18 / 23
18.肇と零
しおりを挟む
(国永視点)
ういと別れて家に帰り苺香を抱き締めると、俺は千冬の家に向かった。肇の体調も心配だし、千冬に何かあったらと思うと気が気じゃなかったのだ。
千冬の家に行くと、肇は居なかった。どうやら二階の寝室で眠っているらしい。俺としては目の届く範囲に居てほしかったけど、ソファだと寝にくいだろうし、俺が寝室で肇を監視すればいいよな。
「あ、俺、肇のところに居るよ」
「あまり他人に寝室を覗かれたくないのだけれど」
「あ、そうか。そうだよな、ごめん」
「国永さんならいいわ。でも部屋はあまりじろじろ見ないでね」
「う、うん」
寝室は思った通り、広かった。見た目に反して中身は立派。普通の家かと思ったら大間違いだった。
千冬はきっと専業主婦だよな。
三人は余裕で眠れそうな大きいベットの真ん中に肇がちょこんと埋もれている。埋もれていると表現したのは、ベットがあまりにもふかふかだからだ。
型にはまった肇。あはは、面白いな。
肇はすやすやと寝息を立てて眠っている。俺はベットの横に椅子を置いてそこに座った。
「あ、ごめん。苺香の座る場所がないよな。俺の膝の上にでも座るか?」
てのひらでぽんぽんと両膝を叩いてみせると、苺香は俺に背中を向けて膝の上に座った。
俺は背後からそっと苺香を抱き締めると、背中に顔を埋める。
苺香、いい匂いがする。
ああ、息がしにくいな。目の奥がじんとなって、鼻が一瞬で詰まっていく。
なんかもう、疲れた。ドールってなんなんだよ。どうして主人を傷付けたりするんだ。主人も主人だよ。自分のドールくらい大切にしろ。傷付けたり壊したりすんな。
どのくらい経っただろう。苺香の背中で子供のようにめそめそしたあと、鼻が痛くならないふわふわのティッシュで鼻をかんで、ようやく落ち着いた。
肇はまだすやすやと眠っている。もしかしたら今日はこのまま目を覚まさないかもしれないな。
一度トイレに行こうと寝室を出て、千冬の居る一階に行くと、千冬の話し声が聞こえた。
「ミスリードは?」
『居ない。希少種も死んでる。あと、なんかもういっこくっついてた』
「もういっこ?」
『ああ、女だよ。人なのかドールなのかさえ分からない。希少種と仲良く串刺しさ』
「ビデオ通話にしてくれる? 状況を確かめたいの」
もの凄く嫌な予感がした。ますたーは零を探していて、ますたーの手によって負傷した零は不老不死ドールの元へくるんじゃないかという千冬の予想で、不老不死ドールに会いに行ったんだ。そして不老不死ドールの動きを千冬が監視して、その反応が止まったらますたーがそこに行く事になっている。
ミスリードは零の事で、希少種は多分、不老不死ドール。つまり零は居なくて、不老不死ドールは死んでいる。そして他にも誰かそこに居る。
その人はいったい誰なのか、俺は確かめないといけないような気がしたんだ。通行人が巻き込まれたのか。それとも俺の知っている人なのか。まずはそれを確かめないと。
「えっ」
思わず声が出た。そこに映っていたのが俺の知っている人だったからだ。
「どうしたの、国永さん」
「そ、その女の人、不老不死ドールの主人だよ」
「え?」
麻生藍子。俺の隣の家に住んでいる、不老不死ドールのドール保持者。そして、俺と一度だけ身体を重ねた女の人。
また会えたら会おうねと、麻生さんは言っていた。それがまさかこんな形で再会する事になろうとは。
麻生さん。猟奇的で頭のネジはだいぶ飛んでた人だけど、俺は嫌いじゃなかったよ。もしまた会えたらその時はご飯でも食べに行こうと思ってたんだ。
そういえば、どうして麻生さんが此処に居るんだろう。偶然には思えないけど。もしかして麻生さんも不老不死ドールを探していたとか?
でもなんの為に?
だって麻生さんは、つまんないからもう捨てるって言ったんだ。それなのにわざわざ探すような真似をするだろうか。なら、たまたま通りがかっただけ?
たまたま通りがかって、ただならぬ雰囲気を感じとって、咄嗟に不老不死ドールを庇ったのか?
まぁ、確かにそれなら辻褄は合う。あんだけ酷い事をしてたって、流石に命の危険となれば勝手に身体は動くだろうし、見て見ぬふりなんて出来ないよな。あと、自分は壊してもいいけど他人が壊すのは嫌なのかもしれないし。理由としては後者の方が麻生さんぽいけど。
あ、しまった。話をまったく聞いてなかった上にトイレに行きたかったんだ。
トイレを済まして千冬のところに戻ると、もうすぐますたーが此処にくる事を知った。個人的には二人がどんな関係なのかが気になるんだけど、多分聞いても教えてはくれないだろう。
でもそうか。ますたーが此処にくるなら、苺香を下に連れてこよう。肇の様子はまたあとで見ればいい。
寝室に戻ると、苺香は大人しく椅子に座っていた。
「苺香、おまたせ。もうすぐ此処にますたーがくるみたいだから下に降りよう」
苺香は麻生さんの事を知らない。だからだろうか。なんとなく苺香から目を逸らしてしまいたくなるのは。
普段は忘れているけどちゃんと覚えている。麻生さんの声と身体。あれはもう二度と開けてはいけない記憶なんだ。だからもう忘れよう。麻生さんはただの隣人で、不老不死ドールのドール保持者。それ以上の関係は何もない。
暫くするとますたーがきて、千冬と二人で話していた。本当に二人は仲がいいんだな。幼馴染というか、腐れ縁というか、兄妹みたいに見えるぞ。
ていうかあれだな。アンサーテインってますたーの事なんだな。なんか格好良い名前だな。あれ、でも能力ってなんだ?
能力って確か、ドールにしか使えないはずじゃ。
「ええ、死んでよぉ。ミスリードの主人のために♡」
「あ?」
驚いた。いったいいつからそこに居た?
足音は勿論、ドアが開く音すら聞こえなかったのに。
「……零」
本当に零なのか?
だって俺の知っている零はこんなに笑わない。もっと言葉も舌っ足らずで、語尾を伸ばしたりはしなかったはず。
「……お前、不老不死ドールを殺したのか?」
ますたーは問う。そうだ、不老不死ドールは不老不死だから不老不死ドールなんだ。いくらドールとはいえ、女の子一人に不老不死ドールが殺されるはずがないじゃないか。
「うん、殺したよぉ♡」
「不老不死だぞ? 燃やそうが切断しようが死なないような奴が、どうしてお前如きに殺せる?」
「ああ、多分それ、飼い主ごと殺したからじゃない?」
「あ?」
「なんか邪魔が入ったからついでに殺しちゃえー、と思ったら、ドールまで死んじゃってラッキーだったよねぇ♡」
「……まさか、不老不死ドールが死んだのはたまたまだったって事か?」
「うん、そだよぉ♡ たまたまじゃなきゃ、わたしなんかが殺せるわけないよぉ♡」
なんだろう、上手く言葉が入っていかないな。飼い主って、麻生さんの事か?
邪魔が入ったって、麻生さんの事か?
ラッキーだったって、不老不死ドールの事か?
たまたまだったって、不老不死ドールの事か?
邪魔だとかラッキーだとかたまたまだとか、さっきから何を言っているんだ。
お前は誰だ。
お前は本当に零なのか?
「……おい、ちょっとまて」
だとしたらいったいどうしちゃったんだよ。ちょっと会わないうちに何があった?
肇が零に酷い仕打ちをしたのは知ってるけどさ、それにしたってこんなに雰囲気が変わるものなのか?
これがもし苺香だったらと思うと反吐が出る。
「ドールと人間を殺しておいて、ラッキーだとかたまたまだとか、そういう言い方はないんじゃない?」
俺の声は感じた事のない程の怒りに震えていた。
「どうしてきみが怒るの? 死んだのは麻生藍子とそのドールだよ? 肇じゃないよ?」
それはつまり、死んだのは肇じゃないんだからいいじゃんという意味なのだろうか。
ふざけんな。これが肇だったらお前なんか殺してる。これが苺香だったら何度殺したって足りないくらいだ。これが千冬だったらと考えただけで頭がどうにかなりそうだ。
「殺す」
「くになが!」
「止めるなますたー。俺がこいつを殺してやる」
俺は迷う事なく零の首元に両手を添えると、殺すつもりで強く首を絞めた。こんな奴、俺にだって殺せる。こんな奴、こんな奴、こんな奴。
「残念。いくら頑張ってもわたしは殺せないよぉ♡ だぁってわたしにはぁ、不老不死の力があるんだもん♡」
こんなに強く首を絞めているはずなのに、零の表情は涼しいままだった。対象のドールを殺してそのドールの能力を得るなんておかしいだろ。そんなのがこいつの特殊能力だっていうのなら、チートにも程があるぞ。
「ああ、でも、こういう時は、命乞いをした方がいいんだっけ? いやだぁ、殺さないでぇ、わたしまだ、死にたくないよぉ!」
「!」
まるで女優のように一瞬で涙を浮かべてみせる零に、俺はかなり動揺した。
そして。
「くになが!」
背後から俺を呼ぶますたーの声と、千冬の黄色い悲鳴が聞こえた瞬間。
「え?」
後ろを振り返ると、ますたーが床に倒れていた。その背中には黒い鎌のようなものが突き刺さっていて、そこから赤い血がじんわりと滲み出ている。もしかしてと思った時には頭の中が真っ白になっていた。
「ますたー?」
ますたーが刺された。ますたーが倒れた。ますたーが、ますたーが、ますたーが……ますたーが、しぬ?
いや駄目だ。そんな事になったらういが悲しむ。あんなに沢山のうい達が行き場をなくして彷徨う事になるんだ。
「人間って馬鹿だよねぇ。なんで庇ったりするんだろ。庇った事で自分が死ぬかもしれないのに。ま、いっかぁ。こいつはわたしを傷付けたんだし、これでチャラにしてあげるぅ♡」
人が倒れているのにどうしてこいつは笑っていられるんだ?
これがもし肇だったら?
「……お前の所為で、肇は頭痛が酷くて起きていられないんだ」
「ふうん」
「ふうんじゃねえよ。肇はお前の主人だろ? どうしてそんな反応しか出来ないんだよ」
「だぁってえ、それが人間とドールの違いでしょお?」
こんなのは知らない。こいつは零じゃない。きっと肇に捨てられそうになって傷付いているだけなんだよ。だから仲直りしよう。そうすればまた上手くやれるさ。そうだよな、零。
零を信じたいきもちはある。きもちはあるけど、他にも沢山、色々なきもちが混じってごちゃごちゃで、どうすればいいのか分からなかった。
だけどこのままじゃよくない事は分かるから、なんとかしなきゃと思うから。
「……零」
背後からまた声がした。この声はますたーじゃない。この声は。
「……肇」
肇だ。肇が壁に凭れ掛かりながら立っている。顔色が悪い。動いて大丈夫なのかと声を掛けようとしたが、聞くまでもないだろう。
肇はふらふらとした足取りでゆっくりと一歩ずつこちらに向かって歩いてくる。
「零……きてたのか……きてたなら挨拶くらいしろよな……」
俺も千冬も、誰も肇を止めようとはしなかった。いや、そんな雰囲気ではなかったんだ。だって、肇は怒ってない。むしろまた会えて嬉しそうなくらいだった。それに肇は零に何かを伝えようとしている。それを止めるなんて俺には到底むりだった。
「肇、わたしの所為で苦しいの?」
「……大丈夫だ……大丈夫、だから……」
「肇?」
肇は零の肩を掴むと、苦しそうな声を出した。
「僕が……殺してあげるから……もう、大丈夫だ……」
俺が居る位置からだと肇の背中しか見えないので、表情までは分からない。それに、僕が殺してあげるって……そんな選択、絶対つらいに決まってる。
「ぐ、ぇ」
「零……ごめんな……さよならだ……」
「は、じめ、ゃだァ、……ころさ、ない、でェ」
「ごめん、な……」
グキッと鈍い音がすると、零の声はしなくなった。肇が零から手を離すとその場に倒れて動かなくなる。
死んだのか?
それともまた生き返る?
だとしても肇の手で零を殺した事に変わりはない。目撃者は俺と苺香と千冬。三人も見ているのだから間違いはないはずだ。
「は、肇……お前、どうして」
どうして零を殺したんだ?
言いかけて言葉を飲み込んだ。こっちはますたーがやられたんだ、早く零をなんとかしなければきっともっと被害者が増えていた。
だからこれは正当防衛。肇は何も悪くない。
「零はもう生き返らないよ」
「え?」
「そうだよね、千冬」
肇が何を言っているのか分からなかった。それは零がどうして生き返らないと断言出来るのかではなく、どうして千冬に同意を求めるのかに対しての疑問だ。
千冬は対処方法を知っていた?
ならどうして最初からそれを言わないんだ?
ますたーの頭を膝に乗せて床にぺしゃんと座り込んでいる千冬を見ると、千冬は俺から目を逸らす。
「そうね」
そうねってなんだよ。ばれちゃったわねみたいな顔すんなよ。千冬が黙っていた所為でますたーが傷を負ったじゃないか。対処方法さえ知っていれば回避出来たかもしれないのに。
「僕が零の主人だから、僕が殺せば零は死ぬ。これは零のみに有効な裏技みたいなものなんだ。他の人やドールが零を殺しても生き返る。零の主人である僕だけが、この状態の零を殺せるんだ」
通常の零を殺したところで死んだりはしない。零が不老不死の能力を奪った事で初めて条件が揃うんだ。他の能力だったら通用しなかった。不幸中の幸いだった。と肇は言った。
頭痛はもうしないらしい。零が死んだと同時に嘘みたいに楽になったとか。そういえば、ますたーの背中の傷も消えている。
「ますたーは大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫なはずよ。直に目が覚めるわ」
千冬がますたーの頭を撫でる。
「千冬は、ますたーの事が好きなのか?」
「まさか。違うわよ。好きになるなら人間がいいわ」
「ああ、千冬には素敵な旦那様が居るもんな」
千冬の旦那様は人間らしいが、いったいどんな人なんだ?
というか、好きになるなら人間がいいって。もしかしてますたーは。
「……ん」
「あら起きた」
「千冬? ミスリードはどうした」
「ミスリードならそこに倒れているわ。肇が終わらせてくれたのよ」
「そうか」
千冬が膝枕してる事には驚かないんだな。本当に二人はどんな関係なんだ。気になる、気になるぞ。
「ますたー、ごめん。俺、動揺して」
「ま、しょうがないだろ。ドールが命乞いなんてしだすんだ、誰だって動揺する」
「ますたー、早く帰って」
「あ?」
「うい達に、会ってあげて」
「……ああ」
ますたーの口元が緩む。なんだ、そんな顔も出来るんだな。そっちの方がイケメンじゃん。くそ、どいつもこいつも顔がいいんだから。
「じゃあ解散しますかぁ。零は千冬に任せていい?」
「ええ」
「零はこれからどうなるんだ?」
「もう目が覚める事はないわ。だから廃棄処分されるわね」
「廃棄、処分」
そうなったらもう二度と、零には会えなくなる。
「いいのか、肇」
「いいよ。また新しいドールでも探すさ。いや、今度は人間の彼女でも作ろうかな」
ふふんと謎のドヤ顔になる肇を見て、俺は少しだけ安堵した。本当に頭痛は治ったんだな。それにもうドールなんていらないとか言いだすかと思ってた。強いよ、肇は。
「じゃあ、お別れだ、零」
肇が零の手をとり握手をする。
「楽しかったよ、零。酷い扱いばかりしてごめんな、ありがとう」
この日を最期に、肇は零の主人ではなくなった。『廃棄処分』なので零が他の主人に出会う事もない。本当に死んだのだ。
「……また、いつか会えたら。その時は家族に」
「肇?」
「いや、なんでもない。さ、帰ろっか」
この時、肇がなんて呟いたのかは分からないけど、『零、愛してる』とかだったらいいなぁ……なんてね。
ういと別れて家に帰り苺香を抱き締めると、俺は千冬の家に向かった。肇の体調も心配だし、千冬に何かあったらと思うと気が気じゃなかったのだ。
千冬の家に行くと、肇は居なかった。どうやら二階の寝室で眠っているらしい。俺としては目の届く範囲に居てほしかったけど、ソファだと寝にくいだろうし、俺が寝室で肇を監視すればいいよな。
「あ、俺、肇のところに居るよ」
「あまり他人に寝室を覗かれたくないのだけれど」
「あ、そうか。そうだよな、ごめん」
「国永さんならいいわ。でも部屋はあまりじろじろ見ないでね」
「う、うん」
寝室は思った通り、広かった。見た目に反して中身は立派。普通の家かと思ったら大間違いだった。
千冬はきっと専業主婦だよな。
三人は余裕で眠れそうな大きいベットの真ん中に肇がちょこんと埋もれている。埋もれていると表現したのは、ベットがあまりにもふかふかだからだ。
型にはまった肇。あはは、面白いな。
肇はすやすやと寝息を立てて眠っている。俺はベットの横に椅子を置いてそこに座った。
「あ、ごめん。苺香の座る場所がないよな。俺の膝の上にでも座るか?」
てのひらでぽんぽんと両膝を叩いてみせると、苺香は俺に背中を向けて膝の上に座った。
俺は背後からそっと苺香を抱き締めると、背中に顔を埋める。
苺香、いい匂いがする。
ああ、息がしにくいな。目の奥がじんとなって、鼻が一瞬で詰まっていく。
なんかもう、疲れた。ドールってなんなんだよ。どうして主人を傷付けたりするんだ。主人も主人だよ。自分のドールくらい大切にしろ。傷付けたり壊したりすんな。
どのくらい経っただろう。苺香の背中で子供のようにめそめそしたあと、鼻が痛くならないふわふわのティッシュで鼻をかんで、ようやく落ち着いた。
肇はまだすやすやと眠っている。もしかしたら今日はこのまま目を覚まさないかもしれないな。
一度トイレに行こうと寝室を出て、千冬の居る一階に行くと、千冬の話し声が聞こえた。
「ミスリードは?」
『居ない。希少種も死んでる。あと、なんかもういっこくっついてた』
「もういっこ?」
『ああ、女だよ。人なのかドールなのかさえ分からない。希少種と仲良く串刺しさ』
「ビデオ通話にしてくれる? 状況を確かめたいの」
もの凄く嫌な予感がした。ますたーは零を探していて、ますたーの手によって負傷した零は不老不死ドールの元へくるんじゃないかという千冬の予想で、不老不死ドールに会いに行ったんだ。そして不老不死ドールの動きを千冬が監視して、その反応が止まったらますたーがそこに行く事になっている。
ミスリードは零の事で、希少種は多分、不老不死ドール。つまり零は居なくて、不老不死ドールは死んでいる。そして他にも誰かそこに居る。
その人はいったい誰なのか、俺は確かめないといけないような気がしたんだ。通行人が巻き込まれたのか。それとも俺の知っている人なのか。まずはそれを確かめないと。
「えっ」
思わず声が出た。そこに映っていたのが俺の知っている人だったからだ。
「どうしたの、国永さん」
「そ、その女の人、不老不死ドールの主人だよ」
「え?」
麻生藍子。俺の隣の家に住んでいる、不老不死ドールのドール保持者。そして、俺と一度だけ身体を重ねた女の人。
また会えたら会おうねと、麻生さんは言っていた。それがまさかこんな形で再会する事になろうとは。
麻生さん。猟奇的で頭のネジはだいぶ飛んでた人だけど、俺は嫌いじゃなかったよ。もしまた会えたらその時はご飯でも食べに行こうと思ってたんだ。
そういえば、どうして麻生さんが此処に居るんだろう。偶然には思えないけど。もしかして麻生さんも不老不死ドールを探していたとか?
でもなんの為に?
だって麻生さんは、つまんないからもう捨てるって言ったんだ。それなのにわざわざ探すような真似をするだろうか。なら、たまたま通りがかっただけ?
たまたま通りがかって、ただならぬ雰囲気を感じとって、咄嗟に不老不死ドールを庇ったのか?
まぁ、確かにそれなら辻褄は合う。あんだけ酷い事をしてたって、流石に命の危険となれば勝手に身体は動くだろうし、見て見ぬふりなんて出来ないよな。あと、自分は壊してもいいけど他人が壊すのは嫌なのかもしれないし。理由としては後者の方が麻生さんぽいけど。
あ、しまった。話をまったく聞いてなかった上にトイレに行きたかったんだ。
トイレを済まして千冬のところに戻ると、もうすぐますたーが此処にくる事を知った。個人的には二人がどんな関係なのかが気になるんだけど、多分聞いても教えてはくれないだろう。
でもそうか。ますたーが此処にくるなら、苺香を下に連れてこよう。肇の様子はまたあとで見ればいい。
寝室に戻ると、苺香は大人しく椅子に座っていた。
「苺香、おまたせ。もうすぐ此処にますたーがくるみたいだから下に降りよう」
苺香は麻生さんの事を知らない。だからだろうか。なんとなく苺香から目を逸らしてしまいたくなるのは。
普段は忘れているけどちゃんと覚えている。麻生さんの声と身体。あれはもう二度と開けてはいけない記憶なんだ。だからもう忘れよう。麻生さんはただの隣人で、不老不死ドールのドール保持者。それ以上の関係は何もない。
暫くするとますたーがきて、千冬と二人で話していた。本当に二人は仲がいいんだな。幼馴染というか、腐れ縁というか、兄妹みたいに見えるぞ。
ていうかあれだな。アンサーテインってますたーの事なんだな。なんか格好良い名前だな。あれ、でも能力ってなんだ?
能力って確か、ドールにしか使えないはずじゃ。
「ええ、死んでよぉ。ミスリードの主人のために♡」
「あ?」
驚いた。いったいいつからそこに居た?
足音は勿論、ドアが開く音すら聞こえなかったのに。
「……零」
本当に零なのか?
だって俺の知っている零はこんなに笑わない。もっと言葉も舌っ足らずで、語尾を伸ばしたりはしなかったはず。
「……お前、不老不死ドールを殺したのか?」
ますたーは問う。そうだ、不老不死ドールは不老不死だから不老不死ドールなんだ。いくらドールとはいえ、女の子一人に不老不死ドールが殺されるはずがないじゃないか。
「うん、殺したよぉ♡」
「不老不死だぞ? 燃やそうが切断しようが死なないような奴が、どうしてお前如きに殺せる?」
「ああ、多分それ、飼い主ごと殺したからじゃない?」
「あ?」
「なんか邪魔が入ったからついでに殺しちゃえー、と思ったら、ドールまで死んじゃってラッキーだったよねぇ♡」
「……まさか、不老不死ドールが死んだのはたまたまだったって事か?」
「うん、そだよぉ♡ たまたまじゃなきゃ、わたしなんかが殺せるわけないよぉ♡」
なんだろう、上手く言葉が入っていかないな。飼い主って、麻生さんの事か?
邪魔が入ったって、麻生さんの事か?
ラッキーだったって、不老不死ドールの事か?
たまたまだったって、不老不死ドールの事か?
邪魔だとかラッキーだとかたまたまだとか、さっきから何を言っているんだ。
お前は誰だ。
お前は本当に零なのか?
「……おい、ちょっとまて」
だとしたらいったいどうしちゃったんだよ。ちょっと会わないうちに何があった?
肇が零に酷い仕打ちをしたのは知ってるけどさ、それにしたってこんなに雰囲気が変わるものなのか?
これがもし苺香だったらと思うと反吐が出る。
「ドールと人間を殺しておいて、ラッキーだとかたまたまだとか、そういう言い方はないんじゃない?」
俺の声は感じた事のない程の怒りに震えていた。
「どうしてきみが怒るの? 死んだのは麻生藍子とそのドールだよ? 肇じゃないよ?」
それはつまり、死んだのは肇じゃないんだからいいじゃんという意味なのだろうか。
ふざけんな。これが肇だったらお前なんか殺してる。これが苺香だったら何度殺したって足りないくらいだ。これが千冬だったらと考えただけで頭がどうにかなりそうだ。
「殺す」
「くになが!」
「止めるなますたー。俺がこいつを殺してやる」
俺は迷う事なく零の首元に両手を添えると、殺すつもりで強く首を絞めた。こんな奴、俺にだって殺せる。こんな奴、こんな奴、こんな奴。
「残念。いくら頑張ってもわたしは殺せないよぉ♡ だぁってわたしにはぁ、不老不死の力があるんだもん♡」
こんなに強く首を絞めているはずなのに、零の表情は涼しいままだった。対象のドールを殺してそのドールの能力を得るなんておかしいだろ。そんなのがこいつの特殊能力だっていうのなら、チートにも程があるぞ。
「ああ、でも、こういう時は、命乞いをした方がいいんだっけ? いやだぁ、殺さないでぇ、わたしまだ、死にたくないよぉ!」
「!」
まるで女優のように一瞬で涙を浮かべてみせる零に、俺はかなり動揺した。
そして。
「くになが!」
背後から俺を呼ぶますたーの声と、千冬の黄色い悲鳴が聞こえた瞬間。
「え?」
後ろを振り返ると、ますたーが床に倒れていた。その背中には黒い鎌のようなものが突き刺さっていて、そこから赤い血がじんわりと滲み出ている。もしかしてと思った時には頭の中が真っ白になっていた。
「ますたー?」
ますたーが刺された。ますたーが倒れた。ますたーが、ますたーが、ますたーが……ますたーが、しぬ?
いや駄目だ。そんな事になったらういが悲しむ。あんなに沢山のうい達が行き場をなくして彷徨う事になるんだ。
「人間って馬鹿だよねぇ。なんで庇ったりするんだろ。庇った事で自分が死ぬかもしれないのに。ま、いっかぁ。こいつはわたしを傷付けたんだし、これでチャラにしてあげるぅ♡」
人が倒れているのにどうしてこいつは笑っていられるんだ?
これがもし肇だったら?
「……お前の所為で、肇は頭痛が酷くて起きていられないんだ」
「ふうん」
「ふうんじゃねえよ。肇はお前の主人だろ? どうしてそんな反応しか出来ないんだよ」
「だぁってえ、それが人間とドールの違いでしょお?」
こんなのは知らない。こいつは零じゃない。きっと肇に捨てられそうになって傷付いているだけなんだよ。だから仲直りしよう。そうすればまた上手くやれるさ。そうだよな、零。
零を信じたいきもちはある。きもちはあるけど、他にも沢山、色々なきもちが混じってごちゃごちゃで、どうすればいいのか分からなかった。
だけどこのままじゃよくない事は分かるから、なんとかしなきゃと思うから。
「……零」
背後からまた声がした。この声はますたーじゃない。この声は。
「……肇」
肇だ。肇が壁に凭れ掛かりながら立っている。顔色が悪い。動いて大丈夫なのかと声を掛けようとしたが、聞くまでもないだろう。
肇はふらふらとした足取りでゆっくりと一歩ずつこちらに向かって歩いてくる。
「零……きてたのか……きてたなら挨拶くらいしろよな……」
俺も千冬も、誰も肇を止めようとはしなかった。いや、そんな雰囲気ではなかったんだ。だって、肇は怒ってない。むしろまた会えて嬉しそうなくらいだった。それに肇は零に何かを伝えようとしている。それを止めるなんて俺には到底むりだった。
「肇、わたしの所為で苦しいの?」
「……大丈夫だ……大丈夫、だから……」
「肇?」
肇は零の肩を掴むと、苦しそうな声を出した。
「僕が……殺してあげるから……もう、大丈夫だ……」
俺が居る位置からだと肇の背中しか見えないので、表情までは分からない。それに、僕が殺してあげるって……そんな選択、絶対つらいに決まってる。
「ぐ、ぇ」
「零……ごめんな……さよならだ……」
「は、じめ、ゃだァ、……ころさ、ない、でェ」
「ごめん、な……」
グキッと鈍い音がすると、零の声はしなくなった。肇が零から手を離すとその場に倒れて動かなくなる。
死んだのか?
それともまた生き返る?
だとしても肇の手で零を殺した事に変わりはない。目撃者は俺と苺香と千冬。三人も見ているのだから間違いはないはずだ。
「は、肇……お前、どうして」
どうして零を殺したんだ?
言いかけて言葉を飲み込んだ。こっちはますたーがやられたんだ、早く零をなんとかしなければきっともっと被害者が増えていた。
だからこれは正当防衛。肇は何も悪くない。
「零はもう生き返らないよ」
「え?」
「そうだよね、千冬」
肇が何を言っているのか分からなかった。それは零がどうして生き返らないと断言出来るのかではなく、どうして千冬に同意を求めるのかに対しての疑問だ。
千冬は対処方法を知っていた?
ならどうして最初からそれを言わないんだ?
ますたーの頭を膝に乗せて床にぺしゃんと座り込んでいる千冬を見ると、千冬は俺から目を逸らす。
「そうね」
そうねってなんだよ。ばれちゃったわねみたいな顔すんなよ。千冬が黙っていた所為でますたーが傷を負ったじゃないか。対処方法さえ知っていれば回避出来たかもしれないのに。
「僕が零の主人だから、僕が殺せば零は死ぬ。これは零のみに有効な裏技みたいなものなんだ。他の人やドールが零を殺しても生き返る。零の主人である僕だけが、この状態の零を殺せるんだ」
通常の零を殺したところで死んだりはしない。零が不老不死の能力を奪った事で初めて条件が揃うんだ。他の能力だったら通用しなかった。不幸中の幸いだった。と肇は言った。
頭痛はもうしないらしい。零が死んだと同時に嘘みたいに楽になったとか。そういえば、ますたーの背中の傷も消えている。
「ますたーは大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫なはずよ。直に目が覚めるわ」
千冬がますたーの頭を撫でる。
「千冬は、ますたーの事が好きなのか?」
「まさか。違うわよ。好きになるなら人間がいいわ」
「ああ、千冬には素敵な旦那様が居るもんな」
千冬の旦那様は人間らしいが、いったいどんな人なんだ?
というか、好きになるなら人間がいいって。もしかしてますたーは。
「……ん」
「あら起きた」
「千冬? ミスリードはどうした」
「ミスリードならそこに倒れているわ。肇が終わらせてくれたのよ」
「そうか」
千冬が膝枕してる事には驚かないんだな。本当に二人はどんな関係なんだ。気になる、気になるぞ。
「ますたー、ごめん。俺、動揺して」
「ま、しょうがないだろ。ドールが命乞いなんてしだすんだ、誰だって動揺する」
「ますたー、早く帰って」
「あ?」
「うい達に、会ってあげて」
「……ああ」
ますたーの口元が緩む。なんだ、そんな顔も出来るんだな。そっちの方がイケメンじゃん。くそ、どいつもこいつも顔がいいんだから。
「じゃあ解散しますかぁ。零は千冬に任せていい?」
「ええ」
「零はこれからどうなるんだ?」
「もう目が覚める事はないわ。だから廃棄処分されるわね」
「廃棄、処分」
そうなったらもう二度と、零には会えなくなる。
「いいのか、肇」
「いいよ。また新しいドールでも探すさ。いや、今度は人間の彼女でも作ろうかな」
ふふんと謎のドヤ顔になる肇を見て、俺は少しだけ安堵した。本当に頭痛は治ったんだな。それにもうドールなんていらないとか言いだすかと思ってた。強いよ、肇は。
「じゃあ、お別れだ、零」
肇が零の手をとり握手をする。
「楽しかったよ、零。酷い扱いばかりしてごめんな、ありがとう」
この日を最期に、肇は零の主人ではなくなった。『廃棄処分』なので零が他の主人に出会う事もない。本当に死んだのだ。
「……また、いつか会えたら。その時は家族に」
「肇?」
「いや、なんでもない。さ、帰ろっか」
この時、肇がなんて呟いたのかは分からないけど、『零、愛してる』とかだったらいいなぁ……なんてね。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。
※一万文字ぐらいで終わる予定です。
虐げられ聖女の力を奪われた令嬢はチート能力【錬成】で無自覚元気に逆襲する~婚約破棄されましたがパパや竜王陛下に溺愛されて幸せです~
てんてんどんどん
恋愛
『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。
貴方はいらないのよ。ソフィア』
少女ソフィアは母の手によって【セスナの炎】という呪術で身を焼かれた。
婚約した幼馴染は姉デイジアに奪われ、闇の魔術で聖女の力をも奪われたソフィア。
酷い火傷を負ったソフィアは神殿の小さな小屋に隔離されてしまう。
そんな中、竜人の王ルヴァイスがリザイア家の中から結婚相手を選ぶと訪れて――
誰もが聖女の力をもつ姉デイジアを選ぶと思っていたのに、竜王陛下に選ばれたのは 全身火傷のひどい跡があり、喋れることも出来ないソフィアだった。
竜王陛下に「愛してるよソフィア」と溺愛されて!?
これは聖女の力を奪われた少女のシンデレラストーリー
聖女の力を奪われても元気いっぱい世界のために頑張る少女と、その頑張りのせいで、存在意義をなくしどん底に落とされ無自覚に逆襲される姉と母の物語
※よくある姉妹格差逆転もの
※虐げられてからのみんなに溺愛されて聖女より強い力を手に入れて私tueeeのよくあるテンプレ
※超ご都合主義深く考えたらきっと負け
※全部で11万文字 完結まで書けています
縁の鎖
T T
恋愛
姉と妹
切れる事のない鎖
縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語
公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。
正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ
「私の罪は私まで。」
と私が眠りに着くと語りかける。
妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。
父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。
全てを奪われる。
宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。
全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる