アフタヌーンの秘薬

秋葉なな

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【揉捻】回転する想い

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手を繋いだまま商業ビルのエスカレーターを上り、カフェや服屋の前を数店通りすぎたとき、聡次郎さんはとある雑貨屋の前で止まった。

「目的はここですか?」

「まあ……」

居心地が悪そうに立ったままじっと店内を見る聡次郎さんに、私は「確かに」と納得した声を出した。

「ここは男性1人じゃ入りにくいですね」

アロマの爽やかな香りが充満する店内はお茶の葉の袋や陶器が飾られ、女性向けの衣類がハンガーにかけられ並び、化粧品が売られている。

「聡次郎さん、可愛い趣味ですね……」

「そんなんじゃないよ、俺の趣味なわけないだろ」

可愛いと言われて聡次郎さんは慌てたように見えた。

「じゃあ何を買いにきたんですか?」

「入浴グッズ」

「は?」

意外なものに変な声が出た。やっぱり聡次郎さんの好みは可愛いのではと思ってしまう。

「この会社ではお茶を使った入浴剤や石鹸を出してるんだよ」

確かにこの雑貨屋は店舗数こそ少ないけれどお茶を使った商品の知名度は高い。お茶で染めた糸で作られた衣類や日用品を扱っている。私は初めて訪れたけれど店舗の名前だけは知っている。

「飲む以外のお茶の使い方も知っておきたいから。近くにはここしか店がないんだ。ネットじゃ実物がわかりにくいし」

「ああ、そういうこと」

お茶製品のリサーチのためにここに来たということだろう。雑貨屋のサイトでは勉強にならないから1人では入りにくい店舗に私を連れてきた。

「梨香、ついてきて」

聡次郎さんは私の手を引いて店の中に入っていく。ついてきてと言われても、手を引かれていてはついていくしかできないではないか。

全体的にグリーンが目立つ入浴グッズのコーナーは聡次郎さんの目的のお茶石鹸やオイルなど、いずれも女性向けの商品が並んでいる。

「へー、お茶の洗顔なんて初めて見ました」

自然と聡次郎さんから手を放して取った商品はお茶の成分が配合された洗顔料だった。

「こっちも!」

お茶の葉が色鉛筆で描かれたパッケージのシャンプーは手の平に載るほどの小さいサイズのボトルだ。

「すごい! 使ってみたい!」

商品の爽やかなデザインと初めて手に取った食用以外のお茶の商品に感動した。
すぐにお茶の効果を感じられそうなハンドクリームを買うつもりで手に持って店内を見て回った。聡次郎さんは辺りをキョロキョロと見回す私を可笑しそうに見ていた。

「楽しそうだな」

「だって……自分の仕事に関係のあるものに興味が湧かないわけがないじゃないですか。聡次郎さんもでしょ?」

「まあな」

「見て! 飲むお茶も売ってますよ」

ずっと笑顔でついてくる聡次郎さんを振り返り話しかけた。棚にはお茶の葉の袋が数種類並んでいる。隣には女性受けしそうな花柄などの可愛い急須と湯飲みが置かれていた。

「まあお茶は龍峯の方が美味しいと思いますけど」

そう言って手に持ったハンドクリームだけをレジに持っていこうとすると、後ろから聡次郎さんが手を伸ばしお茶の袋を取った。

「試しに買ってみる」

「そうですか?」

「梨香が淹れて」

「え?」

「このお茶を今度淹れて。他の会社のと飲み比べ。これも勉強でしょ」

「はい……」

いつの間にか龍峯でお茶を学ぶことまで決められてしまったようで癪だった。けれど今では以前よりも日本茶に興味がある。聡次郎さんが手に持ったお茶も淹れて飲んでみたい気持ちはあった。
レジに自分で買うつもりのハンドクリームを置くと聡次郎さんもお茶の袋を置いた。

「会計一緒で」

聡次郎さんが店員さんに伝え、ポケットから財布を出した。

「これは私が買いますからいいです!」

私の分まで払おうとする聡次郎さんを慌てて止めた。

「いいよ、買ってやる」

「でも……」

「今日付き合ってくれたお礼」

「ありがとうございます……」

店を出て袋を持ってくれる聡次郎さんにお礼を言った。

「別に。あとでハンドクリームを使った感想聞かせて」

「わかりました」

「次いくよ」

そう言って再び聡次郎さんの手が私の手を包んだ。抵抗する間もなく手を引かれ駐車場まで引っ張られる。
こうして手を繋いで買い物をするなんて本当にデートしているように見えるかもしれない。聡次郎さんとのこの関係は一体何なのだろう。

車に乗りシートベルトを締めた聡次郎さんを見つめる私は今きっと不安そうな顔をしているのだろう。思い切って聞こう。今このタイミングで。

「あの、聡次郎さん……」

「お昼何食べたい?」

「え?」

「和食? 洋食? 中華?」

「えっと……なんでも」

言葉を遮られて食べたいものなんてすぐには言えない。

「なんでもってなんだよ。お腹すいてないの?」

「そういうわけじゃないけど……」

これで終わって帰るのかと思っていた。まさか昼食も一緒に食べるのだとは予想していない。

「じゃあ俺の行きたいところでいい?」

「はい……」

車が走り出し、私は聡次郎さんにこの関係は何なのだと聞く機会を失ってしまった。

「梨香さ」

「はい」

「俺が苦手だからタメ口じゃないの?」

「そういうわけじゃ……」

「敬語って距離感じるんだよね。やめろって言ってるのに時々混ざってる」

「気をつけます……じゃない、気をつける」

膝に置いた手を握り、自分にも気をつけろと気合を入れた。聡次郎さんの機嫌を損ねたくない。後で何倍にもなって嫌みが返ってきそうだ。

「そういえばどうして月島さんは敬語じゃないの? お友達ってことは学生時代からの付き合いで?」

「いや、明人とは子供の頃からだな。小学校低学年頃からだったか……」

「そんなに長くから」

「昔龍峯には会社の従業員とは別の家政婦が何人かいたんだ。明人はその家政婦さんの子供。今明人は別のマンションに住んでるけど、昔は龍峯のビルの裏にあった社員寮に住んでて、兄貴と3人でよく遊んでた。俺とは同い年だったから学校も一緒に登校して」

聡次郎さんと月島さんは幼馴染で同僚でもあり、馬鹿げた契約にも協力するほどの仲ということだ。

「梨香って明人が気になるというより好きなんだ?」

「そ、そんなんじゃない!」

ついむきになって否定してしまった。好きとはっきり感情が芽生えているわけじゃないけど、好意があるのは事実なのに。

「はっきり態度に出すなよ。梨香は俺の婚約者なんだ。周りにばれないようにしろ。仕事と個人の感情は分けろ」

命令するような強い口調で言われてムッとした。

「聡次郎さんこそ……今日はどういうこと? 仕事とプライベートが完全に混ざってる!」

言ってはいけないとは思っても、1度言葉を発したら止めることは難しい。

「休日も聡次郎さんに合わせて婚約者を演じるなんて聞いてない!」

ここにきて本音が爆発した。お金のためとはいえ貴重な休日に気を遣って過ごすなんてごめんだ。

「……悪かったな。休みまで俺につき合わせて」

聡次郎さんは前を向いて運転しながら冷ややかな声を出した。

「でも俺は今日がプライベートだから梨香と会いたいとは言ってないよ。勘違いすんな」

「え?」

「最初に言っただろ。普段の休日はデートする仲睦まじい恋人同士だって思わせなくちゃいけないって」

確かに聡次郎さんは言っていた。

「今日も契約の一部だ。俺の恋人として買い物に付き合ってもらいたいし、お茶の商品を女性に使ってもらって感想を聞きたい。仕事の参考にするからだよ。そういう都合のいい女は梨香しかいない。梨香も契約をした以上は俺に合わせろ」

さっき買い物をする前までの穏やかな声とは違う。冷たい声に膝に置いた手が震えた。

「今日は一切梨香に金は使わせない。全部俺が払う。俺といた時間も時給計算して払うから明人に伝えとく」

「いえそこまでは……」

細かいことまで計算してお金を要求するつもりなんて全くない。そこまでお金に強欲だと思われたくない。

「俺だって梨香と自然な関係を築かないとバレるんだよ」

自分が恥ずかしくなった。聡次郎さんがプライベートでも私に構ってくるのだと勘違いしていた。聡次郎さんの感覚では今日は休みであっても婚約者を演じる日で出勤日ということなのだ。

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