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その5 花曇〜突然の悪夢〜
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その1ヶ月後の事。
「不渡りが出た……!」「社長は!?」「連絡つきません!」「自宅へ向かえ!」
春人が外回りの見学から戻ると、会社では大騒ぎが起こっていた。
「主要取引先へ、取引継続をお願いするんだ!」
部長の声に、
「無理です!」
経理責任者が叫んだ。全員の視線の先で、青ざめた経理責任者が言った。
「こ、これ、2度目なんです……。皆さんには秘密にしていましたが……。だから……」
誰かがヘナヘナと床に座り込んだ。
「じゃ、じゃあ、倒産だ……」
誰も彼も呆然としていた。春人の隣で、一緒に外回りに出ていた先輩も立ち尽くしている。
新人の春人には、やれる事もできる事もなかった。失意と混乱の中、春人は家に帰された。どこをどう歩いたか、夕暮れになってから春人はなんとか自分のアパートにたどり着いた。
「倒産、か……」
入社してからわずか1ヶ月と少しばかり。就職活動を必死にやって、拾ってくれた会社だ。一生懸命働こうと思っていた矢先だった。
「こんなあっけなく終わるんだな……」
まだ脱いでいなかったスーツの上着に手をかける。その時、胸ポケットにずっと入れていた名刺に気づいた。
「これ……」
『一度だけ、助けてやる』
あの低い甘い声が、まだ耳の奥に残っている。春人はどこかぼんやりとしたまま、名刺に記載された番号に電話をかけていた。
「……春人だな?」
数コールで彼は出た。初めて電話したのに、なぜすぐに分かったのだろう。
「はい……あの、東藤さん」
「会社が不渡りを出したそうだな」
「えっ、どうして……」
なぜ知っているのか。東藤は、有無を言わせぬ口調で続けた。
「今、家か。そのままそこにいろ」
「東藤さん、なんで、」
「すぐに行く」
通話が切れても、春人は受話器を耳に当てたまま固まっていた。
すぐに行く? あの人は、今、そう言ったのだろうか。そんな、まさか。
言葉通り、東藤はすぐに春人のアパートにやって来た。住所を教えた覚えはない。なのに、ドアを開けた目の前に、あの人がいる。
「春人」
記憶のままの声。夢だろうか。
「邪魔するぜ」
東藤はずかずかと室内へ入ってきた。狭いアパートの部屋は、体格のいい東藤とその部下数人でいっぱいになった。
「お前の会社の事は聞いた」
東藤が顎で合図すると、背後にいた部下のひとりが、何故かジェラルミンケースをその場に置いた。カチャリと開いたその中には、札束がぎっしり詰まっていた。
「ええっ!これは?」
春人が目を丸くする。
「助けてやると言っただろう。不渡りで銀行取引が停止しても、現金があれば当座はしのげる。その後はお前の会社次第だが。この金はお前にやる」
「……そんな、もらえません」
「気にするな。あの時の詫びだ。それに、俺はお前を気に入った。だから気にせず受け取れ」
春人が顔を上げた。まっすぐに東藤を見つめる。
「お金より、俺はただ、ただ……」
少しだけ言いよどんで。それでもはっきりと、春人は言った。
「あなたに、会いたかったんです……!」
「不渡りが出た……!」「社長は!?」「連絡つきません!」「自宅へ向かえ!」
春人が外回りの見学から戻ると、会社では大騒ぎが起こっていた。
「主要取引先へ、取引継続をお願いするんだ!」
部長の声に、
「無理です!」
経理責任者が叫んだ。全員の視線の先で、青ざめた経理責任者が言った。
「こ、これ、2度目なんです……。皆さんには秘密にしていましたが……。だから……」
誰かがヘナヘナと床に座り込んだ。
「じゃ、じゃあ、倒産だ……」
誰も彼も呆然としていた。春人の隣で、一緒に外回りに出ていた先輩も立ち尽くしている。
新人の春人には、やれる事もできる事もなかった。失意と混乱の中、春人は家に帰された。どこをどう歩いたか、夕暮れになってから春人はなんとか自分のアパートにたどり着いた。
「倒産、か……」
入社してからわずか1ヶ月と少しばかり。就職活動を必死にやって、拾ってくれた会社だ。一生懸命働こうと思っていた矢先だった。
「こんなあっけなく終わるんだな……」
まだ脱いでいなかったスーツの上着に手をかける。その時、胸ポケットにずっと入れていた名刺に気づいた。
「これ……」
『一度だけ、助けてやる』
あの低い甘い声が、まだ耳の奥に残っている。春人はどこかぼんやりとしたまま、名刺に記載された番号に電話をかけていた。
「……春人だな?」
数コールで彼は出た。初めて電話したのに、なぜすぐに分かったのだろう。
「はい……あの、東藤さん」
「会社が不渡りを出したそうだな」
「えっ、どうして……」
なぜ知っているのか。東藤は、有無を言わせぬ口調で続けた。
「今、家か。そのままそこにいろ」
「東藤さん、なんで、」
「すぐに行く」
通話が切れても、春人は受話器を耳に当てたまま固まっていた。
すぐに行く? あの人は、今、そう言ったのだろうか。そんな、まさか。
言葉通り、東藤はすぐに春人のアパートにやって来た。住所を教えた覚えはない。なのに、ドアを開けた目の前に、あの人がいる。
「春人」
記憶のままの声。夢だろうか。
「邪魔するぜ」
東藤はずかずかと室内へ入ってきた。狭いアパートの部屋は、体格のいい東藤とその部下数人でいっぱいになった。
「お前の会社の事は聞いた」
東藤が顎で合図すると、背後にいた部下のひとりが、何故かジェラルミンケースをその場に置いた。カチャリと開いたその中には、札束がぎっしり詰まっていた。
「ええっ!これは?」
春人が目を丸くする。
「助けてやると言っただろう。不渡りで銀行取引が停止しても、現金があれば当座はしのげる。その後はお前の会社次第だが。この金はお前にやる」
「……そんな、もらえません」
「気にするな。あの時の詫びだ。それに、俺はお前を気に入った。だから気にせず受け取れ」
春人が顔を上げた。まっすぐに東藤を見つめる。
「お金より、俺はただ、ただ……」
少しだけ言いよどんで。それでもはっきりと、春人は言った。
「あなたに、会いたかったんです……!」
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