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その5 陶晴賢 大内義隆VS臥亀(がき)一族の信天翁(あほうどり)(三)
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その5(三)
屋敷を出て、京の鴨川にみたてられていたという一ノ坂川の橋を、
陶興房・塚原卜伝・五郎の三人はわたった。
朝九時半ごろのことである。
このところの雨で、満々と水をたたえた川面かわもが朝日できらきら輝いていた。
春には岸に桜が咲き乱れ、初夏にはゲンジボタルが幻想的に舞う一ノ坂川は、
山口に住む人々の心の癒しとなっていた。
五郎がいつもより胸を張って歩いている。 今日は嬉しくて仕方がないのである。
前の晩、父から 「明日からこれをさせ!」 と脇差をもらったからである。
その晩、部屋の中ではいけぬと言われていたのに・・・
五郎は腰に差した脇差を何回抜いて振ったことか。
寝る時も枕の横において、目覚めるたびに触って・・・
で、脇差をさし一人前になったような気になり、誇らしい気分で歩いていたのである。
三人は高嶺太神宮(今の山口大神宮)と瑠璃光寺に向かう所であった。
高嶺太神宮は、今は亡き大内義興が伊勢神宮の荘厳さに感銘をうけ、分霊を勧請かんじょうしてできた神社である.また瑠璃光寺は陶氏が建立した寺である。
お詣りをすませた三人は、高嶺太神宮の前にある茶店に入った。
当時、茶店は・・京都にはちらほらあっただが、地方にはそんなものは全く存在しなかった。
在京長かった大内義興は、山口にも京のように茶店をということで・・・
町役人の扇屋の先代を呼び、
「人を募つのって茶店をやらせい」と命じた。
「かしこまりました」と扇屋の先代。
つづけて義興が、 「一軒ではなく、二軒つくらせい!」
「二軒でございますか・・・」と先代の扇屋が怪訝な顔をすると・・・
「人はなあ・・・競わせねば、一つ所にとどまってしまうものよ。
のう、お前も同業の長門屋がいるから・・・、おれも尼子や大友がいるからこそよ」
「恐れ入りまする」
「それから、支度金はおれが出してもよいが・・・かならず返させい、はっはっ」
と目元を緩ませて笑った。
扇屋が番頭の与兵衛のこの話をすると・・・
「義興様もあんがいしぶちんですな」と言った。
扇屋は、 「私も最初はそう思ったよ。しかし、あとでよく考えてみると、
もしや義興様は借金してでもやりたいってーこころある人間が
ほしいと思われたのではないかと・・・」
このようにしてできあがった茶店だが・・・ 興房らが茶店に近づくと・・・
二軒とも結構にぎわっていた。
興房は、巷でもっぱらうわさになっている秋津治郎とやらが
つくりだした菓子「ういろうを」出していることで人気をとっている方の店に入った。
評判のういろうを口にいれると・・・五郎は、はとのように目をまるくした。
「父上、卜伝様・・・いや、いや、本当に旨いですな!」 と言うと、
あっと言う間にペロッとたいらげてしまったので、
興房は 「これも食え」と自分の分を半分五郎の皿にのせた。
「あ、ありがとうございます」とまたペロッと食べた。
その後、興房は、市がたっていたので少し寄って帰ろうといい、
三人はブラブラ見物していたのだが・・・。
五郎に耳慣れぬ言葉が聞こえてきた。前から来る異な風体の二人である。
五郎が不思議な顔をしていると・・・
卜伝が 「興房様、あれは明人(みんじん 中国人のこと)ですか?」
興房が、
「最近かなり増えてきましたよ。 私も少し興味がありまして、
恥ずかしながら実は・・・ 少し言葉を学んでおりましてな・・・
今の明人は確か、
『前からくるガキは、間の抜けたツラしてるな』
って・・・」
「えっ」と五郎。
「嘘だよっ」
という興房と、卜伝が声を高くして笑った。
その興房が、
「五郎まだ何か食いたけりゃ、お前に渡した巾着の中にある金で買っていいぞ」と言った。
「はっはい」と五郎は答えた。
五郎はさきほど十七・八歳ごろの娘とすれ違った。
色白で唇の赤さが際立つきれいな娘であった。
さて全然雰囲気はちがうのだが・・・
その娘を見て、五郎が頭に思い描いたのは・・・亀吉の姉のお栄であった。
お栄のすらったした体躯、やわらかにふくらんだ胸、
うつくしく伸びた指先、 涼やかな目元を思い浮かべながら・・・
(おねえちゃんに会いたいな) と思った。
そう思いながら、市に並んだ品物を眺めていると五郎の目に留まったものがあった。
なんと「かんざし」である。
赤い球をさした白っぽい木のかんざしである。
(おねえちゃんがそれをさした姿を頭に描き、いいないいな)
と半笑いのような、なんともいえない表情を五郎は浮かべていた。
興房が五郎を見て、
「気味の悪い奴、何かいいものでもあるのか?」
という声で五郎は我にかえった。
「あっ!いいえ、ございませぬ」と答えつつ、
(ま、まさか、父上にかんざしがほしいとは、口がさけてもいえないな)
と頭の中で考えていた。
その約三十分後、三人は屋敷に戻った。
部屋に入った五郎は部屋で、お栄に想いをはせていた。
(かんざしあげたらお姉ちゃんよろこぶだろうな・・・・)
と思う気持ちがだんだん膨らんでいき、
居ても立っても居られくなり、五郎は屋敷を出た。
そしてかんざしの前を、行ったり来たりして迷っていたが・・・
とうとう思い切って,
「おじちゃん、これ頂戴」
とかんざしを買ったのである。
そして次に、五郎は走って、屋敷の方ではなく・・・
別の所へむかった。
「これは、これはまたのお越しで・・・・ ありがとうございます」
と茶店の主人が言った。
五郎は、またしても、ういろうをほおばっていた。
その帰り道、五郎は、
(なんでおれは、ういろうまた食ったんだろう・・・
と自分のあさしましさが情けない気持ちと、
父には言えないものを買った軽い罪悪感がいりまじった
気持ちを胸に抱えながら屋敷にもどった。
父に会わないことを切に願いながら・・・ドキドキして・・・
結局会うことなく部屋に入り、ほっとした五郎であった。
屋敷を出て、京の鴨川にみたてられていたという一ノ坂川の橋を、
陶興房・塚原卜伝・五郎の三人はわたった。
朝九時半ごろのことである。
このところの雨で、満々と水をたたえた川面かわもが朝日できらきら輝いていた。
春には岸に桜が咲き乱れ、初夏にはゲンジボタルが幻想的に舞う一ノ坂川は、
山口に住む人々の心の癒しとなっていた。
五郎がいつもより胸を張って歩いている。 今日は嬉しくて仕方がないのである。
前の晩、父から 「明日からこれをさせ!」 と脇差をもらったからである。
その晩、部屋の中ではいけぬと言われていたのに・・・
五郎は腰に差した脇差を何回抜いて振ったことか。
寝る時も枕の横において、目覚めるたびに触って・・・
で、脇差をさし一人前になったような気になり、誇らしい気分で歩いていたのである。
三人は高嶺太神宮(今の山口大神宮)と瑠璃光寺に向かう所であった。
高嶺太神宮は、今は亡き大内義興が伊勢神宮の荘厳さに感銘をうけ、分霊を勧請かんじょうしてできた神社である.また瑠璃光寺は陶氏が建立した寺である。
お詣りをすませた三人は、高嶺太神宮の前にある茶店に入った。
当時、茶店は・・京都にはちらほらあっただが、地方にはそんなものは全く存在しなかった。
在京長かった大内義興は、山口にも京のように茶店をということで・・・
町役人の扇屋の先代を呼び、
「人を募つのって茶店をやらせい」と命じた。
「かしこまりました」と扇屋の先代。
つづけて義興が、 「一軒ではなく、二軒つくらせい!」
「二軒でございますか・・・」と先代の扇屋が怪訝な顔をすると・・・
「人はなあ・・・競わせねば、一つ所にとどまってしまうものよ。
のう、お前も同業の長門屋がいるから・・・、おれも尼子や大友がいるからこそよ」
「恐れ入りまする」
「それから、支度金はおれが出してもよいが・・・かならず返させい、はっはっ」
と目元を緩ませて笑った。
扇屋が番頭の与兵衛のこの話をすると・・・
「義興様もあんがいしぶちんですな」と言った。
扇屋は、 「私も最初はそう思ったよ。しかし、あとでよく考えてみると、
もしや義興様は借金してでもやりたいってーこころある人間が
ほしいと思われたのではないかと・・・」
このようにしてできあがった茶店だが・・・ 興房らが茶店に近づくと・・・
二軒とも結構にぎわっていた。
興房は、巷でもっぱらうわさになっている秋津治郎とやらが
つくりだした菓子「ういろうを」出していることで人気をとっている方の店に入った。
評判のういろうを口にいれると・・・五郎は、はとのように目をまるくした。
「父上、卜伝様・・・いや、いや、本当に旨いですな!」 と言うと、
あっと言う間にペロッとたいらげてしまったので、
興房は 「これも食え」と自分の分を半分五郎の皿にのせた。
「あ、ありがとうございます」とまたペロッと食べた。
その後、興房は、市がたっていたので少し寄って帰ろうといい、
三人はブラブラ見物していたのだが・・・。
五郎に耳慣れぬ言葉が聞こえてきた。前から来る異な風体の二人である。
五郎が不思議な顔をしていると・・・
卜伝が 「興房様、あれは明人(みんじん 中国人のこと)ですか?」
興房が、
「最近かなり増えてきましたよ。 私も少し興味がありまして、
恥ずかしながら実は・・・ 少し言葉を学んでおりましてな・・・
今の明人は確か、
『前からくるガキは、間の抜けたツラしてるな』
って・・・」
「えっ」と五郎。
「嘘だよっ」
という興房と、卜伝が声を高くして笑った。
その興房が、
「五郎まだ何か食いたけりゃ、お前に渡した巾着の中にある金で買っていいぞ」と言った。
「はっはい」と五郎は答えた。
五郎はさきほど十七・八歳ごろの娘とすれ違った。
色白で唇の赤さが際立つきれいな娘であった。
さて全然雰囲気はちがうのだが・・・
その娘を見て、五郎が頭に思い描いたのは・・・亀吉の姉のお栄であった。
お栄のすらったした体躯、やわらかにふくらんだ胸、
うつくしく伸びた指先、 涼やかな目元を思い浮かべながら・・・
(おねえちゃんに会いたいな) と思った。
そう思いながら、市に並んだ品物を眺めていると五郎の目に留まったものがあった。
なんと「かんざし」である。
赤い球をさした白っぽい木のかんざしである。
(おねえちゃんがそれをさした姿を頭に描き、いいないいな)
と半笑いのような、なんともいえない表情を五郎は浮かべていた。
興房が五郎を見て、
「気味の悪い奴、何かいいものでもあるのか?」
という声で五郎は我にかえった。
「あっ!いいえ、ございませぬ」と答えつつ、
(ま、まさか、父上にかんざしがほしいとは、口がさけてもいえないな)
と頭の中で考えていた。
その約三十分後、三人は屋敷に戻った。
部屋に入った五郎は部屋で、お栄に想いをはせていた。
(かんざしあげたらお姉ちゃんよろこぶだろうな・・・・)
と思う気持ちがだんだん膨らんでいき、
居ても立っても居られくなり、五郎は屋敷を出た。
そしてかんざしの前を、行ったり来たりして迷っていたが・・・
とうとう思い切って,
「おじちゃん、これ頂戴」
とかんざしを買ったのである。
そして次に、五郎は走って、屋敷の方ではなく・・・
別の所へむかった。
「これは、これはまたのお越しで・・・・ ありがとうございます」
と茶店の主人が言った。
五郎は、またしても、ういろうをほおばっていた。
その帰り道、五郎は、
(なんでおれは、ういろうまた食ったんだろう・・・
と自分のあさしましさが情けない気持ちと、
父には言えないものを買った軽い罪悪感がいりまじった
気持ちを胸に抱えながら屋敷にもどった。
父に会わないことを切に願いながら・・・ドキドキして・・・
結局会うことなく部屋に入り、ほっとした五郎であった。
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