PMに恋したら

秋葉なな

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あなたの気持ちはどこですか

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◇◇◇◇◇



太一と連絡を取らないまま数日たった。二人の今後の関係を考えることはわずかな時間だけで、頭の中の大部分はシバケンが占めていた。
私はあることを決めていた。太一に『家に行く』とLINEを送り、定時になるとすぐ退社した。会社の近くのケーキ屋でシュークリームを買った。電車に乗り、太一の家の最寄り駅で降りた。
今日こそはいますようにと願いながら交番まで歩き、中を覗いた。二人の警察官が中にいて、幸運なことにその内の一人はシバケンだ。

「すみません……」

「はい……あ」

ガラスの扉を開けた私にシバケンも気づいたようだ。

「先日はありがとうございました」

私はシバケンに靴下の入ったテーマパークの袋を差し出した。

「わざわざすみません」

「あとこれを皆さんでどうぞ……」

おずおずとシュークリームの箱をシバケンの前に出した。

「交番にお巡りさんが何人いるのか分からなかったので5個しかないのですが……」

シバケンは箱を受け取ると中身を開いた。

「あの、ありがたいんですがこういうものは受け取れないんです」

「え、そうなんですか?」

「お礼の品は一切いただけないんです……」

がっかりだ。感謝の気持ちとしてこれが良かれと思って持ってきたけれど、公務員はこういうものは受け取ってくれないのだ。

「いいじゃないですか柴田さん」

横にいたもう一人の警察官がシバケンからシュークリームの箱を取った。

「個人的な差し入れだと思えばいいんじゃないですか?」

「お前な……」

「そうです! あの時靴下を貸してくださったことに対しての個人的なお礼です!」

私は笑顔になった。受け取ってくれたらシュークリームも無駄にならない。

「じゃあいただきます……」

「はい!」

「ほんと、柴田さんは真面目ですね。冷蔵庫に入れてきます!」

箱を奥の部屋に持っていった警察官をシバケンは呆れた顔で見ていた。

「本当に、この間はありがとうございました」

「いえ、大したことじゃないですから」

シバケンは照れたように笑う。

「この交番にはずっといらっしゃるんですか?」

シバケンがこんな近くに居るなんて思わなかった。私が気づかなかっただけですれ違っていたのかもしれない。

「ここには2年います」

「2年も……」

「でも来週から異動になりますが」

「え!?」

思わず大きな声が出てしまった。せっかく会えたのにまたどこかに行ってしまうなんてあんまりだ。私の反応にシバケンも驚きながら「次は中央区勤務です」と言った。

「中央区ですか!?」

またしても大きな声が出た。中央区は私の会社があるところだ。

「私今古明橋の会社に勤務してるんです!」

「そうですか。偶然ですね」

シバケンも微笑んだ。私の勤務地にシバケンも勤務する。この偶然が嬉しい。

「古明橋交番とかですか?」

「いえ、次はパトカーに乗ります」

「そうなんですね……」

さすがに偶然は続かない。古明橋交番なら会社のすぐ近くなのに。

「でも中央区全域をパトカーで走りますから、またお会いすることもあるかもしれませんね」

「はい!」

私の笑顔に釣られてシバケンも目尻が下がった。
また会いたい。この人の働く姿を見ていたい。

私のこと、覚えてますか? とは聞けなかった。だって7年も前のことを覚えている方が凄いこと。たくさんの事件を扱い、たくさんの人に会う警察官にしたら私なんて記憶の隅に埋もれてしまっているだろう。
でも私にとっては大事な思い出だ。もし覚えていないとはっきり言われたら私の宝物が壊れてしまいそうな気がして怖かった。



シバケンと別れて太一の家に向かった。今日は長居するつもりはなかった。太一の家に向かう目的は泊まったときに使う歯ブラシや着替えなどの私物の回収だった。私の頭の中がシバケンでいっぱいになったとき、やっと太一と別れる決心ができた。

高校生の時助けてもらってからずっと、本気で好きになったのはシバケンだけだった。初恋以上に恋人の太一に気持ちが高ぶることはなかったから。

チャイムを押して出てきた太一は不安そうな顔だった。部屋に招き入れられると、私は部屋の主より先に座った。

「太一も座って」

そう促すと太一はますます不安な顔になって私の向かいに座った。緊張して深呼吸すると太一の顔を真っ直ぐ見据えた。

「別れよう」

緊張とは裏腹に肝心の一言は簡単に口から出た。

「………」

「この間太一に締め出されてから考えて決めたんだ」

「………」

太一は何も言わず私の膝を見ていた。

「私も悪かったけど、ケンカして一方的に締め出すなんてあんまりだと思った。太一は反省してるのがわかったけど、この先同じことがあったらまた私は悲しくて太一を今度こそ嫌いになる」

そうなりたくない。恨みたくない。嫌な思いをして別れたくない。

「わかった。別れよう」

今度は私の目を見てあっさり言った。お互いに深い気持ちはなかったのだ。だから太一も私をぞんざいに扱うし、別れにも承諾するのだ。

「今までありがとう。実弥といて楽しかったよ」

「私もだよ」

お互い笑顔にはなれない。けれど深い悲しみはない。これ以上傷つけ合う前にさよならできた。

私物を全てカバンに入れると「じゃあね」と言って太一の部屋を出た。背中に太一の「おう」と言う声が向けられた。来る前の想像以上に心が軽くなった。足を動かし一歩ずつ歩くたびにどんどん軽くなる。これで私はシバケンだけを見つめられる。










家に帰ると母がキッチンから顔を出した。

「お帰り実弥」

「ただいま」

「お父さんが話があるって」

「え……」

母の言葉に靴を脱ぐ私の体が硬くなる。父とはこの数年まともに会話をしていない。改めて話があるなんて嫌な予感がした。無言でリビングに入って父が座るソファーの向かいに座った。

「………」

父は私を見て読んでいた新聞を折り畳んでテーブルに置いた。

「仕事はどうだ?」

「おかげさまで退屈な毎日を過ごしています」

父の斡旋で退屈な仕事に就いてしまった。大手企業に属する低い肩書きと、平均よりほんの少し高い収入を得た。たったそれだけだ。

「甘えたことを言うな。何も資格も取り柄もないお前が仕事に就いているだけでもありがたいと思いなさい」

図星なので何も言い返せない。

「恋人はいるのか?」

意外な質問をしてきた。けれど答えるつもりはなかった。

「………」

「特定の相手はいないんだな?」

恋人とはついさっき別れたばかりだし、真っ先に思い浮かんだ想い人とは恋人でもなんでもない。

「……だったら何?」

「実弥に紹介したい男がいるんだ」

「え?」

「お父さんの会社の人で実弥と歳は少し離れているんだが」

「ちょ、ちょっと待って!」

突然何を言い出すのだろう。男を紹介するなんて父から言われると思っていなかった。

「紹介なんていらない。何を言い出すの!」

「恋人がいないなら会ってみなさい。将来有望な男なんだ」

「絶対に嫌!」

父の紹介なんてろくでもない男に決まっている。

「必要ない! 恋人は自分で見つけるんだから!」

そう言い捨てて立ち上がってリビングを出た。駆け足で階段を上り自分の部屋にこもった。
父の紹介なんて死んでも嫌だ! 絶対に傲慢な人に決まっている。恋人まで決めようとするなんて最低の父親!
けれど拒否してもあの父のことだから、いずれは私の結婚相手まで決め兼ねない強引さを持っている。結局私は父に逆らうことができないのだから。



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