3 / 11
その3 陶晴賢 最大のピンチ 又二郎決死の覚悟
しおりを挟む
その3
八月に入り、陽が厳しく照り付ける日がつづいていた。
そんなある日のことであった。
朝まだ涼しいうちに、五郎達は城を出た。
今日は海で水練を行うのである。
山を二つほど越えたところを下った江田浜を目指していた。
その浜には、前に喧嘩をしにいって、その後仲良くなった 江田浜の網元の子亀吉がいた。
亀吉と五郎は妙にウマがあい、時折五郎が浜に行き一緒に遊ぶ仲になっていた。
五郎にとっては浜で遊ぶのは、地元で過ごす堅苦しさがなく、とても楽しかった。
亀吉は最初、五郎が陶家の跡取りであるとは知らなかった。
なので「五郎」と呼び捨てにしていたが、
後にそれを知ってからはさすがに「五郎様」と呼ぶようにはなった。
五郎は、「五郎」のままで良いといったが、
亀吉も
「それはできねえ」
と「五郎様」と呼ぶようになった。
しかし、そう呼ぶようになっただけで、海で育っただけに口の悪さは変わらない。
亀吉が 「五郎様、まだまだ泳ぎが上手(うま)くならんのお。
そんなこっちゃ甲冑つけて海に浸かったら、
すぐに水の底でお陀仏じゃわい」 というと、
「何を言う。すぐにお前より上手になってやるわ」と五郎。
すかさず、
「天地がひっくりかえっても無理じゃのう。そうじゃろ又二郎」
「たしかに、魚のように泳ぐ亀吉殿には、そうはたやすく追いつけぬと思います」
と又二郎がまじめに答える。
「又二郎は、亀吉の味方か!」 と五郎は笑っている。
その後、約二時間くらい泳ぐ練習をしたが・・・
昼が近づいてきたので、
五郎らは、亀吉といっしょに銛でメバルやマアジ、ゴマサバなどを突いたり、
またサザエ・トコブシなどを獲ったりした。
亀吉はさすが漁師の子で、魚の鱗やワタを簡単に処理し、
石の上に鉄灸(火の上にかけ渡して魚などをあぶるのに用いる、細い鉄の棒)を懸け、火をおこし、手早く昼飯の準備をやってのけた。
鉄灸の上で塩焼きされた魚貝の香りが五郎らの鼻を刺激した。
その焼けたばかりの魚や貝と、
五郎が城から持ってきた味噌と握り飯とともに腹にいれた。
五郎が、
「いや本当に、なぜこんなに旨いのかなあ」と言うと、
亀吉が
「この江田浜の魚や貝がいいからだぜ。」 なんてことを話していると・・・
そこへ一人の娘がやってきた。
亀吉が、
「あっ、姉ちゃん」 と呼ぶと、
「かあちゃんが味噌汁とこれを持っていけって」
亀吉の姉のお栄であった。
お栄は色黒で背が高かった。
細身であったが、胸のふくらみが、まだ十二・三歳ぐらいなのだろうが、
女らしさを感じさせた。
切れ長の目元が涼しく、美しい娘であった。
五郎は胸がざわついた。
お栄が持ってきたのはアサリの味噌汁と野菜の和え物であった。
味噌汁を椀に注ぎ、和えものを皿に取り分け、
「さあ、お食べ」 と優しく微笑んで、
お栄がみんなに渡していった。
袖口から美しく伸びた腕と細く長いしなやかな指に、 五郎は心を奪われたが・・・
お栄が五郎の方を向くとぱっと目を逸らした。
又二郎が、
「この和え物は、今まで食べたことない味じゃ。何だろう。」
わさびの香りがするその和え物は、
口にいれるとしゃきしゃきとした歯ごたえがあり、
柔らかい甘みが何ともいえず、とにかく旨いのである。
みんな口々に、
「何だろうな、わからないな」と答える。
五郎が亀吉に、
「お前、しょっちゅう食べてるんじゃないのか」
「たまに食べてるけど、わからないものはわからない。
五郎様は口に入るもの全部知っているのかい」と亀吉。
「・・・」五郎が答えに窮する。
百乃介が 「わかんないが・・・本当美味い」
すると、お栄が 「それはね、にらよ」
「にらって時々雑炊にいれる、青い色したけっこう香りの強いやつかな。」と与吉。
「そうよ、でも、この黄色っぽいにらは、ちょっと特別で・・・
日光をあてずに育てたものなんだって。
うちの母ちゃんが時々魚をあげる年寄りの百姓夫婦がくれたものだって。
あっさりしていて、ワサビで和えるとほんと美味しいわね、私も大好きよ」
五郎たちは、約一時間ほど、亀吉とお栄と楽しい時間を過ごし、その後浜を後にした。
帰りの山道で、
五郎は (きれいなお姉ちゃんだったな) と
お栄のことを思い返していた。
その時、一匹の黒い子犬が、山の横道から出てきた。
タキとマツをいつも可愛がっている五郎は、子犬をみてうれしくなり、 そっと近づいてしゃがみこんで、
「こんなところで何してるのかな」
思いきり優しい声をかけ、頭を撫でようとした。
その手に、子犬ががぶりとかみついた。
「痛っ!」と五郎。
子犬は、さっと走って横道の方へ消えていった。
与吉が、
「五郎様、嫌われましたな」 と言い、
又二郎や百乃介と一緒に大笑いした。
「笑うな!かわいい形なりしてひでえことしやがる」 と五郎は毒づいた。
四人でしばらく山道を下っていると、後ろ方に何かの気配を感じた。
振り返ってみると坂道の上の方に何かがいる。黒い影のように見える。
その影が突然動き出した。こっちへ向かってきた。
吠える声が聞こえる。それは野犬の群れだった。
野犬はとても凶暴で狼のように集団でシカやイノシシを襲うこともある。
「逃げろー!」と五郎。
「どんどん近づいてくるぞーー」と与吉が今にも泣きそうな声でいう。
犬は七・八頭いたが、先頭を走るのは、ものすごい大きな真っ黒の犬である。
「木に登れ!」と又二郎が言った。
「登ろう」と五郎。
そして四人は、それぞれ道のわきの木立に入り別々の木によじ登った。
犬たちがやってきて、上を見ては猛然と吠える。
牙をむき出しにして吠えている奴もいる。木に前足をかけているのもいる。
真っ黒いでかい奴は、物凄い眼光で五郎たちを見ていた。
「降りたら殺されるぞ。しばらくは我慢しろよ」と又二郎。
犬たちは上を見上げながら、やがて吠えるのをやめ大人しくなり、
そのあたりをうろうろしていたが・・・・
百乃介がもじもじしだして、
「おしっこが漏れそうだよ」
「そこですればいい」と又二郎。
百乃介が木の上から小便をしだすと・・・
また犬たちが激しく吠えだした。
五郎が、
「いったい、いつまでこいつらいるんだろ」
「下手したら一晩でも・・・五郎様、我慢しないといけないですな」
落ち着いた声で又二郎が答える。
それから、一時間半くらいたったころだろうか。
犬たちがやっと諦めたのか、ゆっくり坂の上の方へ歩き出した。
「あっちへ行くよ」と与吉。
「ばか!しっー!大きな声だすな」 と又二郎が、小声で与吉に言った。
みんな、ほっとした気持ちになっていった。
五郎が、どこまで犬たちがいったかを確認しようと、右手で上にあった古い太い枝をつかみ、身を乗り出して坂をのぞこうとした時・・・・・
その枝がポキリと折れた。
「あっ!」 と言いながら、
五郎がどすっと地面に落ちた。
「五郎様!」と一斉に又二郎らが声をかけた。
「五郎様が動かない」と与吉。
「どうする?又二郎どうする?犬が来るかも・・・」と百乃介。
又二郎は思い出していた。
いつか五郎の父の興房が甘い菓子をくれながら・・・・・
(「又二郎や、そちは五郎の二つ上じゃ。五郎は粗忽者ゆえ、
又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
と言ったことを。
又二郎の耳に犬のけたたましい声が聞こえてきた。
そして、走って向かってくる犬たちの姿が目に入った。
「又二郎!」と百乃介が叫ぶ。
(どうすればいい?どうすればいい?)
と悩む又二郎であったが・・・
又二郎の耳に、
(「又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
という興房の声が、今度は本当に聞こえたような気がした。
その瞬間覚悟が決まった。
「やっーー」と言いながら、又二郎は飛び降りた。
「与吉も、百乃介も降りてきて、五郎様を守れ!俺が犬をやっつける」と大声で叫んだ。
地面に降り立った又二郎は、素早く、丁度いい長さ重さの枝っきれを掴み、
(人間はいつかは死ぬんだ!)
と思い、犬を待ち受けた。
五郎の前に立ちはだかる又二郎に、犬たちは猛然と攻撃をしかけてきた。
大きな黒い犬に左腕を噛まれ、引き倒されそうになったが、
そいつの脳天を右手につかんだ枝で思い切り叩いたところまでは覚えているが・・・・・
後は何も覚えていない。
与吉と百乃介の話によると、死に物狂いで又二郎が戦っていたが、
何か所も噛まれ、もうだめかと思うときに、
おじちゃんが出てきたと。
おじちゃんは、
「坊主、よくがんばった」 と言い、
又二郎の前へでて、持っていた木の棒を高く構えると・・・
犬たちの動きがぴたっと止まった。
が、次の瞬間一頭の犬が飛びかかった。
おじちゃんが棒をすっと降ろすと、犬の大きな鳴き声が響いた。
また、次の一頭が素早くおじちゃんの足元の方へ向かった。
棒をまたすっと動かすと、その犬も大きな鳴き声をあげながら横に転がった。
犬たちとおじちゃんの間に一瞬静寂が流れた。
すると真っ黒なでかい犬が、二三歩後ずさったあと・・・
急に後ろ向いて走り始めた。
すると犬たちが一斉にそれに続いていった。
おじちゃんは、持っていた薬で血だらけになった又二郎を手当てしてやり、
次に五郎の元へ行き、
体を抱いて 「ウッ!」と活をいれると
五郎が目を覚ました。
おじちゃんは、五郎が陶家の跡取りと聞いて、又二郎を背負い、
与吉と百乃介に交互に五郎を背負わせて、陶の城に向かった。
又二郎がおじちゃんの背中で、
「おじちゃん、強いね」
「そうでもないさ。俺はお前が強かったと思うぜ。
噛まれた傷がひどいから、しゃべらずに寝ておれ」
「じゃあ、もう一つだけ」
「なんじゃ」
「おじちゃんの名前はなんていうの」
「俺は塚原って名前だよ。でも、おじちゃんでいいからな」
「塚原様か・・・」
又二郎はそうつぶやき、眠りに落ちていった。
八月に入り、陽が厳しく照り付ける日がつづいていた。
そんなある日のことであった。
朝まだ涼しいうちに、五郎達は城を出た。
今日は海で水練を行うのである。
山を二つほど越えたところを下った江田浜を目指していた。
その浜には、前に喧嘩をしにいって、その後仲良くなった 江田浜の網元の子亀吉がいた。
亀吉と五郎は妙にウマがあい、時折五郎が浜に行き一緒に遊ぶ仲になっていた。
五郎にとっては浜で遊ぶのは、地元で過ごす堅苦しさがなく、とても楽しかった。
亀吉は最初、五郎が陶家の跡取りであるとは知らなかった。
なので「五郎」と呼び捨てにしていたが、
後にそれを知ってからはさすがに「五郎様」と呼ぶようにはなった。
五郎は、「五郎」のままで良いといったが、
亀吉も
「それはできねえ」
と「五郎様」と呼ぶようになった。
しかし、そう呼ぶようになっただけで、海で育っただけに口の悪さは変わらない。
亀吉が 「五郎様、まだまだ泳ぎが上手(うま)くならんのお。
そんなこっちゃ甲冑つけて海に浸かったら、
すぐに水の底でお陀仏じゃわい」 というと、
「何を言う。すぐにお前より上手になってやるわ」と五郎。
すかさず、
「天地がひっくりかえっても無理じゃのう。そうじゃろ又二郎」
「たしかに、魚のように泳ぐ亀吉殿には、そうはたやすく追いつけぬと思います」
と又二郎がまじめに答える。
「又二郎は、亀吉の味方か!」 と五郎は笑っている。
その後、約二時間くらい泳ぐ練習をしたが・・・
昼が近づいてきたので、
五郎らは、亀吉といっしょに銛でメバルやマアジ、ゴマサバなどを突いたり、
またサザエ・トコブシなどを獲ったりした。
亀吉はさすが漁師の子で、魚の鱗やワタを簡単に処理し、
石の上に鉄灸(火の上にかけ渡して魚などをあぶるのに用いる、細い鉄の棒)を懸け、火をおこし、手早く昼飯の準備をやってのけた。
鉄灸の上で塩焼きされた魚貝の香りが五郎らの鼻を刺激した。
その焼けたばかりの魚や貝と、
五郎が城から持ってきた味噌と握り飯とともに腹にいれた。
五郎が、
「いや本当に、なぜこんなに旨いのかなあ」と言うと、
亀吉が
「この江田浜の魚や貝がいいからだぜ。」 なんてことを話していると・・・
そこへ一人の娘がやってきた。
亀吉が、
「あっ、姉ちゃん」 と呼ぶと、
「かあちゃんが味噌汁とこれを持っていけって」
亀吉の姉のお栄であった。
お栄は色黒で背が高かった。
細身であったが、胸のふくらみが、まだ十二・三歳ぐらいなのだろうが、
女らしさを感じさせた。
切れ長の目元が涼しく、美しい娘であった。
五郎は胸がざわついた。
お栄が持ってきたのはアサリの味噌汁と野菜の和え物であった。
味噌汁を椀に注ぎ、和えものを皿に取り分け、
「さあ、お食べ」 と優しく微笑んで、
お栄がみんなに渡していった。
袖口から美しく伸びた腕と細く長いしなやかな指に、 五郎は心を奪われたが・・・
お栄が五郎の方を向くとぱっと目を逸らした。
又二郎が、
「この和え物は、今まで食べたことない味じゃ。何だろう。」
わさびの香りがするその和え物は、
口にいれるとしゃきしゃきとした歯ごたえがあり、
柔らかい甘みが何ともいえず、とにかく旨いのである。
みんな口々に、
「何だろうな、わからないな」と答える。
五郎が亀吉に、
「お前、しょっちゅう食べてるんじゃないのか」
「たまに食べてるけど、わからないものはわからない。
五郎様は口に入るもの全部知っているのかい」と亀吉。
「・・・」五郎が答えに窮する。
百乃介が 「わかんないが・・・本当美味い」
すると、お栄が 「それはね、にらよ」
「にらって時々雑炊にいれる、青い色したけっこう香りの強いやつかな。」と与吉。
「そうよ、でも、この黄色っぽいにらは、ちょっと特別で・・・
日光をあてずに育てたものなんだって。
うちの母ちゃんが時々魚をあげる年寄りの百姓夫婦がくれたものだって。
あっさりしていて、ワサビで和えるとほんと美味しいわね、私も大好きよ」
五郎たちは、約一時間ほど、亀吉とお栄と楽しい時間を過ごし、その後浜を後にした。
帰りの山道で、
五郎は (きれいなお姉ちゃんだったな) と
お栄のことを思い返していた。
その時、一匹の黒い子犬が、山の横道から出てきた。
タキとマツをいつも可愛がっている五郎は、子犬をみてうれしくなり、 そっと近づいてしゃがみこんで、
「こんなところで何してるのかな」
思いきり優しい声をかけ、頭を撫でようとした。
その手に、子犬ががぶりとかみついた。
「痛っ!」と五郎。
子犬は、さっと走って横道の方へ消えていった。
与吉が、
「五郎様、嫌われましたな」 と言い、
又二郎や百乃介と一緒に大笑いした。
「笑うな!かわいい形なりしてひでえことしやがる」 と五郎は毒づいた。
四人でしばらく山道を下っていると、後ろ方に何かの気配を感じた。
振り返ってみると坂道の上の方に何かがいる。黒い影のように見える。
その影が突然動き出した。こっちへ向かってきた。
吠える声が聞こえる。それは野犬の群れだった。
野犬はとても凶暴で狼のように集団でシカやイノシシを襲うこともある。
「逃げろー!」と五郎。
「どんどん近づいてくるぞーー」と与吉が今にも泣きそうな声でいう。
犬は七・八頭いたが、先頭を走るのは、ものすごい大きな真っ黒の犬である。
「木に登れ!」と又二郎が言った。
「登ろう」と五郎。
そして四人は、それぞれ道のわきの木立に入り別々の木によじ登った。
犬たちがやってきて、上を見ては猛然と吠える。
牙をむき出しにして吠えている奴もいる。木に前足をかけているのもいる。
真っ黒いでかい奴は、物凄い眼光で五郎たちを見ていた。
「降りたら殺されるぞ。しばらくは我慢しろよ」と又二郎。
犬たちは上を見上げながら、やがて吠えるのをやめ大人しくなり、
そのあたりをうろうろしていたが・・・・
百乃介がもじもじしだして、
「おしっこが漏れそうだよ」
「そこですればいい」と又二郎。
百乃介が木の上から小便をしだすと・・・
また犬たちが激しく吠えだした。
五郎が、
「いったい、いつまでこいつらいるんだろ」
「下手したら一晩でも・・・五郎様、我慢しないといけないですな」
落ち着いた声で又二郎が答える。
それから、一時間半くらいたったころだろうか。
犬たちがやっと諦めたのか、ゆっくり坂の上の方へ歩き出した。
「あっちへ行くよ」と与吉。
「ばか!しっー!大きな声だすな」 と又二郎が、小声で与吉に言った。
みんな、ほっとした気持ちになっていった。
五郎が、どこまで犬たちがいったかを確認しようと、右手で上にあった古い太い枝をつかみ、身を乗り出して坂をのぞこうとした時・・・・・
その枝がポキリと折れた。
「あっ!」 と言いながら、
五郎がどすっと地面に落ちた。
「五郎様!」と一斉に又二郎らが声をかけた。
「五郎様が動かない」と与吉。
「どうする?又二郎どうする?犬が来るかも・・・」と百乃介。
又二郎は思い出していた。
いつか五郎の父の興房が甘い菓子をくれながら・・・・・
(「又二郎や、そちは五郎の二つ上じゃ。五郎は粗忽者ゆえ、
又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
と言ったことを。
又二郎の耳に犬のけたたましい声が聞こえてきた。
そして、走って向かってくる犬たちの姿が目に入った。
「又二郎!」と百乃介が叫ぶ。
(どうすればいい?どうすればいい?)
と悩む又二郎であったが・・・
又二郎の耳に、
(「又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
という興房の声が、今度は本当に聞こえたような気がした。
その瞬間覚悟が決まった。
「やっーー」と言いながら、又二郎は飛び降りた。
「与吉も、百乃介も降りてきて、五郎様を守れ!俺が犬をやっつける」と大声で叫んだ。
地面に降り立った又二郎は、素早く、丁度いい長さ重さの枝っきれを掴み、
(人間はいつかは死ぬんだ!)
と思い、犬を待ち受けた。
五郎の前に立ちはだかる又二郎に、犬たちは猛然と攻撃をしかけてきた。
大きな黒い犬に左腕を噛まれ、引き倒されそうになったが、
そいつの脳天を右手につかんだ枝で思い切り叩いたところまでは覚えているが・・・・・
後は何も覚えていない。
与吉と百乃介の話によると、死に物狂いで又二郎が戦っていたが、
何か所も噛まれ、もうだめかと思うときに、
おじちゃんが出てきたと。
おじちゃんは、
「坊主、よくがんばった」 と言い、
又二郎の前へでて、持っていた木の棒を高く構えると・・・
犬たちの動きがぴたっと止まった。
が、次の瞬間一頭の犬が飛びかかった。
おじちゃんが棒をすっと降ろすと、犬の大きな鳴き声が響いた。
また、次の一頭が素早くおじちゃんの足元の方へ向かった。
棒をまたすっと動かすと、その犬も大きな鳴き声をあげながら横に転がった。
犬たちとおじちゃんの間に一瞬静寂が流れた。
すると真っ黒なでかい犬が、二三歩後ずさったあと・・・
急に後ろ向いて走り始めた。
すると犬たちが一斉にそれに続いていった。
おじちゃんは、持っていた薬で血だらけになった又二郎を手当てしてやり、
次に五郎の元へ行き、
体を抱いて 「ウッ!」と活をいれると
五郎が目を覚ました。
おじちゃんは、五郎が陶家の跡取りと聞いて、又二郎を背負い、
与吉と百乃介に交互に五郎を背負わせて、陶の城に向かった。
又二郎がおじちゃんの背中で、
「おじちゃん、強いね」
「そうでもないさ。俺はお前が強かったと思うぜ。
噛まれた傷がひどいから、しゃべらずに寝ておれ」
「じゃあ、もう一つだけ」
「なんじゃ」
「おじちゃんの名前はなんていうの」
「俺は塚原って名前だよ。でも、おじちゃんでいいからな」
「塚原様か・・・」
又二郎はそうつぶやき、眠りに落ちていった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー
ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。
軍人になる為に、学校に入学した
主人公の田中昴。
厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。
そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。
※この作品は、残酷な描写があります。
※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。
※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
黄金の檻の高貴な囚人
せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。
ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。
仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。
ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。
※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129
※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません
https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html
※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる