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泣いてばかりいる猫ちゃん
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しおりを挟むどれくらい待っただろう。膝に顔を埋めて目を閉じ仮眠をとっていたからここに居る時間がわからない。スマートフォンの画面を見るとバッテリーが残り15パーセントを切っていた。
するとアパートの階段を誰かが上ってくる足音がして立ち上がった。シバケンが帰ってきたのかもしれない。けれど他の住人や万が一怪しい人だったら嫌だなと身構えた。
階段下から一歩ずつ頭が見えてきて、廊下の暗い照明で照らされた顔はシバケンだった。
「あれ?」
廊下で立つ私を見ると驚いた声を出した。
「何してんの?」
「ごめん、LINEしたんだけど……」
「あー……全然見てなかった」
疲れているのかゆったり落ち着いたシバケンの声に安心して目が潤んできた。やっと会えた嬉しさも加味される。私の目の前に立ったシバケンは顔が緩み、ぎゅうっと私を抱きしめる。
「ふー……実弥に会うと安心する」
「お疲れ様です」
シバケンは頬をぐりぐりと私の頭に擦り付ける。
「かなり待った? ごめんね」
「ううん……いいの」
勝手に来た私がいけないのだ。シバケンは私から体を離して部屋の鍵を開けた。
「どうぞ」
シバケンの部屋に入るとこの間来た時よりも部屋は片付いている。
「いつでも実弥が来てもいいように片づけたんだ」
その言葉に私は微笑む。いつでも来てもいいってことなんだと嬉しくなる。
シバケンは冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターをコップに入れずにそのまま飲んだ。
「座って。実弥も何か飲む?」
「ううん……お構いなく」
ペットボトルを持ったままシバケンは私の横に座りまた一口飲むとローテーブルに置いた。
「何かあった?」
そう質問すると私の髪の毛に触れた。毛先をくるくると人差し指に絡めている。そのまま私の頬を滑らせるように撫で、更には頭を撫でた。
「こんな時間に来るってことは、また家で何かあったんだ?」
「うん……」
話したいことはたくさんある。けれど言葉にできずに飲み込んだ。シバケンに何をどこから話せばいいのか迷って唇を噛んだ。そんな私にシバケンは「おいで」と両腕を広げた。前のめりになりシバケンの胸に体を預けた。
「シバケンに会いたくて、話したくて来たのに、言えない……」
恋人と違う男に迫られたと言えるわけがない。
「嫌だったこと?」
そう優しい声で聞くから小さくうなずいた。
「私って自分じゃ何もできない人間なんだって思い知って……」
仕事も生活も結婚も。自分ではどうにもできない。
「そうかな?」
シバケンの言葉に顔を上げた。
「実弥は変わろうとしてるでしょ」
そう言うシバケンは私の耳の上の髪にキスをする。そうして優しくコートを脱がし始める。部屋着のまま出てきてしまったから、コートの下は色気のないTシャツを着ている。けれどシバケンはそれに気づかないようで、私の頬に手を添え唇を重ねる。
「自分のことを客観的に見つめて前に進もうとしてる。偉いよ」
目が潤んできた。シバケンの言葉はいつも私を元気づける。
「嬉しい……頑張れそう」
フッとシバケンは微笑んで頭を撫でる。
「大好きです」
「俺も」
呟いた言葉に当たり前に返事が返ってくる。それが心地いい。
シバケンの手がシャツの下から中へと侵入し、肌に直に触れた。下着の上から胸を包まれるとゾクゾクして体から力が抜けてくる。
「んっ……」
背中に回った手がホックを外し、Tシャツを自然な流れで脱がされた。
「シバケン……待って……」
「嫌?」
首筋にキスをするシバケンは耳元で不安そうな声で聞くから首を振る。
「私……お風呂入ってない……から……」
くすぐったさと恥ずかしさで口ごもる。
「俺も入ってないよ。それでもいい?」
「んんっ……いいよ……」
胸の先端を指で転がされ、まともに声が出なくなる。
「よかった。もう止めらんないから」
そう言うとシバケンは私の体をゆっくりと床に組み敷いた。唇が重なり舌が絡まると不安も恐怖も、嫌なことが忘れられる気がしてシバケンの熱に溺れた。
カーテンの隙間から朝日を感じるまでシバケンの腕枕で眠っていた。朝だと認識して顔を動かすとシバケンはまだ起きないようだ。
一晩中腕枕をしてくれて痛かったのではと不安になったけれど、ほとんど寝返りをうつこともなく熟睡している。相当疲れているのだろう。
夜中にスマートフォンの電池が切れてしまい、設定した時間にアラームが鳴ることはなかった。シバケンの家には時計がないので代わりにスマートフォンを借りる。時間だけ確認するとまだ仕事までは余裕で一度家に帰ることもできそうだ。
シバケンの肩が毛布から出ているのでかけ直した。そうしてお互い裸であることを思い出す。シングルのベッドで体が密着しているから私の太ももとシバケンの下腹部が当たる。シバケンと体を繋げたばかりなのを思い出して自然と顔がにやける。
シバケンを起こさないようにベッドから下りるつもりが毛布がずれてシバケンが目を覚ました。
「ん……」
「あ、ごめん起こしちゃって」
「大丈夫……おはよう」
「おはよう」
「実弥、もう仕事行くの?」
「ううん、一度家に帰ります」
「じゃあ送ってくよ」
「いいよ。ゆっくり寝てて」
「大丈夫。今日週休だし」
遠慮したのだけどシバケンは送っていくと言って着替え始めた。
車に乗って家の前までしっかり送ってくれた。
「また連絡するから」
「はい、ありがとうございました」
「実弥」
車を下りようとしたときシバケンに呼び止められた。
「俺はいつでも実弥のそばにいる。いつでも会いに来るから」
「はい」
最後にキスをしてシバケンの車が見えなくなるまで見送った。
自宅のドアノブにはコピー用紙が入ったビニール袋はかけられていなかった。誰かが家の中に入れてくれたのだろう。
玄関の鍵がかかっていたら家に入れないかもしれないと思ったけれど、もしかしてとドアノブに手をかけるとドアは簡単に開いてしまった。両親の防犯意識の低さに呆れながら中に入ると、リビングから母が勢いよく顔を出した。
「実弥!」
母は私に駆け寄ると強く抱き締めた。
「ちょっ、お母さん?」
「心配したんだから! どこにいるのか連絡くらいしてきなさい!」
その声は必死で、夜通し起きていたのだとわかるほどに目が疲れている。
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