれば、自分の気を少し変えさせたのが、彼女の発言だったというのが、意外である。
 フリージアがリナリアのことを本当に好いているのは、十分伝わってくる。
 そのフリージアに、リナリアにふさわしいのはカーネリアンだ、と太鼓判を押されれば、少しはやる気も出るというものだ。
 他の誰かに取られるくらいならば、自分が、という気にもなる。
 リナリアに、親しげに話しかけるオーキッドの姿が目に浮かぶ。
 面白くなかった。
 それに、リナリアの隣に、自分以外の男が並ぶところなど、想像するのも嫌だ。
 玉砕覚悟で、本気でリナリアと向き合ってみようと思う。
 嫌われるかもしれない。
 でもいつかは、振り向いてくれるかもしれない。
 なるべく早く、リナリアに会いに行かなければ。
 一縷の望みにかける思いで、カーネリアンは目を閉じた。






 ミモザと買い物を楽しみ、カーネリアンへの恋心を手帳に綴った後、二人はまた別の雑談を始めた。
 リナリアの話の中で、知らなかった事実に気付いたミモザは、意外そうな声を上げた。

「え、例の素敵な商人さん、リナリアの親戚だったの?」

 王都へ行っていたことと、オーキッドのことに軽く触れた折、ミモザはオーキッドのことをそう呼んだ。
 彼を知っているのか、とリナリアが尋ねると、ミモザは「フリージアと一緒に歩いていた、って前に聞いたことが……あ、でもこれ、フリージアは否定していたわね」と自分で訂正する。

「それでリナリアは、一週間くらい居なかったのね……詳しいことは知らなかったから、驚いたわ」

 フリージアやランスは、リナリアの過去の事があるので、あまり人に話を広めない。
 カーネリアンも積極的に噂話をするわけではなく、誰も事実を話す人が居なければ、事情通のミモザでも、オーキッドのことは良く知らないようだった。
 ただ、見たままを噂する人はいるので、オーキッドがリナリア達に接触していたことは分かっていたらしい。

 しきりに驚くミモザに対して、リナリアは、父が貴族であったことは、あえて言わなくてもいいだろうと思った。
 さらに驚かせることになりそうだ。
 それに、リナリア自身は貴族ではない。父が貴族だからといって、暮らしぶりや自分の扱いが変わるわけではないので、リナリアはこの話を広めたくなかった。

 ミモザの関心が落ち着いたところで、父かもしれない人に会って、文通の約束をしたことを伝える。

「いい人そうなの? リナリアのお父さん」

 お父さん、という響きに、リナリアは頬を緩ませて頷いた。
 文通しようと言われた時の、グラジオラスの様子を思い出し、嬉しい気持ちになる。
 グラジオラスは、リナリアに対しては、分かりやすく愛情を示してくれるようだった。
 レユシット家にいた人々の反応を見るに、彼はオーキッド以外に対して、素直ではない人だということで、とても意外な事らしい。

「……お父さんも、娘がこんなに可愛かったら、メロメロでしょうね」

 ミモザは頬杖をついて低くなった目線から、リナリアを見上げて言ってくる。
 何度目かになるどこか呆れを含んだような、納得しきったような、何とも言えない表情を見せていた。

 リナリア自身の容姿はともかく、グラジオラスは確かに優しかったので、彼とはこれから良い関係を築いていけると思っている。
 リナリアが、そのような内容を書くと、ミモザは「リナリアって、自分の容姿が可愛いとか、綺麗だとか、思わないの? いや、思っていても言わないかもしれないけど」と今度は完全に呆れていた。
 少なくとも友人は、自分の容姿を好ましく思ってくれているようだと、リナリアは面映ゆく思う。

「リナリアの話し声、あんまり覚えていないわ」

 文字を見ながら、ミモザがぽつりと言葉を零した。
 リナリアは手を止めて、顔を上げる。

「歌はよく聞くけど、昔は親しくしていなかったし、話している所はあまり聞いていないから、リナリアが喋ったらどんな風だったか、思い出せないのよね」

 ミモザがこう言うのは、グラジオラスが呪いを解く方法を探してくれることを、リナリアが教えたからだ。
 リナリアが再び自分の声で話すところを、ミモザも想像したのだろう。

「声、戻るといいわね」

 ミモザの声はしんみりとしていて、どこか落ち込んだ様子に見えたので、リナリアは申し訳なく思った。

「色々な事、たくさん教えてくれて嬉しかった。だから私、リナリアに信頼してもらえる友達になる。信用無いかもしれないけど、一応言っておくわね。私、今日リナリアに聞いた事、他の人に話したりしないわ。もちろん母さんにもね。ねえ、声が戻ったら、リナリアの話、また聞かせて。それまでは、筆談になるけれど」






 今度こそ、秘密は守ろうと固く心に誓う言葉だ。
 ミモザは、昔諦めた友情を手放したくないと思った。
 嫉妬の目で見なければ、リナリアは見た目も中味も、とても可愛らしいのだ。
 フリージアのように盲目的ではないが、ミモザは確実に、リナリアに惹かれていた。






 ミモザが殊更親しく接して、友人として扱ってくれることが、リナリアの気持ちを上向かせる。
 これから先も、長く付き合っていくことを予感させるミモザの言葉が、リナリアの心に沁みこんでいった。



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