オネエなおにいちゃん

三島 至

文字の大きさ
上 下
13 / 60

13

しおりを挟む
 
 そのまま暫く結愛を見ていると、彼女に近づく男子生徒がいた。
 唯都は彼に見覚えは無く、以前校門前で見た生徒とは別人だ。
 彼が声を掛けたようで、結愛が振り向いた。彼女の視界に入らないように、さっと体をずらす。
 結愛の顔が見える。相変わらずの無表情だった。

(あら……?)

 その表情に違和感を覚えた。
 唯都は、結愛が無表情の時でも、感情を読み取る事が出来ていた。僅かな変化も、見逃さなかった。

 しかし唯都は、今の結愛の感情が分からなかった。彼女が意識して、表情を作っているように思えた。相手に心情を悟らせまいとするような……。
 結愛は、唯都の前では表情豊かだ。それ以外は、打ち解ける前のような、変化に乏しい表情だった。それでも、それが彼女の自然な状態だ。無意識なのだろう。
 今の結愛は、不自然な感じがした。

(慣れない相手で、緊張しているのかしら。それとも、他に何かあったとか……)

 原因を考えて、すぐに、自分のせいだろうか、と思う。結愛を不自然にしているのは、最近の唯都にも一因があるのではないかと。
 唯都が暗い思考に沈みかけていた時に、男子生徒が去った。結愛は目を伏せると、固めていた頬を、ほんの少し和らげた。そして、前の席の女子生徒に向き直る際、僅かに口角を上げたのだ。――それで、何の話だったかな? そう話しかけるように。

 一瞬、閃くものがあった。もしかして……という思いが過ぎる。
 休み時間は、まだ余裕がある。引き続き、見つからないように気を付けながら、教室の様子を眺めていた。

 結愛の所へは、何人か寄っては、去っていった。入学したばかりだが、彼女は順調に、クラスメイトと交流しているようだ。それは、まあいい。

 女子生徒が話しかけた時、結愛は普段通りに見えた。だが、男子生徒が寄ると、彼女は立ち入りづらい雰囲気を作っている。


 オネエ口調が、結愛に知られた時、彼女は笑いかけてくれた。
 目に見えて、懐いてくれるようになった。

 通学中、人前で話すように、口調を変えた時、結愛は固くなった。どうしていいか分からない、そう伝わってくるようだった。

 唯都は、自分の考えが当てはまるような気がした。

(もしかして……結愛は……)

 自分が考えていたよりも、根が深い問題かもしれない。
 はっとして、唯都は気を引き締める。教室の後方に座っている生徒が、ちらちらとこちらを見ていた。長時間ずっと、教室を眺めていれば、誰かの目に付くだろう。もうすぐチャイムが鳴る頃だ。生徒達が一斉に教室へ戻る前に、三年生の階に戻ろう。唯都は意識を切り替えて、背を向ける。逃げるように、階段へ向かった。



 予鈴前に、自分のクラスに戻る事が出来た。何事も無かったかのように、席へ直行する。最初からずっとそこにいたみたいに、机の上に、次の授業で使用する教材を並べる。
 背筋を伸ばして、姿勢良く座っていると、友人が目敏く唯都を見つけた。明らかに自分に向かって歩いてくるのを見て、内心、しまったな、と思う。少し戻るのが早かった。

「珍しいな唯都。どこ行ってたんだよ?」

 案の定、声を掛けられた。やはり、クラスメイトがいないと気にするか……。居ても、居なくても、あまりこちらに関心を向けて欲しくないものだ。

 結愛に心を許し、その度合いが深くなるほど、他人への拒絶が強くなっていくようだった。


「図書館とか、色々」

 さらりと嘘をつく。一年生の教室へ行っていた理由など、明かしたくない。
 唯都の嘘になど、全く気が付いた様子のない友人は「休み時間にまで勉強かよ……すげえな」と感心していた。

「そう言うけどな、今年受験だぞ? 別に俺だけじゃないからな?」

 自分の中に存在するマニュアル通りに、会話を進める。普通の男子は、こういう話し方をするのだ。そして、クラスで少し勉強が出来る、と位置付けされている生徒は、こういう風に助言をするのだろう、と。
 客観的に、頭の中で台詞を組み立てていく。思わず、といった言葉は無かった。全て、変に思われないように、一度頭の中で読み上げてから、舌の上に乗せている。

「まだ三年になったばっかなのに! うう、耳が痛いぜ」

 友人の声が脳に反響した。唯都も、彼に合わせて軽い調子で言う。

「後で泣くなよー、早めに取り掛かっといたほうが、選択肢も増えるかもしれないだろ?」

 唯都は自分の口調に、違和感しかない。
 愛想が良くて、中学生らしい生意気さがあって、友人と軽口を叩くための皮を、顔の上に貼り付けて、自分の声をどこか遠くで聞いている。

 以前はそのことを考えると、腹が痛くなった。
 今は、痛みは無い。
 症状が現れなくなったのを、唯都は、心の拠り所を見つけたからだと思っていた。
 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 友人が、耳を押さえていた手を下げ、浮かべていた笑みを消した。急に真面目な顔をする。
 怪訝に思い、「どうしたんだよ」唯都が問いかけると、友人は「なあ、唯都……」と声を落とした。

「何か、無理してね? 元気なく見えんだけど」

 貼り付けた皮が、乾いていく錯覚に襲われる。

 一年生の教室で、結愛の表情に見えた違和感を思い出した。人の心配をしている自分こそ、上手く顔を作れていないじゃないか。

 クラスメイトや、友人に、完全に作った自分だけを見せてきた。
 会話からは、極力逃げている。
 話していても、内心冷めている。

 ――たった一人でも、理解者がいれば良かった。

 唯都は、受入れてくれる人を得たから、他はどうでもよくなったのかもしれない、と思った。
 危惧している事がある。
 結愛以外の事では、感情を動かす事が出来なくなったのではないか、と。

 取り繕えなくなるほど、自分は動揺しているらしい。ああ、気付かれた、いや、元気が無いと言っただけ、それでも、彼は僅かな変化に、気が付いたのだ。いつもどおり、話していたのに。

 唯都は自分が嫌になった。唯都もまた、気付いたからだ。唯都が、結愛の変化を見逃さないように、この友人も、唯都を心配しているのだと。

 友人に、申し訳ないと思った。ここで友情が芽生えれば良いのだが、唯都の心は容易く進入を許さない。

 結愛の他はどうでもいい、その通りだと、思ってしまった。

(どうして私は、こうなのかしら……)


 その結愛に、自分は拒絶される対象かもしれない。
 そしてそれは、遠くない話かもしれないのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

高見 梁川
エッセイ・ノンフィクション
管理人自身の恐怖体験や、ネット上や読書で知った大量殺人犯、謎の未解決事件や歴史ミステリーなどをまとめた忘備録。 個人的な記録用のブログが削除されてしまったので、データを転載します。

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~

鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
 第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。  投票していただいた皆さん、ありがとうございます。  励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。 「あんたいいかげんにせんねっ」  異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。  ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。  一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。  まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。  聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………    ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました

りつ
恋愛
ミランダは不遇な立場に置かれた異母姉のジュスティーヌを助けるため、わざと我儘な王女――悪女を演じていた。 やがて自分の嫁ぎ先にジュスティーヌを身代わりとして差し出すことを思いつく。結婚相手の国王ディオンならば、きっと姉を幸せにしてくれると思ったから。 しかし姉は初恋の護衛騎士に純潔を捧げてしまい、ミランダが嫁ぐことになる。姉を虐めていた噂のある自分をディオンは嫌悪し、愛さないと思っていたが―― ※他サイトにも掲載しています

忘れられない恋になる。

豆狸
恋愛
黄金の髪に黄金の瞳の王子様は嘘つきだったのです。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...