上 下
2 / 14

俺の騎士になれ

しおりを挟む
 相変わらず、身代金目的で誘拐されかけたり、強盗に襲われたりと、物騒な日々だ。
 前々から感じてはいたが、一人で出歩くのも、もう限界な気がする。
 そこで俺は、護衛を雇う事にした。

 決断するのが遅すぎるくらいだが、元々富裕層でも何でもない、家業を継いだだけの一般市民だった俺にとって、自分を護衛してもらうなど、中々踏み出せる事ではなかったのだ。
 友達はいないけどお金はある。
 そうと決まれば、俺はまた襲われる前に、街にいくつかある小さな仲介屋へと足を運んだ。

 ※

 仕事を依頼する時は、仕事や雇い人を紹介してくれる、仲介屋を通すのが基本だ。
 護衛を雇うのもそうだし、どこに頼んだらよいか分からない頼み事も、仲介屋で調べてもらえる。
 俺も自分の仕事の関係で、何度か世話になっているので、自宅近所の仲介人とは顔見知りだ。
 “仲介人”とは、仲介屋に勤める人の事である。

「仲介人、雇い人を探しているのだが」

 用件を言いつつ、ドアベルを鳴らしながら店内に入ると、いつもの仲介人が誰かと喋っていた。俺を除けば、店内には、その誰かと仲介人の二人しか居ない。

「へえ、少々お待ち下さい」

 仲介人が、一度俺の方へ顔を出し、また引っ込んだ。
 どうやら先客の対応をしているようなので、俺は大人しく、受付の順番待ちの椅子に腰掛けて待つことにした。
 狭い店なので、会話がはっきりと聞こえてくる。

「確かに実戦経験はありませんが、剣は扱えます」
「ですがねえ、今は戦争もないですし、小競り合いなんかも無くて落ち着いていますから、すぐに派遣できる所が……」
「何でも良いのです。危険な場所でも構いませんから」
「いや、いたって平和な世の中でして」
「では何のために騎士が存在するのですか」
「うーん、傭兵はともかく、騎士様なんて王様や貴族の近くで固まっていますからねえ、この辺じゃわざわざ騎士様が出向く程の仕事は紹介出来ませんよ」
「そんな……」

 先客は仕事を探しているらしかった。しかも話を聞く限り、彼は騎士のようだ。
 騎士は、国に認められた資格であり、名誉ある職である。大きな戦争になれば剣を取るが、平時は王都の警備や、貴人の警護に就く。
 だが近年では、金さえ積めば、個人でも騎士を雇う事が出来る。一般的な護衛を雇うよりも嵩むが、ステータスとして、騎士を側に置きたがる者も多い。
 例えば、俺のような一般人でも、金さえあれば専属騎士を持てるのだ。

 ……待てよ、これはもしかして、ちょうど良い所に来たのでは?

「仲介人、割り込んですまないが、話を挟んでもいいか」

 俺が思わず声を掛けると、仲介人は騎士の顔色を窺う素振りを見せた。
 騎士が無言で頷いたので、仲介人は「へえ……どうぞ」と了承の意を示す。

「そこの彼が求めている仕事は、個人の護衛でも構わないのだろうか」
「私の事でしょうか」

 騎士が振り向いた。

「…………ああ。君の事だ」
「でしたら、その通りです。すぐに仕事をしたいので、特に拘りはありません」
「だ、だったら」

 変に唾を飲み込んでしまって、会話に妙な間が空く。
 俺は驚いていた。
 騎士のその顔だ。
 黒い髪に縁取られたそれは、正直、運命を感じるレベルで……
 ……ものすごく好みであった。

 だが彼は男である。

 後ろ姿を見た時から分かってはいたが、顎に掛からない長さの短髪は、女性ではまずしない。
 ただ、前髪だけは少し長めだから、余計、女性的と言うか……中性的に見えてしまう。

 俺は反射的に、いつかの父のように跪きそうになったが、膝に力を込めて耐えた。
 笑顔で話しかけたい、優しくしたい、思い切り甘やかしてあげたい……と思った所で、必死に自分の心を否定する。
 違う!!
 彼は男だ、俺の運命の人ではない!

「だったら?」

 少し期待を含んだ騎士の声が、媚薬のように、耳に染み込んできて、俺の理性を殺しにかかる。

 微笑んではいけない、優しくしちゃ駄目だ、冷たく、いつもみたいに、偉ぶって、普段の俺でいないと……!!

「……お前の事は、俺が雇ってやろう。俺の騎士になれ」

 混乱した俺は最大限偉そうに、気持ちだけは掴みかかる勢いで、麗しの騎士を所望していた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処刑回避で海賊に就職したら、何故か船長に甘やかされてます。

蒼霧雪枷
恋愛
アレクシア・レーベアル侯爵令嬢はある日前世を思い出し、この世界が乙女ゲームと酷似していることに気づく。 そのゲームでアレクシアは、どのルートでも言われなき罪で一族郎党処刑されるのである。 しかも、その処刑への道の始まりが三日後に迫っていることを知る。自分だけではなく、家族までも処刑されるのは嫌だ。 考えたアレクシアは、黙って家を出ることを決心する。 そうして逃げるようにようやって来た港外れにて、アレクシアはとある海賊船を見つけ─ 「ここで働かせてください!!」 「突然やって来て何だお前」 「ここで働きたいんです!!」 「まず名乗れ???」 男装下っぱ海賊令嬢と、世界一恐ろしい海賊船長の愉快な海賊ライフ!海上で繰り広げられる攻防戦に、果たして終戦は来るのか…? ────────── 詳しいことは作者のプロフィールか活動報告をご確認ください。 中途半端な場所で止まったまま、三年も更新せずにいて申し訳ありません。覚えている方はいらっしゃるのでしょうか。 今後このアカウントでの更新はしないため、便宜上完結ということに致します。 現在活動中のアカウントにて、いつかリメイクして投稿するかもしれません。その時見かけましたら、そちらもよろしくお願いします。

婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される

白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

処理中です...