オネエなおにいちゃん

三島 至

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 納得出来ずに眉を寄せる唯都を見て、津田は唇の端を上げた。難問に苦しむ生徒を見てにやにやと笑う、意地悪な教師のような顔だ。けらけらと笑った後、顔を近付けてきて、目の前で人差し指を左右に振る。

「分かって無いなあ逢坂君。君と仲良くなりたいな~って思っている人は結構いるんだよ。その内の一人である彼の所に、“オネエ”という格好のネタがやってきたの。お近づきになるために、まずそこから話題を持っていくのは自然でしょう」

 彼女は“オネエ”と言った時に、唯都の顔の輪郭をなぞる様に、指をくるくると回した。
 何だか馬鹿にされている気がしたが、さして怒りは湧いてこない。むしろ気が置けない仲のような感覚がしたので、少し嬉しく思った……という事は秘密である。

「彼、仲良くなりたい態度じゃ無かったわよ?」

 内心では津田との会話に感慨深く浸りながら、顔には出さずに問いかける。

「それはあれだよ、小学生の時の芥子川君みたいなものよ。……という事はあの男子、言動が小学生並みって事ね」

 津田は途中でいらない事実に気付いたらしく、「うわあ、可哀想」と付け足した。あらぬ方向へ視線を向けている。
 この場にいない男子生徒の事を思っているのだろう。

 教えてもいない芥子川の過去を、当然のように持ち出された事には、もう驚かない事にする。
 唯都はそろそろ本題を進めようと思った。
 早くしないと、昼の休憩時間が終わってしまう。

「ねえ津田さん。今度うちに遊びにいらっしゃいよ」

「何だい、改まって」

 誘われた津田はきょとんとしている。

「お菊ちゃんとは仲良くしたいのよね? 嫌われているとかは置いといて」

 説明はせずに、続けて脈絡の無さそうな質問を投げかけた。

「そりゃしたいよ。私は一方的に電話しているけど……最近はどうかなあ。失恋しちゃったからか、逢坂君情報でも釣れなくて」

 津田からは積極的に連絡を取ろうとしているらしい。
 失恋という言葉に、若干の気まずさを覚える。彼女にそんなつもりは無いのだろうが、勝手に責められているような気持ちになった。
 津田の声の調子は普通だ。冗談を交えずに答えてくれるのが、今は有り難い。

「……勝手に人の情報を伝えている事に関しては、今は流すわ。それで提案なんだけど、今度またお菊ちゃんがうちに遊びに来るのよ。津田さんもその時にどうかしら」

 唯都が何を考えているか分かったらしい津田は、頬杖をついて物憂げな表情を見せた。

「めろんちゃんは、私がいると楽しめないよ」

 その顔を見て、無性に、力になってやりたくなる。
 自分の問題が幾らか片付いた事で、唯都には他人を気にかける余裕が出来ていた。
 妹が大好きだという点に置いて、津田には親近感を持っている。彼女の家族仲も上手くいくと良い。
 姉妹というものは、仲良くあるべきだ。津田が菊石の事を好きならなおさら、二人には仲直りして欲しいと、唯都は思う。
 口に出すのは照れくさいので、出来れば押し付けがましくない感じで話を進めたい。

「でも仲直りしたいんでしょう?」

「喧嘩じゃないから、仲直り出来るものでは無いよ。……そんな簡単じゃない」

 疲労を思わせる諦めの声から、もう試行錯誤した後なのだと分かった。
 何をやっても無駄だよ、とでも言いたげだ。
 なかなか頑固そうである。

「何よ、人には散々世話焼いておいて」

 つい、文句が出てしまう。
 津田が唯都に絡む時は遠慮が無かった。
 逃げても追いかけて来るのだ。

「唯都君は傍から見ても両思いだったから」

 唯都と結愛の場合は、お互いに気持ちが向いていたが、津田と菊石は違うと言いたいらしい。

「私だってずっと片想いだったわよ」

 結果的に両思いだっただけで、唯都はずっと片想いをしていた。

「実質は違うじゃん。めろんちゃんは絶対私の事嫌っているもの。実際、嫌いだって言われているから」

 話を打ち切るように、津田が席を立つ。唯都から顔を背け、トレーを持って歩き出そうとした彼女に、唯都はもう一押しした。

「……私の事、友達だって言ってくれたじゃないの」

 自分はずかずかと唯都の心に割り込んできて、まんまと友達という部屋に住みついたくせに、津田は扉を閉ざしてしまうのか。
 津田の尻尾は跳ねていない。先行きの暗さを思ってか、彼女らしくも無く肩が下がっていた。

「……気持ちは嬉しいよ」

「せっかくお菊ちゃんもいいよって言ってくれたのに……」

「え!?」

 尻尾が揺れる。
 唯都に向き直る際、彼女は危うくトレーに乗せた食器を落しそうになった。
 唯都は大げさなくらい残念そうにしながら、携帯電話を操作する素振りを見せる。

「あーあ……津田さんがどうしても嫌だって言うから、やっぱりお姉さん来られないわごめんねってメールしなくちゃ」

「……待って待って」

「何?」

「めろんちゃん、私が居ても良いって言ってくれたの?」

 半信半疑な声で、しかしかなり期待した眼差しで、聞いてくる。

「だからそう言っているじゃない」

 菊石に確認は取ってあるが、津田を誘う事に異論は無いようだった。
 一応聞く時に、津田と菊石の姉妹仲が良好では無いと知っている、と告げてある。本当に大丈夫かと再度尋ねたが、返事は、問題無い、というものだった。
 津田と菊石が電話やメール以外で、どれくらい顔を合わせているのかは知らなかったが、あっさりとした返信に、普段から会う機会は多いのかも知れない、と思っていたのだが。

「あの……」

 津田のうろたえぶりを見るに、かなり久しぶりなのではないだろうか。
 ここで引き下がれない、というように必死に言葉を探しているように見える。
 もう落ち込んではいなさそうだ。
 その目は期待に泳ぎ、トレーも机の上に戻して、手をもじもじと組んでいる。
 唯都は初めて津田の優位に立てた気がした。
 すっかりいつもの調子を崩している津田は、菊石に会いたくて堪らないはずなのに、すぐに了承しない。

「どうするの?」

 仕方なく唯都が導いてやると、津田はぎこちない動きで頭を下げた。

「お邪魔させていただきます……」

 唯都の前では全てを見通していそうな彼女も、妹の事となると形無しである。

(本当にお菊ちゃんの事が大好きなのね)

 友達の新しい面を発見出来た事は、唯都にとって喜ばしい事であった。

(いつもの津田さんらしく無いけれど、これも面白いわ)

 人を好きになる気持ちは、他人事でも気分が良いものだ。






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