PMに恋したら

秋葉なな

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愛を誓うお巡りさん

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◇◇◇◇◇



「お母さんそろそろ帰って。病室には私がいるから」

「そう? じゃあ帰ってご飯作ってるね」

西日が差し込む病室のカーテンを閉め、母を見送った。
仕事の遅れを取り戻そうと一晩中起きていた父は今やっと眠ったところだ。
来週退院することが決まったものの職場に復帰するかどうかは未定だった。これからの生活をどうするかの話はまだ進んでいない。母は私も働きに出ようかしらと言っている。

父が寝息をたてたのを確認してから売店に飲み物を買いに行こうと病室を出ると、「こんにちは」とドアの前で声をかけられた。
声の主を見て私は目を見開いた。メロンやオレンジなどの果物が入ったバスケットを抱えた坂崎さんが病室の前に立っていた。
久しぶりに会った坂崎さんは作り笑顔で「専務は起きていますか?」と問いかけた。

「今眠ったところです。なので日を改めていただけますか?」

意識せず強めの口調で言ってしまった。父の姿が見えないように後ろ手で病室のドアを閉めた。せっかく寝た父を起こすのは可哀想だから。

「そうですか。でも実弥さんに会えたのはちょうどよかったです」

「はい?」

「お父様もこのような状態ですし、入籍の日を決めましょう」

笑顔で言い放つ坂崎さんに再び恐怖心が芽生えた。

「入籍……ですって?」

「はい。そうすれば専務も安心でしょうから」

「何を言っているんですか……」

この人はしつこいを通り越して怖い。この前向きさは恐怖だ。

「実弥さんにとってもその方がいいのではないですか?」

「どういう意味ですか?」

一歩私に近づいた坂崎さんに警戒する。

「専務の職務復帰は今のところ未定ですよね。もうほとんど車椅子での生活になってしまうと伺っています。ご自宅での生活も大変じゃないですか?」

「それは……」

「何かとお金も入用でしょう。今の実弥さんとお母様には厳しいこともあるのではないですか?」

この言葉に自然と坂崎さんを睨みつけた。

「そうですね。お金は必要です。けれど何とかしますからお構い無く」

坂崎さんの言うことはもっともだ。父が働けなくなるかもしれないのならお金は必要だ。でもこの人に頼るつもりはない。

「どうぞ僕に頼ってください」

気味が悪いほどの笑顔で更に私に近づいてきた。じりじりと私を壁との間に追い詰める。坂崎さんは前屈みになり私に顔を近づけた。

「僕と結婚しないと生きていけないだろ?」

囁かれた言葉に背筋が寒くなる。どこまでも支配しようとするこの人の考えが恐ろしくてぞっとする。そして私をバカにした態度に腹が立った。
怒りを込めて坂崎さんの肩を押し距離をとると、私を見る彼の顔は見たことがないほど冷たかった。眉間には若干のしわが寄り、目は細く口はへの字になっている。整った顔だからこそ、本性を出した顔は性格の冷酷さを表す。
けれど私はもう負けない。

「生活が苦しくてあなたに頼るくらいなら一家で心中します!」

そう言い切ったとき「はいそこまで!」と声が割り込み、私と坂崎さんの間が花で遮られた。

「心中なんて俺がさせません」

いつの間にかすぐそばにはシバケンが立っていた。持っている花束を剣のように私と坂崎さんの間に突き出し、それ以上お互いが近づかないように壁を作った。その顔は真っ直ぐ坂崎さんを睨みつけている。

「シバケン……」

彼が来てくれた。それだけで私の不安や恐怖や怒りは吹き飛んだ。

「俺なら実弥の全部を受け入れて支えることができます」

「へぇ、君が?」

坂崎さんはシバケンにバカにした声を向けた。

「警察官はそれほど収入があるお仕事なんですね」

「公務員舐めんなよ」

負けじとシバケンも強気だ。

「実弥と実弥の家族も丸ごと全部俺が支えてやる。実弥との未来の家族まで養うだけの収入は俺にだってありますから」

力強く言い切った。それはどこまで真実かわからない。虚勢を張っただけかもしれないし、本当に金銭的に私と家族の未来を支えることができそうでもあった。

シバケンは突き出した花束を下ろすと「これ以上実弥に付きまとうなら、こちらも法的な対処を取らせていただきますが?」とはっきり告げた。ぴくりと坂崎さんの眉が動いた。シバケンは法律の知識と仕事を利用して坂崎さんを処罰してしまいそうだ。ほとんど脅しの冗談だろうけど、これは坂崎さんには効いたようだ。

「はぁ……実弥さんに僕の思いが伝わらなくて残念です」

坂崎さんは溜め息をつきフルーツが入ったバスケットを私に差し出した。

「専務によろしくお伝えください。どうやら家族になるには縁がなかったようです、と」

「坂崎さん……」

バスケットを受け取りながら態度が急変したことに戸惑った。

「では失礼します」

冷酷な表情のまま、意外にもあっさりと私たちに背を向けてロビーの方へと行ってしまった。きっと彼も強引なやり方をしている自覚があるからシバケンの簡単な脅しに手を引いたのかもしれない。

「ふうー……感じの悪い男だな」

「ありがとうシバケン」

シバケンと向き合うとお礼を言った。

「こんなのどうってことないよ。実弥を守るのは当たり前でしょ」

「当たり前のことじゃない。なかなかできないよ。こんなヒーローは絶対にいない」

ははっとシバケンは照れて笑った。

「ごめんね。実弥の悩みとか話をちゃんと聞いてあげなかった」

「シバケンがそばにいてくれるだけでいいの」

「ちゃんと考えてるから。実弥の生活も、俺らの未来も」

笑顔から一転して真面目な顔になると私を見つめた。

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