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9.依愛
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翌朝。誰がきても鍵は開けないようにと苺香に言い聞かせて家を出る。会社までは電車で移動しなければいけないので、朝は早い。
まだ眠い頭で今日のスケジュールを組み立てる。うい達の事があるので本当は苺香の傍に居たいけど、仕事を休む訳にはいかないし、苺香を連れていく訳にもいかないので仕方ない。なら、今の俺に出来る事は、一分でも一秒でも早く仕事を終わらせて帰る事だ。
改札を通り、電車に乗る。満員電車とまではいかないが、座る場所はもうなかった。暫くの間、手摺りに掴まり立っていると電車が動きだす。次の停車駅でふと、見覚えのある子が乗ってきた。
苺香に似ている。
服装こそ違えど、髪型も髪の長さも同じで、目を閉じてそこに座っているだけなのに、ドール特有の気品さが滲み出ている。
俺が立っている場所の左斜め。一番左の座席に彼女が座っている。
本当に苺香なのか?
そればかりが気になってちらちらと彼女を見てしまう。
自分に似た人が世の中に三人は居ると聞くが、ドールの世界にもそういった類いの話はあるのだろうか。
それとも同じ型番なだけ?
店内に同じ商品が山のようにあるのと同じように、ドールも元を辿れば商品なのだから同じ姿のドールが複数居ても不思議ではない。
だとすればうい達もあいつが作った訳ではなくて、同じドールを何体も買っただけというオチかもしれないな。
俺が知らないだけで、ドール専用の通販サイトがあって、そこで大量に購入出来るのかも。
彼女は言葉を発するのか?
彼女はこれから何処に行くんだ?
彼女への好奇心や疑問ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っていると、彼女が立ち上がり電車を降りてしまった。
「あっ」
まだ俺の降りる駅ではないのに降りてしまう。遅刻決定の瞬間だった。
彼女の後を追うなんてストーカーみたいで緊張する。だが、このまま彼女を見なかった事にして会社に行ったとて仕事に集中出来る気がしないのだ。ならいっそ、彼女が何処に向かうのかを見届けてから会社に行こうと思う。
暫く歩くと、また駅に着いてしまった。かと思えば細い道をジグザグに歩いてみたり。もしかして迷子なのだろうか。それともただの散歩だったりして。
わざわざ遅刻ルートを選んでまで降りたのに、時間を無駄にしただけだったらどうしよう。
はあ、と深い溜息を吐く。前を見ると彼女がこちらをじっと見つめていた。
「うわっ」
息を飲む程の美しさ。見た目はまんま、苺香そのものだった。
「い、苺香」
彼女は苺香ではないと分かっていても呼んでしまう。はたして彼女は喋るのか。
「お兄さん、ストーカー?」
「えっ、あ、いあっ、ええっ」
思わず挙動不審になる。
喋る事にも驚いたが、彼女の言葉はあまりにも人間の言葉にそっくりだった。まるで本物の人間のように流暢な日本語で……まさか人間なのか?
いや、だって見た目は苺香そっくりだぞ。こんなにそっくりな人間が居るはずないだろう。
「電車に乗ってる時からじろじろ見てたよね。きもいから適当に撒きたくてうろうろしてたけど、ずっとついてきてたよね」
「あ、えう、その、うう」
どうしよう、このままじゃ警察に捕まってしまう。それだけは阻止しないと。
「お、俺の知り合いに、似てたから」
「……いちかはあたしの名前なんだけど」
「へ?」
「依存の依に愛って書いて、依愛」
「お、俺の知ってる苺香は、苺に香ると書いて、苺香。見た目はほんとにそっくりで、なんでこんなところに居るんだろうと思って、それで」
「それでついてきちゃったんだ」
良かった。どうやら納得してくれたようだ。
それにしても見た目だけでなく、名前まで同じだなんて。こんな偶然あるんだな。
そもそも依愛……さんはドールなのか?
もし違ってたら失礼だと思うと聞きにくいな。
「いや見すぎだから。あたしは苺香ちゃんじゃないよ」
「わ、分かってます。分かってますけど、聞きたい事が」
「なに?」
「い、依愛さんは、人間ですか?」
「はい?」
「あの、俺の知ってる苺香はドールなんです。他にも何人かドールは見ましたが、どれも依愛さんのようにスムーズな言葉遣いではなくて」
「ああ、確かにあの子達は幼稚園児みたいな喋り方するよね」
あの子達という事は、依愛さんは違うのかな。
だとしたら、依愛さんは苺香と同等のドールのような美しさを兼ね備えた人間って事?
それはそれでえぐい。
「あ、あの、俺、会社行かないとなんで。きもちわるい思いさせてすいませんでした」
「あ、うん。駅の場所分かる?」
「あ……マップ見て行くんで大丈夫です。ありがとうございます」
驚いた。あんな綺麗な人がこんな近くに居るんだな。
俺はくるりと踵を返すと、駅へと向かった。
(依愛視点)
暇だった。電車に乗った。立っていると痴漢されるから座った。座ったら座ったで視線を感じる。あんな男、居たっけ。
興味がないので分からない。見たくもないから寝たふりをした。
目を閉じたって分かる視線。きもいから電車を降りた。
降りたのについてくる。まじきもい。ストーカーじゃん。通報しようかな。とりあえず適当に歩こう。
ぐるぐる歩いてたらまた駅に着いちゃった。今度はジグザグに歩いてみよう。
やっぱり駄目だ、ついてくる。こうなったら面と向かって、きもいですよって言ってあげよう。
「うわっ」
きもい声。きもい奴は声まできもいのか。
「い、苺香」
は?
誰だこいつ。どうしてあたしの名前を知ってるの?
「お兄さん、ストーカー?」
「えっ、あ、いあっ、ええっ」
図星すぎて言葉にもならないって?
「電車に乗ってる時からじろじろ見てたよね。きもいから適当に撒きたくてうろうろしてたけど、ずっとついてきてたよね」
「あ、えう、その、うう」
こいつ日本語喋れないの?
「お、俺の知り合いに、似てたから」
「……いちかはあたしの名前なんだけど」
「へ?」
「依存の依に愛って書いて、依愛」
「お、俺の知ってる苺香は、苺に香ると書いて、苺香。見た目はほんとにそっくりで、なんでこんなところに居るんだろうと思って、それで」
「それでついてきちゃったんだ」
見た目がそっくりで、名前も同じ。そりゃ驚かない方がおかしいか。
それにしたって見すぎじゃない?
童貞かよ。きもいな。
「いや見すぎだから。あたしは苺香ちゃんじゃないよ」
「わ、分かってます。分かってますけど、聞きたい事が」
「なに?」
「い、依愛さんは、人間ですか?」
「はい?」
「あの、俺の知ってる苺香はドールなんです。他にも何人かドールは見ましたが、どれも依愛さんのようにスムーズな言葉遣いではなくて」
「ああ、確かにあの子達は幼稚園児みたいな喋り方するよね」
なんか前にも居たなぁ、こういう奴。そいつはびびって腰抜かしてたけど。
「あ、あの、俺、会社行かないとなんで。きもちわるい思いさせてすいませんでした」
「あ、うん。駅の場所分かる?」
「あ……マップ見て行くんで大丈夫です。ありがとうございます」
なんだ、教えてあげようと思ったのにつまんないの。会社とか言ってたし、また電車に乗れば会えるかな。また会えたら今度こそ教えてあげなくちゃ。あたしがドールだって事。
まだ眠い頭で今日のスケジュールを組み立てる。うい達の事があるので本当は苺香の傍に居たいけど、仕事を休む訳にはいかないし、苺香を連れていく訳にもいかないので仕方ない。なら、今の俺に出来る事は、一分でも一秒でも早く仕事を終わらせて帰る事だ。
改札を通り、電車に乗る。満員電車とまではいかないが、座る場所はもうなかった。暫くの間、手摺りに掴まり立っていると電車が動きだす。次の停車駅でふと、見覚えのある子が乗ってきた。
苺香に似ている。
服装こそ違えど、髪型も髪の長さも同じで、目を閉じてそこに座っているだけなのに、ドール特有の気品さが滲み出ている。
俺が立っている場所の左斜め。一番左の座席に彼女が座っている。
本当に苺香なのか?
そればかりが気になってちらちらと彼女を見てしまう。
自分に似た人が世の中に三人は居ると聞くが、ドールの世界にもそういった類いの話はあるのだろうか。
それとも同じ型番なだけ?
店内に同じ商品が山のようにあるのと同じように、ドールも元を辿れば商品なのだから同じ姿のドールが複数居ても不思議ではない。
だとすればうい達もあいつが作った訳ではなくて、同じドールを何体も買っただけというオチかもしれないな。
俺が知らないだけで、ドール専用の通販サイトがあって、そこで大量に購入出来るのかも。
彼女は言葉を発するのか?
彼女はこれから何処に行くんだ?
彼女への好奇心や疑問ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っていると、彼女が立ち上がり電車を降りてしまった。
「あっ」
まだ俺の降りる駅ではないのに降りてしまう。遅刻決定の瞬間だった。
彼女の後を追うなんてストーカーみたいで緊張する。だが、このまま彼女を見なかった事にして会社に行ったとて仕事に集中出来る気がしないのだ。ならいっそ、彼女が何処に向かうのかを見届けてから会社に行こうと思う。
暫く歩くと、また駅に着いてしまった。かと思えば細い道をジグザグに歩いてみたり。もしかして迷子なのだろうか。それともただの散歩だったりして。
わざわざ遅刻ルートを選んでまで降りたのに、時間を無駄にしただけだったらどうしよう。
はあ、と深い溜息を吐く。前を見ると彼女がこちらをじっと見つめていた。
「うわっ」
息を飲む程の美しさ。見た目はまんま、苺香そのものだった。
「い、苺香」
彼女は苺香ではないと分かっていても呼んでしまう。はたして彼女は喋るのか。
「お兄さん、ストーカー?」
「えっ、あ、いあっ、ええっ」
思わず挙動不審になる。
喋る事にも驚いたが、彼女の言葉はあまりにも人間の言葉にそっくりだった。まるで本物の人間のように流暢な日本語で……まさか人間なのか?
いや、だって見た目は苺香そっくりだぞ。こんなにそっくりな人間が居るはずないだろう。
「電車に乗ってる時からじろじろ見てたよね。きもいから適当に撒きたくてうろうろしてたけど、ずっとついてきてたよね」
「あ、えう、その、うう」
どうしよう、このままじゃ警察に捕まってしまう。それだけは阻止しないと。
「お、俺の知り合いに、似てたから」
「……いちかはあたしの名前なんだけど」
「へ?」
「依存の依に愛って書いて、依愛」
「お、俺の知ってる苺香は、苺に香ると書いて、苺香。見た目はほんとにそっくりで、なんでこんなところに居るんだろうと思って、それで」
「それでついてきちゃったんだ」
良かった。どうやら納得してくれたようだ。
それにしても見た目だけでなく、名前まで同じだなんて。こんな偶然あるんだな。
そもそも依愛……さんはドールなのか?
もし違ってたら失礼だと思うと聞きにくいな。
「いや見すぎだから。あたしは苺香ちゃんじゃないよ」
「わ、分かってます。分かってますけど、聞きたい事が」
「なに?」
「い、依愛さんは、人間ですか?」
「はい?」
「あの、俺の知ってる苺香はドールなんです。他にも何人かドールは見ましたが、どれも依愛さんのようにスムーズな言葉遣いではなくて」
「ああ、確かにあの子達は幼稚園児みたいな喋り方するよね」
あの子達という事は、依愛さんは違うのかな。
だとしたら、依愛さんは苺香と同等のドールのような美しさを兼ね備えた人間って事?
それはそれでえぐい。
「あ、あの、俺、会社行かないとなんで。きもちわるい思いさせてすいませんでした」
「あ、うん。駅の場所分かる?」
「あ……マップ見て行くんで大丈夫です。ありがとうございます」
驚いた。あんな綺麗な人がこんな近くに居るんだな。
俺はくるりと踵を返すと、駅へと向かった。
(依愛視点)
暇だった。電車に乗った。立っていると痴漢されるから座った。座ったら座ったで視線を感じる。あんな男、居たっけ。
興味がないので分からない。見たくもないから寝たふりをした。
目を閉じたって分かる視線。きもいから電車を降りた。
降りたのについてくる。まじきもい。ストーカーじゃん。通報しようかな。とりあえず適当に歩こう。
ぐるぐる歩いてたらまた駅に着いちゃった。今度はジグザグに歩いてみよう。
やっぱり駄目だ、ついてくる。こうなったら面と向かって、きもいですよって言ってあげよう。
「うわっ」
きもい声。きもい奴は声まできもいのか。
「い、苺香」
は?
誰だこいつ。どうしてあたしの名前を知ってるの?
「お兄さん、ストーカー?」
「えっ、あ、いあっ、ええっ」
図星すぎて言葉にもならないって?
「電車に乗ってる時からじろじろ見てたよね。きもいから適当に撒きたくてうろうろしてたけど、ずっとついてきてたよね」
「あ、えう、その、うう」
こいつ日本語喋れないの?
「お、俺の知り合いに、似てたから」
「……いちかはあたしの名前なんだけど」
「へ?」
「依存の依に愛って書いて、依愛」
「お、俺の知ってる苺香は、苺に香ると書いて、苺香。見た目はほんとにそっくりで、なんでこんなところに居るんだろうと思って、それで」
「それでついてきちゃったんだ」
見た目がそっくりで、名前も同じ。そりゃ驚かない方がおかしいか。
それにしたって見すぎじゃない?
童貞かよ。きもいな。
「いや見すぎだから。あたしは苺香ちゃんじゃないよ」
「わ、分かってます。分かってますけど、聞きたい事が」
「なに?」
「い、依愛さんは、人間ですか?」
「はい?」
「あの、俺の知ってる苺香はドールなんです。他にも何人かドールは見ましたが、どれも依愛さんのようにスムーズな言葉遣いではなくて」
「ああ、確かにあの子達は幼稚園児みたいな喋り方するよね」
なんか前にも居たなぁ、こういう奴。そいつはびびって腰抜かしてたけど。
「あ、あの、俺、会社行かないとなんで。きもちわるい思いさせてすいませんでした」
「あ、うん。駅の場所分かる?」
「あ……マップ見て行くんで大丈夫です。ありがとうございます」
なんだ、教えてあげようと思ったのにつまんないの。会社とか言ってたし、また電車に乗れば会えるかな。また会えたら今度こそ教えてあげなくちゃ。あたしがドールだって事。
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