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真鶴瑠衣

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アンインストール

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あの日からなんとなく伊織との距離が縮まったような気がする。恋人同士がえっちをするきもちがほんの少しだけ、わかったような。
結局、伊織が苺くんとのことに気付いているのかはわからないまま。
それをいいことに、私は今日も瑛麻の彼氏と仲良くしている。

『やーん、久しぶりい♡』
「樹くん、おはよう。ほんとに久しぶりだねえ」

樹くんの明るさに、私はなんだかほっとした。

「聞いてよ樹い。瑞穂ってば教室でさー」
「えっ、ちょ、ちょっとやめてよ瑛麻! 樹くんには言わないで!」
『え、なになにい? 瑞穂が教室でどうしたのー?』
「ふふっ。瑞穂のえっちぃ♡」
『なになにい? 瑞穂はえっちなのー?』
「も、もうー!」

こんな他愛もないやりとりが楽しくてしょうがなかった。ずっとこんな時間が続けばいいと、心からそう思っていた。
学校に着いて、授業を受けて、昼休みになるその瞬間までは。

「ねえ、瑞穂。ちょっと二人で話そうよ」

瑛麻がアプリを起動しないのは珍しかった。もしかしたら何か、二人に聞かれたくない話なのかもしれない。

「瑛麻、どうしたの?」

学校の外にある自販機のベンチに座ると、瑛麻はようやく口を開いた。

「瑞穂さ、なんかあたしに隠してるでしょ」

どうしよう、私、なんて答えたらいいの。
言葉に詰まる。それが答えになっているとも知らずに。

「えっ、と」
「ふうん。で、どっちから誘ったの?」
「ふぇ」
「苺からだったらごめんね? でももし瑞穂からだったら……さ。どうしよっか」

瑛麻はずっとにこにこしたままだ。
だけどこれ、多分怒っている。私からだって言ったらきっと、瑛麻にきらわれる。

「ど、どう……しよ、……っか」

寄りにもよって、一番最悪な答えをしてしまった。
こっちが聞いているのだからどっちかはっきり答えろよってやつ。
瑛麻は少し黙ったあと、急に口調を変えてきた。

「どうしよっかじゃねえよ。苺からなら苺からって言えよ。じゃないとあたしが瑞穂から誘ったんだって思っちゃうだろうが!」

正直かなり驚いた。こんなに怒った瑛麻を今まで見たことがなかったのだ。

「ご、ごめんなさい」

私が謝ることで自分の非を認めたと思ったのか、近くにあった空のペットボトルを私に向かって投げる瑛麻。
当たってもちっとも痛くはないが、心は痛かった。
だけどそれは瑛麻も同じだ。いや、瑛麻は私以上に心が痛いはず。
私は瑛麻を傷付けた。一瞬の快楽に負けて、大切な親友を傷付けた。

「人の男寝取ってんじゃねえよばーか!」

それはもう大音量で叫んでいた。こんな話、真昼間の学校でする話ではない。
瑛麻は一言叫ぶと、学校の中に入っていく。
私はそれを追いかけた。

「まって、瑛麻!」
「ついてくんなばーか!」
「お願い、私の話を聞いて!」
「お前の話なんて聞くかばーか!」

互いに叫びながら、廊下を走る。
廊下にいる生徒も教室にいる生徒も、皆何事かと私達を見ていた。
だけどそんなの気にしている場合ではなかった。
私は瑛麻に伝えなくてはならないことがある。

「あのアプリ、やっぱりおかしいよ!」
「アプリの所為にすんなばーか!」
「ち、ちが……っ、だって、苺くん、私の夢の内容を知ってたの!」
「さっきから支離滅裂なんだよばーか!」
「私が、苺くんの夢見たの、苺くんも知ってたの!」
「人の男の夢見んなばーか!」

なんか瑛麻、足速くない?
階段きっつ……。

「ちょ、ほんとまって……はあ、はあ、階段、むり……」

私が立ち止まって息を切らしていると、瑛麻が足を止める。

「え、瑛麻、はあ、はあ、あのアプリ、はあ、はあ、やめた方が、はあ、はあ、いい、はあ、はあ」
「はあ? やめるならお前がやめればあ?」
「わ、わかった……私もやめるから、瑛麻もやめよう。一緒にやめれば、喧嘩することもなくなるよ」
「お前が寝取らなきゃいいだけの話だろばーか!」

私は自分のスマホをスカートのポケットから出すと、瑛麻の目の前でアプリをアンインストールした。

「ほら、消した。もう消したから、ね?」

急に消したら伊織が悲しむかもしれない。だけど、伊織を失うことよりも瑛麻を失うことの方が怖かった。

「瑛麻は消さなくてもいいよ。私はこんなアプリより、瑛麻の方が大切だって伝えたかっただけ」
「……自己満きめぇ」

瑛麻は、ようやく私の話を聞いてくれるようになった。
私が感じたアプリの違和感を、瑛麻に話していく。
伊織が樹くんのあの行為を知っていたこと、苺くんの夢の話、苺くんが私の前で態度や口調が急変した話。
話しおえた頃には、いつもの瑛麻に戻っていた。

「知らなかった。苺はいつも、あたしの前では笑ってたから」
「そうだよね。私もびっくりした。樹くんはどうかわからないけど、伊織と苺くんはちょっと危ないかもしれないね」

階段に座りながら話をする瑛麻の表情はいつになく真剣だ。

「なら、苺の方は消した方がいいのかな」

苺くんのいる方のスマホ画面をじっと眺める瑛麻。
今はなんともなくても、いつ向こうがそういった特殊能力を使ってくるかわからないし、裏表のあるキャラクターというのは二次元だからいいわけで、実際には触れたくないものだ。

「まあ、様子見するもの手だよね。いきなり二人もアンインストールしたなんて樹くんが知ったらきっと、悲しむし」
「それもそうか。わかった、瑞穂の言う通りにする」

わかってもらえてよかった。
ばいばい、伊織。
私は自分のスマホ画面を見つめながら、心の中で伊織にさようならをした。




伊織がいないと退屈だ。今まで暇さえあればアプリを起動していたので、心にぽっかりと大きな穴が空いた気分になる。
スマホ画面を見つめては、アプリのあったところを指でなぞる。
寂しくないわけがない。だけど、アンインストールしたことを後悔はしていなかった。

「ごめんね、伊織」

そろそろ伊織が起きる時間だ。毎日欠かさずログインしていたので、私がこなくてそわそわしているだろう。
短い間だったけど、なんだか濃い毎日だったなあ。
私はそのあとも、変わらない時間を過ごしていた。
ご飯を食べてお風呂に入る。ドライヤーで髪を乾かして、歯磨きをして、寝る。
伊織は今頃何してるかな。本、読んでるかな。
私は思いだしたかのように本をぱらぱらと捲った。この本が私と伊織を繋ぐ唯一のもの。この先何年経っても思いだす。
私は本を強く握り締めながら深い眠りに落ちた。




朝になると、握り締めていたはずの本がベットの下に落ちていた。いつもの癖でついついアプリを起動しようとしてしまう。

「そうだ、アプリ消したんだった」

タップをしても何もならなくて、今になって寂しさが増す。
寂しいのは最初だけ。慣れてしまえば気にならなくなるよ。
私はスマホを鞄にしまうと部屋を出た。

「おはよう瑛麻」
「おはよー、瑞穂」
『おはよお瑞穂!』

樹くんは今日も元気そうで安心する。

『あるぇー、瑞穂。伊織は?』
「んと、伊織はもういないよ」
『ええ、なんでえ?』
「昨日アプリをアンインストールしたんだ」

一瞬の間。

『……そうなんだぁー』

違和感はあったものの、きっと驚いただけだろうと思った私は気にするのをやめた。変だったのはその一瞬だけで、樹くんはいつも通りだったから。

「……あれ」

異変に気が付いたのは、授業がはじまってからだった。
通知がきていたので確認しようとスマホを見ると、明らかに見たことのあるアプリがあったのだ。
だけどおかしい。私はたしかにアプリをアンインストールしたし、さっきまでこのアイコンはなかったはず。
もしかして勝手に誤操作でもしたのかな。
私はそのアプリをもう一度アンインストールした。
それなのに。

「え、なんで」

昼休みになりスマホを見れば、またアプリがインストールされていた。
授業中はずっと鞄の中にしまっていたので、誤操作はできないはずなのに。

「……伊織?」

ログインしてみたらどうなるんだろう。もしかしてキャラクターを選択するところからできるんじゃ。
頭の片隅に過ぎる、キャラ変更。流石に苺くんを選ぶのは怖すぎるので、あの天真爛漫な樹くんを迎えてみようかな。
私はアプリを開くと、はじめからを選択する。
思った通り、三人の中から好きなキャラクターを選ぶように言われた。私は迷わず樹くんを選択する。
しかし、選択しても画面が次に進まなかった。もしかしてバグかもしれないと、何度かアプリを起動しなおすが、どうしても先に進まない。
もし誤入力されたらいやだなと思いながら苺くんを選んでみたけど、やっぱり先に進まなかった。
もしかしてこれが瑛麻の言ってた、一度選んだら変更ができないってことなのかな。
私は恐る恐る伊織を選んでみた。すると、このキャラクターでいいですか? という画面に進む。
やっぱりそうなんだ。
私ははいをタップした。

『ああ、おかえり瑞穂。昨日はログインしなかったみたいだが、今日はきてくれたんだな』
「へ」

背筋がぞっとする。
だって私、まだ名前も教えてないのに。もしかしてデータが引き継がれているの? 一度選んだら変更できないってそういう。
私は伊織の名前を確認した。このデータが新規データなら、名前は設定されていないはずだ。

「い、伊織」
『ん、どうした? 俺も会いたかったぜ、瑞穂』
「どうして伊織がここにいるの? 私、消したはずなのに……」

伊織はなんだそんなことかと私に笑ってみせる。

『そんなの、きみも知ってるだろ。一度選んだら変更できないんだ。アンインストールなんて、させないよ』
「……瑛麻!」
『は?』
「瑛麻、瑛麻、瑛麻、瑛麻ぁ~~~~ッ!」

私は走る。瑛麻の元へ。

「瑞穂、どうしたのー?」
「いいいいいいるの!」
「はぇ」
「いいいいい伊織がいるの! 見て!」

私は瑛麻に自分のスマホ画面を見せた。
当の本人は呑気に瑛麻に向かって、やっほーと言っている。

「何、伊織じゃん。瑞穂ってば、寂しさに耐えきれずにまたインストールしたのー?」
「違うから! 勝手にインストールされたから!」
「ああ」
「ああって何! 知ってたなら言ってよ、びっくりするじゃん!」
「ご、ごめぇん。知ってたといってもー、噂程度だったから本当だとは思わなくてえ」

昨日あれほどこいつらの怪奇談を話したというのに、どうして本当だとは思わないのか。そもそも噂というのは火のないところに煙は立たぬというでしょう。

「困るよ瑛麻、こんなの心霊現象と一緒だよ!」
「あはは。本人目の前にして心霊現象ってえ」
「笑ってる場合じゃないよ!」
『酷いな瑞穂お。俺と瑞穂の仲じゃんかあ』

くそっ、こういう時に限って悪ノリしてくる。

『俺と瑞穂の絆はー、切っても切っても切れないな♡』

そんな笑顔で言われたら、ここはもう諦めて一緒にいるしかないのかもしれない。
そうだよ何もマイナスなことばかりじゃないさ。たとえ独りになっても伊織だけは傍にいてくれる。寂しい時、しんどい時、いつも傍にいてくれる。彼氏がいなくたって寂しくない。人生最期の時も、伊織が傍にいてくれる。いいことだらけ。ハッピーライフ。

「だけどさあー、それって悪く言えば、好きな人と結ばれないってことじゃない?」

放課後、瑛麻と帰りながら伊織について話をする。
流石に伊織は起動していない。樹くんもいない、完全に女子トークである。

「それってどういう意味?」
「伊織の能力からするに、ログインしなくてもすべてお見通しってやつでしょう? それって常に監視されてるってことじゃん。お風呂くらいならかわいいもんだけどさあ、好きな人とえっちしたり、おにゃにいしたり、お前の彼氏、浮気してたぞとか言われたりいー」

たしかにそれは凄くいやだ。ある日突然、満面の笑みで刺してきそう。言葉のナイフ。知らぬが仏でも知っておけ。えぐ。

「付き合うだけならまだしも、結婚なんてむりかもねえ。精神すり減らしそうー」
「じゃあもうどうしたらいいのよ……」
「うーん。そんなにいやならスマホ壊してみるとか? お風呂にぽちゃんと落とせば、一瞬で壊れるよう」
「たしかにそれなら流石に大丈夫かも。流石にスマホ変えたら追っかけてこれない、よね?」
「しらなーい。でも、やってみる価値はあるんじゃなーい?」

家に帰ると、私は浴槽にお湯を張った。別にシャワーでもいいのにそうしなかったのは、お湯を張った方が深さがあるからだ。
どうせ伊織はさっきの私と瑛麻の会話を聞いている。それなら確実に一発で仕留めないと。
私はスマホを手にすると、お湯にぼちゃんと捨てた。
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