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1 今夜は婚約破棄

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「リネー・マルクネル!私はお前との婚約を破棄する!」


本日、学園の卒業式に行われているパーティーで、壇上からこの国の第二王子マケール・ローラン・ギュスターヴ・ラルカンジュ殿下が、燃えるような赤い髪と新緑のような緑の目をした美少年を憎々しげに見つめ宣言した。ざわざわと騒がしかった卒業パーティーの会場は一気に静まり返った。


「発言よろしいでしょうか?マケール殿下」

赤髪の少年こと、リネー・マルクネルは表情を変えずにマケールを見つめた。

「はっ?今更、言い訳か?このルュイルを不当に虐げた罪は消えんぞ!」

マケールは隣りにいる不安そうなピンクの髪色をした美少年ルュイルの肩を抱き、リネーをキッと睨んだ。

「僕と殿下の婚約は、王家と我が公爵家の繋がりを強くする為の婚約です」
「だからなんだ?お前の家の後ろ盾などいらぬ!」
「いくら王族の殿下とはいえ、国王陛下のお決めになった婚約をこの場で破棄するとは殿下……テメー頭がおかしくなったんじゃねぇか?」
「なっ、侮辱するのか貴様!」

口調が急に変わったことにマケールや周辺で固唾を呑んで見ていた生徒たちも驚くが、一番驚いていたのはリネー本人だった。

(なっ……何?今の言葉、こんな汚い言葉…俺が……いや僕は……僕?俺?俺って、僕は誰だ……)

リネーの脳内で爆ぜるように知らない記憶が一気に頭の中に拡がり、脳内の思考を侵食していく。ここはエロゲーメーカーの作ったBL恋愛ゲーの世界。“俺“が前世でプレイしたことあるので覚えていた。そして今、僕となった俺は断罪&ざまぁを卒業パーティーでされている悪役令息のリネー・マルクネルに転生してしまったようだ。
リネーの前世は動画配信者で、女装をしていわゆる男の娘を全面に押し出しエロ動画で儲けまくっていた。ある日、ストーカーと化したファンにアパートに突撃され、交際を断ったらナイフで刺されてしまい、そこからの記憶がない。

(なんという最低な人物が前世の僕なんだ……って自分に最低とか言うなよ俺……ん?なんだか頭の中がぐるぐるして…めまいが酷い……記憶が……混じり合うような……?)

「うぅっ……ぐっ……うあぁぁああっっ」

両手で頭を掴んで苦しみだしたリネーに、周囲は騒然となる。さすがにマケールもおかしいと思ったのか、顔色を変え狼狽える。

「リネー!どっ、どうしたのだ!?」
「殿下、医者を呼ぶべきでは?」

焦るマケールに近くの側近が声をかけたその時、リネーの声が止まりマケールの方に顔を向けた。

「殿下!婚約破棄、承りました!隣の主人公の……えーと、ルュイルさんとお幸せに。では失礼します!」

リネーは振り向いて一目散に出口に向かって走り、パーティー会場を脱兎の如く出ていった。残されたマケールとパーティー会場の生徒たちは啞然とし、リネーが出ていった出口を見ていた。

「あのプライドが高いリネー様が婚約破棄を受け入れた?」
「別人みたいな喋り方だったな。走って出ていってよほどショックだったのか?」
「いくらなんでも卒業パーティーで婚約を破棄されるとはお可哀想よ」
「あー、パーティーぶちこわしだよ、殿下はこれをどうなさるのか」

ヒソヒソと会場から今の婚約破棄の一部始終を見た生徒たちが騒ぎ出し、学園の教師達が騒ぎを聞きつけ会場につく頃にはリネーは学園からも公爵家からも姿を消していた。

+ + +

「どうしようかな、これから……」

婚約破棄を叩きつけられたリネーは前世の記憶と今世の記憶が混じり合い一人の人格となった。前世の記憶により、これがゲームと気づいたリネーは、パーティー会場を抜け出した後、実家の公爵家に戻ると部屋にある金目の物を集め『婚約破棄された私は家の恥ですので出ていきます。私を絶縁してください。探さないでください。リネー』と書いたメモを置いて街に逃げてきた。

パーティー用に着ていた仕立ての良い夜会服を古着屋で売り、平民が着る服に着替えたリネーは庶民的な宿屋に泊まり現在、宿屋の室内で途方に暮れていた。

(……でも僕が前世の“俺”の記憶を思い出さなければ、あの婚約破棄のあと家から絶縁されて国外追放で野垂れ死にしてたんだよな……そんなに僕が嫌いなのか?)

リネーはベッドに座ると、先程の婚約破棄のことを思い出す。マケール殿下とは政略的な婚約だったが、そんなに自分はマケール殿下から疎まれていたのかと考えると胸が苦しくなった。“俺”の記憶が『婚約者がいるのに浮気する奴なんか結婚しなくてよかったな』と言ってくる。前世の記憶が混濁しているのか、ずっと頭の中の会話が止まらなかった。

(とりあえず、明日考えよう……ん?外がやけにうるさい?)

外から怒鳴り声が聞こえてきた。部屋の窓を恐る恐る開けると、階下に見える路地で、一人のローブを着た青年が三人の男に絡まれていた。

(うわー。ここ宿屋の近くなのに治安悪すぎないか?)

+ + +

「おい、金目のモンだせよ!」
「いえ、本当にお金がないんです!許してください!」
「ああ?!だったら着ているモン置いてけや!コラァ!!」

宿屋通りの地裏で一人の青年が、ガタイがよく人相の悪いチンピラ三人に囲まれていた。囲まれた男はビクビクとし土下座する。

「ゆっ、許してください!このローブは父の形見なんです!」
「はぁ?!形見とかカンケーねえよ!さっさと脱げ」

チンピラの一人が土下座する青年を無理矢理立たせようとした時に、どこからか声がした。

「騎士さん!こっちです!早く!人が襲われています!」

チンピラ達はそれを聞いて驚くと、一目散に声がする反対側の道へ逃げるように走って消えていった。地面に這いつくばった青年の前に少年――リネーが手を差し伸ばす。

「お兄さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……君が騎士を呼んでくれたのか?」
「騎士は呼んでないよ」
「え?」

青年はリネーをまじまじと見る。庶民の服を着ているが、顔立ちや雰囲気で平民でないことは男にはわかった。

「あれは嘘だよ。巡回中の騎士を探してたら、お兄さん、とっくに身ぐるみ剥がされてたよ。一か八かやってみたけど、ゴロツキどもが騙されてくれてよかった」

リネーは成功したのを嬉しそうに笑うと、青年は思わず見惚れてしまう。

「あっ、あの、ありがとう。助けてくれて。お礼をしたいけど、お金がなくて……」
「お礼とかはいいよ。ただ、お願いがあるんだよね」
「お、お願い?」

訳ありであろう顔のいい美少年のお願いという発言に、青年は思わずドキドキしてしまう。

「わ、私でよければ……」
「ここ治安悪いから、あんたの家に泊まらせてくれない?」
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