DOLL

真鶴瑠衣

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1.苺香というドール

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 あれはいつだったか、ホームページで目にしたアンティークショップ。その外装に一瞬で虜になった俺は、子供ながらも懸命に場所を探したっけ。

 だけど結局見つからなかった。それもそのはず。大人になった今なら分かるが、あの住所は地図上に存在しない番地だった。





 数年後。社会人になった俺は残業を終え、人通りの少ない夜道をとぼとぼと一人で歩いていた。

 道中、黒猫を見かけたのでこんばんはと声を掛ける。昔から犬より猫派なので、どうしても話し掛けてしまうんだ。

 すると、ちりんちりんと首元の鈴を鳴らしながら街灯の少ない細道へと歩いてしまい、その背中を目で追っているうちに黒猫がこちらに振り返り、にゃーんと一声鳴く。

「にゃーん」

 こちらも同じように返事を返せば、長い尻尾を振りながら、再びにゃーんと一声。

「そっちに何かあるのかい?」
「にゃーん」

 まるでついてこいとでも言わんばかりの鳴き声を無下にも出来ず、その指示に従いついていく。すると満足気にまた歩きだしたので、何か見せたいものでもあるのかとそれに続くこと数分。

 連れてこられたのは、昔見たアンティークショップに外装がとてもよく似ている建物だった。

「……おいおいまじかよ。凄いな猫ちゃん。俺がずっと探してた場所にめっちゃ似てる」
「にゃーん」

 こんなすぐ傍にあったとは。

 ドアにはオープンと書かれた看板があり、室内の電気は消えているが、鍵は開いているようだった。

 きい、とドアを開け足を踏みだすと、店内にオレンジ色の明かりが灯る。よくある自動点灯というやつだろう。

「お前も一緒にくるか?」
「にゃーん」

 店内には様々な骨董品が並べられていた。一階だけでなく二階もあるらしく、俺以外の客は見当たらない。暫くの間ぐるぐると見て回っていると、とあるアンティークの前でふと足が止まった。

「……綺麗だ……」

 それは一体の人形。裸体でいて黒髪ロング。絶世の美女。思わず頬に触れてみれば、人間のような生々しい体温を感じドキッとする。

 閉ざされた目蓋から生えた睫毛は長く、唇も小さい。まるで生きた人形だ。

 そのまま首元に顔を埋めると、すん、と匂いを嗅いだ。香水でもシャンプーでもない柔らかな匂い。堪らなく、興奮する。

「ああ、いい匂いがする。苺に香ると書いていちか……愛らしいきみにぴったりの名前だな」

 身体中の何処を見ても値札は付いておらず、胸元にある小さなネームプレートに苺香と書かれてるだけで、一切値段が分からない。だが、名前が分かっただけでも大きな収穫だ。

 よし、この子をうちまで連れて帰ろう。

 善は急げ。明日には誰かに貰われてしまうかもしれないのだ。

 俺は苺香を抱えて店を出た。

「にゃーん」
「ああ、お買い上げだ。支払いは出世払いで頼む」

 彼女と引き合わせてくれた黒猫と別れ、家路に就く。どうやら無事、連れだす事に成功したようだ。

 室内に入り、まずはベットに腰を下ろしてみた。やはり美しいと息を飲む。

 高鳴る胸を押さえながら。

「苺香」

 声に出して呼んでみる。

 美しいな、と言いながら背中に手をやり彼女を支え、そのまま唇を塞いだ次の瞬間。水色の、まるで海のように澄んだ瞳が俺の事を見つめていた。

「め、目が……っ、開いた……?」

 王子様がお姫様にキスをすると目を覚ますといった御伽話はよくあるが、これもまたその類いなのだろうか。この人形は生きている。そう確信せざるを得なかった。

 彼女にばかり気をとられていると、生暖かい感触をズボンに感じた。

 匂いからして尿だ。彼女には排尿機能が備わっている。となれば声を発する事は出来るのか、飲食はするのか、睡眠は必要なのか等々気になる事が出てきてしまう。それに女性ならあれだ、月に一度の生理もあるだろう。

 お風呂に入れて歯磨きをさせて。人間のように世話をするとなると、急に忙しくなってきた。

 だがまずは自己紹介からだ。

「俺の名前は佐々木国永ささきくにながだ。きみの好きに呼んでくれていい」

 聞こえているのかいないのか。それでも俺は言葉を続けた。

「今日からきみは、此処で俺と共に暮らすんだ」

 反応はない。もしかしたら意思疎通は出来ないのかもしれない。とりあえず今は、この濡れてしまったシーツを洗濯して、彼女に服を着せなくては。

 とはいっても女性ものの下着や服は持ち合わせていないので、通販で適当にぽちっていく。今日のところは俺の服を貸しておけばいい。下着は流石に貸せないが。

 ああ待て待て、その前にシャワーを浴びさせないと。俺は彼女の身体を持ち上げた。

「うっ……おも」

 女性に対して失礼だとは思う。だが、想像以上に重たかった。水に濡れると壊れるとかないよな。

 風呂場の椅子に座らせるのさえ一苦労。蛇口を捻り、湯加減を手で確かめると、とんでもない事に気付いてしまった。

 此処って、触れてもいいのか?

 いや、触らなければ洗えないのは分かる。分かるけども。いい歳した成人男性が直に女性器に触れて、平常心でいられる訳がないだろう。そんなの絶対に勃起する。

「さ、触っても……いい……?」

 彼女は俺をまじまじと見つめるだけ。どうやら俺ばかりがドキドキしているらしい。

 足を開かせてシャワーを当てる。冷たくはないはずだけど、どうなんだ?

 女性器なんて久しぶりに触った。最後に触れたのはいつだったか。経験がない訳ではないのに、なんだってこんなに心臓が煩いんだ。

 しかも触れるだけでなく、しっかりと綺麗にする為には前後に動かさなくてはいけない。さすさすと優しくそこを擦っているうちに、俺のあそこも膨張する。

 頼むから見ないでほしい。

 ちらりと彼女に視線を向けると、やっぱり俺の顔を見つめていた。それはそれで恥ずかしい。

「はあっ……わ、悪い……すぐに、おわるから」

 ああ抜きたい舐めたいセックスしたい。

 いやいや駄目だ。そんな性的な目で彼女を見るんじゃない。これはあくまで世話をしてるだけ。そう、世話をしてるだけなんだ。だから中までしっかり洗ってあげないと。

 人差し指の先っぽをちょんと入れてみると、ぬち、という音が聞こえたような気がして動揺する。

 ああ、聞こえたような気がしただけだ。実際のところはシャワーの音で聞こえなかった。俺の頭の中で勝手にそう改変されただけ。

 指の速度を早めれば、ぬちぬちと聞こえ、さらなる追い打ちをかけられる。彼女は依然として涼しい表情のまま。思わず唇を唇で塞いでしまい、挙句こちらが、「ん……」とか、「あ……」とか声まで出してしまった。これでは完全にオナニーである。

「ご、ごめん……やっぱり、我慢、出来ない……」

 俺は利き手で膨張した男性器を掴むと、上下に激しく動かした。自分で扱いているのに自分でする時よりもずっと気持ちが良い。普段の何倍も彼女という存在で感じていた。

 指は彼女の中に入れたまま、何回もぬちぬちと動かしている。心做しか、さっきよりも濡れているような。

「あっ、あっ、ああっ、ごめん、なさい、きもちい……っ」

 出る。もう、出る。

 俺は彼女の太股にそれを吐きだした。

「あ……よ、汚しちゃ、……んん」

 シャワーで洗い流すだけでは足りなくて。俺は膝を折りシャワーを捨てて、彼女の太股に吸い付いた。

 綺麗にしなきゃ。綺麗にしなきゃ。その為にシャワーを浴びてるんだ。俺ばかりすっきりしてちゃ駄目だろう。

 太股なんて際どいライン、当然そこにも目はいくわけで。そうなれば絶対に逆らえないわけで。

 突起をひと舐め。それだけで全身が痺れるようにぴりついた。二度三度と舐めているうちに、どんどん律動が早くなる。

 ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ。堪らず指も挿入した。やはりさっきよりも濡れているような。人間としての最低限の機能は備わっていると思っていいのだろうか。ならば刺激を与え続ければ、いく?

 顔色に変化は見られない。だが此処はしっかり濡れていて、こんなにも淫らな音を出している。

「……きもちいい?」

 うんともすんとも言わず。いかないのなら、なんの為に濡れる機能を付けたのか。いくのなら、声は出るのか。身体はびくびくと震えるのか。

「いく時はいくって言うんだ。此処には俺ときみしか居ない。だからどんなに声を出したって俺にしか聞こえない。それとも何も感じないのか? こんなに此処ばかりを刺激して、此処だって濡れているのに?」

 それからも沢山舐めてやると、ついにその瞬間がやってきた。結論から言えば、前者後者共にいえすだった。なんだちゃんといけるじゃないか。しかも下品なえーぶいなんかとは違って、控えめな色っぽい声で鳴くとはな。

「……可愛いな。そんな声、してるのか。もっと聞きたい」

 キスにキスを重ね、舌まで絡ませた。彼女は生きている。舌だってこんなに温かいんだ、間違いない。

 俺はこの日から誠心誠意彼女の世話をすると心に違った。
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