オネエなおにいちゃん

三島 至

文字の大きさ
上 下
8 / 60

8

しおりを挟む
 


 三階教室の窓際に立って、外の生徒を眺める。入学式の今日、下に見えるのは、初登校する新入生達だ。
 彼らの真新しい制服は、当たり前だが少しも草臥れていない。グレーのブレザーが校内に流れ込んでくる中に、結愛の姿を探す。
 担任の教師が声を掛けた。二年生と三年生の登校時間は、新入生よりもやや早い。教室にはクラス全員が揃っている。号令に従い、各々が席に着く。
 結愛が同じ学校に通うことに、唯都も内心浮かれていた。朝も家で顔を合わせたというのに、校門をくぐる結愛が見えなかった事で、小さく溜息を溢す。
 後ろ髪を引かれる思いで、席に着く直前、もう一度窓の外を振り返った。
 その時、一人の男子生徒が目に留まった。

(あの子……)

 入学式だというのに、髪が無造作に伸びている。辛うじて制服はきちんと着ているが、前髪が妙に長く、猫背で歩いているため、どこか陰鬱そうな印象である。
 見た事のある顔だ。唯都は席についてからも、その生徒の顔が頭から離れなかった。会って会話をしたことはない。だが、唯都は一方的に彼を知っていた。

(なんか、嫌な感じだわ……結愛と同じクラスにならなきゃいいけど……)

 かぶりを振って、教師の話に集中する。
 唯都は今日から最高学年だ。気を引き締めなければならない。そう思ったが、どうにも、階下の一年生の事が気になってしまう。
 授業に拘束され、唯都の憂いが晴れる事は無かった。



 放課後、帰り支度が終わる前に唯都は友人に捕まった。

「唯都、今日早く帰れるだろ? 帰りどこか寄っていこうぜ」

 またなの……。唯都は友人に向ける表情を作りながら、内心ではうんざりしていた。
 唯都は頻繁に、クラスメイトから誘いを受ける。だが、唯都がそれに乗ることは稀だ。繰り返し断っていれば、誘われなくなりそうなものだが、唯都に限っては無くならなかった。
 彼はクラスで、それなりの地位を築いていた。男子からは、付き合いは悪いがいい奴だ、と思われているようだ。
 唯都は経験から、自分の発言で相手を傷つけてしまうことを恐れていた。口調に気を使う事の他にも、相手の気持ちを良く考えて話すようにしていた。ストレスを抱えてはいたが、結果的に友人たちをないがしろにする事は無かったのである。
 真摯に受け答えしてくれる、友人たちは、そう感じているようだ。そして、唯都と深い付き合いをしたいと、行動で示してくる。
 中学では、面白い事を言える人がクラスの中心人物になりやすい。唯都は、人を楽しませる話術を持っているつもりはなかった。唯都が友人に言われた話だと、彼は性格が良い、という印象らしい。加えて、容姿が整っているため、女子からの支持も密かに高い。授業を通して、成績が良い事も窺い知れたため、彼の存在感は、決して霞むものでは無かったという事だ。だがそれらは、人伝に聞いたに過ぎない。唯都が自覚して、認識した事ではなかった。

 唯都が心を開けないのは、小学生の時に口調が変だと指摘された事による。
 本当の自分を隠している限り、唯都が友人からの好意を素直に受入れる事は難しかった。

「ごめん、約束あるんだ」

 いつものように断る。結愛に、なるべく早く帰るとは言ってあるので、嘘では無い。

「今日もかよ~、じゃあ俺とも遊びの約束しろよ~」

「そもそも、中学生は寄り道禁止だろ? 真っ直ぐ帰って勉強しろよ」

 約束の件は軽く流して、近くある学力検査のことを仄めかす。

「唯都のがり勉! だから成績が良いんだよ!」

「褒めてんのか?」

「どうせ休み中ちゃんと勉強してたんだろ~、もう試験は明日なんだから勉強したって意味無い」

「そういうお前は休み中勉強したのかよ」

 唯都はこういった会話をするときも、かなり気を張っている。
 意識して、他の男子と変わらない口調で話しているため、あまり長くは話していたくない。唯都は口を動かしながらも、いつでも適当な言い訳をして帰れるように、さっさと鞄に教科書を詰めた。

「しているわけが無い。だから今日したって意味が無い」

 友人の言葉に、唯都は片方の眉を上げ、目を細める。器用に呆れた顔を作って見せた。

「だったらなおさら、今日くらい勉強しろ。ほら、範囲のノート貸してやるから。最低限ここだけ覚えておけばそこそこ点取れる」

 たまに頼ってくる友人がいるので、唯都は授業用の他にもう一冊、暗記用のノートを作っていた。作る過程で唯都は勉強し、そのノート自体を使う事は無い。唯都は普段から勉強しているので、直前に慌てて詰め込むような事はしたことが無かった。

「マジか。めっちゃ助かる! でも唯都困るんじゃね?」

「俺はもう覚えた」

「かっこよすぎか。嫌味なくらいだ。ありがとうございます唯都さま~」

「貶してんだか感謝してんだか……」

 友人はノートを受け取ると、高々と上げ、崇めるような仕草をした。話のキリがいいと思った唯都は、鞄を肩にかける。椅子を戻す音で、完全に帰る流れになった。

「じゃあな、勉強しろよ」

「そうだな、唯都ノートあるし、今日は大人しく勉強するわ。サンキュー唯都!」

 友人より先に教室を出て、去り際手を振る。
 試練を乗り越えたような気持ちで、唯都は嘆息した。

(疲れるわね、本当……)

 唯都も今日は少し早く帰ることが出来るが、入学式の結愛は、もうとっくに帰っている時間だ。
 早く家に帰りたくて、唯都は足早に階段を下りた。

 学校の玄関で靴を履き替えている所で、三年生の下駄箱に寄りかかっている人影が見えた。長い黒髪だ。片足をふらふらと動かして、その度にスカートの裾が一緒に揺れる。足の先には、結愛が先日親に買ってもらったのと同じスニーカーを履いていた。
 特徴が、ある人物と全て一致していると思った時に、人影が振り返った。

「唯ちゃん!」

 高い声で名前を呼んだのは、やはり結愛だ。
 音が響く事を気にしてか、小声で声を弾ませている。

「結愛? どうし……」

 思ったよりも早く会えた事で、唯都も声に喜びを乗せそうになる。でも一応注意しようとした。
 どうしてここにいるの? 本当は新入生が残っていちゃ駄目なのよ――と言いかけて、はっとする。
 まだ学校だから、気を抜けない。そう思い言葉を切った。言い直そうとした時、唯都は結愛の向こう側にあるものが見えた。校門に背を預ける男子生徒が見えたのだ。
 玄関での会話が、校門まで聞こえるとは思えないが、唯都は警戒した。結愛の前だと、うっかり口調を戻してしまいそうになる。用心するべきだ。他人に聞かれるのもまずいが、何より、その男子生徒は知らない人間ではなかったからだ。

(や、やだ……!! ストーカー!?)

 朝、教室の窓から見かけた生徒だ。
 今まで下駄箱の所で残っていた結愛と、無関係だとは思えなかった。一度きつく見据えた後、唯都は結愛の隣に並んだ。口調を改めて、先程言いかけた事の続きを口にする。

「……どうして残っているんだ? 一応、新入生は残っていたら駄目なんだぞ。俺の事待っていてくれたのか?」

 結愛はきょとんとして、暫く黙り込む。そして得心がいったように、何度も頷いた。

「あ、……うん。唯ちゃんの事、待っていたの。ごめんね、駄目だった……?」

「いや、嬉しいけど、本当は駄目だからな、先生が早く帰りなさいって言った時は、待たなくていいからな」

 結愛は表情を固めている。戸惑っているようだ。頭を撫でると、結愛はほっとした顔をした。

「待ちきれなかったの。今度はちゃんとするね」

 結愛の機嫌は悪くは無い。だが表情はぎこちなかった。
 あくまでも、唯都と家で二人きりの時に比べた場合の話である。
 基本的にはこの無表情に近い方が、結愛の普通ではあった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

処理中です...