1 / 3
僕と彼女と彼氏の話 act.1嶋上晴人の場合
しおりを挟む
僕と彼女と彼氏の話
act1.上嶋晴人の場合。
「もう、会わねーから」
何時もの使い慣れたラブホで、最近知り合った男と一戦を交え、裸のままベッドの上で煙草をくゆらせていた僕に、相手は唐突にそう呟くとベッドから起き上がり、ソファに投げ捨てた自分の服を着始める。
僕は何を言われたのか解らずに、直ぐに言葉を発する事が出来ず、首を後ろに回して相手を凝視した。
僕と目が合った相手は、少しだけ肩をすくめて
「もう一回言った方が良い?」
なんて、軽めの台詞。
「………、なんで?」
絞り出た言葉はそれだけで、意外にも声が枯れている事に自分でも驚く。
カチャカチャとベルトを締め、上に羽織っていたシャツを着込むと、相手は僕に近付いて頭の上に手を置く。
「彼女とお幸せに」
そう言いながら僕の髪をクシャリと混ぜると、そのまま静かに部屋を出て行ってしまう。
「………、マジかぁ…」
呟いた直後、煙草の灰が指から綺麗に灰皿に着地した。
◇
相手が部屋から出て数十分後、僕も身支度を整えて一人ラブホを後にする。
時間はもう夜で、そろそろ彼女が仕事から帰って来る頃だ。
夕飯の準備はして出て来た。帰る前に彼女が好きなケーキを買って帰ろうと、駅に向かっている途中だ。
僕の名前は、嶋上晴人。
成人してから四回誕生日を迎えた歳で、高校の時の担任が開いたアパレルショップで働いている。
今は彼女の西茉優ちゃんと絶賛同棲中。
彼女の茉優ちゃんとは、メチャメチャ仲良しで、このままずっと続けば結婚もしたいなって僕は思ってるけど、茉優ちゃんは凄く慎重派だから、ユックリ進んでいければ良い。
駅地下の、彼女と僕が好きなケーキ屋。
モンブランとベリーのタルトを買って、家路を急ぐ。
駅から電車で二駅の所で下車して、歩いて十五分位の所にあるアパートが僕達の家だ。
視線を上げると部屋の明かりは点いていて、僕は階段をリズミカルに駆け上がる。
「ただいま~!茉優ちゃんおかえり~」
玄関の鍵を締め、靴を脱ぎ捨てながらそう言うと、開けっぱにしてあるドアの所から彼女がヒョッコリと顔を出す。
「おかえり~、ご飯ありがとうね」
「イヤイヤ、休みだし、カレーだしね。簡単、簡単」
言いながら買ってきたケーキを冷蔵庫の中にしまい扉を閉めると、気配を消して近付いてきた彼女の顔が直ぐにあり驚く。
「ワッ、ビックリ…」
「何かあった?」
…………。鋭いんだよね、茉優ちゃんは。
「イヤ~……?まぁ……」
言葉を濁して苦笑いする僕を、心配そうに眉間を寄せて見ている彼女が
「もしかして、別れた?」
ズバリな問いかけに、僕は再び苦笑いを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でる。
そんな僕の言動に茉優ちゃんはグイッと僕を冷蔵庫の前から退かすと、自分で冷蔵庫を開け
「今日は飲むぞ!」
と、缶チューハイを両手に掴んで、フンスッと鼻息を荒くしている。
僕はそんな茉優ちゃんにクスリと笑い
「付き合ってくれるの?優しいね僕の彼女は~、さ、先にお風呂入っておいでよ?つまみ作っとくからさ」
両手に掴んでいたチューハイを渡して貰って、茉優ちゃんがお風呂に入っている間に、チャチャッとつまみを作りテーブルに並べ、コップを用意する。
茉優ちゃんがお風呂から上がって、ドライヤーをしている最中に、さっき迄一緒に居た男の電話番号やライン、メルアド等を消去する。
「おまたせ、さ、飲もう!」
「かんぱ~い」
ガチッと缶どうしがぶつかる鈍い音の後、プシッとプルを開け、液体をコップへ流し入れゴクゴクと喉を鳴らす。
「んハァ~ッ、美味しい!」
「ハハッ、良い飲みっぷり!」
彼女と楽しく晩酌。毎日では無いが、出来るだけ夕飯は一緒に食べるように、お互いが意識している。
茉優ちゃんの仕事の事とか、僕の仕事の事、僕達が出会ったコミュニティでの人達の事を話していると
「今回もさ、私が原因でお別れしちゃったのかな?」
楽しく話をしていたのに、やはり彼女はその事が一番気になっていたのだ。
だからといって僕が違うと言っても、彼女が納得しないのは解っているので
「ン?まぁ、そうだね」
と、正直に言う。
僕達に隠し事があるという事は、この関係を続けていく上でリスクを伴う事もお互いが理解している。だから出来るだけ正直にいる事が大切だ。
「そうかぁ……」
切なそうに呟き、視線を下に落とした茉優ちゃんに、僕は
「まぁ、理解してくれる人は少ないよね?けど、僕は茉優ちゃんと別れる選択肢が無いからさ……、次、探すよ。良い?」
「勿論!探してくれるのは全然良いけど……、私が重荷になって無いかなって……」
「イヤイヤイヤ、重荷になってる訳無いじゃん!好きにさせてもらってる僕の方が、茉優ちゃんにとっては嫌なんじゃ無いかなって……」
何度となく繰り返された会話を今回もしている。けどお互いが納得する迄とことんするべきだと、僕は思っている。
それでお互いの気持ちが知れるし、好きって再確認出来るから。
僕達は一般的には付き合っていて、同棲しているそこら辺の普通のカップルと見た感じは変わらない。
けれど、お互いが抱えているモノが一般的には変わっていると見られる事が多い。
それはセクシュアリティに関係していて、理解してもらうのも繊細なところだ。
僕に関してはヘテロロマンティックにホモセクシュアルって言うセクシュアリティで、恋愛に関しては異性に惹かれて、異性と付き合いたい欲求があるが、性欲求に関しては同性に強く惹かれる。
茉優ちゃんに関しては、ヘテロロマンティックにアセクシャルのセクシュアリティで、恋愛に関しては僕と同じ異性に惹かれるが、性欲求は無いって感じだ。
僕達はLGBTQのコミュニティで出会い、惹かれた。
それ迄の僕は普通に異性に惹かれて、付き合いたいと思うのも異性で……、だから学生の時は何人もの異性と付き合ってきたし、周りもそれが当たり前で、普通の事だった。
けれど、高校の時から付き合って時間が経てば彼女からセックスしようと誘われだし、いざそういう行為になった時に僕の中で違和感が生まれた。
異性とのセックスはしようと思えば出来るが、本心はしたく無い。
している最中でも違和感が拭えず、気持ち悪いとさえ思える時がある。
異性との性行為に興奮する事が少ないので勃たない事も多く、それが原因で別れる事が増えた。
けど、付き合いたいと思うのは異性で……。
そんな僕の前に一人の先輩が現れる。
同性の先輩で、部活が一緒だった。
更衣室で先輩の体を見ていると、自分の中でムラムラとした欲求が頭をもたげる感覚があって、僕は自分が信じられないと思ったものだ。
けれど、そう言う意味で僕は同性に惹かれるとその時認識した。
初体験はその先輩で、抱く側では無く抱かれる側を経験してしまうと、驚く程しっくりした事を覚えている。
まぁ、その先輩が卒業してしまうと元の生活に直ぐに馴染んでしまうような関係だったから、後を引く程では無かったが……。
けれど、自分のセクシュアリティを理解するには十分で……。その後は笑える位落ちた。
異性を抱けない事は無いので、もしかすると普通になれるかも知れないとか、一般的にはそれが普通なんだから僕もそうあるべきだとか。
心と体がチグハグでグチャグチャで、鬱にもなったし、死のうと思ったのも数え切れない。
そんな時に高校の時の担任が声を掛けてくれた。
『面白いイベントがあるんだけど、一緒に参加しないか?』
当時の僕は、世間に絶望していて引き籠もりの一歩手前。外出するのも億劫だったが、家まで迎えに来られて、強引に車に乗せられれば逃げる術は無い。
連れて行かれたのは、LGBTQのイベントだった。
色々なセクシュアルマイノリティーの人達が一堂に会して、お互いのセクシュアリティに対し理解を深めて、世間に発信していこう的なイベントで、そこで僕は初めて自分意外でもセクシュアリティに悩む人達や、僕と近いセクシュアリティの人が居るのだと解り、安堵した。
何が一番安堵したか?
僕だけじゃ無いって事に安堵し、理解してくれる人が居る事に安堵した。
そこで今の彼女、茉優ちゃんとも出会えたし、そのお陰で引き籠もる事は止めて元担任の店で働いている。
一時の地獄の様な日々とは比べ物にならない位幸せな環境に変化した。
受け入れられる幸せ、認めてもらえる幸せ。
ただそこに居るだけで良いんだと言ってもらえた安心感が、前に進める勇気になった。
茉優ちゃんも、僕と同じヘテロロマンティックなのだが、性欲求に関してはアセクシャルだった事もあり、異性との性行為に対して積極的ではない僕と合うのでは?と感じ、お付き合いを提案した。
付き合う前から茉優ちゃんとは、頻繁に会ってお互いのセクシュアリティについて話しをしていて、理解を深めていた。
だからなのか僕からお付き合いを申し込んだ時に、茉優ちゃんから思いがけない提案があった。
『オープンリレーションシップで、お付き合いしてみませんか?』
だ。
オープンリレーションシップは、お互いをパートナーとしつつも、他の人とも交際する事を認め合う関係の事で、まさか彼女からその提案をされるとは思ってもみなかった。
僕は、同性に性的欲求を感じるが、別に意識しなければそこまで強くそれを求める事は無い。
現に初体験の先輩に対しても、先輩が卒業した以降は先輩の事を思い出しもしなかった位だから。
だけど茉優ちゃんは、僕とは違って少しでも性的欲求があるのなら、今後その事で揉めたりお別れする事が無いように、何時も彼氏を作る時に提案しているらしい。
だが、大概の人は心身共に満たしてくれる人の処に行ってしまうのだとか……。
それは茉優ちゃんなりの予防線だ。
そう提案して、もし相手が違う人を選んだとしても提案したのは自分だからと諦めがつくように、だ。
当初は僕も彼女の提案に同意はしていなかった。オープンリレーションシップをしなくても、自分の欲は自分で処理できるしと思っていたし、こちらから交際を申し出ているのにその提案を飲んでしまうのもなんだか僕の中では違うかなと思ったからだ。
たが、彼女は頑なにその提案を押し通した。最終的には、それが飲めないとお付き合いは……。みたいなニュアンスを出されてしまい、いじらしい彼女の提案に僕はOKを出してお付き合いをしている。
付き合って半年も経たない時期から同棲を始めて、上手くいっていた。この状態なら僕も同性との関係が無くても大丈夫だと思っていた。
だが、昔の杵柄は僕の体を蝕んでいた。意識しなければ大丈夫だと思っていたのに、自己発電で対処に慣れてしまうと、どうしても体の奥から満たされないものが迫り上がってくる。同性を見ていても、どうしても抱かれたいという欲求が抑えられなくなるのだ。
こんなにも欲に弱いのかと、自分に呆れてしまう程に。
上手くいっていた同棲も、ムラムラを通り越してイライラに変わってしまい、何度か彼女に強くあたってしまった事があり、優しくしたいと思う反面、あたってしまう自分に自己嫌悪を繰り返す日々が続いてしまい……、とうとう僕は僕がどうしてもムラムラしてしまったら、茉優ちゃんにはキチンと言ってから違う人と関係を持つようになった。
素直に自分の気持ちを吐露した僕を、茉優ちゃんは怒りもせず、反対に嬉しそうに受け入れてくれた。
そんな彼女を、もっと好きにならずにはいられない。
茉優ちゃん以外の人との関係を、内容までは喋らないにしても、少しでも茉優ちゃんには不安な要素を感じて欲しく無くて、出来るだけオープンにしている。
今回の相手も、茉優ちゃんには報告済みで、毎回上手くいかなかった時はこうして二人で残念会みたいな事をしている。
「でも、ヤッパリ相手もさ、心と体両方欲しくなるのが普通だしね……」
残念会の時に最終的には出てきてしまう議題。
僕は何時も肉体関係になる相手には、最初に彼女がいる事を極力告げるようにしている。それは出来るだけ相手と揉めないようにする為だが、中には言えずに関係を持ってしまう相手もいる。
タイミングを見計らって、最初に告げるのは凄く難しいし、中には告げた直後に殴ってくる人もいる。
まぁ、そうだよな。お互い同意の上で関係を結ぶのに、いきなり彼女が居るって言われて、馬鹿にしてるのかと取ってしまう人もいる。
何人かの人は最初に告げても受け入れてくれて関係を持ったが、遊びでこちらが捨てられる事も多々あるし、長く続く人もいる。
長く続いた人でも、時間が経つにつれ最終的には気持ちも欲しがる人が大抵だ。
軽く始めた関係でも、長く続けば情が生まれ気持の問題になってくる。
だが、僕は気持ちをその人にあげる事が出来ないのだ。
じゃぁ、性欲を満たすだけなら一人の人に絞らずに、何人もと関係を持てば楽なのは解っているが、同性同士の肉体関係は異性のものよりハッキリ言ってリスクが多い。だから、長く一人の人と関係を持ちたい気持ちがあるのが本音だ。
自分が我儘な夢物語を言っている自覚はある。
僕と同じセクシュアリティの方と出会えれば、僕は最高に幸せだと思う。けれど現実問題そう簡単に同じ人なんて現れない。
恋愛感情は異性なのに、性的欲求だけ同性。なんて、どの位の割合でいるのだろうか?
僕がよく参加しているコミュニティでも、僕と同じセクシュアリティの人には出会えなかった。だから必然的に僕と関係を持ってくれる人は、ゲイかバイの人になってしまう。
それについては全然問題無いけれど、その人達は普通に恋愛もしたい人達だ。けれど僕には茉優ちゃんがいるし、僕の気持ちとしては茉優ちゃんが占めているので、気持ちの部分で相手の人の要望に応えられない事が殆どで……。
で、何時も振られてしまう。
「けど、普通ってなんだろう?世間一般的にそれが普通でも、僕や茉優ちゃんはそれには該当しないし、かといって僕達が無理に普通になろうとしても上手くはいかなかったワケだしね……」
僕も茉優ちゃんも自分のセクシュアリティで違和感を抱えて生きてきた。
普通になろうとお互い無理をして、鬱になったり、自殺を考えたくちだ。
茉優ちゃんは性に対してアセクシャルだが、付き合う事は出来る。たが、肉体関係は結べない。
好きな相手がいてもその部分を拒否され続ければ、相手は自分の事が好きじゃ無いと感じる。で、結局何時もお別れする。
堂々巡りの会話を繰り返して、答えを見つけられた事は一度も無い。
そういう部分を全て受け入れてくれる相手を、僕も茉優ちゃんも求めているがそんな都合が良い人なんて居ない事も解ってる。
それを一緒に乗り越えてくれる人で良い。
都合が良い人は、それで終わってしまうから。そうじゃなくて、僕達と壁にぶち当たった時に、一緒に悩んで乗り越えて絆を作ってくれる人が僕は欲しい。
結局今日も同じ話題でストップして、このままこの話題を続けていても暗くなるのは解っているから、茉優ちゃんから違う話しを振ってくれて……。
食後にキッチリ買ってきたケーキを食べて、お互いの自室で眠りに就いた。
◇
あれから変わらぬ日々が続いている。
僕は相変わらず、バイトと家の往復で新しい出会いもなく、茉優ちゃんと楽しく過ごしている。
「晴人、お前今日暇か?」
店頭で入荷してきた洋服を棚に陳列している僕に、カウンターから元担任のケンちゃんが声を掛けてくる。
「何~?」
洋服の畳みが終わると、棚上に置いていたグッズの陳列に移る。
バッグの中に、アンコと言われる紙を大量に詰めながら返事をすると
「イヤ、だから今日暇かって?」
「暇~!茉優ちゃん、今日は職場の人とご飯食って帰るってさっき連絡あって、暇になりました~」
アンコを詰め終わったバッグを棚上に陳列し直して、ベルト等も見栄え良く並べていく。
「夜さ、ちと付き合って欲しいんだけど」
「何処に?」
「クラブ」
グッズを並び終えた僕は、ハンガーに洋服を掛けると、色合いや素材に注意しなおかつ上下で合いそうなアイテム同士を考えながらポールにハンガーを掛けていく。
「珍しいね、ケンちゃんがクラブとか」
「主催が知り合いなんだわ、インビ貰ってっから付いて来てくんね?」
「まぁ、タダで入れるんなら良いケド……」
「良い出会いが待ってるかもな」
ケンちゃんの一言に、グッと言葉に詰まる。
別にケンちゃんに、最近付き合っていた同性に振られました~。なんて言った事は今まで一度も無い。だから普通に茉優ちゃんと付き合ってるだけだと思ってるだろうし……。けれど何故か元気が無いのはバレてしまう。顔に出てんのかな……?
ケンちゃん事高橋賢太郎は、僕が高校二、三年の時の担任で、とてもお世話になった人だ。
当時体の関係だった先輩が卒業して、三年になった当初はまだ学校に行けていたが、日々の当たり前の事に息苦しさとストレスで不登校になった。再びがむしゃらに普通になろうとした結果だ。
ケンちゃんはその頃からちょくちょく僕の家に家庭訪問に来てくれていたが、学校に来いとは一度も言われた事が無かった。
『別に来たいなら来れば良いけど、無理して来るもんでもねぇからな~……』
が口癖で、家庭訪問中も学校の話はした事が無い。
ゲームを二人でしたりとか、漫画の話とか……。
高校三年って言ったら、受験なワケで………、勉強云々言われるかな?とも思っていたが
『あ?お前受験する気あんの?』
と、不思議そうな顔で言われてしまえば、笑いしか出てこなかった。
受験する気も無かったし、まぁ、フリーターでいこうと思ってると言った俺に対して
『お前が卒業する時に俺も学校退職して、したかった事しようと思ってるからさ、お前働きに来い』
と言ってくれて、今に至ってる。
LGBTQのイベントに誘ってくれたのも、たまたま一緒に行ってくれる人が見付からず、暇人を探していた時に僕が浮かんだらしい。
ケンちゃん曰く
『引き籠もり脱出に一役買えて良かったわ』
だ。本気で言っているのか、敢えてそう言ってるのか解らない。だが僕は、僕を僕として認めてくれていたケンちゃんに凄く感謝しているし、敢えて言ってくれてるんじゃ無いかって、勝手に思っている。
僕のセクシュアリティについては詳しく説明はしていないが、きっとなんとなく気付いているじゃ無いかとは思っている。まぁ、イベント後に明るくなったんだから、茉優ちゃんと付き合っていても、それ以上に何かあるとは、バレてるか。
だから僕に、たまにだけど際どい質問をしてくるのか?
それとも本当にただ単にそのイベントで茉優ちゃんと出会って、僕が元気になったと思ってるのか……。
結構長く付き合いがあるのに、その辺は全然掴めない。
「いい出会いって……」
「は?何時も言ってんだろ、お前は友達が少なすぎる。友達作れ、友達」
あぁ……、そういう事ね。
って、本当に思って言ってんのか?
訝しげにケンちゃんを見詰めると、ケンちゃんは面白そうに口元を歪めている。
含んだ言い回しやめろよな。本当つかみ難い。
ケンちゃんの顔を見ていても、本心かどうかなんて解る筈も無く俺は溜息を小さく一つ吐いてディスプレイの仕事に戻る。
「店終わったら飯一緒に行ってから向かうからな」
「了解、帰りは?」
「若者の面倒は見ないぞ」
「了解~」
飯は奢ってくれるが、帰りは好きにしろね。
ケンちゃんの何時ものパターン。楽しい所には連れて行ってくれて、後は自由にしてくれのスタンス。
自分が好きな時に帰りたいから、帰りは自由解散だ。
その方が僕もケンちゃんもお互いの事を気にする事なく楽しめるので、もうずっとそうしている。
ケンちゃんが言っているように、僕には友達が少ない。まぁ、いる事はいるが、僕がこういうセクシュアリティなのを知っている友達はごく僅かだ。
LGBTQのイベントで出会った人達も何人かいるが、プライベートで遊ぶっていう程の仲の良い人達は余りいない。月に何度かあるイベントで会って、お互いの近況を話す位に終始している。
学生の時の友達とは、それこそ会ったりして遊ぶ事もあまり無い。
会えば彼女がどうとか、早い奴は結婚とかの話になるし、僕も茉優ちゃんとは結婚を考えているが昔からその手の話は苦手で、積極的に話をした事が無いので、帰りたい気持ちが勝ってしまう。だから、会っても上辺だけで楽しんでいる自分に疲れてしまうので、極力会う事を避けている自分がいる。
それを知ってか知らずかケンちゃんは僕に友達を作れと言ってくるが、友達を作ることに消極的になっている自分がいるのも事実だ。
同性はふとしたきっかけで、そういう対象と見てしまう僕にはリスクが高いし、かといって異性になると恋愛対象として見てしまう恐れもある。そうなるとやはり僕のセクシュアリティを知った上で付き合える友人を作るのは難しい。
だって、友人を作る前に僕を知ってもらわないとならないし、それには凄く勇気がいる。
もし、僕の事を喋って変な顔をされたら?
それこそ僕は自分を許せなくなるし、羞恥心や自己嫌悪で死にたくなってしまうかもしれない。そういう先の事を考えて、一歩が踏み出せない。
けれど、人との関わりを断ってしまうのも恐怖なのだ。
僕は一人では生きていけない事も理解しているから。
そこまで強くも無い。
茉優ちゃん以外の同性と付き合う時も、僕からアプローチする事は少ない。始まりは何時も相手から声をかけられてからだ。
「友達……か」
自分を隠して作る事は容易い。だがそうして作る関係性は長く続かない事も知っている……。
「それが一番、難しいよね……」
それよりも、出来れば欲を満たしてくれる人と出会いたい気持ちも少なからずある。
悲しいかな、あれからそっちの方でも出会いは無くフツフツとした欲が僕を蝕み始めているのも確かだ。
友達よりも、そっちの方面での出会いがあっても良いのでは?
まぁ、そんなに上手くいかないか。と、再び小さく溜息を吐き出し、僕は仕事の続きを始めた。
◇
「うぉ~い、店閉めろよ~」
事務所の奥からケンちゃんが僕に声を掛ける。
僕はケンちゃんの言葉に返事をする事なく、ドアに鍵を掛けるとオープンの看板をクルリと回しクローズにする。そのままレジの所まで戻ると、店内の電気をオフにして、レジ締めを始める。
「終わったな~」
事務所から出て来たケンちゃんは、疲れた様に首をコキコキと回しながらレジの中にある椅子に腰掛けると
「今日の目標いった?」
と、毎日の確認を取る。
「今日はいったよ、原田さん来てくれたしね」
「あ、原田さん来たの?」
「ケンちゃんに宜しくってさ」
「後で、ラインしとくかな」
原田さんとは、このお店が出来た頃からの常連さんで、ちょくちょくお店に遊びに来てくれるお客さんだ。
ケンちゃんは事務所でお店の服をネットで売る事をしているから、店頭はほぼ僕が一人で回している。
「腹減った~、お前何食いたい?」
「え?僕に決めさせて良いの?」
「………。イヤ、駄目だな。ラーメン行くぞ」
「は~い」
お店を閉めてケンちゃんと二人、行きつけのラーメン屋に足を運ぶ。
ラーメン屋といっても、夜は居酒屋になる店で酒やつまみの種類が豊富だ。
「いらっしゃい、好きなとこどうぞ!」
店に入ると、額にタオルを巻いていかにもラーメン好きですっていう大将がニカリと笑って僕達を出迎えてくれる。
僕とケンちゃんはいつもの決まったテーブル席に腰を落ち着けると
「お前、いつもので良いの?」
と、ケンちゃんが確認してくるので、僕は首を上下に振る。
「すみません」
「ハイよ!」
メニューもそこそこに、近付いて来たスタッフに注文をしておしぼりで手を拭く。
「何時頃に帰るつもりなの?」
「あ?三十分か一時間居たら帰る」
今日のイベントにどの位居るのかケンちゃんに確認すると、その返事。
「早くね?」
「馬ッ鹿、居過ぎだ」
オジサンが遅く迄居ても痛すぎるだろ。なんてブツブツ呟いている。
「はぁ~、じゃ僕も早目に帰ろうかな」
「お前は居ろよ、楽しんでこい」
「だって今日のインビ見させてもらったけど、テクノじゃん?僕、テクノに知り合いいないし」
「だから良いんだろが!交友関係広げてこい」
なんだか兄に心配されている弟みたいだな……。とおかしくなって、バレないように口元を歪めていると
「お待たせしました~」
お店のスタッフが持って来てくれたラーメンを確認もせずに僕達の前に置いてくれる。
「「いただきます」」
両手を合わせてお互い一言。
その後も無言でズルズル。
食べていると、餃子とチャーシュー丼がテーブルに到着し、箸を付ける。
「お前、彼女に連絡したのか?」
餃子を頬張りながら、ケンちゃんが問いかけてくる。
僕もモグモグと口を動かしながら
「休憩中にしたよ、何、心配してくれてんの?」
ニコリと笑いながら質問返しした僕に
「ま、そりゃそうか。お前が彼女に連絡しないなんて無いか?」
「勿論!心配かけさせたく無いしね」
茉優ちゃんにはキチンと連絡済み。
楽しんできてね。と、カワイイ絵文字付きだった。
ラーメンを食べ終わり、暫く店でお腹が落ち着くまで喋ってからお店を出る。
「ご馳走様でした!」
「ン、また来ようぜ」
何時ものやり取りをして、二人並んで歩き出す。
イベント会場は、ここから近い。
クラブナインというお店で、普段はヒップホップ中心にイベントをしている箱だが、今夜はテクノだ。
箱に着いた僕達は、入り口の前で座っているスタッフにインビを渡して手首を見せる。
するとスタッフは、手首にブラックライトで光るインクのスタンプを押すと、コインを一枚僕に渡してくれる。
コインとドリンクが交換できるのだ。
「楽しんで~」
感情のこもってない声音でスタッフは一言だけ呟くと、僕の後にいる人達ヘ同じ事を繰り返す。
「んじゃ、俺は挨拶してくるから楽しんでこい」
「解った」
ケンちゃんは僕に軽く手を振ると、重たい防音の扉を開けて、中へと入ろうとしている。と、クルリと首を回して
「明日、無理そうなら早目に連絡くれ」
そう言って、扉を入って右側にあるカウンターの奥に消えて行く。
……………。そこまで羽目を外そうとは思ってないけど……。
ドンドンドンドンと、低音が響くフロアーはまだ時間が早いのか、人もまばらだ。
僕は取り敢えずカウンターで、ドリンクとコインを交換しフロアーのすみのほうで軽くリズムを取りながら思い思いに曲にノッている人達を眺めている。
もう少ししたら人が増えそうだけど、どの位で帰ろうかな……。なんて、あまりテクノのイベントに来たことが無い僕は、早々に帰る時間を考えている。
まぁ、ケンちゃんよりは遅く帰らないと、あの後どうだったとかは聞かれるからなぁ。
知り合いもいない所で友達を作るのは、僕にとっては至難の業だ。キョロキョロと周りを見渡すのもなんだか恥ずかしさが勝ってしまい、辺りを見渡せ無い。
………。何処かに座るか。
フロアーとカウンター以外にも、壁沿いにいくつか椅子が設置してある。
僕は壁つたいにスススと移動し、椅子に腰を下ろす。
スマホを弄りながら、時折フロアーで踊っている人達を眺め、いかにも誰かを待ってますみたいな雰囲気を出すのが精一杯だ。
「晴人、じゃぁ俺は先に帰るからな」
頭の上から少し大きな声で名前を呼ばれ、僕は顔を上げる。
視線の先にケンちゃんの顔を捉えて、僕は少し安堵するが、台詞を聞いて
「もう帰るの?」
椅子から立ち上がり、ケンちゃんの耳元で少し大きく声を上げると
「居過ぎた位だ。お前は踊ってこいよ」
ニヤニヤと口元を上げて言うケンちゃんの肩をポンと叩き
「踊れねーわッ!」
と答えた僕を、今度は声を上げてケンちゃんは笑う。
「借りてきた猫じゃねーか」
大人しく座っていた僕をそう例えて、ケラケラと笑うケンちゃんに
「僕ももうケンちゃんと一緒に帰ろうかな……」
「やっと人増えてきたし、もう少しいれば?」
ポンポンとケンちゃんに肩を叩かれ
「ま、俺は帰るから。明日マジで無理そうなら連絡しろよ」
「解った……」
そう言われれば、もう少し居ようかと僕は椅子に再び腰を下ろす。
ケンちゃんが言うように、フロアーは先程よりも人で溢れている。大人数で何組かカウンターに固まっている者や、フロアーで踊っている者と様々だ。
僕は重たい扉を開け、外の世界へと帰って行くケンちゃんの背中を見送り、視線を戻そうとした。と、カウンターのグループから一人、真っ直ぐに僕を見ている視線とぶつかる。
たが、これだけ人が多くなっているのに、本当に視線が交わっているかも疑問で、数秒見つめ合って僕は自然に視線を外した。
…………。まさか、見られては無かったよな?と、間を開けて再度チラリと視線を戻すと、もう相手は僕を見ていない。
デスよね~。と心の中で自分に突っ込みを入れて、底の方に残っている飲み物を喉に流し込み僕はカウンターに行く。
次のドリンク飲んだら、帰るかな。と、心に決めて。
視線が絡んだグループを避けて、僕はカウンターの中にいるスタッフに注文を言う。
ドリンクとお金を交換して、再び元の位置に戻ろうとするが、誰かが既に椅子に座っていた。かといって、カウンターにずっといるのも他の人の邪魔になるので、僕は仕方無く壁際へと移動する。
フロアーで踊っても良いけれど、やはり何時もいっているヒップホップのノリじゃない雰囲気では、少し気恥ずかしてくて一歩の勇気が出ない。
壁に背中を貼り付けて、ドリンクを飲みながら、踊っている人達をボーっと眺めている。
不意にまた視線を感じて、チロリとカウンターの方に目線を泳がすと、同じ人と視線が絡む。
今度は自然に目線を外す事が出来なくて、あからさまに外してしまった。
………。イヤイヤイヤ、僕を見てた訳じゃ無いしな。
と、自分に言い聞かせて少し緊張気味に踊っている人達を眺めていると
「一人?」
使い古されたナンパの常套句が横から聞こえて、僕は声がした方に顔を上げる。
そこには言わずもがな、先程から目が合っていた人がニコニコと僕を見ている。
まさか声を掛けられるなんて思って無かった僕は、一瞬言葉に詰まり固まってしまう。そんな僕を相手はまだ笑顔で見下ろしているものだから
「………、は、ぁ…?」
と、気の抜けた返事しか返す事が出来ない。
「一緒に飲まない?」
「イヤ~……、どうしようか……な……」
思いがけずの相手からの言動に戸惑ってしまう。
いい返事が返せない僕に、相手は息を吸って次の言葉を発しようとした時に
「文也~~、何ナンパしてんだよ?」
と、ヒョコリと何人かが顔を出す。
「お前等邪魔だから」
文也と言われた彼は、取り囲んだ相手達に向かってヒラヒラと手を振りながら、あからさまに嫌な表情を浮かべる。
「良いじゃんか~~、皆で楽しもうぜ」
邪険にされてもお構い無しに、文也の肩に腕を回し僕の頭の先から爪先までジロジロと見ている相手は、敵意剥き出しな視線を僕にくれる。
………、あ~~~、ハイハイ。大丈夫デス、僕はもう帰りますね。
文也が僕に声を掛けた事が気に入らないのか、狙っている人を邪魔する僕が気に入らないのか、そのどちらもだろうとわかり易く僕に伝えてくれる表情に、素直に帰ろうと思ってしまう。
「イヤ~……、ソロソロ帰ろうと思って」
「そうなんだ?ゴメンな引き止めて」
僕が言い終わらないうちに言葉を重ねられて、僕は、ハハッ。と苦笑いすると、ソロソロと輪の中から出ようと足を動かす。
「イヤイヤ、一杯だけでも付き合ってよ。俺奢るし」
グイと手首を捕まれ、足止めされる。
僕は思いもよらない返しに再び相手を見詰めると、顔は先程と同じで笑顔だ。
「引き留めるなよ~、俺達で楽しもうぜ?」
取り巻きにいた奴も文也の反応が意外だったのか、慌てた様に言葉を発するが
「だから邪魔すんなって、踊ってこいよ」
アッサリと拒絶され、そのまま僕の手首を引っ張ってカウンターの方に足を進めてしまう。
「え?イヤ、チョット……」
引っ張られながらカウンターに着くと
「奢るよ、なに飲む?」
隣でそう言われるが、僕は取り残された人達が気になって後ろを振り返ると、僕の事をジトーっとした目で見ている顔とぶつかり、そっと正面に向き直す。
そんな僕の反応を見て、文也と言われていた人も後ろを振り返り何かジェスチャーで反応をしていたが、僕は真っ直ぐに前を向いていた。
「ゴメンな、嫌な感じで」
「………はぁ」
覗き込むような感じでそう言われ、僕は反応に困りうつむいて返事をする。
「見ない顔だなって思って、何君?俺は文也」
「………、晴人」
「晴人、何飲む?」
すんなりと名前を呼ばれドキリとしてしまう。そりゃぁ、名前を教えたんだから呼ばれるのは当たり前だが、何か……久し振りに同性というか……知らない人から呼ばれてくすぐったい感じというか……。
それに、このパターンはもしかすると、もしかするかもしれない。と、期待してしまう自分がいるのも確かだ。
だけど僕はそんな事を悟られまいと、平静を装ってドリンクを注文する。僕に続いて文也も。
ドリンクが目の前にきたら、スムーズに文也は瓶同士をカチリと合わせると一口飲んでいる。
………。遊び慣れてる感。
チラチラと文也を盗み見る。
僕よりも背は高く、普通の体型の割には締まった身体をしている。ラインに沿った服装は嫌味なくスッキリとシンプルで、アクセサリー等も付いていないのが好感が持てる。
ボブの髪型はパーマやブリーチもしていなく、片方のサイドをスッキリと刈り上げている。
ウ~ン。………、好みだ。
だが一番は、指だな。
大きくて、節が出ていて長く、手の甲に浮き上がる血管。爪も深爪なんじゃと思う位に切っているが、綺麗だ。
「何?好み?」
クスリと笑って、僕の前で手をヒラヒラとさせる文也は楽しそうだ。
僕は見過ぎてしまった事が恥ずかしく、一瞬眉間に皺を寄せるが次いでは直ぐに視線を反らした。
「本当に今日、一人なの?」
何がそんなに気になるのか、何度目かの同じ質問。
「そうだけど?」
訝しげに答えた僕に、文也はもう一言だけ付け加える。
「さっき、年上の人っぽい人と話してたじゃん?知り合い?」
年上の人?…………。ケンちゃんかな?
イベントにきて、話したのはケンちゃんと文也だけ。今は文也と話してるから、消去法で言ったらケンちゃんしか残っていない。
僕は、そうだよと答える前に
「もしかして、彼氏とか?」
「え?違うよ」
意外な台詞に、僕は直ぐに反応して答えると答えるスピードが早くて面白かったのか、文也は笑いながら
「そうなんだ?結構親密そうだったから」
なんて言ってくる。
僕はそう言ってくる文也の台詞に、再び意外だと感じる。
客観的に見れば、僕とケンちゃんは親密そうに見えるのかな?
元担任と、元教え子。それ以外にもケンちゃんには色々とお世話になっているし、今は雇い主と従業員だし。まぁ、四六時中一緒にいるのは本当の事だが……。僕にはお兄ちゃんみたいな……?
文也の台詞に僕が答えず何か考えていると
「あ、元彼とか?」
と、また思いもよらない所からの質問に、僕は笑ってしまう。
「どうしてもソッチに結び付けたいんだ?」
「違うの?」
「違うよ」
「じゃぁ、俺が口説いても問題無いって事ね?」
余りにもスムーズにそんな事を言ってしまうものだから、僕は戸惑う以前に笑ってしまった。
「ハ、冗談」
「では、無く」
言葉遊びをしている様に返す文也は、本当に楽しそうだ。
「あ~~~……と?」
こんなにもストレートに口説かれる事も久し振りで、反応に困っていると
「アレ?あ~~……、違った、かな?」
今度は文也が戸惑った様子を見せる。
耳の後ろを指先で何度か撫でると
「ノンケの人だった?」
直球にそう聞かれ、僕は益々反応に困る。
ノンケと言えばそうなるし……。そうじゃ無いところもある。けど、出会って直ぐの人に僕のセクシュアリティを説明するのも難しいし、これだけモテそうな人が本当に冗談では無く僕と関係を持ちたいのかと疑ってしまうのもしょうが無いだろ?
先に彼女がいるって事も伝えたいけど、そうなるともう相手にもしてくれ無さそうだし………。
タイプな人から声を掛けられて、逃したく無い場合はどう言えば正解なんだ?
「イヤ、違うけど……」
と、言う他ないのだ。
「だよな?ビビった~」
安堵したように言う文也の台詞を聞きながら、相手の反応を注意深く探ってしまう。
「今日は何時まで遊ぶつもりなの?」
「ソロソロ帰ろうと思ってたところだった」
「え?そうなの?」
何回目かの同じ台詞を言いながら、遊び慣れているなと感じる。
他人から自分がどう見られているか知っている人だと思う。
話した感じ嫌な気はしないし、会話のリズムが良いのだ。だが、そう言う人こそ遊びの相手を探している人が圧倒的に多いのも確かだ。
………、僕の偏見かもしれないが。
「さっきからそう言ってるし」
「構ってよ」
なんで僕なのかと疑問がグルグルと頭の中でループする。
先程一緒に居た人達みたいな、なんて言ったらいい……派手目な?目立つ?人達と居た方が様になると言うか、似合ってる?と思うんだが………。
テクノのイベントなだけあって、箱に入ってる人達も僕からしたらお洒落に見えてしまうし、シュッとした格好の人達が多い。
僕は、どちらかと言うとオーバーサイズに服を着るのが好きだから、見た感じはダボッ。だしね。お洒落な髪型って言う感じではなく、天パがキツイから短く切ってもパーマをあててる様なクルクルだし……。
あ、何か気分が落ちるから、この辺で自分の事をディスるのは止めよう。
「構うって………、僕じゃ無くても…」
きっとモテるだろう文也を、僕が構うのも気が引ける。さっきの人達だって、きっと文也目当てで遊びに来ていたっぽいし。
「俺のタイプなんだよね、駄目?」
コテンと首を傾げさせ俺に言ってくる文也は、そうすれば誰でも落とせる事を知っているみたいだ。
「タイプ……、嘘だろ?」
「イヤ、マジで。だからずっと見てたし」
…………。それは本当だろう。ケンちゃんと一緒にいた時から見てたのだから、まぁ、その通りなんだろうけど、言われ慣れていないアプローチに僕はタジタジと視線を泳がしてしまう。
「この後って時間あるの?」
急に近付いて、僕の耳元でそう尋ねる文也は、言わずもがな僕も期待している事を匂わす。
………。友達よりも、こっちでの出会いに自分の心拍数が上がるのを感じる。
「………、まぁ」
文也の問いに、ボソボソと答えた僕に、彼は笑顔を向けると
「場所、変えない?」
と、提案。
断る理由も無い。ケンちゃんは友達を作れと言っていたが、僕は出来れば遊んでくれる人か、贅沢を言えば付き合ってくれる人を探していたから。だから僕は無言でコクリと頷く。
そんな僕の態度に、文也は僕の肩を一度抱き締めると直ぐに離して
「俺ん家此処から近いんだけど、良い?」
なんて、自宅に招待してくれるらしい。
僕は、その提案が意外だった。
大体は自宅に招待はせずに、ラブホがお決まりのパターンだ。だが、男同士のラブホ事情も難しいのも一般的だ。
ゲイの人なら、何ヶ所か行きつけのラブホを知っている人が多い。僕も知り合った人達と行く度に、ここなら男同士で入れるというところを知っている。
まだまだ世間は、男同士でラブホを使う事に消極的だ。大概は事前に使えるかどうかを確認したりする。
パネル式のとこは使える率が高いが、人が窓口にいる場合は駄目な場合が多い。
まぁ、パネル式のところも部屋に入った途端に内線で確認を取られ、男同士がNGと言われる時もあるが。
「家、行って良いんだ?」
素直な気持ちをそのまま口にすると、文也はキョトンとした表情を僕に向けて
「ン?今回限りじゃ無いだろ?」
一度限りの関係で終わるつもりは無いらしい答えに、僕は何度か瞬きをすると僕の反応に苦笑いを浮かべた文也は
「俺の言葉を信用して無いのか、晴人が俺と一夜限りにするつもりか、どっち?」
と、問われ僕は直ぐに答える事が出来ない。
どちらも考えていた事だからだ。
モテそうな文也が僕の事をタイプだと言った事も半分は信じたい気持ちもあるが、冗談だと僕は思っているし、遊ばれるんだろうと思っている僕は一夜だけ関係を持って、後腐れなくさよならするほうが楽だとも考えていたから。
図星を指摘され何も言えなくなった僕に、文也は一つ溜息を吐き出すと
「まぁ、晴人がそのつもりなら、俺にはどうする事も出来ないけどね。でも俺はそう言う風に思ってるって事だけ知っててくれたら良いよ」
ナンパだし、しょうがないよな~。と、呟く文也がノリで言っている様にも見受けられない。
…………。本当にタイプという事だろうか?
だが、全部を信じるには時間が足りない。
「なぁ文也~、いつまで俺達の事ほっとくつもりだよ~」
僕と文也の間に、先程の取り巻きの人達がそう言いながら入ってくる。
僕は押し退けられるように何歩か後退りすると手に持っていたドリンクを飲み干し、カウンター内にいるスタッフに瓶を返す。
この人達もきっと目当ては文也で、今日のイベントに来ているのだ。そこに知らない僕が鳶に油揚げをさらわれるで出てきたものだから、そりゃぁいい顔はしないよな。と、納得する。
僕は別にこのまま帰っても部屋には茉優ちゃんが居るし……、まぁ、素直に自分のタイプを逃してしまうと思うと惜しい。が、悲観する程では無い。
また違う人や、タイミングが来るはずだしな。
そう思って文也の方に目線を向けると、思いの外真剣に嫌そうな表情で、何かを話している。
取り巻きの人達は、そんな文也の機嫌を取りながら、だが一緒に居たいと話している感じだ。
箱の音で、近い距離なのに何の会話をしているかは解らないが、状況と顔を見れば何となくは理解出来る。
僕は話が長くなりそうな雰囲気を察知して、そのままフェードアウトするかと一歩を踏み出し、文也を囲んでいる脇を通り過ぎようとすると何処から伸びてきたのか再び手首を掴まれ
「~~~ッ!無理だって!晴人出るぞ」
と、手首を掴まれたまま出入り口に向かって歩く。
「文也ッ!!」
後ろからは文也を引き留める声が聞こえたが、直ぐに大音量の音楽にかき消えてしまった。
文也は重い防音の扉を開いて、外に出るとそのまま歩き続けている。
箱の外には、何人も固まって喋っている人達がいる中、文也は僕の手首を掴んだままなので何人かの人達に見られていて、僕は視線をアスファルトに落として歩く。
「はぁ~……、マジでしつこかった~」
ウンザリだと言わんばかりの声音で呟いた文也は、僕の様子を確かめようと後ろに首を回すと下を向いて付いてくる僕を見て、掴んでいた手首を離してくれる。
「悪ぃ……」
本当に申し訳無さそうに呟いた文也に、僕は視線を向けて
「イヤ……こっちこそゴメン……、あんまり慣れてなくて……」
と、呟き返す。
異性とは幾らでも手を繋ぐ事は出来るが、同性とはやはり外でというシチュエーションには抵抗がある。
「イヤ、俺が悪い……。連れ出したかったけど、強引は駄目だよな」
気まずい空気が二人を包み、お互い暫く無言で歩いていたが、先を歩く文也がハタと足を止め
「ここ」
と、僕を振り返りながら顎で隣のマンションを指す。
本当に、クラブナインから近い場所に住んでるなと思いながら、建物の中に入っていく文也の後をついて行く。
エレベーターで五階まで上がり、扉が開いてから右側に進路を変えてそのまま奥の突き当りまで歩いて行く。
玄関を開けてそのまま僕を先に入らせてくれるのか、ドアを持ったままの文也の脇をスッと通り過ぎ部屋の中へと入る。
「お邪魔します」
コソコソと、夜も更けた時間なので呟くと後ろで文也がクツクツと笑いながら
「晴人って、体育会系なの?」
なんて、僕が予想もしない質問が飛んでくる。
「イヤ、なんでだよ?」
文也が言っている意味が解らなくて、靴を玄関の隅に脱ぎ部屋の中に入って問い返すと
「え?礼儀正しいから?」
ニヤついたまま答えられ、僕は眉間に皺を寄せる。
今のどこが礼儀正しいのか、普通だろ?
と、言葉にしなくても顔に出ていたのか
「俺の友達はいちいち挨拶しないからさ、新鮮で」
靴を脱ぎながらそう答え、玄関の扉を閉めると文也は正面に顔を上げて
「奥まで入ってて、服着替えて行くわ」
指で部屋の奥を指しながら、僕に奥まで進めと案内してくれる。
僕は言われた通りに奥まで歩いて行き、突き当りのドアを開けると、リビングダイニングになっている部屋に通されたらしい。
壁にあるライトの電源を点けると、部屋の中が一望できる。
入って正面に大きなベランダがあり、その前にテレビ。テーブルは無く、背の低い三人掛けっぽい大きなソファーだけがテレビの前にある。
左隣にカウンターキッチンがあって、そこに椅子があるって事は、そこで飯を食べているんだろう。
棚という物は無いし、ソファーの下にマットも敷いてない。言ってしまえば、何も無い部屋の様に見える。
……………。テクノ好きだから、部屋もミニマリストなのか?と思わせる位に。
「何か飲む?」
部屋の中で立ち尽くしていた僕に後ろから声が聞こえ、文也が中へと入ってくる。
「座れば?」
僕が何もせずに立っている事が不思議なのか可笑しそうにそう言われ、僕はソファーに近付くと端の方に腰を下ろした。
「酒か、水か、コーヒー位しか無いけど?」
キッチンの中に入って、そう僕に声を掛ける文也に
「じゃぁ、水で」
「了解」
直ぐに文也は両手に自分が飲む酒と、水のペットボトルを持って僕の隣に腰を下ろす。
「端じゃ無くても」
クツクツと肩を震わせながら僕に水を差し出すと、自分の缶のプルを開けて僕にズイッと差し出す。
僕は条件反射の様にその缶に、ペットボトルをぶつけると正解とばかりに笑顔になった文也はゴクゴクと喉を鳴らして酒を煽っている。
「ハァ、ヤッパ落ち着くわ~」
床に缶を置き、足を投げ出してテレビを点けると、ネットフリックスの画面に変えて
「何かつけてても大丈夫?」
と、僕の返事を待たずに洋画をチョイスしている。
クラブとは違った雰囲気の文也だ。
人の目を気にしない、少しあどけなさが出る彼に好感が持てる。
「てか、友達?良かったのか?」
強引に出て来てしまって、きっと彼等は怒っているだろう。表情までは見てないが最後に聞いた声音も不機嫌そうだった。
「ン?大丈夫、大丈夫。あんまり知らない奴等ばっかだったしな」
「知らない!?」
あれだけ仲良さそうに絡まれていて、あんまり知らない人達だと?
「イベントで何度か絡まれて、連絡先交換してたんだけど、今日も来い来い煩くてさ……。行ったわ良いけどずっと絡まれてたから、俺も帰ろうと思ってた所で晴人見つけたから」
最後の台詞を吐きながら、文也はニコリと僕に笑う。
良い雰囲気を出してくれていると思う。
こちらが嬉しくなるような言葉を言ってくれているし、僕が生粋のゲイなら舞い上がってしまうだろう。
だが僕はまだ彼女がいる事を文也に言うべきかと迷っている為、どう返して良いものか躊躇うのだ。
彼女の事は凄く大切にしたいが、目の前にいる文也の事も極力ならば傷付けたくは無い。
…………。ヤッパリ殴られる覚悟で告白するしか………。
腹を決めて、男らしくスパッと言ってしまうかと息を吸い込むと
「てか、連絡先交換しない?」
ゴソゴソと部屋着のスウェットのポケットから、自分のスマホを取り出しラインの交換をしてくれと文也は画面を操作している。
……………。言うチャンスが…………。
ズルズルと先延ばしして、いい事になった事は余り無い。だが、逃すのは惜しい相手が目の前に居れば自分の欲求を先に満たそうとする僕は、狡い。
そうさ、狡いさ!そんな事解っている!
逃したく無ければ、逃がさいようにすれば良い。後日言う機会があれば、その時に言えば良いかと僕は彼女の事を後回しにする事にした。
画面を出して、僕の反応を待っている文也に、僕も自分のパンツのポケットからスマホを取り出し、文也に向ける。
QRコードを読み取ってもらい、お互いの連絡先を交換すると、ソファーの背もたれに片方の腕を伸ばして
「チューしても、良い?」
少し顔を傾けながら、僕の了解を待っている文也の顔に、僕は座っていた位置をずらして文也に近付くとそのまま顔を近くに持っていく。
僕の動作に文也は背もたれに置いていた腕を僕の肩に回して引き寄せると、ゆっくりと唇を合わせる。
最初は何度かついばむようなキスを繰り返していたが、次いでは文也の舌が僕の唇に触れる。
それが合図の様に、僕も薄っすらと唇を開くと、文也の舌が僕の口腔内に侵入してくる。
あ、アルコールの匂い。
舌を招き入れると、口の中にアルコールが香る。それが自分のじゃなく文也からのものだと思うと、リアルに他の人とキスをしていると実感してブルリと背筋に緩く電流が走った感覚。
久し振りのキスだ。
茉優ちゃんとは、キスもしない。
それはしょうが無い事だけど、他の人とキスをすると自分がこういう事に飢えていたのだと実感する。
口腔内に侵入してきた舌は僕の歯列をなぞり、上顎を優しく愛撫するように動く。
僕は堪らずに眉間に皺を寄せて小さく喘いでしまう。
そんな僕の反応に気を良くしたのか文也は抱いている肩にグッと力を入れて、空いている方の手を僕の服の中にそっと入れ込む。
次に何をされるのか予想出来た僕は、期待から無意識に背中を反らせ、胸を付き出す様な格好をとってしまう。
文也は僕から口を離すと、弄っている手はそのままに
「晴人は、どっちが良い人?」
薄く笑いながらそう尋ねる文也の目は、欲情に揺れていて、僕もまたその目に煽られる。
「出来れば………、ネコが良いけど、どっちでも……大丈夫」
素直に口にすれば、文也は嬉しそうに
「了解………、けど、今日はどうしようか?バニラだけでも良いよ?」
と、提案してくれる。
その提案に、僕はホッと胸を撫で下ろす。
男同士、アナルを使ってセックスをするとなると、準備に時間がかかる。
僕は何時間か前に食事を取っているし、なおのことキチンと処理をしなければならない。
今迄の人も、ラブホに入ってお互い盛り上がっていても準備に時間がかかるため最終的にはバニラで終わる事もほとんどだ。
ならば最初からバニラで、お互いを慰めれば良いと思う人も大多数でアナルを使ってセックスする事の方が最近では稀かも知れない。
バニラは、隠語だ。なんと言うか………。バニラアイスを食べる所からきているので………。言わなくても、なんとなく想像できるかと思う。
文也の提案に僕はコクコクと首を上下に振ると弄っていた手を外に出し僕の手を握り
「じゃ、ベッド行こうか」
抱いていた手を離し、握っていた手を持ち変えると点けていたテレビを消して、文也は立ち上がる。
僕は文也が立ち上がった反動で中腰の態勢になったのでそのまま立ち上がり、手を引かれるがままに文也について行く。
文也は先程部屋着に着替えて来た部屋に僕を案内するつもりだ。そこが寝室なのだろう。
ドアノブを開けられ、中へ通してもらうとダイニングとは違いこちらには棚や物が沢山ある。
そのほとんどが、レコードやDJ機材だ。
「……凄い」
クローゼットの扉を開け放して、その前にDJ機材を組んでいる。組んでいる骨組みはブロックでその中にレコードがビッチリと詰まっている。
クローゼットの中にもアルミの棚があり、そこには木箱や段ボールで仕切られた箱の中にもレコード。
クローゼットの横にはクイーンサイズのベッドがあり、ベッドの正面奥には窓、窓の直ぐ前には二台目のテレビが置かれてある。
「回すの?」
興味津々で聞いた僕は握られた手を解いて機材の近くまで行くと、クローゼットの中を覗く。
見えなかった棚の中央部分には、二台のマックとCDJ機材がある。
「たまにかな?呼ばれたら回す位で、昔ほどして無いよ」
僕の知り合いでもイベントで回す人が何人かいるが、ヒップホップの人なので基本はレコードで回してプレイする人が多い。
テクノになると、音のズレを無くすためにCDJ機材を使う人が今はほとんどだ。
機械が勝手に音のバランスやリズムを合わせてくれるので、ミックスしやすい。
テレビ横のアルミの棚には、レコード、CDの他に音楽関連の本が無造作に置いてある。
「凄いね……」
「イヤイヤ、専門の時にDJ機材は買ってたから、俺はほとんど金使って無いしね」
笑いながらベッドに腰掛けていた文也は立ち上がると、クローゼットの中に入りマックを操作すると、お気に入りのテクノなのか、部屋の中に音が入る。
「で、どうする?止めとく?」
あまりにもキョロキョロと部屋の中を興味深げに見ている僕に、文也は苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「あ………ゴメン。凄くて、ツイ……」
ハタと動きを止めて、僕は文也に近付くと
「大丈夫?」
両腕を僕の肩に置いて確認を取ってくる文也に、僕はハハッ。と笑うと、それが合図になったのか、ユックリと文也の顔が近付いてくる。
僕は、その速度と一緒に両目を閉じる。
少しダウナーなテクノが僕の鼓膜を震わせた。
先程同様に唇を合わせてきた文也は、今度は直ぐに舌を僕の口腔内へと侵入させてくる。僕も緩く結んでいた唇を開いて彼の舌を迎え入れると、お互いの舌を絡め合わせていく。
舌を絡めながら文也は足を踏み出して、僕を抱き締めたまま歩き出すとベッドへと移動しているみたいだ。
僕は後ろ向きで歩いているし、文也とキスしながらだから倒れないように注意しているが、両肩に置かれていた手が僕を支えるように背中や腰に回されて、倒れないように抱き締めながら移動してくれる。
ドサッと膝の後ろにベッドの感覚が当たると、僕はそのまま腰を沈めた。すると、僕の上に覆い被さるように文也がベッドに膝を付いてきたので、僕はズリズリと腰を動かして上へと移動する。
「服脱がして、良い?」
離した唇で言いながらも、手は既にスルリと僕の服を脱がすために潜り込んできていて……、僕も無言で文也の服を掴むと、それがOKの合図だと解ったのかグイッと上に服を引っ張られる。
バサリッと下から上へ引っこ抜く形で服を脱がされ、文也も自分が着ていた服を脱ぐと再び唇をチュッと合わせてから、唇を頬や首筋に移動させる。
「ンッ、ンぁ……」
久し振りの人肌を感じて昂ぶっている僕は、口から漏れる喘ぎを止めることが出来ないでいる。
もっと触って欲しい。舐めて、しゃぶって、気持ち良くなりたい。
期待している僕のモノは、もうパンパンに張っていて下着が窮屈で堪らない。だから、ソロリと伸ばした手でパンツの前を寛げようとしたところで
「ん?キツイ?」
首筋に舌を這わせて、爪先で僕の乳首をカリカリと愛撫していた文也が、楽しそうに顔を下へと向けて呟く。
僕は無言でコクコクと首を上下に振ると、愛撫していた手が僕の手を押し退けてパンツに掛かる。
「ハッ……ギチギチだね。ごめん、気付かなくて」
ハハ。と笑ってパンツのボタンとジッパーを手慣れた手付きで外すと、耳元で「腰上げて?」と、囁かれ僕は素直に腰を持ち上げる。
文也は素直に腰を上げた僕に、いい子だねと言わんばかりに頬に一つキスを落とすと、下着ごと一気に腰から引き下げる。すると窮屈だった僕のモノは、ブルンッと一度揺れて下腹に付きそうな程反り返って主張している。
「あ~~~……、ヤバい……」
僕のモノに視線を向けながら、文也がそう呟くが、何がヤバイのか解らず無言でいると
「俺で興奮してくれてんだ?スゲー嬉しいんだけど……ッ」
僕のを見つめ、そうしてゆっくりと僕と視線を合わせた文也の目は、嬉しさの奥に獰猛さを隠しきれていない。その目にゴクリと喉を鳴らしてしまった僕は
「脱いでよ……、そっちも……」
少し上ずった声に恥ずかしさを覚えながらも、きっと僕も物欲しそうな表情になっているだと自覚する。
僕の台詞に文也は一度離れると、自分の着ていたスウェットをずり下ろし、僕同様に前が張りつめているボクサーを脱ぐと
「一緒に、握ってくンない?」
カリが張って、血管が浮いている怒張が目の前にある。コレで中を擦られたら気持ち良いだろうなと想像して後ろが疼いてしまうが、今日は無理だ。
僕は文也に言われた通り自分と文也のモノを一緒くたに握るが片手では心許ない為、両手でキツく握る。
握ると、ビクビクと文也のモノが気持ち良さそうに反応するから、それにさえ煽られて自分のモノからトロリと先走りが溢れてしまう。
文也はベッド横にあるチェストの引き出しからジェルを取り出すと、握っている僕達のモノにジェルを垂らす。
一瞬、ジェルの冷たさでビクリと腰が揺れるが、ぬるついたジェルをモノへ擦り付けるように手の平を上下に何度か扱き上げると、途端に熱で冷たさは気になら無くなる。
「ハッ……、ぁ……ッ」
「ヤベ~……ッ、気持ち、い…ッ」
また耳元で文也の声がそう言って、ゾクゾクと気持ち良い波が背中から腰に響く。
僕は握っている両手の片方を先端に移動させて、手の平で包むように動かすと途端にググッと文也のモノがビクついて気持ち良いんだと感じる。その反応に夢中で握っているモノを扱いていると、不意に文也が僕の乳首をキュゥッと柔く抓って引っ張る。
「ヒァ゛ッ……、ンンッ……」
不意に与えられた快感はビリビリと腰で甘い疼きに変わって、僕は無意識に腰を上下に振ってしまうと
「晴人……、顔そっちに向けて横になって……ッ」
文也のその言葉に、どういう態勢になるのかを理解して、僕は握っていた手を離して言われた通りベッドへと横になる。
顔を向けた先には、横向きになった文也の下半身があり、片方の足を広げて立てている。僕はその中心に顔を近付けると先程まで扱いていたモノへ手を添える。
すると、文也も僕の太腿を片方グイッと押し退けて開くと、躊躇いもなく僕のモノを口腔内へと含んだ。
「ンぁ……、ア゛~~……ッ 」
久し振りの感覚に、腰から下がグズグズに溶けてしまいそうな気持ち良さ。
ブルリッと臀部が痙攣して、グイッと腰を入れてしまう。だが、文也は噎せる前に少し顔を引っ込めたようで、再びジュルルッと下品な音を立てながら奥まで僕のモノを咥えてくれる。
僕も竿を握った手を上下に扱きながら、テラテラと光っている先端にチュッと一度キスをして、舌を伸ばし先端のカリ部分を円を描くように舐めねぶる。唾液を絡ませながら舐めた後に、括れ部分に唇をあてるように先端を口に含み力を入れると、顔を上下に振る。
「ッ!……、ンンッ……」
気持ち良かったのか下から僕のを愛撫している文也からくぐもった喘ぎが聞こえて、僕は集中的に先端をイジメにかかかると、グッと文也の手が太腿から臀部の方へと回り、自分の顔の方へグッと引き寄せるから、僕のモノはそのまま文也の口腔内の奥へと飲み込まれていく。
「ンンッ……、んグゥ~~……ッ!」
ギュウゥと先端が喉の奥で締められ、ブルブルと太腿の内側が痙攣し始める。
アッ……、駄目だ……そんな、したら……ッ!
他人の熱で久し振りに興奮していた僕は、呆気ない程簡単に喉奥での刺激で達してしまう。
ビュルルルル~~……。と尿道を通って射精する気持ち良さに、何度か腰を振ってしまうが、文也はグッと臀部に押し当てていた手に力を込めて、耐えてくれてそのまま白濁をコクコクと飲み込んでくれている。
僕がイッている事で文也も興奮しているのか、グァッと口腔内で膨らんだモノを追い上げるように顔を上下に振ると、文也もまた僕の口の中で射精した。
◇
あれから、日々は何事も無く過ぎている。
相変わらず僕と茉優ちゃんは、楽しく同棲を続けているし、文也ともたまに会ったり、食事したりしている。
茉優ちゃんには文也との事は説明済みで、まだ自分が彼女がいる事を文也に言えていない事も伝えている。
『言えるタイミングがあったら良いね』
と彼女は言ってくれるけど、早目に言った方が良いのは、痛いほど自分でも理解している。
文也と会う度に、今日こそはと意気込んでいるのに、いざ言うチャンスがあってもどう説明すれば良いのか二の足を踏んでしまうのだ。
二の足を踏んでしまう理由………。
とんでもなく、僕と文也の相性が良いから。
一番最初のバニラで終わってしまった行為も、最後まで自分が夢中だった事は初めてだ。
大概は、している最中でさえも上から冷静にその行為を見ている自分がいるはずなのに、文也との時はそうならなかった。
その後も何度か遊びに行ったり、食事したりを繰り返したが、まぁ、最後は必ずセックスをする。
僕のメインは、それだから。
同姓に求めてしまうモノ。
この間、初めて文也とアナルセックスを経験したが、体の相性が良いとはこういう事かと、変に納得したのを覚えている。
肌馴染みが良すぎる。
ピッタリとピースが合うような感覚は初めてで、僕は文也とのセックスにハマってしまった。
だから、彼女がいるって事も伝えたいけど、なかなか言い出せずにいる。
ハッキリ言ってしまえば、惜しいのだ。
彼女の事を文也に伝えて、彼を手放すのが惜しい………。
もしかしたらこんな僕を文也は受け入れてくれるかもしれないが、それとは反対の事になった場合を考えると、どうしても伝える事を躊躇ってしまう。
「マジで、ゲスい事してんだよね~……」
店先のカウンターに片肘をついてボソボソと呟く僕の後頭部を、バシンッと鈍痛が襲う。
「痛ッタ!」
後頭部を押さえながら振り返った視線の先には、バインダーを手に持ち片眉を上げて僕を見ているケンちゃんがいる。
「何がゲスいって?」
「ケンちゃん、痛いって」
「アホ、カウンターに肘つくなっていつも言ってんだろ?」
そうだ。ケンちゃんにはいつも、表で歩いている人から暇そうな店に見えないように、カウンターでは肘をつくなと言われている。
「ゴメン………」
素直に答えた僕の頭を撫でながら
「お前イベントあった辺りから、何かあったか?」
と、聞いてくる。
ケンちゃんには文也の事は話していない。
イベントの事もケンちゃんが帰った後、しばらく居たがそのまま帰ったとしたか伝えていないのだ。
「は?何がって、何?」
このやり取りも何度目か……。
なまじ人の事を見ているケンちゃんは、いつもの様にしているつもりの僕の態度が違うのか、事ある毎に何かあったのか?と聞いてくる。
「イヤ~、最近いい事あったのかなって思って?」
ニヤニヤと悪い顔をしながら言ってくるケンちゃんに、僕は溜息を吐き出しながら
「だっから、何もねーって」
と、誤魔化している。
今迄だって、茉優ちゃんと付き合っているのに、関係のあった同性の事をケンちゃんには言っていない。
言う事でも無いし、もしひょんな事からケンちゃんに知られて、幻滅されたくないのだ。大抵の人は、彼女がいるのに他の人と関係を持つ事に嫌悪感を示すものだと知っているから。
僕はケンちゃんに幻滅されたくない。
「ま、良いけど。所で明日さ、急にで悪いんだけど、店休みにすっから」
「あ、ソロソロ?」
「まぁ~、明日か明後日位だと思うんだけどな」
「ケンちゃんが、パパか~。何か変な感じ」
「オイ」
「ゴメンて」
そうなのだ。ケンちゃんの奥さんは今、出産間近な為入院している。
予定日は過ぎているのだが、なにせ初出産。予定外の事態はよくある事らしい。
お店も別に閉めなくて良いよとは言ってたのだが、僕一人だけ働かせるのは悪いと思っているのか、休みにするみたいだ。
お店を休みにするにあたって、張り紙はもう作成済みだし、産まれたらそのまま三日間臨時休業するらしく、その時は僕だけお店に行って、張り紙の文言を変えて帰って良い事になっている。
産まれたら、そりゃぁちょっとでも長く奥さんと、娘さんの傍に居たいよね。
あ、そうそう。産まれてくるのは娘ちゃんだ。
「本当、産まれたら激甘になりそうだなぁ~」
「当たり前だろ?嫁にもやらん」
「彼氏は良いんだ?」
「必ず紹介させて、俺がキッチリ見極めてやる」
「可哀想~」
「何だと!?当たり前だろ!」
この会話も最近はパターン化しているが、会話をする度にケンちゃんの幸せそうな顔が見れるので、ついつい話を振ってしまう僕がいる。
「僕も早く会いたいな~」
「だろ?可愛いに決まってるからな」
「奥さんに似てますように!」
「………。それは、俺も思う」
お互いに顔を見合わせて、アハハッと笑い合う。
出産祝いは、近々茉優ちゃんと買いに行こうと話していて、明日お店が休みになるのなら、茉優ちゃんと一緒に出掛けようかなと笑いながら考える。
◇
「準備できたよ~!」
玄関先で、茉優ちゃんが僕に声をかける。
「僕も~」
言いながら僕も自分の部屋から出ると、茉優ちゃんにニコリと笑顔を向ける。
「良かったね、休みが被って」
玄関で靴を履いている僕の頭から、嬉しそうな茉優ちゃんの声。
基本的に茉優ちゃんとは休みが合わない。
僕はアパレルで仕事だから、土日の休みは基本的には無い。一方茉優ちゃんは事務系の仕事で土日が休みだ。
今日は土曜日。
イレギュラーな僕の休みができた為、こうして茉優ちゃんとデートができる。
家に帰ればお互いに会えるのだが、一日中一緒という事は珍しい。
デートも、仕事帰りに夜ご飯を食べたりする位なので、僕も茉優ちゃんもテンションが上がっている。
「な~~。今日は楽しもうね」
僕の台詞に茉優ちゃんは、フフと嬉しそうに笑うと、二人で家を出る。
今日のプランは、ちょっと遅めのブランチを二人で食べてその後はケンちゃんの出産祝いを買いに行って、二人が見たいねと言っていた映画を見てから夜ご飯を食べて帰って来るプランだ。
家を出て、最寄りの駅まで並んで歩く。いつもの様にお互いの近況を喋りながら。
駅から電車に乗って、目的地の駅に着くまで何を食べるかでひとしきり盛り上がり、ブランチはカレーを食べた。
そこから百貨店に向かって、子供服の売り場へ。
茉優ちゃんと僕が可愛いなと思ったブランドの所を行ったり来たりしながら、店員さんのアドバイスをもらい、おくるみとスタイ、服をまとめてラッピングしてもらい百貨店を後にする。
基本的には百貨店へは行かない二人だから、入店した際は二人共少し緊張気味だった。
だって、エレベーターにエレベーターガールが居て何階の売り場に行くのか聞かれる。そんな事経験した事無い僕は少しどもってしまい、そんな僕を茉優ちゃんは笑っていた。
何時の間にか僕達は手を握ってデートしている。
一般的には普通のカップルがする事なんだろうけど、茉優ちゃんにとってはどうなんだろう?
何度か手を握ってデートはした事があるから問題は無いとは思うが、アセクシャルの人の中では、手を握る事さえ違和感を抱く人がいる。
アセクシャルでも、その度合いは人によって違うと茉優ちゃんから聞いた事がある。
我慢すれば性行為をできる人もいれば、全くできない人。マスターベーションはできても、他者と性行為ができない人。触れる事さえ無理な人もいれば、触れる事は大丈夫な人もいる。
茉優ちゃんは、僕と手を繋ぐ事に違和感は感じないのか?その辺りは本人に確認した事が無い。
けれど、こうしているのだから大丈夫なんだろうと僕は認識している。
性行為やマスターベーションについては、謎だ。
彼女でも、女の子に聞くのは気が引けて、茉優ちゃんが何かしら言ってきてくれるまでは僕から聞こうとは思わない。
聞かなくても、こうしてお互いを尊重出来れば、長く楽しく一緒にいれる事を体現しているから不満は無い。
百貨店から商業施設に移動して、先に見たい映画のチケットを購入する。
購入してから、ブラブラと時間を潰しながらウィンドーショッピングを楽しんで、映画の時間が迫ってきたので、再び映画館へと戻る。
チケットを僕が二人分購入したので、飲み物を茉優ちゃんが買ってくれて、激しい銃撃戦が十二分間続くと話題のアクションを見に劇場へ。
タップリ二時間半映画を楽しんで、一度煙草休憩を取らせてもらう。
煙草も止めようとは思っていて、二、三年前に比べれば吸う本数は格段に少なくなっているが、なかなか止めるまでの踏ん切りがつかない。
基本、家では吸わない事にしている。賃貸だし、綺麗に使いたいと思っているから。仕事では、休憩中に何本か吸ってしまうがその程度で今最も吸っている場所は文也の家のベランダだ。
事が終わると、どうしても吸ってしまう。
文也も家の中は禁煙にしているらしくお互い事が終わればベランダに出て僕は煙草、文也はアイコスを吸っている。
喫煙場所から出て、商業施設の中庭みたいなところのベンチで腰を下ろすと夕飯は何を食べるかで盛り上がってしまった。
で、結局ハンバーグを食べに行く事に。
お昼はカレーで夕飯はハンバーグ。まるっきり僕の食べたいものになってしまった。
茉優ちゃん的には
『私は職場の人と、いつでも好きなの食べに行けるから』
らしいが、それは僕もおんなじなんだけどな。
彼女なりの優しさに僕は甘えて最近二人で行っていなかった、ハンバーグ屋へと向かう。
ハンバーグ屋に着くと、お互い浮気せずにいつものやつを注文して茉優ちゃんが食べ切れなかったハンバーグを平らげると、店を後にする。
「食べたね~」
「腹がはち切れそう」
「私の分まで食べてくれたからね」
キラキラと夜の街を彩るネオンの中、家路へと帰っている。
茉優ちゃんが、出産祝いのプレゼントを持ってくれていて、空いている方の手は繋いでいる。
「渡すの楽しみだね」
紙袋を上に少し掲げながらそう言う茉優ちゃんに、僕もニコリと笑いかける。
「茉優ちゃんが選んでくれたから、自信持って渡せるわ~」
「大袈裟だよ~」
ハニカミながらそう言う茉優ちゃんを、素直に可愛いなと思う。
「晴人?」
後ろから突然聞き慣れた声が聞こえて、僕も茉優ちゃんも歩く足を止める。
声がした方にいち早く茉優ちゃんは振り返っているが、僕は誰の声か解っているので振り返るのに躊躇ってしまう。
「オイ、晴人」
振り返らない僕に対して、少し不機嫌そうな声音。
僕はユックリ振り返ると、そこにはやはり文也がいる。
茉優ちゃんは、不安気に僕と文也を交互に見つめていたがユックリと僕と繋いでいた手を解いた。
文也の方も一人ではなく、先日クラブで一緒にいた人と立っている。
「何してんの?」
文也は僕と茉優ちゃんを見ると、眉間に皺を寄せて尋ねてくる。
その問いに何も答えられない僕を、文也の隣にいた彼が
「聞いたら悪いよ~、デートの邪魔してるって」
と、その通りの回答をしてくれる。
文也は隣の彼の言葉に一瞬嫌そうに口元を歪めて、次いでは僕の近くに寄って来ると
「何、してんの?」
あくまでも、僕の口から聞きたいらしい。
僕はもしかすると、イヤ、もしかしなくても殴られるなと感じ、一度茉優ちゃんの方に顔を向けると
「茉優ちゃんごめんけど、先に帰っててくれる?」
と、呟く。
「ケド………」
険悪な雰囲気に、自分の彼氏が何かされるかもしれないという心配からか茉優ちゃんは迷うようにその場から動こうとしないが
「大丈夫だから、ね?」
何も説明しない僕の顔をしばらく見つめると無言でコクリと頷き、一度文也の方に視線を向けて軽く会釈して彼女は駅へと一人歩き始める。
「え?彼女帰ったけど、良かったの?」
茉優ちゃんが居なくなり、文也の隣にいた彼は文也同様僕に近付くと楽しそうにそう言って文也の肩に腕を乗せる。
と、
「お前も悪いけど、帰ってくんない?」
自分の肩に置かれた腕を振り払うと、文也は静かに彼にそう言う。
「は?何言ってんの?」
突然文也からそう言われた彼は、見る見る険悪な顔付きになって文也に詰め寄る。
「悪ぃけど、こいつと話があるから帰って」
「イヤイヤイヤ、話って終わっただろ?こいつには彼女が居た。お前は遊びだった。終わりじゃん?話なんてねーだろ?」
口調が荒くなった彼の台詞に、通行人達が何事かとチラチラと僕達に視線を投げかけてくる。
僕は地面に視線を落とし、ギュッと唇を噛み締めた。
「俺はあるから。悪いけど………」
静かに彼に言う文也の台詞は、暗く静かだ。だから返って怒りが解る。
その圧に彼の方も押されたのか、一度僕を見た感覚はあったが次いでは小さく舌打ちをして、靴音が遠ざかって行く。
「車、あっちに置いてるんだわ……」
一言そう呟くと、文也は歩き出す。
僕が文也の言葉に顔を上げると、もう数歩文也は歩き出していて僕もその後に続く。
無言のまま車を留めている駐車場に行き、無言のまま車に乗り込む。
車が走り出しても、文也は何も言わない。
きっと文也の自宅に行くんだろうなと、流れる景色を車の中から見つめながら僕も押し黙ったまま。
重たい沈黙が続き、やはり文也の自宅に到着する。
いつもの様にエレベーターで五階まで上り、部屋の中へと入る。
奥の部屋へ入ると、大きな溜息を吐き出しながらソファーへ座る文也を僕は立ち尽くしたまま見ていると
「話、できないから座ったら?」
と、投げやりに呟く。
僕は言われるままに文也の隣に腰を下ろすと
「いつから?」
静かに尋ねる文也に視線を泳がせても、文也はこちらを見ていなかった。
「四年………位……」
呟いた僕の台詞に、隣で呆れたような溜め息。
「ハッ………、四年?」
その後の言葉が続かないのか、文也は黙ってしまう。
「………、ごめん……」
文也の方に体ごと向け、頭を下げながら呟く僕にやっと文也は視線を向けてくれる。
「お前、ゲイじゃ無くてバイだったのか?」
「違う……」
本当の事を呟いた僕の目を反らさずに文也は見ていたが、僕が答えた言葉に文也の瞳が揺れている。
「……、違うってどういう事?男も女もイケてんじゃん?てか、そもそも隣に居たやつは、彼女で合ってんだよな?」
彼女で合っている事を肯定する為に、僕はコクリと頷くと文也は苦しそうに眉間に皺を寄せる。
「彼女居て、俺とも関係作るって事はバイだろ?」
「…………、違うんだ」
「何が?」
否定はするがそれ以上の言葉を言えない僕に、文也は苛立った様子で聞いてくる。
僕は一度唇にギュッと力を入れて、息を吸い込むと
「男とは、体の関係だけで……」
僕の台詞に文也は固まりしばしお互いを見つめ合う形になったが、次いではみるみると僕を嫌悪する表情に変わっていく。
「は?………、ちょっと何言ってるか解んないんだけど?」
僕の言った事を嫌悪しながらも理解してくれようとしている台詞。
僕に説明させてくれるチャンスをくれる優しさが、文也にはある。
「………。僕の恋愛対象は、異性で……」
「イヤイヤイヤ、だから俺と関係もしてるじゃん。だからバイで合ってんだろ?」
「……………」
文也の突っ込みに次の台詞が出てこない。
それはきっと文也を傷付けると解っている言葉だから。
「言えよ」
躊躇って言えない僕に、言う事を促す文也の台詞。
一瞬、チラリと見た文也の表情は相変わらず僕を嫌悪している。
イライラしているのか、膝の上でトントンと指を上下に動かしている文也に僕は口を開き
「性欲は……、同性じゃ無いと満たされないんだ……」
「………、性欲は……ね」
重い沈黙が二人を包む。
僕はこれ以上文也に対して言える立場じゃ無い。
「恋愛対象は異性だけど、同性の俺には気持ちは無くて、性欲を満たす為だけって事か?」
文也の台詞に僕は何も言わない。
無言の肯定って事だ。
無言の僕に文也は大きな溜め息を吐き出し
「バイよりも質悪ぃなお前」
………。そうだと自分でも思う。
同性に気持ちは無い。ムラムラとした欲情だけ。
幾ら綺麗事を並べても、性欲処理の為だけに抱かれるのだ。
「………ごめん」
呟いた僕に文也はおもむろに立ち上がると
「申し訳無いけどもう連絡してくるな、俺もしないから」
「………解った……」
俺が同意すると一瞬空気に殺気が混じり、文也が俺に対して殴るような素振りを見せたが、グッと堪えると
「話は終わったから、帰れ」
静かにそれだけ呟き、そのまま寝室へと踵を返して行く。
ガチャリと寝室の扉が閉まった音を聞いて俺も静かに立ち上がると、そのまま文也の家を後にした。
歩いて駅まで行く気力が無く、文也の家から出るとタクシーで帰った。
家に着くと、茉優ちゃんが心配そうに玄関まで出てきてくれたが僕は話をする気になれないと自室に籠もる。
僕の部屋の扉の近くに、茉優ちゃんが持って帰ってくれたケンちゃんに渡す紙袋だけが、ポップで楽しそうな雰囲気を出している。
何もする気が起きず、僕はそのままベッドの上へとダイブするとうつ伏せでその紙袋を見つめる。
さっきまであれほど楽しく過ごしていたのに、こんな事になるとは夢にも思っていなかった。
イヤ、思いたく無かっただけだ。
僕がちゃんと言わなかったのがいけない。
言うチャンスは幾らでもあったはずなのに、自分の欲だけ優先させてしまった結果がこれだ。
だが言ってしまえば、今よりももっと早く文也とは終わっていた。
「悪いのは、僕だけどさ………」
自分の欲を優先させて、文也の気持ちを蔑ろにしてしまった。本当なら殴りたかったはずなのに、最後まで僕に対して優しさを見せてくれた。
チャラいと思っていた文也は、イメージとは違いいつも僕を優先させてくれていたと思う。
好きと言う言葉も沢山文也から聞いたが、僕はそれに答える事が出来なかった。
そう言ってもらえる事は、嬉しいと素直に思える。だが自分が文也に対してそうかと問われれば、そうじゃ無いとなってしまう。
理解される事は、本当に難しいのだ。
幾ら体を重ねても、感情の面で相手を好きになる事は無い。
文也も言っていたが、バイセクシャルであるならば、同性同士でも恋愛感情は生まれるが、僕には生まれない。
それは常に異性に向けられる。
悲しい事に、同性に対しては自分の欲求を満たすだけ。
友達みたいに良いやつだなとか、頼りになるなとかは思う。好きという感情も好感を持つ程度には芽生えるが、恋愛のそれとは違うと思う。
「まぁ、また違う相手を探せば良いだけなんだけど……」
そう、今回も今迄の様に次を探せば良いだけだ。
これまでと同じ様に、文也の事など忘れてしまえばいい。
「…………、忘れられるのか?」
ボソリと呟いた自分の言葉に、僕は無言になってしまう。
あれ程相性の良い相手を忘れられるのか?
「イヤ……、忘れないと……」
枕に顔を突っ伏して漏らした呟きはくぐもって、温かい息に消えていく。
◇
文也からの連絡が途絶えて数ヶ月。
僕は普通に生活している。
ご飯もちゃんと食べられるし、睡眠だってとれている。
仕事も、茉優ちゃんとの生活も、何ら今までと変わりない。
ただ、体の奥から湧き上がる仄暗い欲が僕を蝕む事があるが、他の誰かに慰めてもらおうとは思わなくなっていた。
「今日は職場の人と夕飯食べて帰るから」
茉優ちゃんと一緒に朝ごはんを食べながらそう言われ、頬張っていたサンドイッチを咀嚼しながら頷く。
「了解、楽しんでおいでね」
「ありがとう、晴君も今日は遅くなるんだよね?」
「ン?そうだな~、まぁミズ次第かな?早目に帰れそうならその前に連絡するわ」
「解った、晴君も楽しんでおいでね」
「ありがとう」
今日は本当久し振りに、高校の時の友達と遊ぶ予定になっている。
高校二年の時に同じクラスになった清水直人ことミズとは、部活も同じだった。
当時の僕とは全く逆で、明朗闊達。クラスや部活でも奴の周りには常に人が居た。
僕とも気さくに話をしてくれるタイプで、学生時代プライベートで遊ぶ事は無かったが割と話はしていた奴だ。
先日たまたまミズがウチの店に来店し、ケンちゃんと僕に久し振りに会ったというワケ。
今日は店の周年イベントがあり、ケンちゃんと僕は勿論強制的に参加だが、ミズも誘ってみたら行きたいとのことだったので僕がエスコートする事になった。
周年イベントは、知り合いのヒップホップDJが何組か回してくれてダンスイベントなんかもある。デコもVJも手配済みで結構大きなイベントで、毎年三百人位は遊びに来てくれる。
チケット、インビ共々ほぼ完売。
イベントでは毎年周年記念のTシャツを販売するのだが、今年は僕がデザインした。
お客さんの中には、周年のTシャツを楽しみにしている人が結構いるのでプレッシャーだったが、Tシャツの素材もヘンプのものを使用したり左脇腹にタイダイの模様が出るよう染めてもらったりと、結構力を入れて考えただけあって、ケンちゃんからも可愛いとお墨付きだ。
「私も行きたかっけどな」
残念そうに呟く茉優ちゃんに、僕はニコリと笑いながら
「来年はおいでよ、職場の人とご飯って送別会って言ってたし、そっちの方が大切だしね」
「二次会が無かったら、顔出そうかな」
「イヤ~~、茉優ちゃんの職場、キッチリ二次会までするじゃん?」
「そうなんだよ~~!カラオケより、クラブに行きたい………」
あ~~~っと、本当に残念そうに言う彼女が、可愛くて僕は声を上げて笑ってしまう。
「今度は違うイベント一緒に行こうよ」
「本当!?」
「勿論、来月に確かレゲエのイベントあるよ?」
「行く~~~!」
途端に笑顔で嬉しそうに言う茉優ちゃんに、僕もニコニコだ。
あれから茉優ちゃんとは、文也の事について話はしなかった。
数日間、彼女には心配をかけてしまったがそんな彼女を見て普通に振る舞おうと僕も思ったし、何も話さない僕に茉優ちゃんも察してくれて、いつも通りの感じでいてくれた。
お互い朝食を済ませ、それぞれの職場へ。
◇
「じゃ俺は先に行っとくから、後よろしくな」
「解った」
「またな」
僕とミズはそう言って店を出て行くケンちゃんの背中に、それぞれ手を振る。
僕はこれからレジ閉めをして、ミズと一緒にクラブへ行く。
レジを閉める間ミズには待ってもらっている。
「シマ、お前もイベント行ったら、何かする事ねーのか?」
僕はミズから、シマと呼ばれている。高校の時の奴等は皆僕の事をそう呼ぶのだ。
「Tシャツ売らないとだったんだけど、ミズと一緒だから楽しめってケンちゃんから言われた」
「あ、マジか。悪い事したな?」
「いんや~、僕は逆にミズに感謝だけど?」
「だよな~」
軽く返されて、僕は少し笑いながらお金の計算をしていく。
「俺クラブ行くの初だからさ、緊張してきたわ」
ソワソワと落ち着きが無くなってくるミズを笑いながらレジ閉めが出来、僕とミズは店を後にする。
クラブへと行く前に、ミズと一緒に軽く腹ごしらえをして行くと、クラブの前には見慣れた人達が僕に挨拶をしてくれる。
僕も挨拶を返して、ミズと一緒にクラブへ入っていくと、予想以上に人が多くてキョロキョロとケンちゃんを探してしまう。
「ミズ、こっち!」
ミズも人に圧倒されているのか、初めてのクラブに物珍しいのか、僕同様落ち着き無く辺りを見回していたが僕の一言に後に付いてきてくれる。
ケンちゃんはカウンターの中で、クラブのスタッフと一緒にドリンクを捌いていた。
「ケンちゃん来たよ!」
カウンター越しから大きな声でケンちゃんに呼びかけると
「おう、何か飲むか?」
と、返される。
本当に僕は手伝わなくても良いらしい。
ミズに声をかけて、二人分のドリンクを貰うとフロアーの方へ行こうと促す。
今回のクラブはラウンジとダンスフロアーが別になっていて、ラウンジにはソファー席や椅子が結構多く設置してある。
ダンスフロアーの出入り口を開け中に入ると、こちらにも結構な人が、踊っている。
「凄いな」
ミズが顔を寄せて僕に言ってくるが、踊ろうかどうしようかとソワついているので
「踊り、行こうか」
とミズに言い返し、僕は人の渦の中に入っていく。
僕の後に続いてミズも渦に入って行くと、ぶつかった女の子にアピールされている。
ミズは結構男前だ。タッパもあるし、体格も良い。つい最近彼女と別れたと言っていたので、ケンちゃんが気を利かせてこのイベントに遊びに来いと誘ったのだ。
照れながらだが、アピールされた女の子と一緒にリズムを取っているミズを確かめて、僕はDJの方に近付いていく。
僕の好きなヒップホップの曲を良くかけてくれるDJが、今の時間回しているので絶対にこの人のは聞きたかったのだ。
一段高くなっているステージにブースがあり、その前までくると僕もドリンク片手にリズムに乗り始める。
しばらく踊っていると、急に肩を掴まれたのでミズがこちらに来たのかと思い笑い顔で振り返ると、そこには文也のツレがいた。
「ちょっとラウンジ行こうよ」
耳元で言われ、服の裾を掴まれてそのままラウンジの方に引っ張って行かれる。
奥の空いているソファー席に押しやられると
「座りなよ」
と、相手は座りながら僕に言うので、僕も大人しくそれに従う。
座ってからしばらくお互い無言だったが、向こうから
「彼女さんとは、仲良くやってんの?」
と質問され
「………、まぁ」
それ以外に答える台詞が見つからず、呟く。
「そっか、上手くいってんのか……、文也的には残念な知らせだね」
文也という名前で、ピクリと反応してしまう。相手はそんな僕の反応を見逃さず
「まだ気になってんだ?」
嫌そうに口元を歪めながらそう言う相手に、僕は視線を下に下ろす。
気になっていないといえば嘘になる。
夜な夜な自分の欲を発散させる時は、自ずと思い出してしまうのだ。駄目だと解っていても、文也から与えられた強烈な快感は僕を蝕んでいる。
「ま、もう関係無いケドね。ところでさ、飲まない?」
「は?」
突然の提案に、僕はキョトンと相手を見てしまうが相手はそんな僕を気にする様子も無くトレーで酒を配っているスタッフを呼び止めると、テキーラとお金を交換している。
「飲めるよね?」
ズイとテキーラを僕の前に置いて、僕の返事を待たずにグイとショット飲み干すと、すかさずレモンを口に運んでいる。
「飲みなよ」
ニコリと笑われ
「は、ぁ……」
訳がわからないまま、僕は差し出された酒をグイと飲み干し相手同様レモンを口にする。
「お~、いける口?」
相手は嬉しそうに言うとまたスタッフを呼び止め、今度は結構な量をテーブルに並べる。
「え?チョッ……、そんなに飲めませんけど………」
お金をスタッフに払い自分と僕の前にテキーラを並べる相手に、僕はそう呟く。
「良いじゃん付き合ってよ。最近、文也が全然相手してくんなくてムシャクシャしてんだよね。それって結局はお前のせいじゃん?」
先程と同じ様に嫌そうに口元を歪めながら僕にそう言うと、一つを手に取りグイと飲み干す。
………、相手をしない。どの事を指して言っているのだろうか?それに、それって僕のせいになるんだろか?
………、何だか解らない理由でかまられてる?
「飲みなよ~」
断りたいが、断って騒がれてもケンちゃんに迷惑がかかるよな………。それに周年のイベントだから知ってるお客さんも居るし……。
僕は、溜め息を一つ吐き出すと目の前にあるテキーラを掴む。
「そうこなくっちゃね」
相手は僕の行動にニコリと笑顔になると、三杯目を飲み干している。
この人………、酒強いんだな。
僕も、毎日ではないが茉優ちゃんと一緒によく晩飯の時は酒を飲むので弱くは無いつもりだが、テキーラをこんなに飲んだ事も無い。
……………。えぇいッ、ままよ!
◇
グラグラと目の前が揺れているのが、自分でも解る。
自分が揺れているのか、目が回っているのか解らない。
「もう、限界かな………?」
目の前で誰かがそう呟いているが、僕は視線を上げる事ができないでいる。
テキーラを何杯飲んだかは、もう解らない。
テーブルの上にある空のショットグラスを見つめるが、グラスが揺れていて数える事が出来ない。
「もしもし、迎えに来てくれない?」
目の前の相手は誰かに電話しているが、聞き取れたのはそこまででその後に何を喋っているのかも解らない。
お開きになったって事か?開放される?
早く帰って、自分のベッドに横になりたい。きっと明日は二日酔い確定だけど、それよりも何よりも先ず横になりたい。
「大丈夫?直ぐに迎えが来るからさ」
………、ありがとうございます。結構、良い人なのかな?僕を家まで送ってくれるらしい。
ならばまだ起きとかないとな、家の場所伝えなきゃ……。
前のめりになっている体勢が少ししんどくて、僕はソファーに背中を付けて顔を上に向ける。
あ、大分マシかも………。
そのままの体勢でどの位居たのか……………。
◇
「オイ、歩けって」
誰かに言われ僕は薄っすらと瞼を開く。
揺れているが、下はアスファルトだ。
誰かの肩に両腕それぞれ乗せて歩いている。十字架みたいな体勢だ。
家まで送ってくれたのか?顔が上げれなくて、周りの景色が認識できない。
「どん位飲ませたんだよ?」
「え?わかる訳ねーだろ」
「意識朦朧で大丈夫なのか、コイツ?」
「知らねーよ、あ、ココで良いよ」
何人いるんだ?
話をしている声を聞きながらそう思っているが、確認する事は出来ない。
僕、家の住所は言ったのか?
完全に腕を回している人達に、引きずられて移動している僕は、なすがままだ。
「楽しもうね~」
「部屋先に確保しろよ、コイツ動かねーから時間かかるぞ」
「カメラは?」
「持って来てる」
………。何の会話をしているのか、思考が鈍くて考えられない。けれど、僕にとって良い事では無いのはなんとなく解る。
だが、体を動かそうにも酒で体を動かすのはダルく両肩をガッチリと固定されている為困難だ。
「なぁ、ちょっと」
ズルズルと再び引きずられる様に動き出した途端、後ろの服を引っ張られる感覚。
それと同時に聞き慣れた声が後ろから聞こえて、僕の動きが止まった。
「あ?何だよお前」
僕の両サイドで、僕を引きずっていた人達が、不機嫌そうに返事をしている。
「コイツ、どうした?何してる?」
「はぁ?お前には関係無ぇだろ」
「イヤ、知ってる顔だから」
グイグイと後ろに服を引かれるので、僕の足はヨロヨロと後ろに傾く。
「オイ!手ぇ離せ!」
激しく耳元で叫ばれ目をギュッと閉じてしまう。だが、服の突っ張りはそのままだ。
「文也?」
先程まで僕と酒を飲んでいた相手が、どこかから出てきて僕の服を引っ張っているであろう人物の名前を呟く。
……………、文也?
グルグル回る頭に文也の名前がこだましている。
…………、そんなわけ無いだろ?
そんな都合良く文也がいるわけ無いし、いたとしても、僕を助けてくれるなんて事……。
「タカアキ、どういうつもりだ?」
相手に対して、文也と言われた人物は低い声で唸るように問い掛ける。
「ど、どうしているわけ?」
「質問に答えてねぇ、何してんだ?」
文也の台詞に相手も直ぐには答えられないが、次いではどもりながら
「あ、………だから、……そう彼がさ酒、飲みすぎたから、介抱しようとして、ね?」
周りにいる人達にも同意を促すように答えているが
「こんなに人数いるかよ、解散しろ、解散」
「なんで、だよ………」
文也の台詞に、相手はモゴモゴと何か呟いているが、聞き取れない。
「あ?何だよ、解散すんだろ?」
「だから、なんでこんな奴助けようとしてんだよッ!」
相手は文也の言葉に弾かれたように叫ぶ。
「……………、お前に関係あるか?」
「コイツは、文也の事騙してたんだぞ?」
「だから?……、お前は関係無ぇのに、こんな事すんのか?」
「……ッ、お、俺はただ………」
「俺に任せて解散しろ
」
「なんで……だよ」
「言う事聞けねーなら、警察呼ぶぞ」
一歩も引かない文也の言葉に、しばしの沈黙。だが、これ以上揉めても自分達に分が悪くなる事を理解したのか
「離して、そいつに預けて」
相手は諦めた様に呟くと僕の両腕から人の体温が無くなり、次いでは背中に温かさを感じる。
「お前、後悔するぞ?」
相手はそれだけ呟くと、多数の足音が僕達から遠ざかって行く。
「……………、もう、してんだよ」
と、聞こえた様な気がした。
◇
「う、ン………」
体全体が重たい感覚。寝返りをうつのもダルい。
今日、仕事が休みで本当に良かったと思う。こんな状態で、接客なんて出来ない。
これは確実に二日酔いだよな。と、ハッキリしない意識の中で重い瞼を薄っすら開くと、僕の顔の前に見覚えのある顔。
誰だっけ?
ボーッと目の前にある顔を凝視して、誰だか思い出そうとしパチパチと二、三度瞬きを繰り返す。
文也?
に、似てるな~なんて思い………
文也ッ!!??!?
と、急激に脳が活性化する。
は?何で、文也が……。文也の顔が僕の目の前に!?
混乱しながら、状況が掴めずキョロキョロと辺りに視線を泳がせるとここは紛うこと無き自分の部屋で………。
……………は?自分の部屋?
自分の部屋に文也がいる事への違和感で、さらにパニックに陥ってしまう。
茉優ちゃんと同棲している僕は、関係を持った人を自宅に入れない。
必ず、ラブホか相手の家でと決めているので、今の状況に混乱する。
は?……、え?何で………文也が僕の部屋?
昨日は………、周年でミズとクラブヘ行って、文也の連れと酒のんで………、酒、飲んで………。
その先からの記憶が曖昧だが、そこからの事を思い出さないと駄目なんだと自分に言い聞かせ、考え込む。
…………、酒のんで、誰かに引きずられて………、引きずられて?歩いて?イヤ、そんな事どうでも良い。で、何だ?そこからどうなって、こうなってる?
隣で規則正しい寝息をかいている文也の顔を見ながら全力で記憶を辿るが、全然思い出せない。
てか、起きよう。一緒のベッドに寝てるなんて茉優ちゃんに知られたら大事だよな。
僕は、文也が起きないよう細心の注意を払いながら片足をベッドの外に出す。
起きませんように。起きませんように。
片足をベッドから床に着地させ、流れるように尻から腰をベッドの外へ、そのままもう片方の足を出そうとしたところで
「目ぇ、覚めたのか?」
と、目を開いた文也が僕の顔を捉えて呟く。
「あ……………、おはようございます………?」
なんて、気の抜けた挨拶。
「体は?平気?」
「あ、ハイ………」
体?体は平気!!?!?
え?………僕、何………、何かしでかしたのか?茉優ちゃんもいる自宅で?文也と?
文也の一言に、更にパニックになって、グルグルと考えるが記憶が無い僕はどうする事もできずに、スワと血の気が引くだけ。
「何、朝から百面相してんの?」
僕の反応が面白かったのか、文也はクックッと肩を揺らして笑っている。
イヤイヤイヤ、笑い事じゃねーから!
「な、ななな、何で………?」
噛み噛みで文也に質問するが、文也は欠伸しながら布団をクイと持ち上げて
「悪ぃ、もうちょい寝ないか?」
と、僕を再び布団の中に戻そうとする。
僕は布団を上げた先に視線を向けると文也は裸で、その事実に直ぐに僕も自分の体を確かめる。
……………。は、裸だ。イヤ、でも下着は穿いてる。ケド、二人共上半身裸………。
視線を文也と自分に交互に向けて、あたふたしている僕に、文也は呆れながら溜め息を一つ漏らすと二度寝を諦めたのか両腕を上に突上げ伸びをしながら布団から出てくる。
「覚えてねーの?」
自分の後頭部をガシガシと掻きながら呟かれ、僕は首がもげるんじゃないかと思うほど上下に振る。
「あ~~~、どっから?」
「ぜ、全部………」
「全部、か………」
僕の答えに、文也は口元に手を当ててどう説明すれば良いのか迷っている風だ。
え?迷うような事したの?僕とナニかしたのか?
ドキドキと文也の答えを待っていると、バチリと視線が絡む。次いではニヤリと笑われ再び僕は血の気が引く感覚。
と、
コンコン。
「起きてる?」
ドアの向こうから、茉優ちゃんの声。
僕はビクリと肩を揺らして固まってしまう。
もし、今ドアを開けられたら………。言い訳出来ない状況に、息も出来ない。
「ちょっと待ってて、直ぐそっち行くから」
「了解です。ご飯できてるので」
僕よりも先に、文也が茉優ちゃんに答えて茉優ちゃんも普通に返事をしている。
……………。何が起こってるんだ?
未だに状況が掴めない僕を尻目に文也はさっさとベッドから出ると、僕のクローゼットから自分が着れそうな服を選び、着ている。
「お前も早く着ろよ、飯食おう」
「は、ぁ?」
そう言い残して、混乱している僕を放っといて部屋を出て行く。
パタンと閉まったドアを見詰めて
「イヤ、説明してけよ………」
力の抜けた僕の声だけが、部屋に取り残された。
急いで僕も服を着込み、部屋を飛び出しダイニングヘ行くと
「晴君、おはよう。って言っても、もうお昼すぎだけどね~」
そう言いながら茉優ちゃんがにこやかに挨拶してくれる。
「ま、茉優ちゃん仕事は?」
そうだ、今日は普通の平日。僕は今日店が休みだけど、茉優ちゃんは仕事のはずなのにどうして家に……。
「え?有給もらって休んだよ」
な、何で?
テーブルにはサンドイッチとサラダとスープが並べられていて、そこに文也が座っている。
「座って、食べよう?」
「う、うん………」
茉優ちゃんに促されるまま、定位置になっている場所に腰掛ける。
何だか、変な気分だ。
違和感しかない三人が、食卓を囲んでいるなんて………。
「頂きます」
僕が座って直ぐに、文也がそう言って食べ始める。
茉優ちゃんも文也に続く。
僕はそんな二人を眺めて、ご飯に手を付けられない。
「あ、のさ……」
何で二人共落ち着いて食べていられるのか、昨日何があったのか解らない自分だけ置いて行かれたようで、最高に落ち着かない僕は意を決して口を開く。
僕の言葉に二人共が視線を投げかけるから、僕は俯向きながら
「何で……、文也がここに居るのか、説明して欲しいんだけど………」
モゴモゴと喋る僕の台詞に
「え!?晴君、覚えてないの?」
意外そうな茉優ちゃんの声に、僕は顔を上げて
「全然……」
「てか、文也君説明してあげてないの?」
茉優ちゃんは僕の言葉を無視して、黙々とご飯を食べている文也に恨めしそうにそう呟く。
「ン?まぁ、何か色々勘違いして百面相してるから、面白くて放っておいた」
「文也君………」
文也の台詞に呆れたのか溜息混じりに茉優ちゃんは言うと、僕の方に向き直って
「昨日ね、文也君がここまで送ってきてくれたんだよ?」
それは、そうだと思う………。僕が知りたいのはその先の事で、なぜ文也が今まで一緒にいるのかと言う事だ。
無言だったが、僕が聞きたい事が解ったのか茉優ちゃんは話を進める。
「で、私一人じゃ晴君を部屋まで連れて行かれないでしょ?文也君に手伝ってもらって、晴君を部屋まで連れて行こうとしたの」
そこで一度茉優ちゃんは言葉を止めて、文也の方に視線を流す。
文也は僕達のやり取りを見ていたが、茉優ちゃんの続きを答えてくれた。
「そこの扉の前で、お前は俺にゲロ吐いたんだよ」
顎で僕の部屋の前を指し示しながら、文也は淡々と答える。
「まぁ、タクシーに乗って帰る時点で相当気持ち悪がってたし、タクシーの中で吐かなかっただけでも良しだけどな」
「駄目だよ、文也君の服ドロドロにしちゃったもん」
「ケド、タクシーよりかはマシだろ?」
二人で昨日の事を思い出したのか、にこやかに会話をしている。
僕は、思い出せない昨日の僕を罵りながら
「ごめん………。服、弁償するから」
と、呟く。
「だから、文也君帰れなくなって、泊まってもらったの。だから今日、私もお休みしちゃった」
「そう、だったんだ………」
だから、お互い下着姿で寝てた訳ね。
何事も無かった事を聞いて内心安堵の溜め息を漏らしながも、そんな失態をしている自分が恥ずかしくてまともに文也の顔を見る事が出来ない。
「この服貰って行くから、気にしなくて良いぞ」
ズズズとスープを飲みながら文也はそう言って、僕の顔を見る。
………一番高くて、お気に入りのヤツ………。
文也が着ているのは、ケンちゃんのお店で買った僕のお気に入り。
僕には珍しくダボっとしてないラインで、文也と知り合ってから購入したものだ。
まだ気恥ずかしくて何度も着ていない服だ。
……、まぁ似合ってるし、ゲロッた自分が悪いから文句は言えない。
「あのさ、私考えたんだけど!」
パンと両手を叩いて、茉優ちゃんが突然声を上げる。
僕と文也は同時に茉優ちゃんの方に視線を向けて、彼女が何を言うのか待っている。
茉優ちゃんは僕と文也を交互に見ると、意を決したように息を吸い込み
「文也君、私達と一緒に暮らさない?」
………………………………………。
「「はぁ!?」」
茉優ちゃんの台詞に僕と文也は暫しの沈黙。からの同時の発言。
「な、何、言ってるの茉優ちゃん?」
動揺してどもった僕に
「え?良くない?」
ケロリとした感じで彼女は言う。まるでとても良い案だと言わんばかりに。
「お前の彼女、頭沸いてんのか?」
「オイ!」
文也は食べ終わったのか、フォークを皿に置くと、茉優ちゃんの事を冷ややかな目で見ている。
失礼な物言いに僕はギッと文也を睨みつけるが
「晴君、怒らないで」
茉優ちゃんは苦笑いを浮かべて、僕を制止しようとする。
「私が思うに、晴君はまだ文也君に未練があると思うの」
彼女は笑って、そんな事を僕に言うのだ。
「何、言って………」
性的欲求を満たせない事について、文也を忘れられないとは思う。だがそれ以外は何も無いのに………。
「で、文也君も晴君に未練があるでしょ?」
「ハッ、何言ってんだ!お前に何が解るんだよ?」
僕達の終わり方を知らない茉優ちゃんからそんな事を言われた文也は、茉優ちゃんを睨みつける。
「解らないよ、会うのは二回目で失礼な事を言ってるのも解ってる。ケド、関係が終わった人をワザワザ家まで送って来るの?」
茉優ちゃんの言葉に、文也は次に出す台詞を飲んでしまう。
「晴君も、今回は今までの人とは何か違うよね?切り替え早いはずなのに、まだ引きずってるんでしょ?」
引きずる意味合いが茉優ちゃんと僕とでは違うが、今までの人と関係が終われば必ず残念会をしていたのに、文也の時はする気になれなかった。それは確かだ。
それを彼女がこう捉えてしまったのだろう。
「ケド………、終わってるんだ、よ。二人で決めてそうしたんだ………」
ポツポツと喋る僕の台詞に
「本当に納得したの?本当に?歩み寄る事も試しもせずに?」
その言葉に、僕と文也は黙ってしまう。
歩み寄る事を試したのか?
僕は文也に欲だけを、文也は心も。
僕は彼女の事を隠して、フェアじゃ無い関係を望んだ。
文也を騙して、自分の欲を優先させた。
もし、話して文也が受け入れてくれいたならば、何かが変わっていたのだろうか?
僕の考えを解った上で受け入れてくれたならば、文也も考えは違ったのだろうか?
「試した、歩み寄ったって、何が変わるんだよ?アンタはコイツと別れねーんだろ?」
「別れません。私も晴君が好きだから」
「で?俺とも体の関係は許すって、どう言う考え方してんの?理解に苦しむんだけど」
「そうしないと私達はお互いを傷付ける事を知ってるからだよ」
真っ直ぐに文也を見詰めて話す彼女に、文也も次の言葉を出せないでいる。
「私達の事、文也君は晴君から聞いた事ある?」
黙っている文也に、茉優ちゃんは真剣な顔付きで言葉を紡ぐ。
「は?お前等の関係?付き合ってんだろ?」
何を今更といった感じで、文也は苦虫を潰した様な顔で彼女に言葉を吐き捨てると
「そう、付き合ってる。ケド、一般的では無いのは解るでしょ?」
「ハッ………、お前が彼氏の浮気を容認してるって話が、一般的では無いって言いてーの?」
茉優ちゃんを傷付けたくて、わざと文也はそういう言い方をしていると、黙っている僕にも解る。
たが茉優ちゃんは、何故か優しく微笑むと
「そうだね。………、そこなの!私が何故晴君が他の人と付き合う事を容認してるかってとこ!そこが重要なの!」
茉優ちゃんの開き直りにも近い言い方に、言われた文也の方が戸惑っている。
「重要って……」
「私はね、恋愛感情は異性なんだけど、異性と性交渉は出来ないセクシャリティなんだよね」
「は?」
突然の茉優ちゃんの告白に、文也はどういう事だと頭の上に幾つもクエスチョンマークが飛んでいる。
「ウン、まだ知らない人の方が多いセクシャリティだから、突然言われても困ると思うけど………、そうなの!」
できるだけ笑顔を作って文也に喋る彼女は、強いと思う。
僕でさえも、ハッキリと文也には自分のセクシャリティを言えてはいなかったから。
「でね、晴君は恋愛感情は異性で私と同じだけど、性交渉は同性とじゃなきゃ満たされないセクシャリティなのね?」
その台詞に、文也は僕の方に視線を向けるが、僕は文也を直視できなくて視線を落としてしまう。
「で、私はね、文也君が私達を受け入れてくれれば、一番良いなと思ってるわけ」
パチリとここで両手を鳴らして、茉優ちゃんは文也を見詰めると
「私は晴君の心しか貰え無い。出来たら体ごと全部欲しいけど、私もそれが晴君同様無理なの。だから………」
「俺がコイツの体を貰えるって事か?」
茉優ちゃんの台詞を文也が奪って言うが、その言い方には棘がある。
「理解して貰うのは難しいと思う………。ケド、私は諦めたく無いの。変なお願いだって解ってるけど、晴君の事が好きなら少しだけでも付き合ってくれないかな?」
畳み掛けるように茉優ちゃんはそう言って、文也に頭を下げる。
文也は黙って考えていた。
だが、今すぐに答えを出せるワケもない。
「急で変なお願いだから、今すぐ答えは出せないよね?じゃぁ、もし文也君が私の提案を飲んでくれるなら、晴君に連絡してくれる?」
茉優ちゃんは、優しい顔で文也にそう言うと
「勿論、一緒に暮らす事になれば色々決めないといけない事も出てくるからさ」
そう言って、僕の方に顔を向けると
「晴君も、ちゃんと考えてね!」
笑顔で言う彼女の気持ちを、僕が推し量る事は出来なかった。
◇
茉優ちゃんの提案から数週間。文也からの連絡は無い。
ま、解ってた事だ。
あの後、何も言わずに文也は、直ぐに自分の家に帰って行った。
帰った後に僕と茉優ちゃんの二人で話はしたけど………、僕が幾ら何故そんな提案をしたのか聞いても
『皆が幸せになる為だよ』
としか言ってくれなかった。
皆が幸せに。
なれれば一番良い事だが、なれるとは思えない。
特殊な僕達のセクシャリティに付き合ってくれる同性なんて………、いるとは思えない。
僕も、ゲイやバイ、ノーマルなら誰かを幸せに出来るのだろうか?
「………、イヤイヤ、散々試しただろ?」
ノーマルになれるように努力したけど、異性と性交渉が出来ないと自覚した時点で駄目。
ゲイも同様に、性的欲求以外は求める事が出来なくて駄目。バイも然り。
自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪で、鬱になって外出できなくなって、自殺を考えるまでになって………。
良いとこ取りが出来ない世界に生まれてきたんだから、できるところで満足すれば良かったんだよな。
彼女の茉優ちゃんを大切にしつつ、体の関係を持つ人とは………。
病気のリスクが不特定多数だと上がる怖さや、同性同士の無茶なプレイを好む人も少なく無い。遊びになればそれを顕著に出してくる人も多いのだ。だが、一人の人に絞る事はせずに、気ままに楽しめば良いだけの事。
「僕が、贅沢言ってるだけ……、なのかな?」
仕事が終わり、自分の自宅に帰る途中に、色々考える。だが、納得できる答えには到底辿り着かない。
何かが欲しければ、何かは諦めなきゃならないのか………。
はぁ。と重い溜め息を吐き出して、ポケットから自宅の鍵を取り出し、顔を上げると自宅前に文也の姿がある。
「……………え?」
僕は驚きに声を出して、その場に立ち止まる。
文也も僕に気が付いたのか、しゃがんでいる格好から立ち上がると、僕の方へ一歩を踏み出す。
「お疲れ」
「あ、あぁ……」
至って普通に声をかけられ、まともな返事ができず、喉に張り付いたような掠れた声しか出ない。
「中、入れてくんない?」
首を傾げて文也はそう呟く。
「茉優ちゃん………、いなかった?」
確か茉優ちゃんはもう仕事から帰って、自宅にいるはずだ。
「いると思うけど、お前が帰って来てからの方が良いと思って」
「………、そうか」
僕はそのまま文也の隣を通り過ぎ、玄関に鍵を差す。
「おかえり~」
ドアを開けると、いつもの茉優ちゃんの声。
「ただいま、茉優ちゃん……」
その先は言えずに、玄関で靴を脱いでいると、茉優ちゃんが玄関先まで出てくる。
「どうしたの?何か………、文也君?」
僕の後ろに文也を見つけて、茉優ちゃんは呟く。
「今晩は」
文也は茉優ちゃんにそう言って、僕の後から部屋の中に入る。
「いらっしゃい、文也君夕飯食べた?パスタだけど食べる?」
文也を捉えた彼女は、どこか嬉しそうにそう尋ねる。
「食べようか、な」
茉優ちゃんの台詞に文也は苦笑いを浮かべながら、そう答えている。
何だかこの前とは違って、茉優ちゃんに対して文也の空気が柔らかくなっている様な感覚………。
またもや三人で食卓を囲んでいる。
文也の返答次第では、これからこれが普通になるかもしれないのだ。
…………。多分、今日返事をしに来たんだよな?
手際良くテーブルに、三人分のパスタとサラダとスープが並ぶ。
「さ、食べよう」
茉優ちゃんは楽しそうにそう言って手を合わせて食べ始める。
ココ最近では、一番楽しそうだ。
三人で、何とも無く食事をする。
会話をする感じでは無いが、だからといって気まず過ぎる雰囲気でも無い。
ただ、僕だけがドキドキと緊張している感じだ。
食事が終わり、茉優ちゃんが食器を洗っている間、文也は傍らに置いていた袋を僕の傍にススと差し出す。
「?」
「この前の服、一応クリーニングしといたから」
「あ、あぁ……どうも」
まさか服を返されるとは思っていなかった。
僕は文也の服を自分のゲロで台無しにしていたので、てっきり僕のも返ってこないものと思っていたから。
文也と二人、何を話す訳でも無くお互いテレビをボーッと見ていると
「さ、話しようか」
と、茉優ちゃんがトレーにコーヒーを入れて戻ってくる。
「この前の事考えてくれたんだよね?で、今日答えを言いに来てくれたんでしょ?」
単刀直入に彼女は文也に聞いている。
その台詞に僕はキュゥと胃を掴まれる感覚。
「あぁ……、俺なりによく考えてきた」
文也は溜めるようにそう呟くと、一度僕と茉優ちゃんを見詰めて
「お前の案に乗ってやっても良い」
「本当ッ!!?」
文也の一言に途端に彼女は声を荒らげて、膝立ちになると上半身をピンと立たせる。
「あぁ、だけど一つ条件がある」
文也のトーンは変わらず、真剣そのものだ。
茉優ちゃんは、そんな文也のトーンに上げていた膝を再び下ろして座り直す。
そんな彼女を見て、次いでは僕を捉えると
「あんたの提案を呑むにあたって、俺は俺で我慢する事を止めようと思うから、この家で一緒に住む事になっても、俺が抱きたい時には晴人を抱くから。それが無理なら一緒に暮らす事は無理だ」
「なっ!!」
彼女よりも、文也の台詞に僕の方が先に反応してしまう。
吹き出しそうになってしまったコーヒーをグイと手の甲で押し込みながら反応する僕に、茉優ちゃんは至って真面目に
「大丈夫です。そういうのも含めてお願いしたから」
と、文也に返している。
そういうのも含めてって………。想定内って事かよ………。
彼女の意外な返答に、困惑しているのは僕だけじゃなかったようだ。
文也をチラリと見てみれば、まさかその提案が受け入れられるとは思っていなかった表情をしている。
「ハッ………、あんた本当に彼氏の事好きなのかよ………」
「勿論。前にも言ったけど、私は私で晴君の事が好きだから、別れるつもりは無いよ。文也君が、私も含めて受け入れてくれるのであれば、願ったり叶ったりだし。ね?」
茉優ちゃんはそう言って、僕に同意を求めてくる。
「まぁ………」
そうだね。とは断言できないが、そうなれば良いなと少なからず思ってる自分がいる事は確かだ。
「文也君の要望としてはそれが一番大事なのかな?後、話を詰めないといけないのは、金銭的な事になるけど」
それから彼女の包囲網は素早かった。
先日からずっと考えいたのだろう、家賃の事や光熱費、分担に至るまで彼女の考えを僕達に説明してくれるが、反論できる余地は無かった。
一番は家賃の問題だが、一緒に暮らす期間を先ずは短く設定して、その中で文也が本当に僕達と暮らせないと判断すれば、元の自宅に戻れるように、文也の暮らしている自宅はそのままで、こちらの家賃は払わない。
光熱費、食費については貰うが、三人で割るため今までよりはお金が浮くと説明された。
まぁ、その方法でいけば、文也が損をする事は無い。今までの家賃を払わないといけないが、今までだって払えているのだ、大丈夫だと思う。
部屋割りに関しても、僕と茉優ちゃんが住んでいる部屋は、それぞれ寝室に一部屋づつ使っていて、部屋が余ってはいない。
「晴君と一緒で問題無いと私は思うんだけど?」
「問題無い………か?」
茉優ちゃんの発言に僕は少し戸惑いながら呟く。
「晴君のベッド、セミダブルでしょ?男の人二人じゃ狭かった?なら……、下に布団でも用意しようか………」
イヤ、僕が言ってるのはそう言う事じゃ無くて………。僕と文也が一緒の部屋になるのが、如何なものかと………。
そういう感情が顔に出ていたのだろう。茉優ちゃんは文也に向き直り
「さっきの文也君の提案を受け入れるなら、その方が私は良いと思うんだけど、どうかな?」
「…………、俺は問題無いが、こいつが嫌そうだぞ?」
文也は既にもう諦めているのか、面白がっているのか、すんなりと茉優ちゃんの提案を受け入れている。
…………。僕が駄々を捏ねているから、話が進まないって事を言ってるんだよね。
となれば、僕に拒否権があるはず無い。
「解ったよ……、僕も問題無い」
そうして、奇妙な三人暮らしが幕を開ける事になった。
◇
三人暮らしが始まって思った事は、意外に上手くいっている事だ。
なんらかしらの問題が出てくるのでは?と危惧していが、呆気ないほど何も無い。
文也は家事に対しても積極的に動くし、茉優ちゃんとの関係も今の所問題は無さそうだ。
ただ………、本当に強いて言うなら、僕と文也だ。
文也は宣言通り、何かあれば僕と事を起こそうとするが、僕が頑なにそれを拒否している。
僕としては、やはり茉優ちゃんの隣の部屋で文也とそういう事になったら気まずいし、何より………、声が…………。
普通の防音では無い部屋の壁だ。聞かれたくないっていうのが一番ある。
音を吸収するパッドみたいなのを部屋中に貼れば良いのだろうが、そこまでして文也と事を起こそうとは思わない。
なのでいつも寝る時は、文也と攻防戦を繰り広げてしまう。
「お前さ、いい加減にしろよ」
今日も今日とて、今まさにその事で文也と部屋で揉めている。
「いい加減にしろって……、ここじゃ無きゃ良いって言ってるだろ?」
「はぁ~……」
重く、怒っている雰囲気を出しながら文也が大きく溜め息を吐き出す。
「彼女が隣にいるって思うと………、解るだろ僕の気持ち!」
「お前が、声出すの我慢すれば大丈夫だって」
「それができれば苦労しないって、言ってるだろ!」
何度このやり取りをしているだろう?
僕はホテルか文也の部屋でと提案しても、文也は頑なにここでしようとする。
僕の台詞に文也はニヤリと顔を歪め
「ヘ~、我慢できないほど気持ち良いと?」
なんて、ふざけた事を言っている。
だが、事実で僕も言い返せない。
そんな僕の反応を満更でもない無い顔で見ると、グイと距離を詰めてくる。
「タオルか何かで口塞ぐか、俺がキスでもして黙らせるか、どっちが良い?」
ジリジリと僕に近付き、僕も間合いを詰められたくなくて後退りするが、背中が壁にあたると、すかさず文也の両手が僕の両側に伸びてきて腕の間に僕がすっぽりと入る形になってしまう。
文也の言葉を想像してしまった僕は、ゾクリと背中に甘い痺れを感じてしまう。
文也と一度終わった日から、僕は一人でも余り自己処理をしなくなったので溜まっているといえば、溜まっている。
文也が同じ家に住みだしてしまえば、その欲が前よりも出てしまうのはしょうが無い事で………。
「ハッ………、何想像してんの?顔付きがエロくなったけど?」
「退けよ……」
「どっち想像した?言ったら離してやる」
鼻先が付きそうなほど近くに文也の顔がある。
僕はフイと首を横に向け
「…………キス………」
呟いた途端に噛み付くように唇を奪われる。
「ンムッ………、ンン~ッ……」
強引に舌で歯列を割られ、厚みのある舌が口腔内を蹂躙する。
僕は文也の胸板を何度か力を込めて叩くが、びくともしない。
歯列の裏側を丁寧に舌でなぞられ、弱い上顎を刺激される。
息もつけないほど唇を奪われていると、僕の足の間に文也の太腿が割って入ってくる。
僕はそこで、力の限り文也を突き放す。
体重を片足で支えていた文也は、余りの勢いにふらつきながら僕から離れると、そのまま床に尻餅をつく。
「…………ッ、そんなに嫌かよ………」
口元を手の甲で拭い、僕を睨み付けながら呟くと、文也は静かに立ち上がり
「………、お前、もぅいいわ」
一言、僕にそう言葉を残して部屋から出て行く。
数秒固まっていた僕は文也の言葉を理解できずに部屋のドアを開けると、ガチャリと玄関が閉まる音が響く。
「………、もういいって、どう言う意味だよ……」
閉まった玄関を見詰めて呟くと、部屋から茉優ちゃんが顔を覗かせる。
「どうしたの?文也君、出掛けたの?」
心配そうに僕の側に近付いて、尋ねる茉優ちゃんに
「イヤ………、多分、出て行った………」
僕の台詞に茉優ちゃんは目を見開き
「え?どういう事?」
と、僕同様に閉まった玄関を振り返る。
僕は茉優ちゃんに事の説明をするのが嫌でそのまま部屋へと戻ろうとすると、手を握られてしまう。
「説明、してくれるよね?」
「………、茉優ちゃん……」
困って眉間に皺が寄るが、彼女は手を離してくれない。
「もう晴君と文也君だけの事じゃ無いよ?私も関わらせてよ」
少し寂しそうに呟かれ、僕は重たい溜め息を吐き出す。
「向こうの部屋、行こう………」
お互いに、自室を後にしダイニングへと行くと、そのまま床に腰を下ろす。
「戻って来てくれるよね?」
茉優ちゃんは不安気に僕に尋ねるが、僕は顔を下に向け
「イヤ………、無理なんじゃ無いかな……」
「なんで………」
その問いに、僕は言葉を詰まらす。
どう言えばいい?彼女に………。
「上手くいってたよね?………、そう思ってたのって、私だけかな?」
「イヤ、上手くはいってた……」
「なら……」
「僕が………」
そう、僕も腹を決めないと駄目なのだ。茉優ちゃんにもちゃんと伝えないとこれから先彼女とも上手くいかなくなってしまう。
絞り出すように言葉を吐いた僕に、茉優ちゃんは黙って待っていてくれる。
「僕が、文也を拒否ってたから……だから」
その台詞に、そっと茉優ちゃんは僕の手を握り締め
「私が居たから、拒否ってたって事かな?」
静かに呟く彼女に、僕はハッとなり顔を上げて見ると悲しそうに笑う顔とぶつかる。
「イヤ、茉優ちゃんのせいじゃ無くて………、僕が気になって………、駄目で……」
茉優ちゃんはウンウンと首を上下に振り、僕の言葉を聞いてくれている。
「晴君私ね、覚悟はできてるんだよ。じゃ無きゃ文也君にあんな提案出来ないでしょ?私じゃ埋めてあげられない事を、文也君にお願いしてるのは私だから………。晴君が文也君よりも良い人がいれば話は別だけど……、何週間か一緒に暮らしてみてどうだった?」
………、どうだった?問題は無かった。茉優ちゃんも文也もお互いに相手の事は意識していたが、それよりも相手の事を気遣えていた。自分はどうだ?茉優ちゃんに対してはいつも通りだが、文也に対しては………。態度がきつかった様に思う………。
文也が僕に近づく度に、茉優ちゃんには知られたく無い欲が頭をもたげる。それが嫌で素っ気ない態度を取っていたように思う。
文也の体格や、体臭、僕の好きな手を見る度に、ムラムラやイライラが募っていたのは確かだ。だが、それを彼女には見られたくなかった。僕が、同性に欲情している表情や仕草を………。
「晴君が私にどう思われるのか心配だからって気持ち、解るよ。今まで一緒に暮らしてきて、同性の人と関係が終わっても私が居るからって無理してるのも………。だけどね、私を言い訳にして欲しくないんだ……」
茉優ちゃんの台詞に、僕はハッと彼女を見詰めると、意外にも笑わず真剣に僕を見詰める視線とかち合う。
「譲れないものは譲らなくて良いし、私はそのままの晴君が好きだよ?晴君も私の事を理解して一緒に居てくれてるわけでしょう?」
コクリと頷く僕に、一瞬彼女は表情を緩める。
「なら、文也君との事も私は大丈夫。あんなに晴君の事を好きでいてくれる人、これから現れないかもしれないよ?」
……………。そうなのかも………。
拒否ってた僕の気持ちを尊重してくれて、何だかんだと言いながらも文也はここでは僕に手を出さなかった。
一緒の部屋の一緒のベッドに寝ていてもだ。夜中に何回かトイレに行って一人で抜いている文也の事も知っていたのに、僕は見ないふりを続けていた。
「…………、電話、してみる………」
おもむろに立ち上がり、僕は茉優ちゃんにそう呟いて、部屋に戻ろうとすると
「晴君も文也君の事、少しは好きだよね?」
「…………………、茉優ちゃんのとは、違うけどね………」
「色んな形があっても良いじゃん?私達みたいに、ね?」
「………、そうだね……………。おやすみ」
「ウン、おやすみなさい」
僕はそのまま自室の部屋のドアを閉める。
ベッドに腰を下ろして、サイドテーブルの上で充電していたスマホを手に取ると、文也に電話を掛けようと、電話帳を開く。
このまま僕が、連絡をしなければ本当に文也とは終わってしまうだろう。イヤ、もしかするともう駄目かもしれない。
腹を決めなきゃならない。彼女もそうしたように、僕の気持ちを文也に伝えなければ………。
彼女の様に文也は愛せない。だからと言ってもう他の同性の人と関係を結ぼうとも思わない。結ぶなら文也が良い。
甘えた事をさんざ彼にしてきたが、彼は受け入れてきてくれたのだ。
あと一歩、僕のプライドが邪魔をした。
だけど、そのプライドは必要じゃ無かったのだ。自分を守る為のものは、結局大切な人を傷付けるから。
プ、プルルルルルルッ、プルルルルルル……
呼び出し音が鳴るが、文也は電話に出てくれない。
留守電にもならずに、ずっと呼び出し音だけが鳴っている。
僕は一旦電話を切ると、ラインで話がしたいと要件だけ送って、眠れない夜を過ごした。
◇
「絶対、連れて帰って来てね?」
「解った、行ってきます」
翌日の夜。彼女と僕は仕事が終わってから文也の家に行こうという事になったが、彼女が一緒に行ってしまえばまた話がややこしくなると僕だけが行くことにした。
玄関で茉優ちゃんに見送られ、僕は文也の家に向かう。
あの後、文也からの連絡は無い。
ラインも既読が付かず放置されていて、僕は重い足取りで向かっている。
一度ならず二度も文也の事を僕は袖にしている。幾ら何でも、優しい人だったとしても、勝算は無いに等しい。
文也に対して説得するプランなんて無い。頭でグルグル考えても良い答えは思い浮かばず、直球で勝負するしか無いと、その意気込みのまま来てしまった。
不安しかない状態で文也の部屋の前まで辿り着くと、一度深呼吸してからインターフォンを押す。
ピンポーン。
応答は無い。
出掛けてるのか?
もう一度押すが、やはり反応は無くて僕は文也の部屋の前でしゃがみ込む。
帰ってくるまで、待つつもりだ。
時間が経てば経つほど、文也が遠ざかる事は解っていたから。
どの位……そうしていたのか、両膝の上に額を乗せて、腕で顔を覆っていると廊下を歩く足音で顔を上げる。
視線の先には、俯向きながら歩いている文也と文也の腕に手を絡めている一人の男性が、こちらに向かって歩いて来る。
僕は、ゴクリと喉を鳴らして、ゆっくりと立ち上がる。
まさかの光景に、声が喉に張り付いたような感覚。
昨日の今日で、まさか文也が他の人と一緒に帰って来るとは予想していなかった。
だが、それが文也にとっての答えなのかもしれない。
文也であれば、直ぐに僕以外の人を見付けられる。
外見も中身だって、良い男だと思うから。
僕が立ち上がり自分の部屋の前に誰かがいると解ったのか、文也が顔を上げて僕と視線が合うとその場で歩くのを止めてしまった。
「文也?」
隣りにいる彼が不思議そうに文也を見詰め、次いでは文也の視線を追って僕を見る。
「誰?」
訝しげに僕を見詰めながら文也に問い掛けると、その言葉に文也はハッとし
「知らない」
冷たく僕を見詰めたまま呟き、また一歩づつ歩き始める。
「え?知らないって………」
隣にいた彼は文也の台詞に戸惑いながらも、文也と一緒に僕に近付いてくる。
「邪魔だから、退いて貰えませんか?」
「文也………、あのさ、話がしたくて……」
「俺には無いんで」
玄関先で対峙して、会話をしようとするが文也は僕にキツくそう発すると、僕を無視して鍵穴に鍵を差し込む。
隣の彼も気まずそうに、こちらをチラチラと見ているが僕はそれどころでは無い。
文也を中心に隣の彼が右側、僕は左側で、文也はドアノブを回すと玄関をグイと右側に引く。
このまま話もせずに終わってしまうのか?と、一瞬文也の態度に怯んでしまうが、僕は文也の左腕を掴むと
「僕が悪かったッ!僕は………まだお前を諦めたく無い……」
ギュッと目を瞑り、叫んだ僕の声だけが辺りに響く。
「え、ヤバくね?」
なんの事か解らない隣の彼はご近所の事を言ってるのか、僕がヤバい奴だと思ったのか………、その両方だと思うが、呟く。
目を瞑って言った為、文也がどういう表情で僕を見ていたのか解らず急に不安になって恐る恐る目を開こうとすると、頭の上からはぁ~~~。と大きな溜め息が聞こえて、僕は再びギュッと目を瞑ってしまう。
その直後、掴んだ腕をそのままブンッと振られ、僕はバランスを崩しながら玄関内へと入ってしまう。
直後文也に抱き締められたと思った時には、ガチャリと玄関が閉まる音。
「は?………はぁ!?ちょっと、どういう事だよッ!!」
次いでは直ぐに、文也の隣にいた彼の叫びが外から聞こえたと思うと
「死ねよッ!!!」
ガンッ!と足でドアを蹴る音の後に、部屋から遠ざかって行く足音が聞こえる。
「はぁ………、もうここ住めねーな」
「…………、ごめん」
僕の肩口に額を付けて呟く文也の台詞に、僕は申し訳なくて小さく呟く。
文也はしばらく何も言わずに僕の体に体重を預けて抱き締めているので、僕も何も言えずにそっと背中に両腕を回す。
僕も抱き締め返した事で、ボソボソと文也が呟くが何を言っているのか解らずに肩口に乗っている額に、くっつくように耳を傾ける。
「な、何?」
僕が、耳をくっつけると文也はもう一度小さく呟く。
「もう、………離してやれねーぞ?それにお前から来たんだからな……、責任、取れよ」
拗ねた子供のようにブツブツと言う文也の台詞に、僕はハァッ。と安堵の笑いを含ませながら
「うん、そうする………。ゴメンな………、ありがとう文也………」
回した腕に力を入れてギュッとすると、肩口に当たっていた額がゆっくりと上を向く。
そうして僕と視線が絡むと、そのまま文也の顔が近付くので、その速度と一緒に僕は目を閉じる。
柔らかな唇が僕の唇に触れると、何度かついばまれる。角度を変えてゆっくりと吸われると今度はチロリと舌が唇を舐めるように動くので、僕は薄っすらと唇を開いていく。
「……………、良いよな?」
一度唇が離れて、僕に確認する文也の表情は完全に欲情していて、その表情に僕も煽られてしまう。
何も言えずにいる僕は、回した腕に力を込めてグイと自分の方に引き寄せると、そのまま唇を開き自分から文也の口腔内に舌を差し込む。
言葉を交わさなくてもそれが合図になったのか、僕を抱き締めていた手が僕の服の中に入ってきて肌を弄る。
もう一方の手はガッチリと僕の項に充てがわれて、そのまま僕は固定され壁に押し付けられる。
「ンぅッ……、文ッ……や、……フゥッ……」
口付けの合間に、ここは玄関先だと言おうとするが、唇が離れる度に執拗に追いかけて塞がれるので、言葉を紡ぐ事も出来ない。
着ている服も首元までたくし上げられ、あらわになった乳首を親指で潰される。
「チョッ……!文也ッ………ンン~~……ッ、……玄関……ッ」
何とか外した唇で玄関とだけ言えた僕の台詞に文也は急にピタリと動作を止めて僕の顔を見詰めると
「………、部屋なら良いのか?」
悪い顔付きで僕に呟き、おもむろに両手で僕の腰を掴むとグイと自分の方に引き寄せる。
掴まれた僕の腰は、文也のパンツの中で勃ち上がっているモノにぶつかり、息を飲んでしまう。
「ハッ……、お互いガチガチだな」
……………。そうだ。僕のモノも久し振りに与えられる快感に勃起している。
グリグリとお互いのモノが布越しにぶつかり合い、僕は息が上がるとそんな僕を見て文也が唇を舐めながら
「止めてはもう無しだからな」
興奮に声が枯れているのか、腰にあてていた手から僕の手首を掴み直すとグイと部屋へと誘導される。
「アッ、ま、待って……!靴………」
靴を脱ぐ暇を与えられず、そのまま僕は部屋の中へと入って行く。
寝室に入ってからも執拗にキスをされながら徐々にベッドの方へと追いやられて行くが、僕はグッと手の平で文也の胸板を押し返すと
「待たねぇって言っただろ?」
僕の反応に文也は苛つきながら服を脱がそうとするが
「ま、待ってッ!……ッ、準備、してないから……」
僕の台詞に、ピタリと動作を止めた文也は次いではハァ~ッと溜め息を吐き出し
「……………、解った待ってやる……」
グッと堪えたように呟くと僕を腕の中から離してくれた。
僕は、文也から離れると急いでバスルームへ行くと、抱かれるための準備をする。
◇
ガチャリ。
部屋ヘ入ると、ダウナーな曲が流れ照明がダウンライトだけになっている。
ベッドの上に文也は座っていて、僕が部屋へ入ると一度顔だけこっちへ向けて直ぐにフイと反らしてしまう。
僕は文也に近付くためにベッドにギシリと上がると、両手を広げて文也を抱き締めた。
お互い言葉を発する事は無く、抱き締めた腕を緩めて顔を近付けると、口を開いて舌を伸ばしている文也の口腔内へと僕も舌を伸ばす。
クチュクチュと水音を鳴らして深く口付けていると、ボクサーだけ履いた状態の僕の体の上を滑るように文也の手が滑る。
「フ……ンッ、ハ、ァ……ッ」
なぞるように滑っていた手が、意思を持って僕の乳首へと伸びると、触られている気持ち良さに立ち上がった突起を両方の親指で優しく潰される。
「ンッ……クゥ……」
恥ずかしさに声を抑えている僕に、唇を離した文也が
「オイ、ここはお前の家じゃ無いだろ?聞かせろ」
と、言う。
僕は戸惑いながらも、文也が言うように素直に声を上げていく。
親指で潰すように愛撫していた指先は、人差し指と中指で挟むようにすると、親指の爪先でカリカリと弄られ僕は息を飲む。だが、それを文也が許す筈も無く、僕は
「あッ……、気持ち……、良い……ッ」
「ン、そうだな」
素直に言った僕に満足気な返事が返ってきて、僕は堪らずに文也の口を塞ぐ。
「ンッ、ンぁ……、フッ…………、ンンッ」
舌を絡ませ、文也の舌が上顎をコショコショと舌先で撫でれば、鼻から甘い吐息が漏れて僕はギュッと文也の肩に力を入れると、ググッと文也が僕に体重を掛けてきてそのまま後ろへと倒れる。
僕は肩に置いていた手を移動して文也の着ている服を掴み下からグイグイと上へとあげて脱がそうとすると、キスをしていた文也が楽しそうにフフッと微かに笑い、一度僕から離れる。
そのままバサリッと首から服を引き抜いて露わになった文也の裸体にゾクンと欲情してしまう。
文也は僕が履いているボクサーに手を掛けるとズルッと下におろそうとするので、僕も無言で腰を持ち上げるとそのままボクサーを脚から剥ぎ取られ、既に勃ち上がったモノを握られる。
「ンぅッ……、アッ、ゥ……」
竿を扱き上げられ、もう片方の手の平に唾液をまぶしてそれを亀頭に擦り付けるようにあてがうと、クルクルと捏ねくるようにされてビクンッと腰が跳ねる。
「ア゛、……それッ……」
「気持ち良いだろ?」
「ンぅ~~……ッ、ア゛、気持ち、良い゛ッ」
ぬるついた手の平で鈴口を刺激され、カクカクと腰が無意識に浮いてしまう。
竿を上下に扱いていた手が、一度離れて枕元にあったジェルを掴むとパチリと蓋を開ける音が微かにして、次いでは僕のモノへとトロトロとかけられる。
鈴口を愛撫していた手はカリ部分へと移動していて、流れ落ちてくるジェルを指先が受け止めるとジェルの粘着質を受け止め、ぬるついた感触と共にカリや亀頭を重点的に扱かれる。だが、まだジェルはそのまま垂らされていて、指先で受け止められなかったものがツッ~……と竿から玉、そうして臀部の間を通って蕾へと垂れていく。
「ハァッ……、文也……駄目、だ…ッそれ以上したら……ッ」
達してしまう……。
言わなくてもその続きは僕の反応を見れば一目瞭然で……。文也は、僕に言わせる前に追い上げるように握っていた指に力を入れる。
「あ゛ッ、……イ゛ク……、イッ……クゥッ!」
「イケよ」
呟いた文也の言葉を聞いた途端、僕はガクガクと腰を震わせて勢い良く白濁を飛ばす。
下腹に溜まっていた熱が吐き出される快感に脚先まで力が入っていたが、白濁を吐き出すと同時にゆっくりと弛緩され、ブルブルと快感の名残で太腿が痙攣している。
ハァ、ハァ。と荒い息を吐き出して少しボゥッとしている僕の蕾にニュググッと二本文也の指が挿入してくる。
「……ン、ィッ……あ、ア゛~~~ッ」
入ってきた指はゆっくりと中を広げるように動き始め、僕の弱いか所で止まるとコリッとしている上部分を指先で押し付けるようにグイグイと指を曲げてくるから、僕は喉を仰け反らしてハクハクと空気を噛む。
「晴人、息しろ」
ブルブルと震えている僕の頬に腕を伸ばして指先が触れると、僕はヒュッと勢い良く息を吸い込む。その反動で蕾がキュウッと窄まり文也の指を締め付けると、途端に押されているか所がグニィッと更に指を押し付ける形になってしまい……
「ン゛ッ、~~~~ッッ!グゥぅッ……」
先程よりも強い快感に背中をしならせ、痙攣していた太腿がガクガクと小刻みに上下する。
「もう一本増やすからな……」
文也は苦しそうに呟くと、入れていた指に沿わせるようにもう一本指を内壁へと入れ込み、寝かせていた指を縦向きへと変えて限界まで指を奥へと差し入れる。そうすると前立腺よりも更に奥へと指が収まり内壁の襞へと指先があたる。
「ア……、な、に……ッ?」
そんなに指を奥まで入れてどうするのか?と顔を文也の方へと向けた刹那。
「んッ、グウぅ~~ッ!!ア゛ッ、ィ゛あ゛……ッ」
縦向きにした指が薬指、中指、人差し指と波打つように動き、襞を叩くように愛撫し始めた。その動きが強く、目の前でヂカヂカと星が飛ぶような快感に僕は奥歯を噛み締める。
「イ゛~~~ッ!!!アッ、ぁ゛~~~ッ」
「気持ち良いか?」
指で叩かれる度に尿意に似た感覚が襲って、僕は広げていた両足を無意識に閉じて、膝を擦り合わせてしまう。だが、その行為は文也にとっては邪魔なようで、彼は擦り合わせた膝裏に僕の竿を握っていた手を離し差し込むと、グイッと上に持ち上げた。
「や……、だ、ぁ……ッ、ソコ……そんな、にッ……しな……でぇ……ッ」
「嫌?めっちゃ良さ気な顔してるけど?」
「ンンッ、イ゛~~ッ!」
達したばかりの僕のモノは自分の腹の上でクタリとなっているのに、文也の指が襞を強めに掻く度に腹の奥から得も言われない快感が湧き上がり、僕は少しの恐怖にギュッと両手でシーツを握り締める。
「ア゛~~ッ、ぁ、あ゛ッ……」
「晴人、気持ち良いって言え」
「……ッ、ンァ……、持ち……良いッ、ぎ……持ち゛……ッい゛……ッ」
「ン、そうだ……気持ち良いな?」
文也に促されるまま気持ち良いと言ってしまうと、不思議と恐怖よりも快感を追う形になる。
「あ゛ッ、あ゛ッ、……、イ゛~~~ッ!……ッ、イ゛クッ……でちゃ……」
精液を出すというよりも、尿意でヒクヒクとお腹が波打つ感覚に僕はゾッとし、文也の手を止めてもらおうとシーツから手を離して、グイッと押されている両足を微かに広げその間に震える指先を伸ばそうとしたが、僕の動作の意図を先に解った文也は一層強く指を襞に叩き付けてきたから……
「ヒィ゛ッ!ァ゛…………ッ、ア゛~~~~……」
クタリとなった僕のモノからプシッ、ビュククッ、と溢れるように漏れ出た透明な液体は、臍へと散って重力に逆らわないまま脇腹を伝いベッドへと染み込んでいく。
「ハヒッ、ハァ゛ッ、ハ、ァ……ア゛ッ………、ンぅう゛……」
漏らしてしまった事実に罪悪感はあるものの、それを上回る気持ち良さに頭が真っ白になり、荒い息だけの呼吸を繰り返す。
「潮吹くとか………ッ」
ゆっくりと僕の中から指を引き抜きながらボソリと呟いた文也の台詞に、鈍い思考で潮?と思うが、それも直ぐにニュググッと入ってきた文也のモノの感覚にかき消される。
「あ゛?……、ァ~~ッ」
さんざ中を愛撫され敏感になっている内壁に、張り出したカリ部分がやけにリアルに感じて僕は喉を仰け反らせる。
「………ッ、キッツ……」
呻くように息を吐き出しながら呟く文也に、僕はギュッと閉じていた目を薄く開くと、そこには苦しそうな、けれど快感に顔を上気させている表情があり、僕でこんな顔をしているのかと思ってしまったらガクガクと気持ち良さに全身が震える。
「は……、アッ……めっちゃ、しゃぶってくるじゃん……ッ?」
挿入してから馴染むまで動かずにいてくれていた文也だが、僕が快感に体を震わせているとニヤリと口元を歪めてそう言い、腰を緩く振り始める。
「アッ、……ァ、そこッ……気持ち、良い……」
「好きなトコ?」
張ったカリで前立腺を引っ掛けるように浅く腰を動かす文也は、意地悪そうにそう僕に聞いてくる。……知っているからこそ、そこを重点的に責め立てているくせに……。
「………ッ、好き……、ソコ、好……ぎィッ」
トントンとリズム良く執拗に切っ先で愛撫され、僕は文也に触れたくて両手を伸ばすと微かにフッと笑った気配だけして、次いでは僕の上に文也が覆い被さってくる。
僕の顔の両脇に文也の腕がある。それに僕は自分の手を絡めて掴むと、近付いてきた事で浅く抉っていたモノは先程と同じ襞があるか所へと侵入し、更にはその奥へといこうとしている。
「アァ゛ッ……、文、也っ……ふみ………ッ」
もうこれ以上奥へは無理だと名前を呼ぶと、勢い良くカプリと口を塞がれてしまい僕の音はくぐもって消えてしまった。
そうして何も出来ないまま文也の怒張がグググッとゆっくりとだが確実に入っては駄目なところまで侵入してくる。
「ングぅっ………ッ、ぁ゛ぁ、ンフッ……ン゛ッ、ンン゛ッ……」
喘ぎで母音を発する時に、口が開いて少し声を出せるが直ぐに追ってきた文也の唇で塞がれて鼻から吐息が漏れてしまう。
蕩けきった内壁は、誰も入れた事の無いところまで侵入してくるモノを食い締め、チュッチュッと文也の先端にキスをするように震えていると
「はぁ、ぁ……ッ晴人……入れさせて……」
離れた唇が懇願するように耳元で囁く。
切羽詰まった声音に耳から僕の全身にビリビリと甘い電流が流れ、ハァ、ァッ。と溜め息が気持ち良さに漏れ出た瞬間にグプンッと切っ先が壁を掻き分けて侵入した。
「ア゛ッッ!~~~~~~~ッ!!」
腰から脳天まで貫かれたような快感が襲いピンッと両脚が爪先まで伸び、次いではガクガクと太腿や膝裏が笑ったように震え出すと、僕は背中をしならせて中でイッてしまう。
「ぐ………ッぅ……」
直後に、文也のモノをしゃぶるように締め付けてしまって、上から堪えるようにくぐもった喘ぎが聞こえてくる。
中で文也のモノもビクビクと上下に痙攣し限界が近いのだと解る。だが馴染むまで待つのではなく、腰を振り始めたから僕はガチガチと歯を鳴らして再び強烈な快感を味わう事になってしまった。
壁に引っ掛かりながら切っ先がそれを擦って出入りする度に、ギュプッ、グチッと鈍い水音が耳に届きその音にさえも僕は煽られ、掴んだ腕に爪を立ててしまう。
「イ゛ッ、ぎィ……、ずっと……ッイッ、でるッ!ふみ……ッぁ゛イ゛ッ!」
「はぁッ……、ハッ……ヤバっ、イキ、そ」
「ンぅう゛ッ……イッて……ふみ…ッ」
「ッ……ぁ~~、晴…ッ、イクッ」
「文、也ぁッ……イクッ、イ゛、グッ……、イ゛ッ、~~~~~ッッ!!」
うわ言のようにお互いに呼び合い、文也は徐々に腰の動きを早くしていたが、一度叩き付けるように奥へと腰を打ち付けると、そのまま一度硬直しブルッと体を震わせて僕の中で爆ぜた。
◇
「おかえりなさい」
「あぁ………」
玄関先まで出迎えに来てくれた茉優ちゃんに、文也が気まずそうに返事を返している。
あの後、僕はタップリと文也に可愛がられ、ようやく帰還する事が出来た。
事が終わってベッドから立ち上がろうにも、足腰に力が入らず、プルプルと小刻みに痙攣する足を見て、文也が風呂場まで肩を貸してくれた。
その後は、泊まらせる気満々の文也を説得して、茉優ちゃんが待っているからとこちらに帰ってきたのだ。
僕があまりにもフラフラと歩くものだから、帰りは文也の車に乗って帰宅。
家から近いコインパーキングに車を停めて、家までは文也に肩を貸してもらって……。
「話、できたんだね!」
僕の顔を見て、茉優ちゃんは嬉しそうに微笑んでいるが、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
ダイニングまでフラフラとしてしまう足に気合を入れ、何とかソファーに腰を下ろすと
「何だか、フラフラしてる………」
ボソリと隣で呟いた茉優ちゃんの台詞に、僕はビクリッと肩を震わせ、ギギギ……と茉優ちゃんへ視線を泳がすと、茶目っ気いっぱいにウインクしている彼女の顔がある。
そんな彼女を見て、文也が堪らずといった感じで吹き出してしまう。
「お前の彼女………、一番強いかもな」
「え?今気づいたの?」
楽しそうに会話を繰り広げる二人に、僕は首まで真っ赤になっていると自覚しながら
「茉優ちゃんも……、ありがとう」
ボソリと呟いた僕の横に彼女も座ると、両手を広げて僕にハグをする。
「良かったね、晴君」
「あ!」
そんな僕達を見ながら、文也も声を荒らげながら僕を中心にソファーにギチギチに座ると、僕、茉優ちゃんの上から覆い被さる。
「二人でイチャイチャすんな、俺も混ぜろ!」
笑いながら文也もギュッと力を入れるので
「イヤイヤイヤ、苦しいって!」
僕は中から、くぐもった声を上げる。
「アハハハッ」
楽しそうに茉優ちゃんの笑い声も重なり、ひとしきり団子になった俺達は、三人には狭いソファーに落ち着いて、話をしている。
「あ~~……、なぁ、ここって更新いつなんだ?」
ふと文也が呟く。
「え?………いつだっけ?来月、再来月?」
「もう、そんなになるっけ?どした?」
茉優ちゃんと二人で、いつ頃更新なのか思い出していると
「イヤ、晴人のせいで俺、多分引っ越しだから………」
「え?晴君のせいで………?」
誤解を生みそうな文也の台詞に俺は慌てて、茉優ちゃんに両手をブンブンと振る。
「イヤ、僕のせいだけど……、違うから!」
「お前が悪いんだろ~」
「え………、そんなに晴君、声がヤバい………」
「茉優ちゃん!違うから!それじゃ無いから!!」
やはり変な誤解をしている彼女に、僕は全力で違うと、訴えかける。
そんな僕を肩を揺らしながらクツクツ笑っている文也は、自宅から持って来た鞄を何やらゴソゴソとしている。
「これ、三人で住める家探してるから、また二人で見といてよ」
賃貸の雑誌には付箋が付いていて、おもむろに言われた僕達は一瞬、固まってしまう。
「何だよ、もしかして今のままで良いとか思ってんじゃねーよな?俺は嫌だからな」
僕と茉優ちゃんは、お互いの顔を見合わせる。
絡んだ瞳同士は、嬉しさで揺れている。
ほぼ同時に文也を見ると
「「アハハハッ!」」
僕と彼女は笑い出す。
そんな僕達に驚いたのか、今度は文也が固まり
「イヤ、意味不なんだけど?」
呆れながら溜め息をついている文也に、僕はハグをすると、茉優ちゃんも僕の上に覆い被さり
「「最高!!」」
同時に叫んだ途端に、隣からドンっと壁を叩かれて、三人で固まってしまった。
act1.上嶋晴人の場合。
「もう、会わねーから」
何時もの使い慣れたラブホで、最近知り合った男と一戦を交え、裸のままベッドの上で煙草をくゆらせていた僕に、相手は唐突にそう呟くとベッドから起き上がり、ソファに投げ捨てた自分の服を着始める。
僕は何を言われたのか解らずに、直ぐに言葉を発する事が出来ず、首を後ろに回して相手を凝視した。
僕と目が合った相手は、少しだけ肩をすくめて
「もう一回言った方が良い?」
なんて、軽めの台詞。
「………、なんで?」
絞り出た言葉はそれだけで、意外にも声が枯れている事に自分でも驚く。
カチャカチャとベルトを締め、上に羽織っていたシャツを着込むと、相手は僕に近付いて頭の上に手を置く。
「彼女とお幸せに」
そう言いながら僕の髪をクシャリと混ぜると、そのまま静かに部屋を出て行ってしまう。
「………、マジかぁ…」
呟いた直後、煙草の灰が指から綺麗に灰皿に着地した。
◇
相手が部屋から出て数十分後、僕も身支度を整えて一人ラブホを後にする。
時間はもう夜で、そろそろ彼女が仕事から帰って来る頃だ。
夕飯の準備はして出て来た。帰る前に彼女が好きなケーキを買って帰ろうと、駅に向かっている途中だ。
僕の名前は、嶋上晴人。
成人してから四回誕生日を迎えた歳で、高校の時の担任が開いたアパレルショップで働いている。
今は彼女の西茉優ちゃんと絶賛同棲中。
彼女の茉優ちゃんとは、メチャメチャ仲良しで、このままずっと続けば結婚もしたいなって僕は思ってるけど、茉優ちゃんは凄く慎重派だから、ユックリ進んでいければ良い。
駅地下の、彼女と僕が好きなケーキ屋。
モンブランとベリーのタルトを買って、家路を急ぐ。
駅から電車で二駅の所で下車して、歩いて十五分位の所にあるアパートが僕達の家だ。
視線を上げると部屋の明かりは点いていて、僕は階段をリズミカルに駆け上がる。
「ただいま~!茉優ちゃんおかえり~」
玄関の鍵を締め、靴を脱ぎ捨てながらそう言うと、開けっぱにしてあるドアの所から彼女がヒョッコリと顔を出す。
「おかえり~、ご飯ありがとうね」
「イヤイヤ、休みだし、カレーだしね。簡単、簡単」
言いながら買ってきたケーキを冷蔵庫の中にしまい扉を閉めると、気配を消して近付いてきた彼女の顔が直ぐにあり驚く。
「ワッ、ビックリ…」
「何かあった?」
…………。鋭いんだよね、茉優ちゃんは。
「イヤ~……?まぁ……」
言葉を濁して苦笑いする僕を、心配そうに眉間を寄せて見ている彼女が
「もしかして、別れた?」
ズバリな問いかけに、僕は再び苦笑いを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でる。
そんな僕の言動に茉優ちゃんはグイッと僕を冷蔵庫の前から退かすと、自分で冷蔵庫を開け
「今日は飲むぞ!」
と、缶チューハイを両手に掴んで、フンスッと鼻息を荒くしている。
僕はそんな茉優ちゃんにクスリと笑い
「付き合ってくれるの?優しいね僕の彼女は~、さ、先にお風呂入っておいでよ?つまみ作っとくからさ」
両手に掴んでいたチューハイを渡して貰って、茉優ちゃんがお風呂に入っている間に、チャチャッとつまみを作りテーブルに並べ、コップを用意する。
茉優ちゃんがお風呂から上がって、ドライヤーをしている最中に、さっき迄一緒に居た男の電話番号やライン、メルアド等を消去する。
「おまたせ、さ、飲もう!」
「かんぱ~い」
ガチッと缶どうしがぶつかる鈍い音の後、プシッとプルを開け、液体をコップへ流し入れゴクゴクと喉を鳴らす。
「んハァ~ッ、美味しい!」
「ハハッ、良い飲みっぷり!」
彼女と楽しく晩酌。毎日では無いが、出来るだけ夕飯は一緒に食べるように、お互いが意識している。
茉優ちゃんの仕事の事とか、僕の仕事の事、僕達が出会ったコミュニティでの人達の事を話していると
「今回もさ、私が原因でお別れしちゃったのかな?」
楽しく話をしていたのに、やはり彼女はその事が一番気になっていたのだ。
だからといって僕が違うと言っても、彼女が納得しないのは解っているので
「ン?まぁ、そうだね」
と、正直に言う。
僕達に隠し事があるという事は、この関係を続けていく上でリスクを伴う事もお互いが理解している。だから出来るだけ正直にいる事が大切だ。
「そうかぁ……」
切なそうに呟き、視線を下に落とした茉優ちゃんに、僕は
「まぁ、理解してくれる人は少ないよね?けど、僕は茉優ちゃんと別れる選択肢が無いからさ……、次、探すよ。良い?」
「勿論!探してくれるのは全然良いけど……、私が重荷になって無いかなって……」
「イヤイヤイヤ、重荷になってる訳無いじゃん!好きにさせてもらってる僕の方が、茉優ちゃんにとっては嫌なんじゃ無いかなって……」
何度となく繰り返された会話を今回もしている。けどお互いが納得する迄とことんするべきだと、僕は思っている。
それでお互いの気持ちが知れるし、好きって再確認出来るから。
僕達は一般的には付き合っていて、同棲しているそこら辺の普通のカップルと見た感じは変わらない。
けれど、お互いが抱えているモノが一般的には変わっていると見られる事が多い。
それはセクシュアリティに関係していて、理解してもらうのも繊細なところだ。
僕に関してはヘテロロマンティックにホモセクシュアルって言うセクシュアリティで、恋愛に関しては異性に惹かれて、異性と付き合いたい欲求があるが、性欲求に関しては同性に強く惹かれる。
茉優ちゃんに関しては、ヘテロロマンティックにアセクシャルのセクシュアリティで、恋愛に関しては僕と同じ異性に惹かれるが、性欲求は無いって感じだ。
僕達はLGBTQのコミュニティで出会い、惹かれた。
それ迄の僕は普通に異性に惹かれて、付き合いたいと思うのも異性で……、だから学生の時は何人もの異性と付き合ってきたし、周りもそれが当たり前で、普通の事だった。
けれど、高校の時から付き合って時間が経てば彼女からセックスしようと誘われだし、いざそういう行為になった時に僕の中で違和感が生まれた。
異性とのセックスはしようと思えば出来るが、本心はしたく無い。
している最中でも違和感が拭えず、気持ち悪いとさえ思える時がある。
異性との性行為に興奮する事が少ないので勃たない事も多く、それが原因で別れる事が増えた。
けど、付き合いたいと思うのは異性で……。
そんな僕の前に一人の先輩が現れる。
同性の先輩で、部活が一緒だった。
更衣室で先輩の体を見ていると、自分の中でムラムラとした欲求が頭をもたげる感覚があって、僕は自分が信じられないと思ったものだ。
けれど、そう言う意味で僕は同性に惹かれるとその時認識した。
初体験はその先輩で、抱く側では無く抱かれる側を経験してしまうと、驚く程しっくりした事を覚えている。
まぁ、その先輩が卒業してしまうと元の生活に直ぐに馴染んでしまうような関係だったから、後を引く程では無かったが……。
けれど、自分のセクシュアリティを理解するには十分で……。その後は笑える位落ちた。
異性を抱けない事は無いので、もしかすると普通になれるかも知れないとか、一般的にはそれが普通なんだから僕もそうあるべきだとか。
心と体がチグハグでグチャグチャで、鬱にもなったし、死のうと思ったのも数え切れない。
そんな時に高校の時の担任が声を掛けてくれた。
『面白いイベントがあるんだけど、一緒に参加しないか?』
当時の僕は、世間に絶望していて引き籠もりの一歩手前。外出するのも億劫だったが、家まで迎えに来られて、強引に車に乗せられれば逃げる術は無い。
連れて行かれたのは、LGBTQのイベントだった。
色々なセクシュアルマイノリティーの人達が一堂に会して、お互いのセクシュアリティに対し理解を深めて、世間に発信していこう的なイベントで、そこで僕は初めて自分意外でもセクシュアリティに悩む人達や、僕と近いセクシュアリティの人が居るのだと解り、安堵した。
何が一番安堵したか?
僕だけじゃ無いって事に安堵し、理解してくれる人が居る事に安堵した。
そこで今の彼女、茉優ちゃんとも出会えたし、そのお陰で引き籠もる事は止めて元担任の店で働いている。
一時の地獄の様な日々とは比べ物にならない位幸せな環境に変化した。
受け入れられる幸せ、認めてもらえる幸せ。
ただそこに居るだけで良いんだと言ってもらえた安心感が、前に進める勇気になった。
茉優ちゃんも、僕と同じヘテロロマンティックなのだが、性欲求に関してはアセクシャルだった事もあり、異性との性行為に対して積極的ではない僕と合うのでは?と感じ、お付き合いを提案した。
付き合う前から茉優ちゃんとは、頻繁に会ってお互いのセクシュアリティについて話しをしていて、理解を深めていた。
だからなのか僕からお付き合いを申し込んだ時に、茉優ちゃんから思いがけない提案があった。
『オープンリレーションシップで、お付き合いしてみませんか?』
だ。
オープンリレーションシップは、お互いをパートナーとしつつも、他の人とも交際する事を認め合う関係の事で、まさか彼女からその提案をされるとは思ってもみなかった。
僕は、同性に性的欲求を感じるが、別に意識しなければそこまで強くそれを求める事は無い。
現に初体験の先輩に対しても、先輩が卒業した以降は先輩の事を思い出しもしなかった位だから。
だけど茉優ちゃんは、僕とは違って少しでも性的欲求があるのなら、今後その事で揉めたりお別れする事が無いように、何時も彼氏を作る時に提案しているらしい。
だが、大概の人は心身共に満たしてくれる人の処に行ってしまうのだとか……。
それは茉優ちゃんなりの予防線だ。
そう提案して、もし相手が違う人を選んだとしても提案したのは自分だからと諦めがつくように、だ。
当初は僕も彼女の提案に同意はしていなかった。オープンリレーションシップをしなくても、自分の欲は自分で処理できるしと思っていたし、こちらから交際を申し出ているのにその提案を飲んでしまうのもなんだか僕の中では違うかなと思ったからだ。
たが、彼女は頑なにその提案を押し通した。最終的には、それが飲めないとお付き合いは……。みたいなニュアンスを出されてしまい、いじらしい彼女の提案に僕はOKを出してお付き合いをしている。
付き合って半年も経たない時期から同棲を始めて、上手くいっていた。この状態なら僕も同性との関係が無くても大丈夫だと思っていた。
だが、昔の杵柄は僕の体を蝕んでいた。意識しなければ大丈夫だと思っていたのに、自己発電で対処に慣れてしまうと、どうしても体の奥から満たされないものが迫り上がってくる。同性を見ていても、どうしても抱かれたいという欲求が抑えられなくなるのだ。
こんなにも欲に弱いのかと、自分に呆れてしまう程に。
上手くいっていた同棲も、ムラムラを通り越してイライラに変わってしまい、何度か彼女に強くあたってしまった事があり、優しくしたいと思う反面、あたってしまう自分に自己嫌悪を繰り返す日々が続いてしまい……、とうとう僕は僕がどうしてもムラムラしてしまったら、茉優ちゃんにはキチンと言ってから違う人と関係を持つようになった。
素直に自分の気持ちを吐露した僕を、茉優ちゃんは怒りもせず、反対に嬉しそうに受け入れてくれた。
そんな彼女を、もっと好きにならずにはいられない。
茉優ちゃん以外の人との関係を、内容までは喋らないにしても、少しでも茉優ちゃんには不安な要素を感じて欲しく無くて、出来るだけオープンにしている。
今回の相手も、茉優ちゃんには報告済みで、毎回上手くいかなかった時はこうして二人で残念会みたいな事をしている。
「でも、ヤッパリ相手もさ、心と体両方欲しくなるのが普通だしね……」
残念会の時に最終的には出てきてしまう議題。
僕は何時も肉体関係になる相手には、最初に彼女がいる事を極力告げるようにしている。それは出来るだけ相手と揉めないようにする為だが、中には言えずに関係を持ってしまう相手もいる。
タイミングを見計らって、最初に告げるのは凄く難しいし、中には告げた直後に殴ってくる人もいる。
まぁ、そうだよな。お互い同意の上で関係を結ぶのに、いきなり彼女が居るって言われて、馬鹿にしてるのかと取ってしまう人もいる。
何人かの人は最初に告げても受け入れてくれて関係を持ったが、遊びでこちらが捨てられる事も多々あるし、長く続く人もいる。
長く続いた人でも、時間が経つにつれ最終的には気持ちも欲しがる人が大抵だ。
軽く始めた関係でも、長く続けば情が生まれ気持の問題になってくる。
だが、僕は気持ちをその人にあげる事が出来ないのだ。
じゃぁ、性欲を満たすだけなら一人の人に絞らずに、何人もと関係を持てば楽なのは解っているが、同性同士の肉体関係は異性のものよりハッキリ言ってリスクが多い。だから、長く一人の人と関係を持ちたい気持ちがあるのが本音だ。
自分が我儘な夢物語を言っている自覚はある。
僕と同じセクシュアリティの方と出会えれば、僕は最高に幸せだと思う。けれど現実問題そう簡単に同じ人なんて現れない。
恋愛感情は異性なのに、性的欲求だけ同性。なんて、どの位の割合でいるのだろうか?
僕がよく参加しているコミュニティでも、僕と同じセクシュアリティの人には出会えなかった。だから必然的に僕と関係を持ってくれる人は、ゲイかバイの人になってしまう。
それについては全然問題無いけれど、その人達は普通に恋愛もしたい人達だ。けれど僕には茉優ちゃんがいるし、僕の気持ちとしては茉優ちゃんが占めているので、気持ちの部分で相手の人の要望に応えられない事が殆どで……。
で、何時も振られてしまう。
「けど、普通ってなんだろう?世間一般的にそれが普通でも、僕や茉優ちゃんはそれには該当しないし、かといって僕達が無理に普通になろうとしても上手くはいかなかったワケだしね……」
僕も茉優ちゃんも自分のセクシュアリティで違和感を抱えて生きてきた。
普通になろうとお互い無理をして、鬱になったり、自殺を考えたくちだ。
茉優ちゃんは性に対してアセクシャルだが、付き合う事は出来る。たが、肉体関係は結べない。
好きな相手がいてもその部分を拒否され続ければ、相手は自分の事が好きじゃ無いと感じる。で、結局何時もお別れする。
堂々巡りの会話を繰り返して、答えを見つけられた事は一度も無い。
そういう部分を全て受け入れてくれる相手を、僕も茉優ちゃんも求めているがそんな都合が良い人なんて居ない事も解ってる。
それを一緒に乗り越えてくれる人で良い。
都合が良い人は、それで終わってしまうから。そうじゃなくて、僕達と壁にぶち当たった時に、一緒に悩んで乗り越えて絆を作ってくれる人が僕は欲しい。
結局今日も同じ話題でストップして、このままこの話題を続けていても暗くなるのは解っているから、茉優ちゃんから違う話しを振ってくれて……。
食後にキッチリ買ってきたケーキを食べて、お互いの自室で眠りに就いた。
◇
あれから変わらぬ日々が続いている。
僕は相変わらず、バイトと家の往復で新しい出会いもなく、茉優ちゃんと楽しく過ごしている。
「晴人、お前今日暇か?」
店頭で入荷してきた洋服を棚に陳列している僕に、カウンターから元担任のケンちゃんが声を掛けてくる。
「何~?」
洋服の畳みが終わると、棚上に置いていたグッズの陳列に移る。
バッグの中に、アンコと言われる紙を大量に詰めながら返事をすると
「イヤ、だから今日暇かって?」
「暇~!茉優ちゃん、今日は職場の人とご飯食って帰るってさっき連絡あって、暇になりました~」
アンコを詰め終わったバッグを棚上に陳列し直して、ベルト等も見栄え良く並べていく。
「夜さ、ちと付き合って欲しいんだけど」
「何処に?」
「クラブ」
グッズを並び終えた僕は、ハンガーに洋服を掛けると、色合いや素材に注意しなおかつ上下で合いそうなアイテム同士を考えながらポールにハンガーを掛けていく。
「珍しいね、ケンちゃんがクラブとか」
「主催が知り合いなんだわ、インビ貰ってっから付いて来てくんね?」
「まぁ、タダで入れるんなら良いケド……」
「良い出会いが待ってるかもな」
ケンちゃんの一言に、グッと言葉に詰まる。
別にケンちゃんに、最近付き合っていた同性に振られました~。なんて言った事は今まで一度も無い。だから普通に茉優ちゃんと付き合ってるだけだと思ってるだろうし……。けれど何故か元気が無いのはバレてしまう。顔に出てんのかな……?
ケンちゃん事高橋賢太郎は、僕が高校二、三年の時の担任で、とてもお世話になった人だ。
当時体の関係だった先輩が卒業して、三年になった当初はまだ学校に行けていたが、日々の当たり前の事に息苦しさとストレスで不登校になった。再びがむしゃらに普通になろうとした結果だ。
ケンちゃんはその頃からちょくちょく僕の家に家庭訪問に来てくれていたが、学校に来いとは一度も言われた事が無かった。
『別に来たいなら来れば良いけど、無理して来るもんでもねぇからな~……』
が口癖で、家庭訪問中も学校の話はした事が無い。
ゲームを二人でしたりとか、漫画の話とか……。
高校三年って言ったら、受験なワケで………、勉強云々言われるかな?とも思っていたが
『あ?お前受験する気あんの?』
と、不思議そうな顔で言われてしまえば、笑いしか出てこなかった。
受験する気も無かったし、まぁ、フリーターでいこうと思ってると言った俺に対して
『お前が卒業する時に俺も学校退職して、したかった事しようと思ってるからさ、お前働きに来い』
と言ってくれて、今に至ってる。
LGBTQのイベントに誘ってくれたのも、たまたま一緒に行ってくれる人が見付からず、暇人を探していた時に僕が浮かんだらしい。
ケンちゃん曰く
『引き籠もり脱出に一役買えて良かったわ』
だ。本気で言っているのか、敢えてそう言ってるのか解らない。だが僕は、僕を僕として認めてくれていたケンちゃんに凄く感謝しているし、敢えて言ってくれてるんじゃ無いかって、勝手に思っている。
僕のセクシュアリティについては詳しく説明はしていないが、きっとなんとなく気付いているじゃ無いかとは思っている。まぁ、イベント後に明るくなったんだから、茉優ちゃんと付き合っていても、それ以上に何かあるとは、バレてるか。
だから僕に、たまにだけど際どい質問をしてくるのか?
それとも本当にただ単にそのイベントで茉優ちゃんと出会って、僕が元気になったと思ってるのか……。
結構長く付き合いがあるのに、その辺は全然掴めない。
「いい出会いって……」
「は?何時も言ってんだろ、お前は友達が少なすぎる。友達作れ、友達」
あぁ……、そういう事ね。
って、本当に思って言ってんのか?
訝しげにケンちゃんを見詰めると、ケンちゃんは面白そうに口元を歪めている。
含んだ言い回しやめろよな。本当つかみ難い。
ケンちゃんの顔を見ていても、本心かどうかなんて解る筈も無く俺は溜息を小さく一つ吐いてディスプレイの仕事に戻る。
「店終わったら飯一緒に行ってから向かうからな」
「了解、帰りは?」
「若者の面倒は見ないぞ」
「了解~」
飯は奢ってくれるが、帰りは好きにしろね。
ケンちゃんの何時ものパターン。楽しい所には連れて行ってくれて、後は自由にしてくれのスタンス。
自分が好きな時に帰りたいから、帰りは自由解散だ。
その方が僕もケンちゃんもお互いの事を気にする事なく楽しめるので、もうずっとそうしている。
ケンちゃんが言っているように、僕には友達が少ない。まぁ、いる事はいるが、僕がこういうセクシュアリティなのを知っている友達はごく僅かだ。
LGBTQのイベントで出会った人達も何人かいるが、プライベートで遊ぶっていう程の仲の良い人達は余りいない。月に何度かあるイベントで会って、お互いの近況を話す位に終始している。
学生の時の友達とは、それこそ会ったりして遊ぶ事もあまり無い。
会えば彼女がどうとか、早い奴は結婚とかの話になるし、僕も茉優ちゃんとは結婚を考えているが昔からその手の話は苦手で、積極的に話をした事が無いので、帰りたい気持ちが勝ってしまう。だから、会っても上辺だけで楽しんでいる自分に疲れてしまうので、極力会う事を避けている自分がいる。
それを知ってか知らずかケンちゃんは僕に友達を作れと言ってくるが、友達を作ることに消極的になっている自分がいるのも事実だ。
同性はふとしたきっかけで、そういう対象と見てしまう僕にはリスクが高いし、かといって異性になると恋愛対象として見てしまう恐れもある。そうなるとやはり僕のセクシュアリティを知った上で付き合える友人を作るのは難しい。
だって、友人を作る前に僕を知ってもらわないとならないし、それには凄く勇気がいる。
もし、僕の事を喋って変な顔をされたら?
それこそ僕は自分を許せなくなるし、羞恥心や自己嫌悪で死にたくなってしまうかもしれない。そういう先の事を考えて、一歩が踏み出せない。
けれど、人との関わりを断ってしまうのも恐怖なのだ。
僕は一人では生きていけない事も理解しているから。
そこまで強くも無い。
茉優ちゃん以外の同性と付き合う時も、僕からアプローチする事は少ない。始まりは何時も相手から声をかけられてからだ。
「友達……か」
自分を隠して作る事は容易い。だがそうして作る関係性は長く続かない事も知っている……。
「それが一番、難しいよね……」
それよりも、出来れば欲を満たしてくれる人と出会いたい気持ちも少なからずある。
悲しいかな、あれからそっちの方でも出会いは無くフツフツとした欲が僕を蝕み始めているのも確かだ。
友達よりも、そっちの方面での出会いがあっても良いのでは?
まぁ、そんなに上手くいかないか。と、再び小さく溜息を吐き出し、僕は仕事の続きを始めた。
◇
「うぉ~い、店閉めろよ~」
事務所の奥からケンちゃんが僕に声を掛ける。
僕はケンちゃんの言葉に返事をする事なく、ドアに鍵を掛けるとオープンの看板をクルリと回しクローズにする。そのままレジの所まで戻ると、店内の電気をオフにして、レジ締めを始める。
「終わったな~」
事務所から出て来たケンちゃんは、疲れた様に首をコキコキと回しながらレジの中にある椅子に腰掛けると
「今日の目標いった?」
と、毎日の確認を取る。
「今日はいったよ、原田さん来てくれたしね」
「あ、原田さん来たの?」
「ケンちゃんに宜しくってさ」
「後で、ラインしとくかな」
原田さんとは、このお店が出来た頃からの常連さんで、ちょくちょくお店に遊びに来てくれるお客さんだ。
ケンちゃんは事務所でお店の服をネットで売る事をしているから、店頭はほぼ僕が一人で回している。
「腹減った~、お前何食いたい?」
「え?僕に決めさせて良いの?」
「………。イヤ、駄目だな。ラーメン行くぞ」
「は~い」
お店を閉めてケンちゃんと二人、行きつけのラーメン屋に足を運ぶ。
ラーメン屋といっても、夜は居酒屋になる店で酒やつまみの種類が豊富だ。
「いらっしゃい、好きなとこどうぞ!」
店に入ると、額にタオルを巻いていかにもラーメン好きですっていう大将がニカリと笑って僕達を出迎えてくれる。
僕とケンちゃんはいつもの決まったテーブル席に腰を落ち着けると
「お前、いつもので良いの?」
と、ケンちゃんが確認してくるので、僕は首を上下に振る。
「すみません」
「ハイよ!」
メニューもそこそこに、近付いて来たスタッフに注文をしておしぼりで手を拭く。
「何時頃に帰るつもりなの?」
「あ?三十分か一時間居たら帰る」
今日のイベントにどの位居るのかケンちゃんに確認すると、その返事。
「早くね?」
「馬ッ鹿、居過ぎだ」
オジサンが遅く迄居ても痛すぎるだろ。なんてブツブツ呟いている。
「はぁ~、じゃ僕も早目に帰ろうかな」
「お前は居ろよ、楽しんでこい」
「だって今日のインビ見させてもらったけど、テクノじゃん?僕、テクノに知り合いいないし」
「だから良いんだろが!交友関係広げてこい」
なんだか兄に心配されている弟みたいだな……。とおかしくなって、バレないように口元を歪めていると
「お待たせしました~」
お店のスタッフが持って来てくれたラーメンを確認もせずに僕達の前に置いてくれる。
「「いただきます」」
両手を合わせてお互い一言。
その後も無言でズルズル。
食べていると、餃子とチャーシュー丼がテーブルに到着し、箸を付ける。
「お前、彼女に連絡したのか?」
餃子を頬張りながら、ケンちゃんが問いかけてくる。
僕もモグモグと口を動かしながら
「休憩中にしたよ、何、心配してくれてんの?」
ニコリと笑いながら質問返しした僕に
「ま、そりゃそうか。お前が彼女に連絡しないなんて無いか?」
「勿論!心配かけさせたく無いしね」
茉優ちゃんにはキチンと連絡済み。
楽しんできてね。と、カワイイ絵文字付きだった。
ラーメンを食べ終わり、暫く店でお腹が落ち着くまで喋ってからお店を出る。
「ご馳走様でした!」
「ン、また来ようぜ」
何時ものやり取りをして、二人並んで歩き出す。
イベント会場は、ここから近い。
クラブナインというお店で、普段はヒップホップ中心にイベントをしている箱だが、今夜はテクノだ。
箱に着いた僕達は、入り口の前で座っているスタッフにインビを渡して手首を見せる。
するとスタッフは、手首にブラックライトで光るインクのスタンプを押すと、コインを一枚僕に渡してくれる。
コインとドリンクが交換できるのだ。
「楽しんで~」
感情のこもってない声音でスタッフは一言だけ呟くと、僕の後にいる人達ヘ同じ事を繰り返す。
「んじゃ、俺は挨拶してくるから楽しんでこい」
「解った」
ケンちゃんは僕に軽く手を振ると、重たい防音の扉を開けて、中へと入ろうとしている。と、クルリと首を回して
「明日、無理そうなら早目に連絡くれ」
そう言って、扉を入って右側にあるカウンターの奥に消えて行く。
……………。そこまで羽目を外そうとは思ってないけど……。
ドンドンドンドンと、低音が響くフロアーはまだ時間が早いのか、人もまばらだ。
僕は取り敢えずカウンターで、ドリンクとコインを交換しフロアーのすみのほうで軽くリズムを取りながら思い思いに曲にノッている人達を眺めている。
もう少ししたら人が増えそうだけど、どの位で帰ろうかな……。なんて、あまりテクノのイベントに来たことが無い僕は、早々に帰る時間を考えている。
まぁ、ケンちゃんよりは遅く帰らないと、あの後どうだったとかは聞かれるからなぁ。
知り合いもいない所で友達を作るのは、僕にとっては至難の業だ。キョロキョロと周りを見渡すのもなんだか恥ずかしさが勝ってしまい、辺りを見渡せ無い。
………。何処かに座るか。
フロアーとカウンター以外にも、壁沿いにいくつか椅子が設置してある。
僕は壁つたいにスススと移動し、椅子に腰を下ろす。
スマホを弄りながら、時折フロアーで踊っている人達を眺め、いかにも誰かを待ってますみたいな雰囲気を出すのが精一杯だ。
「晴人、じゃぁ俺は先に帰るからな」
頭の上から少し大きな声で名前を呼ばれ、僕は顔を上げる。
視線の先にケンちゃんの顔を捉えて、僕は少し安堵するが、台詞を聞いて
「もう帰るの?」
椅子から立ち上がり、ケンちゃんの耳元で少し大きく声を上げると
「居過ぎた位だ。お前は踊ってこいよ」
ニヤニヤと口元を上げて言うケンちゃんの肩をポンと叩き
「踊れねーわッ!」
と答えた僕を、今度は声を上げてケンちゃんは笑う。
「借りてきた猫じゃねーか」
大人しく座っていた僕をそう例えて、ケラケラと笑うケンちゃんに
「僕ももうケンちゃんと一緒に帰ろうかな……」
「やっと人増えてきたし、もう少しいれば?」
ポンポンとケンちゃんに肩を叩かれ
「ま、俺は帰るから。明日マジで無理そうなら連絡しろよ」
「解った……」
そう言われれば、もう少し居ようかと僕は椅子に再び腰を下ろす。
ケンちゃんが言うように、フロアーは先程よりも人で溢れている。大人数で何組かカウンターに固まっている者や、フロアーで踊っている者と様々だ。
僕は重たい扉を開け、外の世界へと帰って行くケンちゃんの背中を見送り、視線を戻そうとした。と、カウンターのグループから一人、真っ直ぐに僕を見ている視線とぶつかる。
たが、これだけ人が多くなっているのに、本当に視線が交わっているかも疑問で、数秒見つめ合って僕は自然に視線を外した。
…………。まさか、見られては無かったよな?と、間を開けて再度チラリと視線を戻すと、もう相手は僕を見ていない。
デスよね~。と心の中で自分に突っ込みを入れて、底の方に残っている飲み物を喉に流し込み僕はカウンターに行く。
次のドリンク飲んだら、帰るかな。と、心に決めて。
視線が絡んだグループを避けて、僕はカウンターの中にいるスタッフに注文を言う。
ドリンクとお金を交換して、再び元の位置に戻ろうとするが、誰かが既に椅子に座っていた。かといって、カウンターにずっといるのも他の人の邪魔になるので、僕は仕方無く壁際へと移動する。
フロアーで踊っても良いけれど、やはり何時もいっているヒップホップのノリじゃない雰囲気では、少し気恥ずかしてくて一歩の勇気が出ない。
壁に背中を貼り付けて、ドリンクを飲みながら、踊っている人達をボーっと眺めている。
不意にまた視線を感じて、チロリとカウンターの方に目線を泳がすと、同じ人と視線が絡む。
今度は自然に目線を外す事が出来なくて、あからさまに外してしまった。
………。イヤイヤイヤ、僕を見てた訳じゃ無いしな。
と、自分に言い聞かせて少し緊張気味に踊っている人達を眺めていると
「一人?」
使い古されたナンパの常套句が横から聞こえて、僕は声がした方に顔を上げる。
そこには言わずもがな、先程から目が合っていた人がニコニコと僕を見ている。
まさか声を掛けられるなんて思って無かった僕は、一瞬言葉に詰まり固まってしまう。そんな僕を相手はまだ笑顔で見下ろしているものだから
「………、は、ぁ…?」
と、気の抜けた返事しか返す事が出来ない。
「一緒に飲まない?」
「イヤ~……、どうしようか……な……」
思いがけずの相手からの言動に戸惑ってしまう。
いい返事が返せない僕に、相手は息を吸って次の言葉を発しようとした時に
「文也~~、何ナンパしてんだよ?」
と、ヒョコリと何人かが顔を出す。
「お前等邪魔だから」
文也と言われた彼は、取り囲んだ相手達に向かってヒラヒラと手を振りながら、あからさまに嫌な表情を浮かべる。
「良いじゃんか~~、皆で楽しもうぜ」
邪険にされてもお構い無しに、文也の肩に腕を回し僕の頭の先から爪先までジロジロと見ている相手は、敵意剥き出しな視線を僕にくれる。
………、あ~~~、ハイハイ。大丈夫デス、僕はもう帰りますね。
文也が僕に声を掛けた事が気に入らないのか、狙っている人を邪魔する僕が気に入らないのか、そのどちらもだろうとわかり易く僕に伝えてくれる表情に、素直に帰ろうと思ってしまう。
「イヤ~……、ソロソロ帰ろうと思って」
「そうなんだ?ゴメンな引き止めて」
僕が言い終わらないうちに言葉を重ねられて、僕は、ハハッ。と苦笑いすると、ソロソロと輪の中から出ようと足を動かす。
「イヤイヤ、一杯だけでも付き合ってよ。俺奢るし」
グイと手首を捕まれ、足止めされる。
僕は思いもよらない返しに再び相手を見詰めると、顔は先程と同じで笑顔だ。
「引き留めるなよ~、俺達で楽しもうぜ?」
取り巻きにいた奴も文也の反応が意外だったのか、慌てた様に言葉を発するが
「だから邪魔すんなって、踊ってこいよ」
アッサリと拒絶され、そのまま僕の手首を引っ張ってカウンターの方に足を進めてしまう。
「え?イヤ、チョット……」
引っ張られながらカウンターに着くと
「奢るよ、なに飲む?」
隣でそう言われるが、僕は取り残された人達が気になって後ろを振り返ると、僕の事をジトーっとした目で見ている顔とぶつかり、そっと正面に向き直す。
そんな僕の反応を見て、文也と言われていた人も後ろを振り返り何かジェスチャーで反応をしていたが、僕は真っ直ぐに前を向いていた。
「ゴメンな、嫌な感じで」
「………はぁ」
覗き込むような感じでそう言われ、僕は反応に困りうつむいて返事をする。
「見ない顔だなって思って、何君?俺は文也」
「………、晴人」
「晴人、何飲む?」
すんなりと名前を呼ばれドキリとしてしまう。そりゃぁ、名前を教えたんだから呼ばれるのは当たり前だが、何か……久し振りに同性というか……知らない人から呼ばれてくすぐったい感じというか……。
それに、このパターンはもしかすると、もしかするかもしれない。と、期待してしまう自分がいるのも確かだ。
だけど僕はそんな事を悟られまいと、平静を装ってドリンクを注文する。僕に続いて文也も。
ドリンクが目の前にきたら、スムーズに文也は瓶同士をカチリと合わせると一口飲んでいる。
………。遊び慣れてる感。
チラチラと文也を盗み見る。
僕よりも背は高く、普通の体型の割には締まった身体をしている。ラインに沿った服装は嫌味なくスッキリとシンプルで、アクセサリー等も付いていないのが好感が持てる。
ボブの髪型はパーマやブリーチもしていなく、片方のサイドをスッキリと刈り上げている。
ウ~ン。………、好みだ。
だが一番は、指だな。
大きくて、節が出ていて長く、手の甲に浮き上がる血管。爪も深爪なんじゃと思う位に切っているが、綺麗だ。
「何?好み?」
クスリと笑って、僕の前で手をヒラヒラとさせる文也は楽しそうだ。
僕は見過ぎてしまった事が恥ずかしく、一瞬眉間に皺を寄せるが次いでは直ぐに視線を反らした。
「本当に今日、一人なの?」
何がそんなに気になるのか、何度目かの同じ質問。
「そうだけど?」
訝しげに答えた僕に、文也はもう一言だけ付け加える。
「さっき、年上の人っぽい人と話してたじゃん?知り合い?」
年上の人?…………。ケンちゃんかな?
イベントにきて、話したのはケンちゃんと文也だけ。今は文也と話してるから、消去法で言ったらケンちゃんしか残っていない。
僕は、そうだよと答える前に
「もしかして、彼氏とか?」
「え?違うよ」
意外な台詞に、僕は直ぐに反応して答えると答えるスピードが早くて面白かったのか、文也は笑いながら
「そうなんだ?結構親密そうだったから」
なんて言ってくる。
僕はそう言ってくる文也の台詞に、再び意外だと感じる。
客観的に見れば、僕とケンちゃんは親密そうに見えるのかな?
元担任と、元教え子。それ以外にもケンちゃんには色々とお世話になっているし、今は雇い主と従業員だし。まぁ、四六時中一緒にいるのは本当の事だが……。僕にはお兄ちゃんみたいな……?
文也の台詞に僕が答えず何か考えていると
「あ、元彼とか?」
と、また思いもよらない所からの質問に、僕は笑ってしまう。
「どうしてもソッチに結び付けたいんだ?」
「違うの?」
「違うよ」
「じゃぁ、俺が口説いても問題無いって事ね?」
余りにもスムーズにそんな事を言ってしまうものだから、僕は戸惑う以前に笑ってしまった。
「ハ、冗談」
「では、無く」
言葉遊びをしている様に返す文也は、本当に楽しそうだ。
「あ~~~……と?」
こんなにもストレートに口説かれる事も久し振りで、反応に困っていると
「アレ?あ~~……、違った、かな?」
今度は文也が戸惑った様子を見せる。
耳の後ろを指先で何度か撫でると
「ノンケの人だった?」
直球にそう聞かれ、僕は益々反応に困る。
ノンケと言えばそうなるし……。そうじゃ無いところもある。けど、出会って直ぐの人に僕のセクシュアリティを説明するのも難しいし、これだけモテそうな人が本当に冗談では無く僕と関係を持ちたいのかと疑ってしまうのもしょうが無いだろ?
先に彼女がいるって事も伝えたいけど、そうなるともう相手にもしてくれ無さそうだし………。
タイプな人から声を掛けられて、逃したく無い場合はどう言えば正解なんだ?
「イヤ、違うけど……」
と、言う他ないのだ。
「だよな?ビビった~」
安堵したように言う文也の台詞を聞きながら、相手の反応を注意深く探ってしまう。
「今日は何時まで遊ぶつもりなの?」
「ソロソロ帰ろうと思ってたところだった」
「え?そうなの?」
何回目かの同じ台詞を言いながら、遊び慣れているなと感じる。
他人から自分がどう見られているか知っている人だと思う。
話した感じ嫌な気はしないし、会話のリズムが良いのだ。だが、そう言う人こそ遊びの相手を探している人が圧倒的に多いのも確かだ。
………、僕の偏見かもしれないが。
「さっきからそう言ってるし」
「構ってよ」
なんで僕なのかと疑問がグルグルと頭の中でループする。
先程一緒に居た人達みたいな、なんて言ったらいい……派手目な?目立つ?人達と居た方が様になると言うか、似合ってる?と思うんだが………。
テクノのイベントなだけあって、箱に入ってる人達も僕からしたらお洒落に見えてしまうし、シュッとした格好の人達が多い。
僕は、どちらかと言うとオーバーサイズに服を着るのが好きだから、見た感じはダボッ。だしね。お洒落な髪型って言う感じではなく、天パがキツイから短く切ってもパーマをあててる様なクルクルだし……。
あ、何か気分が落ちるから、この辺で自分の事をディスるのは止めよう。
「構うって………、僕じゃ無くても…」
きっとモテるだろう文也を、僕が構うのも気が引ける。さっきの人達だって、きっと文也目当てで遊びに来ていたっぽいし。
「俺のタイプなんだよね、駄目?」
コテンと首を傾げさせ俺に言ってくる文也は、そうすれば誰でも落とせる事を知っているみたいだ。
「タイプ……、嘘だろ?」
「イヤ、マジで。だからずっと見てたし」
…………。それは本当だろう。ケンちゃんと一緒にいた時から見てたのだから、まぁ、その通りなんだろうけど、言われ慣れていないアプローチに僕はタジタジと視線を泳がしてしまう。
「この後って時間あるの?」
急に近付いて、僕の耳元でそう尋ねる文也は、言わずもがな僕も期待している事を匂わす。
………。友達よりも、こっちでの出会いに自分の心拍数が上がるのを感じる。
「………、まぁ」
文也の問いに、ボソボソと答えた僕に、彼は笑顔を向けると
「場所、変えない?」
と、提案。
断る理由も無い。ケンちゃんは友達を作れと言っていたが、僕は出来れば遊んでくれる人か、贅沢を言えば付き合ってくれる人を探していたから。だから僕は無言でコクリと頷く。
そんな僕の態度に、文也は僕の肩を一度抱き締めると直ぐに離して
「俺ん家此処から近いんだけど、良い?」
なんて、自宅に招待してくれるらしい。
僕は、その提案が意外だった。
大体は自宅に招待はせずに、ラブホがお決まりのパターンだ。だが、男同士のラブホ事情も難しいのも一般的だ。
ゲイの人なら、何ヶ所か行きつけのラブホを知っている人が多い。僕も知り合った人達と行く度に、ここなら男同士で入れるというところを知っている。
まだまだ世間は、男同士でラブホを使う事に消極的だ。大概は事前に使えるかどうかを確認したりする。
パネル式のとこは使える率が高いが、人が窓口にいる場合は駄目な場合が多い。
まぁ、パネル式のところも部屋に入った途端に内線で確認を取られ、男同士がNGと言われる時もあるが。
「家、行って良いんだ?」
素直な気持ちをそのまま口にすると、文也はキョトンとした表情を僕に向けて
「ン?今回限りじゃ無いだろ?」
一度限りの関係で終わるつもりは無いらしい答えに、僕は何度か瞬きをすると僕の反応に苦笑いを浮かべた文也は
「俺の言葉を信用して無いのか、晴人が俺と一夜限りにするつもりか、どっち?」
と、問われ僕は直ぐに答える事が出来ない。
どちらも考えていた事だからだ。
モテそうな文也が僕の事をタイプだと言った事も半分は信じたい気持ちもあるが、冗談だと僕は思っているし、遊ばれるんだろうと思っている僕は一夜だけ関係を持って、後腐れなくさよならするほうが楽だとも考えていたから。
図星を指摘され何も言えなくなった僕に、文也は一つ溜息を吐き出すと
「まぁ、晴人がそのつもりなら、俺にはどうする事も出来ないけどね。でも俺はそう言う風に思ってるって事だけ知っててくれたら良いよ」
ナンパだし、しょうがないよな~。と、呟く文也がノリで言っている様にも見受けられない。
…………。本当にタイプという事だろうか?
だが、全部を信じるには時間が足りない。
「なぁ文也~、いつまで俺達の事ほっとくつもりだよ~」
僕と文也の間に、先程の取り巻きの人達がそう言いながら入ってくる。
僕は押し退けられるように何歩か後退りすると手に持っていたドリンクを飲み干し、カウンター内にいるスタッフに瓶を返す。
この人達もきっと目当ては文也で、今日のイベントに来ているのだ。そこに知らない僕が鳶に油揚げをさらわれるで出てきたものだから、そりゃぁいい顔はしないよな。と、納得する。
僕は別にこのまま帰っても部屋には茉優ちゃんが居るし……、まぁ、素直に自分のタイプを逃してしまうと思うと惜しい。が、悲観する程では無い。
また違う人や、タイミングが来るはずだしな。
そう思って文也の方に目線を向けると、思いの外真剣に嫌そうな表情で、何かを話している。
取り巻きの人達は、そんな文也の機嫌を取りながら、だが一緒に居たいと話している感じだ。
箱の音で、近い距離なのに何の会話をしているかは解らないが、状況と顔を見れば何となくは理解出来る。
僕は話が長くなりそうな雰囲気を察知して、そのままフェードアウトするかと一歩を踏み出し、文也を囲んでいる脇を通り過ぎようとすると何処から伸びてきたのか再び手首を掴まれ
「~~~ッ!無理だって!晴人出るぞ」
と、手首を掴まれたまま出入り口に向かって歩く。
「文也ッ!!」
後ろからは文也を引き留める声が聞こえたが、直ぐに大音量の音楽にかき消えてしまった。
文也は重い防音の扉を開いて、外に出るとそのまま歩き続けている。
箱の外には、何人も固まって喋っている人達がいる中、文也は僕の手首を掴んだままなので何人かの人達に見られていて、僕は視線をアスファルトに落として歩く。
「はぁ~……、マジでしつこかった~」
ウンザリだと言わんばかりの声音で呟いた文也は、僕の様子を確かめようと後ろに首を回すと下を向いて付いてくる僕を見て、掴んでいた手首を離してくれる。
「悪ぃ……」
本当に申し訳無さそうに呟いた文也に、僕は視線を向けて
「イヤ……こっちこそゴメン……、あんまり慣れてなくて……」
と、呟き返す。
異性とは幾らでも手を繋ぐ事は出来るが、同性とはやはり外でというシチュエーションには抵抗がある。
「イヤ、俺が悪い……。連れ出したかったけど、強引は駄目だよな」
気まずい空気が二人を包み、お互い暫く無言で歩いていたが、先を歩く文也がハタと足を止め
「ここ」
と、僕を振り返りながら顎で隣のマンションを指す。
本当に、クラブナインから近い場所に住んでるなと思いながら、建物の中に入っていく文也の後をついて行く。
エレベーターで五階まで上がり、扉が開いてから右側に進路を変えてそのまま奥の突き当りまで歩いて行く。
玄関を開けてそのまま僕を先に入らせてくれるのか、ドアを持ったままの文也の脇をスッと通り過ぎ部屋の中へと入る。
「お邪魔します」
コソコソと、夜も更けた時間なので呟くと後ろで文也がクツクツと笑いながら
「晴人って、体育会系なの?」
なんて、僕が予想もしない質問が飛んでくる。
「イヤ、なんでだよ?」
文也が言っている意味が解らなくて、靴を玄関の隅に脱ぎ部屋の中に入って問い返すと
「え?礼儀正しいから?」
ニヤついたまま答えられ、僕は眉間に皺を寄せる。
今のどこが礼儀正しいのか、普通だろ?
と、言葉にしなくても顔に出ていたのか
「俺の友達はいちいち挨拶しないからさ、新鮮で」
靴を脱ぎながらそう答え、玄関の扉を閉めると文也は正面に顔を上げて
「奥まで入ってて、服着替えて行くわ」
指で部屋の奥を指しながら、僕に奥まで進めと案内してくれる。
僕は言われた通りに奥まで歩いて行き、突き当りのドアを開けると、リビングダイニングになっている部屋に通されたらしい。
壁にあるライトの電源を点けると、部屋の中が一望できる。
入って正面に大きなベランダがあり、その前にテレビ。テーブルは無く、背の低い三人掛けっぽい大きなソファーだけがテレビの前にある。
左隣にカウンターキッチンがあって、そこに椅子があるって事は、そこで飯を食べているんだろう。
棚という物は無いし、ソファーの下にマットも敷いてない。言ってしまえば、何も無い部屋の様に見える。
……………。テクノ好きだから、部屋もミニマリストなのか?と思わせる位に。
「何か飲む?」
部屋の中で立ち尽くしていた僕に後ろから声が聞こえ、文也が中へと入ってくる。
「座れば?」
僕が何もせずに立っている事が不思議なのか可笑しそうにそう言われ、僕はソファーに近付くと端の方に腰を下ろした。
「酒か、水か、コーヒー位しか無いけど?」
キッチンの中に入って、そう僕に声を掛ける文也に
「じゃぁ、水で」
「了解」
直ぐに文也は両手に自分が飲む酒と、水のペットボトルを持って僕の隣に腰を下ろす。
「端じゃ無くても」
クツクツと肩を震わせながら僕に水を差し出すと、自分の缶のプルを開けて僕にズイッと差し出す。
僕は条件反射の様にその缶に、ペットボトルをぶつけると正解とばかりに笑顔になった文也はゴクゴクと喉を鳴らして酒を煽っている。
「ハァ、ヤッパ落ち着くわ~」
床に缶を置き、足を投げ出してテレビを点けると、ネットフリックスの画面に変えて
「何かつけてても大丈夫?」
と、僕の返事を待たずに洋画をチョイスしている。
クラブとは違った雰囲気の文也だ。
人の目を気にしない、少しあどけなさが出る彼に好感が持てる。
「てか、友達?良かったのか?」
強引に出て来てしまって、きっと彼等は怒っているだろう。表情までは見てないが最後に聞いた声音も不機嫌そうだった。
「ン?大丈夫、大丈夫。あんまり知らない奴等ばっかだったしな」
「知らない!?」
あれだけ仲良さそうに絡まれていて、あんまり知らない人達だと?
「イベントで何度か絡まれて、連絡先交換してたんだけど、今日も来い来い煩くてさ……。行ったわ良いけどずっと絡まれてたから、俺も帰ろうと思ってた所で晴人見つけたから」
最後の台詞を吐きながら、文也はニコリと僕に笑う。
良い雰囲気を出してくれていると思う。
こちらが嬉しくなるような言葉を言ってくれているし、僕が生粋のゲイなら舞い上がってしまうだろう。
だが僕はまだ彼女がいる事を文也に言うべきかと迷っている為、どう返して良いものか躊躇うのだ。
彼女の事は凄く大切にしたいが、目の前にいる文也の事も極力ならば傷付けたくは無い。
…………。ヤッパリ殴られる覚悟で告白するしか………。
腹を決めて、男らしくスパッと言ってしまうかと息を吸い込むと
「てか、連絡先交換しない?」
ゴソゴソと部屋着のスウェットのポケットから、自分のスマホを取り出しラインの交換をしてくれと文也は画面を操作している。
……………。言うチャンスが…………。
ズルズルと先延ばしして、いい事になった事は余り無い。だが、逃すのは惜しい相手が目の前に居れば自分の欲求を先に満たそうとする僕は、狡い。
そうさ、狡いさ!そんな事解っている!
逃したく無ければ、逃がさいようにすれば良い。後日言う機会があれば、その時に言えば良いかと僕は彼女の事を後回しにする事にした。
画面を出して、僕の反応を待っている文也に、僕も自分のパンツのポケットからスマホを取り出し、文也に向ける。
QRコードを読み取ってもらい、お互いの連絡先を交換すると、ソファーの背もたれに片方の腕を伸ばして
「チューしても、良い?」
少し顔を傾けながら、僕の了解を待っている文也の顔に、僕は座っていた位置をずらして文也に近付くとそのまま顔を近くに持っていく。
僕の動作に文也は背もたれに置いていた腕を僕の肩に回して引き寄せると、ゆっくりと唇を合わせる。
最初は何度かついばむようなキスを繰り返していたが、次いでは文也の舌が僕の唇に触れる。
それが合図の様に、僕も薄っすらと唇を開くと、文也の舌が僕の口腔内に侵入してくる。
あ、アルコールの匂い。
舌を招き入れると、口の中にアルコールが香る。それが自分のじゃなく文也からのものだと思うと、リアルに他の人とキスをしていると実感してブルリと背筋に緩く電流が走った感覚。
久し振りのキスだ。
茉優ちゃんとは、キスもしない。
それはしょうが無い事だけど、他の人とキスをすると自分がこういう事に飢えていたのだと実感する。
口腔内に侵入してきた舌は僕の歯列をなぞり、上顎を優しく愛撫するように動く。
僕は堪らずに眉間に皺を寄せて小さく喘いでしまう。
そんな僕の反応に気を良くしたのか文也は抱いている肩にグッと力を入れて、空いている方の手を僕の服の中にそっと入れ込む。
次に何をされるのか予想出来た僕は、期待から無意識に背中を反らせ、胸を付き出す様な格好をとってしまう。
文也は僕から口を離すと、弄っている手はそのままに
「晴人は、どっちが良い人?」
薄く笑いながらそう尋ねる文也の目は、欲情に揺れていて、僕もまたその目に煽られる。
「出来れば………、ネコが良いけど、どっちでも……大丈夫」
素直に口にすれば、文也は嬉しそうに
「了解………、けど、今日はどうしようか?バニラだけでも良いよ?」
と、提案してくれる。
その提案に、僕はホッと胸を撫で下ろす。
男同士、アナルを使ってセックスをするとなると、準備に時間がかかる。
僕は何時間か前に食事を取っているし、なおのことキチンと処理をしなければならない。
今迄の人も、ラブホに入ってお互い盛り上がっていても準備に時間がかかるため最終的にはバニラで終わる事もほとんどだ。
ならば最初からバニラで、お互いを慰めれば良いと思う人も大多数でアナルを使ってセックスする事の方が最近では稀かも知れない。
バニラは、隠語だ。なんと言うか………。バニラアイスを食べる所からきているので………。言わなくても、なんとなく想像できるかと思う。
文也の提案に僕はコクコクと首を上下に振ると弄っていた手を外に出し僕の手を握り
「じゃ、ベッド行こうか」
抱いていた手を離し、握っていた手を持ち変えると点けていたテレビを消して、文也は立ち上がる。
僕は文也が立ち上がった反動で中腰の態勢になったのでそのまま立ち上がり、手を引かれるがままに文也について行く。
文也は先程部屋着に着替えて来た部屋に僕を案内するつもりだ。そこが寝室なのだろう。
ドアノブを開けられ、中へ通してもらうとダイニングとは違いこちらには棚や物が沢山ある。
そのほとんどが、レコードやDJ機材だ。
「……凄い」
クローゼットの扉を開け放して、その前にDJ機材を組んでいる。組んでいる骨組みはブロックでその中にレコードがビッチリと詰まっている。
クローゼットの中にもアルミの棚があり、そこには木箱や段ボールで仕切られた箱の中にもレコード。
クローゼットの横にはクイーンサイズのベッドがあり、ベッドの正面奥には窓、窓の直ぐ前には二台目のテレビが置かれてある。
「回すの?」
興味津々で聞いた僕は握られた手を解いて機材の近くまで行くと、クローゼットの中を覗く。
見えなかった棚の中央部分には、二台のマックとCDJ機材がある。
「たまにかな?呼ばれたら回す位で、昔ほどして無いよ」
僕の知り合いでもイベントで回す人が何人かいるが、ヒップホップの人なので基本はレコードで回してプレイする人が多い。
テクノになると、音のズレを無くすためにCDJ機材を使う人が今はほとんどだ。
機械が勝手に音のバランスやリズムを合わせてくれるので、ミックスしやすい。
テレビ横のアルミの棚には、レコード、CDの他に音楽関連の本が無造作に置いてある。
「凄いね……」
「イヤイヤ、専門の時にDJ機材は買ってたから、俺はほとんど金使って無いしね」
笑いながらベッドに腰掛けていた文也は立ち上がると、クローゼットの中に入りマックを操作すると、お気に入りのテクノなのか、部屋の中に音が入る。
「で、どうする?止めとく?」
あまりにもキョロキョロと部屋の中を興味深げに見ている僕に、文也は苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「あ………ゴメン。凄くて、ツイ……」
ハタと動きを止めて、僕は文也に近付くと
「大丈夫?」
両腕を僕の肩に置いて確認を取ってくる文也に、僕はハハッ。と笑うと、それが合図になったのか、ユックリと文也の顔が近付いてくる。
僕は、その速度と一緒に両目を閉じる。
少しダウナーなテクノが僕の鼓膜を震わせた。
先程同様に唇を合わせてきた文也は、今度は直ぐに舌を僕の口腔内へと侵入させてくる。僕も緩く結んでいた唇を開いて彼の舌を迎え入れると、お互いの舌を絡め合わせていく。
舌を絡めながら文也は足を踏み出して、僕を抱き締めたまま歩き出すとベッドへと移動しているみたいだ。
僕は後ろ向きで歩いているし、文也とキスしながらだから倒れないように注意しているが、両肩に置かれていた手が僕を支えるように背中や腰に回されて、倒れないように抱き締めながら移動してくれる。
ドサッと膝の後ろにベッドの感覚が当たると、僕はそのまま腰を沈めた。すると、僕の上に覆い被さるように文也がベッドに膝を付いてきたので、僕はズリズリと腰を動かして上へと移動する。
「服脱がして、良い?」
離した唇で言いながらも、手は既にスルリと僕の服を脱がすために潜り込んできていて……、僕も無言で文也の服を掴むと、それがOKの合図だと解ったのかグイッと上に服を引っ張られる。
バサリッと下から上へ引っこ抜く形で服を脱がされ、文也も自分が着ていた服を脱ぐと再び唇をチュッと合わせてから、唇を頬や首筋に移動させる。
「ンッ、ンぁ……」
久し振りの人肌を感じて昂ぶっている僕は、口から漏れる喘ぎを止めることが出来ないでいる。
もっと触って欲しい。舐めて、しゃぶって、気持ち良くなりたい。
期待している僕のモノは、もうパンパンに張っていて下着が窮屈で堪らない。だから、ソロリと伸ばした手でパンツの前を寛げようとしたところで
「ん?キツイ?」
首筋に舌を這わせて、爪先で僕の乳首をカリカリと愛撫していた文也が、楽しそうに顔を下へと向けて呟く。
僕は無言でコクコクと首を上下に振ると、愛撫していた手が僕の手を押し退けてパンツに掛かる。
「ハッ……ギチギチだね。ごめん、気付かなくて」
ハハ。と笑ってパンツのボタンとジッパーを手慣れた手付きで外すと、耳元で「腰上げて?」と、囁かれ僕は素直に腰を持ち上げる。
文也は素直に腰を上げた僕に、いい子だねと言わんばかりに頬に一つキスを落とすと、下着ごと一気に腰から引き下げる。すると窮屈だった僕のモノは、ブルンッと一度揺れて下腹に付きそうな程反り返って主張している。
「あ~~~……、ヤバい……」
僕のモノに視線を向けながら、文也がそう呟くが、何がヤバイのか解らず無言でいると
「俺で興奮してくれてんだ?スゲー嬉しいんだけど……ッ」
僕のを見つめ、そうしてゆっくりと僕と視線を合わせた文也の目は、嬉しさの奥に獰猛さを隠しきれていない。その目にゴクリと喉を鳴らしてしまった僕は
「脱いでよ……、そっちも……」
少し上ずった声に恥ずかしさを覚えながらも、きっと僕も物欲しそうな表情になっているだと自覚する。
僕の台詞に文也は一度離れると、自分の着ていたスウェットをずり下ろし、僕同様に前が張りつめているボクサーを脱ぐと
「一緒に、握ってくンない?」
カリが張って、血管が浮いている怒張が目の前にある。コレで中を擦られたら気持ち良いだろうなと想像して後ろが疼いてしまうが、今日は無理だ。
僕は文也に言われた通り自分と文也のモノを一緒くたに握るが片手では心許ない為、両手でキツく握る。
握ると、ビクビクと文也のモノが気持ち良さそうに反応するから、それにさえ煽られて自分のモノからトロリと先走りが溢れてしまう。
文也はベッド横にあるチェストの引き出しからジェルを取り出すと、握っている僕達のモノにジェルを垂らす。
一瞬、ジェルの冷たさでビクリと腰が揺れるが、ぬるついたジェルをモノへ擦り付けるように手の平を上下に何度か扱き上げると、途端に熱で冷たさは気になら無くなる。
「ハッ……、ぁ……ッ」
「ヤベ~……ッ、気持ち、い…ッ」
また耳元で文也の声がそう言って、ゾクゾクと気持ち良い波が背中から腰に響く。
僕は握っている両手の片方を先端に移動させて、手の平で包むように動かすと途端にググッと文也のモノがビクついて気持ち良いんだと感じる。その反応に夢中で握っているモノを扱いていると、不意に文也が僕の乳首をキュゥッと柔く抓って引っ張る。
「ヒァ゛ッ……、ンンッ……」
不意に与えられた快感はビリビリと腰で甘い疼きに変わって、僕は無意識に腰を上下に振ってしまうと
「晴人……、顔そっちに向けて横になって……ッ」
文也のその言葉に、どういう態勢になるのかを理解して、僕は握っていた手を離して言われた通りベッドへと横になる。
顔を向けた先には、横向きになった文也の下半身があり、片方の足を広げて立てている。僕はその中心に顔を近付けると先程まで扱いていたモノへ手を添える。
すると、文也も僕の太腿を片方グイッと押し退けて開くと、躊躇いもなく僕のモノを口腔内へと含んだ。
「ンぁ……、ア゛~~……ッ 」
久し振りの感覚に、腰から下がグズグズに溶けてしまいそうな気持ち良さ。
ブルリッと臀部が痙攣して、グイッと腰を入れてしまう。だが、文也は噎せる前に少し顔を引っ込めたようで、再びジュルルッと下品な音を立てながら奥まで僕のモノを咥えてくれる。
僕も竿を握った手を上下に扱きながら、テラテラと光っている先端にチュッと一度キスをして、舌を伸ばし先端のカリ部分を円を描くように舐めねぶる。唾液を絡ませながら舐めた後に、括れ部分に唇をあてるように先端を口に含み力を入れると、顔を上下に振る。
「ッ!……、ンンッ……」
気持ち良かったのか下から僕のを愛撫している文也からくぐもった喘ぎが聞こえて、僕は集中的に先端をイジメにかかかると、グッと文也の手が太腿から臀部の方へと回り、自分の顔の方へグッと引き寄せるから、僕のモノはそのまま文也の口腔内の奥へと飲み込まれていく。
「ンンッ……、んグゥ~~……ッ!」
ギュウゥと先端が喉の奥で締められ、ブルブルと太腿の内側が痙攣し始める。
アッ……、駄目だ……そんな、したら……ッ!
他人の熱で久し振りに興奮していた僕は、呆気ない程簡単に喉奥での刺激で達してしまう。
ビュルルルル~~……。と尿道を通って射精する気持ち良さに、何度か腰を振ってしまうが、文也はグッと臀部に押し当てていた手に力を込めて、耐えてくれてそのまま白濁をコクコクと飲み込んでくれている。
僕がイッている事で文也も興奮しているのか、グァッと口腔内で膨らんだモノを追い上げるように顔を上下に振ると、文也もまた僕の口の中で射精した。
◇
あれから、日々は何事も無く過ぎている。
相変わらず僕と茉優ちゃんは、楽しく同棲を続けているし、文也ともたまに会ったり、食事したりしている。
茉優ちゃんには文也との事は説明済みで、まだ自分が彼女がいる事を文也に言えていない事も伝えている。
『言えるタイミングがあったら良いね』
と彼女は言ってくれるけど、早目に言った方が良いのは、痛いほど自分でも理解している。
文也と会う度に、今日こそはと意気込んでいるのに、いざ言うチャンスがあってもどう説明すれば良いのか二の足を踏んでしまうのだ。
二の足を踏んでしまう理由………。
とんでもなく、僕と文也の相性が良いから。
一番最初のバニラで終わってしまった行為も、最後まで自分が夢中だった事は初めてだ。
大概は、している最中でさえも上から冷静にその行為を見ている自分がいるはずなのに、文也との時はそうならなかった。
その後も何度か遊びに行ったり、食事したりを繰り返したが、まぁ、最後は必ずセックスをする。
僕のメインは、それだから。
同姓に求めてしまうモノ。
この間、初めて文也とアナルセックスを経験したが、体の相性が良いとはこういう事かと、変に納得したのを覚えている。
肌馴染みが良すぎる。
ピッタリとピースが合うような感覚は初めてで、僕は文也とのセックスにハマってしまった。
だから、彼女がいるって事も伝えたいけど、なかなか言い出せずにいる。
ハッキリ言ってしまえば、惜しいのだ。
彼女の事を文也に伝えて、彼を手放すのが惜しい………。
もしかしたらこんな僕を文也は受け入れてくれるかもしれないが、それとは反対の事になった場合を考えると、どうしても伝える事を躊躇ってしまう。
「マジで、ゲスい事してんだよね~……」
店先のカウンターに片肘をついてボソボソと呟く僕の後頭部を、バシンッと鈍痛が襲う。
「痛ッタ!」
後頭部を押さえながら振り返った視線の先には、バインダーを手に持ち片眉を上げて僕を見ているケンちゃんがいる。
「何がゲスいって?」
「ケンちゃん、痛いって」
「アホ、カウンターに肘つくなっていつも言ってんだろ?」
そうだ。ケンちゃんにはいつも、表で歩いている人から暇そうな店に見えないように、カウンターでは肘をつくなと言われている。
「ゴメン………」
素直に答えた僕の頭を撫でながら
「お前イベントあった辺りから、何かあったか?」
と、聞いてくる。
ケンちゃんには文也の事は話していない。
イベントの事もケンちゃんが帰った後、しばらく居たがそのまま帰ったとしたか伝えていないのだ。
「は?何がって、何?」
このやり取りも何度目か……。
なまじ人の事を見ているケンちゃんは、いつもの様にしているつもりの僕の態度が違うのか、事ある毎に何かあったのか?と聞いてくる。
「イヤ~、最近いい事あったのかなって思って?」
ニヤニヤと悪い顔をしながら言ってくるケンちゃんに、僕は溜息を吐き出しながら
「だっから、何もねーって」
と、誤魔化している。
今迄だって、茉優ちゃんと付き合っているのに、関係のあった同性の事をケンちゃんには言っていない。
言う事でも無いし、もしひょんな事からケンちゃんに知られて、幻滅されたくないのだ。大抵の人は、彼女がいるのに他の人と関係を持つ事に嫌悪感を示すものだと知っているから。
僕はケンちゃんに幻滅されたくない。
「ま、良いけど。所で明日さ、急にで悪いんだけど、店休みにすっから」
「あ、ソロソロ?」
「まぁ~、明日か明後日位だと思うんだけどな」
「ケンちゃんが、パパか~。何か変な感じ」
「オイ」
「ゴメンて」
そうなのだ。ケンちゃんの奥さんは今、出産間近な為入院している。
予定日は過ぎているのだが、なにせ初出産。予定外の事態はよくある事らしい。
お店も別に閉めなくて良いよとは言ってたのだが、僕一人だけ働かせるのは悪いと思っているのか、休みにするみたいだ。
お店を休みにするにあたって、張り紙はもう作成済みだし、産まれたらそのまま三日間臨時休業するらしく、その時は僕だけお店に行って、張り紙の文言を変えて帰って良い事になっている。
産まれたら、そりゃぁちょっとでも長く奥さんと、娘さんの傍に居たいよね。
あ、そうそう。産まれてくるのは娘ちゃんだ。
「本当、産まれたら激甘になりそうだなぁ~」
「当たり前だろ?嫁にもやらん」
「彼氏は良いんだ?」
「必ず紹介させて、俺がキッチリ見極めてやる」
「可哀想~」
「何だと!?当たり前だろ!」
この会話も最近はパターン化しているが、会話をする度にケンちゃんの幸せそうな顔が見れるので、ついつい話を振ってしまう僕がいる。
「僕も早く会いたいな~」
「だろ?可愛いに決まってるからな」
「奥さんに似てますように!」
「………。それは、俺も思う」
お互いに顔を見合わせて、アハハッと笑い合う。
出産祝いは、近々茉優ちゃんと買いに行こうと話していて、明日お店が休みになるのなら、茉優ちゃんと一緒に出掛けようかなと笑いながら考える。
◇
「準備できたよ~!」
玄関先で、茉優ちゃんが僕に声をかける。
「僕も~」
言いながら僕も自分の部屋から出ると、茉優ちゃんにニコリと笑顔を向ける。
「良かったね、休みが被って」
玄関で靴を履いている僕の頭から、嬉しそうな茉優ちゃんの声。
基本的に茉優ちゃんとは休みが合わない。
僕はアパレルで仕事だから、土日の休みは基本的には無い。一方茉優ちゃんは事務系の仕事で土日が休みだ。
今日は土曜日。
イレギュラーな僕の休みができた為、こうして茉優ちゃんとデートができる。
家に帰ればお互いに会えるのだが、一日中一緒という事は珍しい。
デートも、仕事帰りに夜ご飯を食べたりする位なので、僕も茉優ちゃんもテンションが上がっている。
「な~~。今日は楽しもうね」
僕の台詞に茉優ちゃんは、フフと嬉しそうに笑うと、二人で家を出る。
今日のプランは、ちょっと遅めのブランチを二人で食べてその後はケンちゃんの出産祝いを買いに行って、二人が見たいねと言っていた映画を見てから夜ご飯を食べて帰って来るプランだ。
家を出て、最寄りの駅まで並んで歩く。いつもの様にお互いの近況を喋りながら。
駅から電車に乗って、目的地の駅に着くまで何を食べるかでひとしきり盛り上がり、ブランチはカレーを食べた。
そこから百貨店に向かって、子供服の売り場へ。
茉優ちゃんと僕が可愛いなと思ったブランドの所を行ったり来たりしながら、店員さんのアドバイスをもらい、おくるみとスタイ、服をまとめてラッピングしてもらい百貨店を後にする。
基本的には百貨店へは行かない二人だから、入店した際は二人共少し緊張気味だった。
だって、エレベーターにエレベーターガールが居て何階の売り場に行くのか聞かれる。そんな事経験した事無い僕は少しどもってしまい、そんな僕を茉優ちゃんは笑っていた。
何時の間にか僕達は手を握ってデートしている。
一般的には普通のカップルがする事なんだろうけど、茉優ちゃんにとってはどうなんだろう?
何度か手を握ってデートはした事があるから問題は無いとは思うが、アセクシャルの人の中では、手を握る事さえ違和感を抱く人がいる。
アセクシャルでも、その度合いは人によって違うと茉優ちゃんから聞いた事がある。
我慢すれば性行為をできる人もいれば、全くできない人。マスターベーションはできても、他者と性行為ができない人。触れる事さえ無理な人もいれば、触れる事は大丈夫な人もいる。
茉優ちゃんは、僕と手を繋ぐ事に違和感は感じないのか?その辺りは本人に確認した事が無い。
けれど、こうしているのだから大丈夫なんだろうと僕は認識している。
性行為やマスターベーションについては、謎だ。
彼女でも、女の子に聞くのは気が引けて、茉優ちゃんが何かしら言ってきてくれるまでは僕から聞こうとは思わない。
聞かなくても、こうしてお互いを尊重出来れば、長く楽しく一緒にいれる事を体現しているから不満は無い。
百貨店から商業施設に移動して、先に見たい映画のチケットを購入する。
購入してから、ブラブラと時間を潰しながらウィンドーショッピングを楽しんで、映画の時間が迫ってきたので、再び映画館へと戻る。
チケットを僕が二人分購入したので、飲み物を茉優ちゃんが買ってくれて、激しい銃撃戦が十二分間続くと話題のアクションを見に劇場へ。
タップリ二時間半映画を楽しんで、一度煙草休憩を取らせてもらう。
煙草も止めようとは思っていて、二、三年前に比べれば吸う本数は格段に少なくなっているが、なかなか止めるまでの踏ん切りがつかない。
基本、家では吸わない事にしている。賃貸だし、綺麗に使いたいと思っているから。仕事では、休憩中に何本か吸ってしまうがその程度で今最も吸っている場所は文也の家のベランダだ。
事が終わると、どうしても吸ってしまう。
文也も家の中は禁煙にしているらしくお互い事が終わればベランダに出て僕は煙草、文也はアイコスを吸っている。
喫煙場所から出て、商業施設の中庭みたいなところのベンチで腰を下ろすと夕飯は何を食べるかで盛り上がってしまった。
で、結局ハンバーグを食べに行く事に。
お昼はカレーで夕飯はハンバーグ。まるっきり僕の食べたいものになってしまった。
茉優ちゃん的には
『私は職場の人と、いつでも好きなの食べに行けるから』
らしいが、それは僕もおんなじなんだけどな。
彼女なりの優しさに僕は甘えて最近二人で行っていなかった、ハンバーグ屋へと向かう。
ハンバーグ屋に着くと、お互い浮気せずにいつものやつを注文して茉優ちゃんが食べ切れなかったハンバーグを平らげると、店を後にする。
「食べたね~」
「腹がはち切れそう」
「私の分まで食べてくれたからね」
キラキラと夜の街を彩るネオンの中、家路へと帰っている。
茉優ちゃんが、出産祝いのプレゼントを持ってくれていて、空いている方の手は繋いでいる。
「渡すの楽しみだね」
紙袋を上に少し掲げながらそう言う茉優ちゃんに、僕もニコリと笑いかける。
「茉優ちゃんが選んでくれたから、自信持って渡せるわ~」
「大袈裟だよ~」
ハニカミながらそう言う茉優ちゃんを、素直に可愛いなと思う。
「晴人?」
後ろから突然聞き慣れた声が聞こえて、僕も茉優ちゃんも歩く足を止める。
声がした方にいち早く茉優ちゃんは振り返っているが、僕は誰の声か解っているので振り返るのに躊躇ってしまう。
「オイ、晴人」
振り返らない僕に対して、少し不機嫌そうな声音。
僕はユックリ振り返ると、そこにはやはり文也がいる。
茉優ちゃんは、不安気に僕と文也を交互に見つめていたがユックリと僕と繋いでいた手を解いた。
文也の方も一人ではなく、先日クラブで一緒にいた人と立っている。
「何してんの?」
文也は僕と茉優ちゃんを見ると、眉間に皺を寄せて尋ねてくる。
その問いに何も答えられない僕を、文也の隣にいた彼が
「聞いたら悪いよ~、デートの邪魔してるって」
と、その通りの回答をしてくれる。
文也は隣の彼の言葉に一瞬嫌そうに口元を歪めて、次いでは僕の近くに寄って来ると
「何、してんの?」
あくまでも、僕の口から聞きたいらしい。
僕はもしかすると、イヤ、もしかしなくても殴られるなと感じ、一度茉優ちゃんの方に顔を向けると
「茉優ちゃんごめんけど、先に帰っててくれる?」
と、呟く。
「ケド………」
険悪な雰囲気に、自分の彼氏が何かされるかもしれないという心配からか茉優ちゃんは迷うようにその場から動こうとしないが
「大丈夫だから、ね?」
何も説明しない僕の顔をしばらく見つめると無言でコクリと頷き、一度文也の方に視線を向けて軽く会釈して彼女は駅へと一人歩き始める。
「え?彼女帰ったけど、良かったの?」
茉優ちゃんが居なくなり、文也の隣にいた彼は文也同様僕に近付くと楽しそうにそう言って文也の肩に腕を乗せる。
と、
「お前も悪いけど、帰ってくんない?」
自分の肩に置かれた腕を振り払うと、文也は静かに彼にそう言う。
「は?何言ってんの?」
突然文也からそう言われた彼は、見る見る険悪な顔付きになって文也に詰め寄る。
「悪ぃけど、こいつと話があるから帰って」
「イヤイヤイヤ、話って終わっただろ?こいつには彼女が居た。お前は遊びだった。終わりじゃん?話なんてねーだろ?」
口調が荒くなった彼の台詞に、通行人達が何事かとチラチラと僕達に視線を投げかけてくる。
僕は地面に視線を落とし、ギュッと唇を噛み締めた。
「俺はあるから。悪いけど………」
静かに彼に言う文也の台詞は、暗く静かだ。だから返って怒りが解る。
その圧に彼の方も押されたのか、一度僕を見た感覚はあったが次いでは小さく舌打ちをして、靴音が遠ざかって行く。
「車、あっちに置いてるんだわ……」
一言そう呟くと、文也は歩き出す。
僕が文也の言葉に顔を上げると、もう数歩文也は歩き出していて僕もその後に続く。
無言のまま車を留めている駐車場に行き、無言のまま車に乗り込む。
車が走り出しても、文也は何も言わない。
きっと文也の自宅に行くんだろうなと、流れる景色を車の中から見つめながら僕も押し黙ったまま。
重たい沈黙が続き、やはり文也の自宅に到着する。
いつもの様にエレベーターで五階まで上り、部屋の中へと入る。
奥の部屋へ入ると、大きな溜息を吐き出しながらソファーへ座る文也を僕は立ち尽くしたまま見ていると
「話、できないから座ったら?」
と、投げやりに呟く。
僕は言われるままに文也の隣に腰を下ろすと
「いつから?」
静かに尋ねる文也に視線を泳がせても、文也はこちらを見ていなかった。
「四年………位……」
呟いた僕の台詞に、隣で呆れたような溜め息。
「ハッ………、四年?」
その後の言葉が続かないのか、文也は黙ってしまう。
「………、ごめん……」
文也の方に体ごと向け、頭を下げながら呟く僕にやっと文也は視線を向けてくれる。
「お前、ゲイじゃ無くてバイだったのか?」
「違う……」
本当の事を呟いた僕の目を反らさずに文也は見ていたが、僕が答えた言葉に文也の瞳が揺れている。
「……、違うってどういう事?男も女もイケてんじゃん?てか、そもそも隣に居たやつは、彼女で合ってんだよな?」
彼女で合っている事を肯定する為に、僕はコクリと頷くと文也は苦しそうに眉間に皺を寄せる。
「彼女居て、俺とも関係作るって事はバイだろ?」
「…………、違うんだ」
「何が?」
否定はするがそれ以上の言葉を言えない僕に、文也は苛立った様子で聞いてくる。
僕は一度唇にギュッと力を入れて、息を吸い込むと
「男とは、体の関係だけで……」
僕の台詞に文也は固まりしばしお互いを見つめ合う形になったが、次いではみるみると僕を嫌悪する表情に変わっていく。
「は?………、ちょっと何言ってるか解んないんだけど?」
僕の言った事を嫌悪しながらも理解してくれようとしている台詞。
僕に説明させてくれるチャンスをくれる優しさが、文也にはある。
「………。僕の恋愛対象は、異性で……」
「イヤイヤイヤ、だから俺と関係もしてるじゃん。だからバイで合ってんだろ?」
「……………」
文也の突っ込みに次の台詞が出てこない。
それはきっと文也を傷付けると解っている言葉だから。
「言えよ」
躊躇って言えない僕に、言う事を促す文也の台詞。
一瞬、チラリと見た文也の表情は相変わらず僕を嫌悪している。
イライラしているのか、膝の上でトントンと指を上下に動かしている文也に僕は口を開き
「性欲は……、同性じゃ無いと満たされないんだ……」
「………、性欲は……ね」
重い沈黙が二人を包む。
僕はこれ以上文也に対して言える立場じゃ無い。
「恋愛対象は異性だけど、同性の俺には気持ちは無くて、性欲を満たす為だけって事か?」
文也の台詞に僕は何も言わない。
無言の肯定って事だ。
無言の僕に文也は大きな溜め息を吐き出し
「バイよりも質悪ぃなお前」
………。そうだと自分でも思う。
同性に気持ちは無い。ムラムラとした欲情だけ。
幾ら綺麗事を並べても、性欲処理の為だけに抱かれるのだ。
「………ごめん」
呟いた僕に文也はおもむろに立ち上がると
「申し訳無いけどもう連絡してくるな、俺もしないから」
「………解った……」
俺が同意すると一瞬空気に殺気が混じり、文也が俺に対して殴るような素振りを見せたが、グッと堪えると
「話は終わったから、帰れ」
静かにそれだけ呟き、そのまま寝室へと踵を返して行く。
ガチャリと寝室の扉が閉まった音を聞いて俺も静かに立ち上がると、そのまま文也の家を後にした。
歩いて駅まで行く気力が無く、文也の家から出るとタクシーで帰った。
家に着くと、茉優ちゃんが心配そうに玄関まで出てきてくれたが僕は話をする気になれないと自室に籠もる。
僕の部屋の扉の近くに、茉優ちゃんが持って帰ってくれたケンちゃんに渡す紙袋だけが、ポップで楽しそうな雰囲気を出している。
何もする気が起きず、僕はそのままベッドの上へとダイブするとうつ伏せでその紙袋を見つめる。
さっきまであれほど楽しく過ごしていたのに、こんな事になるとは夢にも思っていなかった。
イヤ、思いたく無かっただけだ。
僕がちゃんと言わなかったのがいけない。
言うチャンスは幾らでもあったはずなのに、自分の欲だけ優先させてしまった結果がこれだ。
だが言ってしまえば、今よりももっと早く文也とは終わっていた。
「悪いのは、僕だけどさ………」
自分の欲を優先させて、文也の気持ちを蔑ろにしてしまった。本当なら殴りたかったはずなのに、最後まで僕に対して優しさを見せてくれた。
チャラいと思っていた文也は、イメージとは違いいつも僕を優先させてくれていたと思う。
好きと言う言葉も沢山文也から聞いたが、僕はそれに答える事が出来なかった。
そう言ってもらえる事は、嬉しいと素直に思える。だが自分が文也に対してそうかと問われれば、そうじゃ無いとなってしまう。
理解される事は、本当に難しいのだ。
幾ら体を重ねても、感情の面で相手を好きになる事は無い。
文也も言っていたが、バイセクシャルであるならば、同性同士でも恋愛感情は生まれるが、僕には生まれない。
それは常に異性に向けられる。
悲しい事に、同性に対しては自分の欲求を満たすだけ。
友達みたいに良いやつだなとか、頼りになるなとかは思う。好きという感情も好感を持つ程度には芽生えるが、恋愛のそれとは違うと思う。
「まぁ、また違う相手を探せば良いだけなんだけど……」
そう、今回も今迄の様に次を探せば良いだけだ。
これまでと同じ様に、文也の事など忘れてしまえばいい。
「…………、忘れられるのか?」
ボソリと呟いた自分の言葉に、僕は無言になってしまう。
あれ程相性の良い相手を忘れられるのか?
「イヤ……、忘れないと……」
枕に顔を突っ伏して漏らした呟きはくぐもって、温かい息に消えていく。
◇
文也からの連絡が途絶えて数ヶ月。
僕は普通に生活している。
ご飯もちゃんと食べられるし、睡眠だってとれている。
仕事も、茉優ちゃんとの生活も、何ら今までと変わりない。
ただ、体の奥から湧き上がる仄暗い欲が僕を蝕む事があるが、他の誰かに慰めてもらおうとは思わなくなっていた。
「今日は職場の人と夕飯食べて帰るから」
茉優ちゃんと一緒に朝ごはんを食べながらそう言われ、頬張っていたサンドイッチを咀嚼しながら頷く。
「了解、楽しんでおいでね」
「ありがとう、晴君も今日は遅くなるんだよね?」
「ン?そうだな~、まぁミズ次第かな?早目に帰れそうならその前に連絡するわ」
「解った、晴君も楽しんでおいでね」
「ありがとう」
今日は本当久し振りに、高校の時の友達と遊ぶ予定になっている。
高校二年の時に同じクラスになった清水直人ことミズとは、部活も同じだった。
当時の僕とは全く逆で、明朗闊達。クラスや部活でも奴の周りには常に人が居た。
僕とも気さくに話をしてくれるタイプで、学生時代プライベートで遊ぶ事は無かったが割と話はしていた奴だ。
先日たまたまミズがウチの店に来店し、ケンちゃんと僕に久し振りに会ったというワケ。
今日は店の周年イベントがあり、ケンちゃんと僕は勿論強制的に参加だが、ミズも誘ってみたら行きたいとのことだったので僕がエスコートする事になった。
周年イベントは、知り合いのヒップホップDJが何組か回してくれてダンスイベントなんかもある。デコもVJも手配済みで結構大きなイベントで、毎年三百人位は遊びに来てくれる。
チケット、インビ共々ほぼ完売。
イベントでは毎年周年記念のTシャツを販売するのだが、今年は僕がデザインした。
お客さんの中には、周年のTシャツを楽しみにしている人が結構いるのでプレッシャーだったが、Tシャツの素材もヘンプのものを使用したり左脇腹にタイダイの模様が出るよう染めてもらったりと、結構力を入れて考えただけあって、ケンちゃんからも可愛いとお墨付きだ。
「私も行きたかっけどな」
残念そうに呟く茉優ちゃんに、僕はニコリと笑いながら
「来年はおいでよ、職場の人とご飯って送別会って言ってたし、そっちの方が大切だしね」
「二次会が無かったら、顔出そうかな」
「イヤ~~、茉優ちゃんの職場、キッチリ二次会までするじゃん?」
「そうなんだよ~~!カラオケより、クラブに行きたい………」
あ~~~っと、本当に残念そうに言う彼女が、可愛くて僕は声を上げて笑ってしまう。
「今度は違うイベント一緒に行こうよ」
「本当!?」
「勿論、来月に確かレゲエのイベントあるよ?」
「行く~~~!」
途端に笑顔で嬉しそうに言う茉優ちゃんに、僕もニコニコだ。
あれから茉優ちゃんとは、文也の事について話はしなかった。
数日間、彼女には心配をかけてしまったがそんな彼女を見て普通に振る舞おうと僕も思ったし、何も話さない僕に茉優ちゃんも察してくれて、いつも通りの感じでいてくれた。
お互い朝食を済ませ、それぞれの職場へ。
◇
「じゃ俺は先に行っとくから、後よろしくな」
「解った」
「またな」
僕とミズはそう言って店を出て行くケンちゃんの背中に、それぞれ手を振る。
僕はこれからレジ閉めをして、ミズと一緒にクラブへ行く。
レジを閉める間ミズには待ってもらっている。
「シマ、お前もイベント行ったら、何かする事ねーのか?」
僕はミズから、シマと呼ばれている。高校の時の奴等は皆僕の事をそう呼ぶのだ。
「Tシャツ売らないとだったんだけど、ミズと一緒だから楽しめってケンちゃんから言われた」
「あ、マジか。悪い事したな?」
「いんや~、僕は逆にミズに感謝だけど?」
「だよな~」
軽く返されて、僕は少し笑いながらお金の計算をしていく。
「俺クラブ行くの初だからさ、緊張してきたわ」
ソワソワと落ち着きが無くなってくるミズを笑いながらレジ閉めが出来、僕とミズは店を後にする。
クラブへと行く前に、ミズと一緒に軽く腹ごしらえをして行くと、クラブの前には見慣れた人達が僕に挨拶をしてくれる。
僕も挨拶を返して、ミズと一緒にクラブへ入っていくと、予想以上に人が多くてキョロキョロとケンちゃんを探してしまう。
「ミズ、こっち!」
ミズも人に圧倒されているのか、初めてのクラブに物珍しいのか、僕同様落ち着き無く辺りを見回していたが僕の一言に後に付いてきてくれる。
ケンちゃんはカウンターの中で、クラブのスタッフと一緒にドリンクを捌いていた。
「ケンちゃん来たよ!」
カウンター越しから大きな声でケンちゃんに呼びかけると
「おう、何か飲むか?」
と、返される。
本当に僕は手伝わなくても良いらしい。
ミズに声をかけて、二人分のドリンクを貰うとフロアーの方へ行こうと促す。
今回のクラブはラウンジとダンスフロアーが別になっていて、ラウンジにはソファー席や椅子が結構多く設置してある。
ダンスフロアーの出入り口を開け中に入ると、こちらにも結構な人が、踊っている。
「凄いな」
ミズが顔を寄せて僕に言ってくるが、踊ろうかどうしようかとソワついているので
「踊り、行こうか」
とミズに言い返し、僕は人の渦の中に入っていく。
僕の後に続いてミズも渦に入って行くと、ぶつかった女の子にアピールされている。
ミズは結構男前だ。タッパもあるし、体格も良い。つい最近彼女と別れたと言っていたので、ケンちゃんが気を利かせてこのイベントに遊びに来いと誘ったのだ。
照れながらだが、アピールされた女の子と一緒にリズムを取っているミズを確かめて、僕はDJの方に近付いていく。
僕の好きなヒップホップの曲を良くかけてくれるDJが、今の時間回しているので絶対にこの人のは聞きたかったのだ。
一段高くなっているステージにブースがあり、その前までくると僕もドリンク片手にリズムに乗り始める。
しばらく踊っていると、急に肩を掴まれたのでミズがこちらに来たのかと思い笑い顔で振り返ると、そこには文也のツレがいた。
「ちょっとラウンジ行こうよ」
耳元で言われ、服の裾を掴まれてそのままラウンジの方に引っ張って行かれる。
奥の空いているソファー席に押しやられると
「座りなよ」
と、相手は座りながら僕に言うので、僕も大人しくそれに従う。
座ってからしばらくお互い無言だったが、向こうから
「彼女さんとは、仲良くやってんの?」
と質問され
「………、まぁ」
それ以外に答える台詞が見つからず、呟く。
「そっか、上手くいってんのか……、文也的には残念な知らせだね」
文也という名前で、ピクリと反応してしまう。相手はそんな僕の反応を見逃さず
「まだ気になってんだ?」
嫌そうに口元を歪めながらそう言う相手に、僕は視線を下に下ろす。
気になっていないといえば嘘になる。
夜な夜な自分の欲を発散させる時は、自ずと思い出してしまうのだ。駄目だと解っていても、文也から与えられた強烈な快感は僕を蝕んでいる。
「ま、もう関係無いケドね。ところでさ、飲まない?」
「は?」
突然の提案に、僕はキョトンと相手を見てしまうが相手はそんな僕を気にする様子も無くトレーで酒を配っているスタッフを呼び止めると、テキーラとお金を交換している。
「飲めるよね?」
ズイとテキーラを僕の前に置いて、僕の返事を待たずにグイとショット飲み干すと、すかさずレモンを口に運んでいる。
「飲みなよ」
ニコリと笑われ
「は、ぁ……」
訳がわからないまま、僕は差し出された酒をグイと飲み干し相手同様レモンを口にする。
「お~、いける口?」
相手は嬉しそうに言うとまたスタッフを呼び止め、今度は結構な量をテーブルに並べる。
「え?チョッ……、そんなに飲めませんけど………」
お金をスタッフに払い自分と僕の前にテキーラを並べる相手に、僕はそう呟く。
「良いじゃん付き合ってよ。最近、文也が全然相手してくんなくてムシャクシャしてんだよね。それって結局はお前のせいじゃん?」
先程と同じ様に嫌そうに口元を歪めながら僕にそう言うと、一つを手に取りグイと飲み干す。
………、相手をしない。どの事を指して言っているのだろうか?それに、それって僕のせいになるんだろか?
………、何だか解らない理由でかまられてる?
「飲みなよ~」
断りたいが、断って騒がれてもケンちゃんに迷惑がかかるよな………。それに周年のイベントだから知ってるお客さんも居るし……。
僕は、溜め息を一つ吐き出すと目の前にあるテキーラを掴む。
「そうこなくっちゃね」
相手は僕の行動にニコリと笑顔になると、三杯目を飲み干している。
この人………、酒強いんだな。
僕も、毎日ではないが茉優ちゃんと一緒によく晩飯の時は酒を飲むので弱くは無いつもりだが、テキーラをこんなに飲んだ事も無い。
……………。えぇいッ、ままよ!
◇
グラグラと目の前が揺れているのが、自分でも解る。
自分が揺れているのか、目が回っているのか解らない。
「もう、限界かな………?」
目の前で誰かがそう呟いているが、僕は視線を上げる事ができないでいる。
テキーラを何杯飲んだかは、もう解らない。
テーブルの上にある空のショットグラスを見つめるが、グラスが揺れていて数える事が出来ない。
「もしもし、迎えに来てくれない?」
目の前の相手は誰かに電話しているが、聞き取れたのはそこまででその後に何を喋っているのかも解らない。
お開きになったって事か?開放される?
早く帰って、自分のベッドに横になりたい。きっと明日は二日酔い確定だけど、それよりも何よりも先ず横になりたい。
「大丈夫?直ぐに迎えが来るからさ」
………、ありがとうございます。結構、良い人なのかな?僕を家まで送ってくれるらしい。
ならばまだ起きとかないとな、家の場所伝えなきゃ……。
前のめりになっている体勢が少ししんどくて、僕はソファーに背中を付けて顔を上に向ける。
あ、大分マシかも………。
そのままの体勢でどの位居たのか……………。
◇
「オイ、歩けって」
誰かに言われ僕は薄っすらと瞼を開く。
揺れているが、下はアスファルトだ。
誰かの肩に両腕それぞれ乗せて歩いている。十字架みたいな体勢だ。
家まで送ってくれたのか?顔が上げれなくて、周りの景色が認識できない。
「どん位飲ませたんだよ?」
「え?わかる訳ねーだろ」
「意識朦朧で大丈夫なのか、コイツ?」
「知らねーよ、あ、ココで良いよ」
何人いるんだ?
話をしている声を聞きながらそう思っているが、確認する事は出来ない。
僕、家の住所は言ったのか?
完全に腕を回している人達に、引きずられて移動している僕は、なすがままだ。
「楽しもうね~」
「部屋先に確保しろよ、コイツ動かねーから時間かかるぞ」
「カメラは?」
「持って来てる」
………。何の会話をしているのか、思考が鈍くて考えられない。けれど、僕にとって良い事では無いのはなんとなく解る。
だが、体を動かそうにも酒で体を動かすのはダルく両肩をガッチリと固定されている為困難だ。
「なぁ、ちょっと」
ズルズルと再び引きずられる様に動き出した途端、後ろの服を引っ張られる感覚。
それと同時に聞き慣れた声が後ろから聞こえて、僕の動きが止まった。
「あ?何だよお前」
僕の両サイドで、僕を引きずっていた人達が、不機嫌そうに返事をしている。
「コイツ、どうした?何してる?」
「はぁ?お前には関係無ぇだろ」
「イヤ、知ってる顔だから」
グイグイと後ろに服を引かれるので、僕の足はヨロヨロと後ろに傾く。
「オイ!手ぇ離せ!」
激しく耳元で叫ばれ目をギュッと閉じてしまう。だが、服の突っ張りはそのままだ。
「文也?」
先程まで僕と酒を飲んでいた相手が、どこかから出てきて僕の服を引っ張っているであろう人物の名前を呟く。
……………、文也?
グルグル回る頭に文也の名前がこだましている。
…………、そんなわけ無いだろ?
そんな都合良く文也がいるわけ無いし、いたとしても、僕を助けてくれるなんて事……。
「タカアキ、どういうつもりだ?」
相手に対して、文也と言われた人物は低い声で唸るように問い掛ける。
「ど、どうしているわけ?」
「質問に答えてねぇ、何してんだ?」
文也の台詞に相手も直ぐには答えられないが、次いではどもりながら
「あ、………だから、……そう彼がさ酒、飲みすぎたから、介抱しようとして、ね?」
周りにいる人達にも同意を促すように答えているが
「こんなに人数いるかよ、解散しろ、解散」
「なんで、だよ………」
文也の台詞に、相手はモゴモゴと何か呟いているが、聞き取れない。
「あ?何だよ、解散すんだろ?」
「だから、なんでこんな奴助けようとしてんだよッ!」
相手は文也の言葉に弾かれたように叫ぶ。
「……………、お前に関係あるか?」
「コイツは、文也の事騙してたんだぞ?」
「だから?……、お前は関係無ぇのに、こんな事すんのか?」
「……ッ、お、俺はただ………」
「俺に任せて解散しろ
」
「なんで……だよ」
「言う事聞けねーなら、警察呼ぶぞ」
一歩も引かない文也の言葉に、しばしの沈黙。だが、これ以上揉めても自分達に分が悪くなる事を理解したのか
「離して、そいつに預けて」
相手は諦めた様に呟くと僕の両腕から人の体温が無くなり、次いでは背中に温かさを感じる。
「お前、後悔するぞ?」
相手はそれだけ呟くと、多数の足音が僕達から遠ざかって行く。
「……………、もう、してんだよ」
と、聞こえた様な気がした。
◇
「う、ン………」
体全体が重たい感覚。寝返りをうつのもダルい。
今日、仕事が休みで本当に良かったと思う。こんな状態で、接客なんて出来ない。
これは確実に二日酔いだよな。と、ハッキリしない意識の中で重い瞼を薄っすら開くと、僕の顔の前に見覚えのある顔。
誰だっけ?
ボーッと目の前にある顔を凝視して、誰だか思い出そうとしパチパチと二、三度瞬きを繰り返す。
文也?
に、似てるな~なんて思い………
文也ッ!!??!?
と、急激に脳が活性化する。
は?何で、文也が……。文也の顔が僕の目の前に!?
混乱しながら、状況が掴めずキョロキョロと辺りに視線を泳がせるとここは紛うこと無き自分の部屋で………。
……………は?自分の部屋?
自分の部屋に文也がいる事への違和感で、さらにパニックに陥ってしまう。
茉優ちゃんと同棲している僕は、関係を持った人を自宅に入れない。
必ず、ラブホか相手の家でと決めているので、今の状況に混乱する。
は?……、え?何で………文也が僕の部屋?
昨日は………、周年でミズとクラブヘ行って、文也の連れと酒のんで………、酒、飲んで………。
その先からの記憶が曖昧だが、そこからの事を思い出さないと駄目なんだと自分に言い聞かせ、考え込む。
…………、酒のんで、誰かに引きずられて………、引きずられて?歩いて?イヤ、そんな事どうでも良い。で、何だ?そこからどうなって、こうなってる?
隣で規則正しい寝息をかいている文也の顔を見ながら全力で記憶を辿るが、全然思い出せない。
てか、起きよう。一緒のベッドに寝てるなんて茉優ちゃんに知られたら大事だよな。
僕は、文也が起きないよう細心の注意を払いながら片足をベッドの外に出す。
起きませんように。起きませんように。
片足をベッドから床に着地させ、流れるように尻から腰をベッドの外へ、そのままもう片方の足を出そうとしたところで
「目ぇ、覚めたのか?」
と、目を開いた文也が僕の顔を捉えて呟く。
「あ……………、おはようございます………?」
なんて、気の抜けた挨拶。
「体は?平気?」
「あ、ハイ………」
体?体は平気!!?!?
え?………僕、何………、何かしでかしたのか?茉優ちゃんもいる自宅で?文也と?
文也の一言に、更にパニックになって、グルグルと考えるが記憶が無い僕はどうする事もできずに、スワと血の気が引くだけ。
「何、朝から百面相してんの?」
僕の反応が面白かったのか、文也はクックッと肩を揺らして笑っている。
イヤイヤイヤ、笑い事じゃねーから!
「な、ななな、何で………?」
噛み噛みで文也に質問するが、文也は欠伸しながら布団をクイと持ち上げて
「悪ぃ、もうちょい寝ないか?」
と、僕を再び布団の中に戻そうとする。
僕は布団を上げた先に視線を向けると文也は裸で、その事実に直ぐに僕も自分の体を確かめる。
……………。は、裸だ。イヤ、でも下着は穿いてる。ケド、二人共上半身裸………。
視線を文也と自分に交互に向けて、あたふたしている僕に、文也は呆れながら溜め息を一つ漏らすと二度寝を諦めたのか両腕を上に突上げ伸びをしながら布団から出てくる。
「覚えてねーの?」
自分の後頭部をガシガシと掻きながら呟かれ、僕は首がもげるんじゃないかと思うほど上下に振る。
「あ~~~、どっから?」
「ぜ、全部………」
「全部、か………」
僕の答えに、文也は口元に手を当ててどう説明すれば良いのか迷っている風だ。
え?迷うような事したの?僕とナニかしたのか?
ドキドキと文也の答えを待っていると、バチリと視線が絡む。次いではニヤリと笑われ再び僕は血の気が引く感覚。
と、
コンコン。
「起きてる?」
ドアの向こうから、茉優ちゃんの声。
僕はビクリと肩を揺らして固まってしまう。
もし、今ドアを開けられたら………。言い訳出来ない状況に、息も出来ない。
「ちょっと待ってて、直ぐそっち行くから」
「了解です。ご飯できてるので」
僕よりも先に、文也が茉優ちゃんに答えて茉優ちゃんも普通に返事をしている。
……………。何が起こってるんだ?
未だに状況が掴めない僕を尻目に文也はさっさとベッドから出ると、僕のクローゼットから自分が着れそうな服を選び、着ている。
「お前も早く着ろよ、飯食おう」
「は、ぁ?」
そう言い残して、混乱している僕を放っといて部屋を出て行く。
パタンと閉まったドアを見詰めて
「イヤ、説明してけよ………」
力の抜けた僕の声だけが、部屋に取り残された。
急いで僕も服を着込み、部屋を飛び出しダイニングヘ行くと
「晴君、おはよう。って言っても、もうお昼すぎだけどね~」
そう言いながら茉優ちゃんがにこやかに挨拶してくれる。
「ま、茉優ちゃん仕事は?」
そうだ、今日は普通の平日。僕は今日店が休みだけど、茉優ちゃんは仕事のはずなのにどうして家に……。
「え?有給もらって休んだよ」
な、何で?
テーブルにはサンドイッチとサラダとスープが並べられていて、そこに文也が座っている。
「座って、食べよう?」
「う、うん………」
茉優ちゃんに促されるまま、定位置になっている場所に腰掛ける。
何だか、変な気分だ。
違和感しかない三人が、食卓を囲んでいるなんて………。
「頂きます」
僕が座って直ぐに、文也がそう言って食べ始める。
茉優ちゃんも文也に続く。
僕はそんな二人を眺めて、ご飯に手を付けられない。
「あ、のさ……」
何で二人共落ち着いて食べていられるのか、昨日何があったのか解らない自分だけ置いて行かれたようで、最高に落ち着かない僕は意を決して口を開く。
僕の言葉に二人共が視線を投げかけるから、僕は俯向きながら
「何で……、文也がここに居るのか、説明して欲しいんだけど………」
モゴモゴと喋る僕の台詞に
「え!?晴君、覚えてないの?」
意外そうな茉優ちゃんの声に、僕は顔を上げて
「全然……」
「てか、文也君説明してあげてないの?」
茉優ちゃんは僕の言葉を無視して、黙々とご飯を食べている文也に恨めしそうにそう呟く。
「ン?まぁ、何か色々勘違いして百面相してるから、面白くて放っておいた」
「文也君………」
文也の台詞に呆れたのか溜息混じりに茉優ちゃんは言うと、僕の方に向き直って
「昨日ね、文也君がここまで送ってきてくれたんだよ?」
それは、そうだと思う………。僕が知りたいのはその先の事で、なぜ文也が今まで一緒にいるのかと言う事だ。
無言だったが、僕が聞きたい事が解ったのか茉優ちゃんは話を進める。
「で、私一人じゃ晴君を部屋まで連れて行かれないでしょ?文也君に手伝ってもらって、晴君を部屋まで連れて行こうとしたの」
そこで一度茉優ちゃんは言葉を止めて、文也の方に視線を流す。
文也は僕達のやり取りを見ていたが、茉優ちゃんの続きを答えてくれた。
「そこの扉の前で、お前は俺にゲロ吐いたんだよ」
顎で僕の部屋の前を指し示しながら、文也は淡々と答える。
「まぁ、タクシーに乗って帰る時点で相当気持ち悪がってたし、タクシーの中で吐かなかっただけでも良しだけどな」
「駄目だよ、文也君の服ドロドロにしちゃったもん」
「ケド、タクシーよりかはマシだろ?」
二人で昨日の事を思い出したのか、にこやかに会話をしている。
僕は、思い出せない昨日の僕を罵りながら
「ごめん………。服、弁償するから」
と、呟く。
「だから、文也君帰れなくなって、泊まってもらったの。だから今日、私もお休みしちゃった」
「そう、だったんだ………」
だから、お互い下着姿で寝てた訳ね。
何事も無かった事を聞いて内心安堵の溜め息を漏らしながも、そんな失態をしている自分が恥ずかしくてまともに文也の顔を見る事が出来ない。
「この服貰って行くから、気にしなくて良いぞ」
ズズズとスープを飲みながら文也はそう言って、僕の顔を見る。
………一番高くて、お気に入りのヤツ………。
文也が着ているのは、ケンちゃんのお店で買った僕のお気に入り。
僕には珍しくダボっとしてないラインで、文也と知り合ってから購入したものだ。
まだ気恥ずかしくて何度も着ていない服だ。
……、まぁ似合ってるし、ゲロッた自分が悪いから文句は言えない。
「あのさ、私考えたんだけど!」
パンと両手を叩いて、茉優ちゃんが突然声を上げる。
僕と文也は同時に茉優ちゃんの方に視線を向けて、彼女が何を言うのか待っている。
茉優ちゃんは僕と文也を交互に見ると、意を決したように息を吸い込み
「文也君、私達と一緒に暮らさない?」
………………………………………。
「「はぁ!?」」
茉優ちゃんの台詞に僕と文也は暫しの沈黙。からの同時の発言。
「な、何、言ってるの茉優ちゃん?」
動揺してどもった僕に
「え?良くない?」
ケロリとした感じで彼女は言う。まるでとても良い案だと言わんばかりに。
「お前の彼女、頭沸いてんのか?」
「オイ!」
文也は食べ終わったのか、フォークを皿に置くと、茉優ちゃんの事を冷ややかな目で見ている。
失礼な物言いに僕はギッと文也を睨みつけるが
「晴君、怒らないで」
茉優ちゃんは苦笑いを浮かべて、僕を制止しようとする。
「私が思うに、晴君はまだ文也君に未練があると思うの」
彼女は笑って、そんな事を僕に言うのだ。
「何、言って………」
性的欲求を満たせない事について、文也を忘れられないとは思う。だがそれ以外は何も無いのに………。
「で、文也君も晴君に未練があるでしょ?」
「ハッ、何言ってんだ!お前に何が解るんだよ?」
僕達の終わり方を知らない茉優ちゃんからそんな事を言われた文也は、茉優ちゃんを睨みつける。
「解らないよ、会うのは二回目で失礼な事を言ってるのも解ってる。ケド、関係が終わった人をワザワザ家まで送って来るの?」
茉優ちゃんの言葉に、文也は次に出す台詞を飲んでしまう。
「晴君も、今回は今までの人とは何か違うよね?切り替え早いはずなのに、まだ引きずってるんでしょ?」
引きずる意味合いが茉優ちゃんと僕とでは違うが、今までの人と関係が終われば必ず残念会をしていたのに、文也の時はする気になれなかった。それは確かだ。
それを彼女がこう捉えてしまったのだろう。
「ケド………、終わってるんだ、よ。二人で決めてそうしたんだ………」
ポツポツと喋る僕の台詞に
「本当に納得したの?本当に?歩み寄る事も試しもせずに?」
その言葉に、僕と文也は黙ってしまう。
歩み寄る事を試したのか?
僕は文也に欲だけを、文也は心も。
僕は彼女の事を隠して、フェアじゃ無い関係を望んだ。
文也を騙して、自分の欲を優先させた。
もし、話して文也が受け入れてくれいたならば、何かが変わっていたのだろうか?
僕の考えを解った上で受け入れてくれたならば、文也も考えは違ったのだろうか?
「試した、歩み寄ったって、何が変わるんだよ?アンタはコイツと別れねーんだろ?」
「別れません。私も晴君が好きだから」
「で?俺とも体の関係は許すって、どう言う考え方してんの?理解に苦しむんだけど」
「そうしないと私達はお互いを傷付ける事を知ってるからだよ」
真っ直ぐに文也を見詰めて話す彼女に、文也も次の言葉を出せないでいる。
「私達の事、文也君は晴君から聞いた事ある?」
黙っている文也に、茉優ちゃんは真剣な顔付きで言葉を紡ぐ。
「は?お前等の関係?付き合ってんだろ?」
何を今更といった感じで、文也は苦虫を潰した様な顔で彼女に言葉を吐き捨てると
「そう、付き合ってる。ケド、一般的では無いのは解るでしょ?」
「ハッ………、お前が彼氏の浮気を容認してるって話が、一般的では無いって言いてーの?」
茉優ちゃんを傷付けたくて、わざと文也はそういう言い方をしていると、黙っている僕にも解る。
たが茉優ちゃんは、何故か優しく微笑むと
「そうだね。………、そこなの!私が何故晴君が他の人と付き合う事を容認してるかってとこ!そこが重要なの!」
茉優ちゃんの開き直りにも近い言い方に、言われた文也の方が戸惑っている。
「重要って……」
「私はね、恋愛感情は異性なんだけど、異性と性交渉は出来ないセクシャリティなんだよね」
「は?」
突然の茉優ちゃんの告白に、文也はどういう事だと頭の上に幾つもクエスチョンマークが飛んでいる。
「ウン、まだ知らない人の方が多いセクシャリティだから、突然言われても困ると思うけど………、そうなの!」
できるだけ笑顔を作って文也に喋る彼女は、強いと思う。
僕でさえも、ハッキリと文也には自分のセクシャリティを言えてはいなかったから。
「でね、晴君は恋愛感情は異性で私と同じだけど、性交渉は同性とじゃなきゃ満たされないセクシャリティなのね?」
その台詞に、文也は僕の方に視線を向けるが、僕は文也を直視できなくて視線を落としてしまう。
「で、私はね、文也君が私達を受け入れてくれれば、一番良いなと思ってるわけ」
パチリとここで両手を鳴らして、茉優ちゃんは文也を見詰めると
「私は晴君の心しか貰え無い。出来たら体ごと全部欲しいけど、私もそれが晴君同様無理なの。だから………」
「俺がコイツの体を貰えるって事か?」
茉優ちゃんの台詞を文也が奪って言うが、その言い方には棘がある。
「理解して貰うのは難しいと思う………。ケド、私は諦めたく無いの。変なお願いだって解ってるけど、晴君の事が好きなら少しだけでも付き合ってくれないかな?」
畳み掛けるように茉優ちゃんはそう言って、文也に頭を下げる。
文也は黙って考えていた。
だが、今すぐに答えを出せるワケもない。
「急で変なお願いだから、今すぐ答えは出せないよね?じゃぁ、もし文也君が私の提案を飲んでくれるなら、晴君に連絡してくれる?」
茉優ちゃんは、優しい顔で文也にそう言うと
「勿論、一緒に暮らす事になれば色々決めないといけない事も出てくるからさ」
そう言って、僕の方に顔を向けると
「晴君も、ちゃんと考えてね!」
笑顔で言う彼女の気持ちを、僕が推し量る事は出来なかった。
◇
茉優ちゃんの提案から数週間。文也からの連絡は無い。
ま、解ってた事だ。
あの後、何も言わずに文也は、直ぐに自分の家に帰って行った。
帰った後に僕と茉優ちゃんの二人で話はしたけど………、僕が幾ら何故そんな提案をしたのか聞いても
『皆が幸せになる為だよ』
としか言ってくれなかった。
皆が幸せに。
なれれば一番良い事だが、なれるとは思えない。
特殊な僕達のセクシャリティに付き合ってくれる同性なんて………、いるとは思えない。
僕も、ゲイやバイ、ノーマルなら誰かを幸せに出来るのだろうか?
「………、イヤイヤ、散々試しただろ?」
ノーマルになれるように努力したけど、異性と性交渉が出来ないと自覚した時点で駄目。
ゲイも同様に、性的欲求以外は求める事が出来なくて駄目。バイも然り。
自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪で、鬱になって外出できなくなって、自殺を考えるまでになって………。
良いとこ取りが出来ない世界に生まれてきたんだから、できるところで満足すれば良かったんだよな。
彼女の茉優ちゃんを大切にしつつ、体の関係を持つ人とは………。
病気のリスクが不特定多数だと上がる怖さや、同性同士の無茶なプレイを好む人も少なく無い。遊びになればそれを顕著に出してくる人も多いのだ。だが、一人の人に絞る事はせずに、気ままに楽しめば良いだけの事。
「僕が、贅沢言ってるだけ……、なのかな?」
仕事が終わり、自分の自宅に帰る途中に、色々考える。だが、納得できる答えには到底辿り着かない。
何かが欲しければ、何かは諦めなきゃならないのか………。
はぁ。と重い溜め息を吐き出して、ポケットから自宅の鍵を取り出し、顔を上げると自宅前に文也の姿がある。
「……………え?」
僕は驚きに声を出して、その場に立ち止まる。
文也も僕に気が付いたのか、しゃがんでいる格好から立ち上がると、僕の方へ一歩を踏み出す。
「お疲れ」
「あ、あぁ……」
至って普通に声をかけられ、まともな返事ができず、喉に張り付いたような掠れた声しか出ない。
「中、入れてくんない?」
首を傾げて文也はそう呟く。
「茉優ちゃん………、いなかった?」
確か茉優ちゃんはもう仕事から帰って、自宅にいるはずだ。
「いると思うけど、お前が帰って来てからの方が良いと思って」
「………、そうか」
僕はそのまま文也の隣を通り過ぎ、玄関に鍵を差す。
「おかえり~」
ドアを開けると、いつもの茉優ちゃんの声。
「ただいま、茉優ちゃん……」
その先は言えずに、玄関で靴を脱いでいると、茉優ちゃんが玄関先まで出てくる。
「どうしたの?何か………、文也君?」
僕の後ろに文也を見つけて、茉優ちゃんは呟く。
「今晩は」
文也は茉優ちゃんにそう言って、僕の後から部屋の中に入る。
「いらっしゃい、文也君夕飯食べた?パスタだけど食べる?」
文也を捉えた彼女は、どこか嬉しそうにそう尋ねる。
「食べようか、な」
茉優ちゃんの台詞に文也は苦笑いを浮かべながら、そう答えている。
何だかこの前とは違って、茉優ちゃんに対して文也の空気が柔らかくなっている様な感覚………。
またもや三人で食卓を囲んでいる。
文也の返答次第では、これからこれが普通になるかもしれないのだ。
…………。多分、今日返事をしに来たんだよな?
手際良くテーブルに、三人分のパスタとサラダとスープが並ぶ。
「さ、食べよう」
茉優ちゃんは楽しそうにそう言って手を合わせて食べ始める。
ココ最近では、一番楽しそうだ。
三人で、何とも無く食事をする。
会話をする感じでは無いが、だからといって気まず過ぎる雰囲気でも無い。
ただ、僕だけがドキドキと緊張している感じだ。
食事が終わり、茉優ちゃんが食器を洗っている間、文也は傍らに置いていた袋を僕の傍にススと差し出す。
「?」
「この前の服、一応クリーニングしといたから」
「あ、あぁ……どうも」
まさか服を返されるとは思っていなかった。
僕は文也の服を自分のゲロで台無しにしていたので、てっきり僕のも返ってこないものと思っていたから。
文也と二人、何を話す訳でも無くお互いテレビをボーッと見ていると
「さ、話しようか」
と、茉優ちゃんがトレーにコーヒーを入れて戻ってくる。
「この前の事考えてくれたんだよね?で、今日答えを言いに来てくれたんでしょ?」
単刀直入に彼女は文也に聞いている。
その台詞に僕はキュゥと胃を掴まれる感覚。
「あぁ……、俺なりによく考えてきた」
文也は溜めるようにそう呟くと、一度僕と茉優ちゃんを見詰めて
「お前の案に乗ってやっても良い」
「本当ッ!!?」
文也の一言に途端に彼女は声を荒らげて、膝立ちになると上半身をピンと立たせる。
「あぁ、だけど一つ条件がある」
文也のトーンは変わらず、真剣そのものだ。
茉優ちゃんは、そんな文也のトーンに上げていた膝を再び下ろして座り直す。
そんな彼女を見て、次いでは僕を捉えると
「あんたの提案を呑むにあたって、俺は俺で我慢する事を止めようと思うから、この家で一緒に住む事になっても、俺が抱きたい時には晴人を抱くから。それが無理なら一緒に暮らす事は無理だ」
「なっ!!」
彼女よりも、文也の台詞に僕の方が先に反応してしまう。
吹き出しそうになってしまったコーヒーをグイと手の甲で押し込みながら反応する僕に、茉優ちゃんは至って真面目に
「大丈夫です。そういうのも含めてお願いしたから」
と、文也に返している。
そういうのも含めてって………。想定内って事かよ………。
彼女の意外な返答に、困惑しているのは僕だけじゃなかったようだ。
文也をチラリと見てみれば、まさかその提案が受け入れられるとは思っていなかった表情をしている。
「ハッ………、あんた本当に彼氏の事好きなのかよ………」
「勿論。前にも言ったけど、私は私で晴君の事が好きだから、別れるつもりは無いよ。文也君が、私も含めて受け入れてくれるのであれば、願ったり叶ったりだし。ね?」
茉優ちゃんはそう言って、僕に同意を求めてくる。
「まぁ………」
そうだね。とは断言できないが、そうなれば良いなと少なからず思ってる自分がいる事は確かだ。
「文也君の要望としてはそれが一番大事なのかな?後、話を詰めないといけないのは、金銭的な事になるけど」
それから彼女の包囲網は素早かった。
先日からずっと考えいたのだろう、家賃の事や光熱費、分担に至るまで彼女の考えを僕達に説明してくれるが、反論できる余地は無かった。
一番は家賃の問題だが、一緒に暮らす期間を先ずは短く設定して、その中で文也が本当に僕達と暮らせないと判断すれば、元の自宅に戻れるように、文也の暮らしている自宅はそのままで、こちらの家賃は払わない。
光熱費、食費については貰うが、三人で割るため今までよりはお金が浮くと説明された。
まぁ、その方法でいけば、文也が損をする事は無い。今までの家賃を払わないといけないが、今までだって払えているのだ、大丈夫だと思う。
部屋割りに関しても、僕と茉優ちゃんが住んでいる部屋は、それぞれ寝室に一部屋づつ使っていて、部屋が余ってはいない。
「晴君と一緒で問題無いと私は思うんだけど?」
「問題無い………か?」
茉優ちゃんの発言に僕は少し戸惑いながら呟く。
「晴君のベッド、セミダブルでしょ?男の人二人じゃ狭かった?なら……、下に布団でも用意しようか………」
イヤ、僕が言ってるのはそう言う事じゃ無くて………。僕と文也が一緒の部屋になるのが、如何なものかと………。
そういう感情が顔に出ていたのだろう。茉優ちゃんは文也に向き直り
「さっきの文也君の提案を受け入れるなら、その方が私は良いと思うんだけど、どうかな?」
「…………、俺は問題無いが、こいつが嫌そうだぞ?」
文也は既にもう諦めているのか、面白がっているのか、すんなりと茉優ちゃんの提案を受け入れている。
…………。僕が駄々を捏ねているから、話が進まないって事を言ってるんだよね。
となれば、僕に拒否権があるはず無い。
「解ったよ……、僕も問題無い」
そうして、奇妙な三人暮らしが幕を開ける事になった。
◇
三人暮らしが始まって思った事は、意外に上手くいっている事だ。
なんらかしらの問題が出てくるのでは?と危惧していが、呆気ないほど何も無い。
文也は家事に対しても積極的に動くし、茉優ちゃんとの関係も今の所問題は無さそうだ。
ただ………、本当に強いて言うなら、僕と文也だ。
文也は宣言通り、何かあれば僕と事を起こそうとするが、僕が頑なにそれを拒否している。
僕としては、やはり茉優ちゃんの隣の部屋で文也とそういう事になったら気まずいし、何より………、声が…………。
普通の防音では無い部屋の壁だ。聞かれたくないっていうのが一番ある。
音を吸収するパッドみたいなのを部屋中に貼れば良いのだろうが、そこまでして文也と事を起こそうとは思わない。
なのでいつも寝る時は、文也と攻防戦を繰り広げてしまう。
「お前さ、いい加減にしろよ」
今日も今日とて、今まさにその事で文也と部屋で揉めている。
「いい加減にしろって……、ここじゃ無きゃ良いって言ってるだろ?」
「はぁ~……」
重く、怒っている雰囲気を出しながら文也が大きく溜め息を吐き出す。
「彼女が隣にいるって思うと………、解るだろ僕の気持ち!」
「お前が、声出すの我慢すれば大丈夫だって」
「それができれば苦労しないって、言ってるだろ!」
何度このやり取りをしているだろう?
僕はホテルか文也の部屋でと提案しても、文也は頑なにここでしようとする。
僕の台詞に文也はニヤリと顔を歪め
「ヘ~、我慢できないほど気持ち良いと?」
なんて、ふざけた事を言っている。
だが、事実で僕も言い返せない。
そんな僕の反応を満更でもない無い顔で見ると、グイと距離を詰めてくる。
「タオルか何かで口塞ぐか、俺がキスでもして黙らせるか、どっちが良い?」
ジリジリと僕に近付き、僕も間合いを詰められたくなくて後退りするが、背中が壁にあたると、すかさず文也の両手が僕の両側に伸びてきて腕の間に僕がすっぽりと入る形になってしまう。
文也の言葉を想像してしまった僕は、ゾクリと背中に甘い痺れを感じてしまう。
文也と一度終わった日から、僕は一人でも余り自己処理をしなくなったので溜まっているといえば、溜まっている。
文也が同じ家に住みだしてしまえば、その欲が前よりも出てしまうのはしょうが無い事で………。
「ハッ………、何想像してんの?顔付きがエロくなったけど?」
「退けよ……」
「どっち想像した?言ったら離してやる」
鼻先が付きそうなほど近くに文也の顔がある。
僕はフイと首を横に向け
「…………キス………」
呟いた途端に噛み付くように唇を奪われる。
「ンムッ………、ンン~ッ……」
強引に舌で歯列を割られ、厚みのある舌が口腔内を蹂躙する。
僕は文也の胸板を何度か力を込めて叩くが、びくともしない。
歯列の裏側を丁寧に舌でなぞられ、弱い上顎を刺激される。
息もつけないほど唇を奪われていると、僕の足の間に文也の太腿が割って入ってくる。
僕はそこで、力の限り文也を突き放す。
体重を片足で支えていた文也は、余りの勢いにふらつきながら僕から離れると、そのまま床に尻餅をつく。
「…………ッ、そんなに嫌かよ………」
口元を手の甲で拭い、僕を睨み付けながら呟くと、文也は静かに立ち上がり
「………、お前、もぅいいわ」
一言、僕にそう言葉を残して部屋から出て行く。
数秒固まっていた僕は文也の言葉を理解できずに部屋のドアを開けると、ガチャリと玄関が閉まる音が響く。
「………、もういいって、どう言う意味だよ……」
閉まった玄関を見詰めて呟くと、部屋から茉優ちゃんが顔を覗かせる。
「どうしたの?文也君、出掛けたの?」
心配そうに僕の側に近付いて、尋ねる茉優ちゃんに
「イヤ………、多分、出て行った………」
僕の台詞に茉優ちゃんは目を見開き
「え?どういう事?」
と、僕同様に閉まった玄関を振り返る。
僕は茉優ちゃんに事の説明をするのが嫌でそのまま部屋へと戻ろうとすると、手を握られてしまう。
「説明、してくれるよね?」
「………、茉優ちゃん……」
困って眉間に皺が寄るが、彼女は手を離してくれない。
「もう晴君と文也君だけの事じゃ無いよ?私も関わらせてよ」
少し寂しそうに呟かれ、僕は重たい溜め息を吐き出す。
「向こうの部屋、行こう………」
お互いに、自室を後にしダイニングへと行くと、そのまま床に腰を下ろす。
「戻って来てくれるよね?」
茉優ちゃんは不安気に僕に尋ねるが、僕は顔を下に向け
「イヤ………、無理なんじゃ無いかな……」
「なんで………」
その問いに、僕は言葉を詰まらす。
どう言えばいい?彼女に………。
「上手くいってたよね?………、そう思ってたのって、私だけかな?」
「イヤ、上手くはいってた……」
「なら……」
「僕が………」
そう、僕も腹を決めないと駄目なのだ。茉優ちゃんにもちゃんと伝えないとこれから先彼女とも上手くいかなくなってしまう。
絞り出すように言葉を吐いた僕に、茉優ちゃんは黙って待っていてくれる。
「僕が、文也を拒否ってたから……だから」
その台詞に、そっと茉優ちゃんは僕の手を握り締め
「私が居たから、拒否ってたって事かな?」
静かに呟く彼女に、僕はハッとなり顔を上げて見ると悲しそうに笑う顔とぶつかる。
「イヤ、茉優ちゃんのせいじゃ無くて………、僕が気になって………、駄目で……」
茉優ちゃんはウンウンと首を上下に振り、僕の言葉を聞いてくれている。
「晴君私ね、覚悟はできてるんだよ。じゃ無きゃ文也君にあんな提案出来ないでしょ?私じゃ埋めてあげられない事を、文也君にお願いしてるのは私だから………。晴君が文也君よりも良い人がいれば話は別だけど……、何週間か一緒に暮らしてみてどうだった?」
………、どうだった?問題は無かった。茉優ちゃんも文也もお互いに相手の事は意識していたが、それよりも相手の事を気遣えていた。自分はどうだ?茉優ちゃんに対してはいつも通りだが、文也に対しては………。態度がきつかった様に思う………。
文也が僕に近づく度に、茉優ちゃんには知られたく無い欲が頭をもたげる。それが嫌で素っ気ない態度を取っていたように思う。
文也の体格や、体臭、僕の好きな手を見る度に、ムラムラやイライラが募っていたのは確かだ。だが、それを彼女には見られたくなかった。僕が、同性に欲情している表情や仕草を………。
「晴君が私にどう思われるのか心配だからって気持ち、解るよ。今まで一緒に暮らしてきて、同性の人と関係が終わっても私が居るからって無理してるのも………。だけどね、私を言い訳にして欲しくないんだ……」
茉優ちゃんの台詞に、僕はハッと彼女を見詰めると、意外にも笑わず真剣に僕を見詰める視線とかち合う。
「譲れないものは譲らなくて良いし、私はそのままの晴君が好きだよ?晴君も私の事を理解して一緒に居てくれてるわけでしょう?」
コクリと頷く僕に、一瞬彼女は表情を緩める。
「なら、文也君との事も私は大丈夫。あんなに晴君の事を好きでいてくれる人、これから現れないかもしれないよ?」
……………。そうなのかも………。
拒否ってた僕の気持ちを尊重してくれて、何だかんだと言いながらも文也はここでは僕に手を出さなかった。
一緒の部屋の一緒のベッドに寝ていてもだ。夜中に何回かトイレに行って一人で抜いている文也の事も知っていたのに、僕は見ないふりを続けていた。
「…………、電話、してみる………」
おもむろに立ち上がり、僕は茉優ちゃんにそう呟いて、部屋に戻ろうとすると
「晴君も文也君の事、少しは好きだよね?」
「…………………、茉優ちゃんのとは、違うけどね………」
「色んな形があっても良いじゃん?私達みたいに、ね?」
「………、そうだね……………。おやすみ」
「ウン、おやすみなさい」
僕はそのまま自室の部屋のドアを閉める。
ベッドに腰を下ろして、サイドテーブルの上で充電していたスマホを手に取ると、文也に電話を掛けようと、電話帳を開く。
このまま僕が、連絡をしなければ本当に文也とは終わってしまうだろう。イヤ、もしかするともう駄目かもしれない。
腹を決めなきゃならない。彼女もそうしたように、僕の気持ちを文也に伝えなければ………。
彼女の様に文也は愛せない。だからと言ってもう他の同性の人と関係を結ぼうとも思わない。結ぶなら文也が良い。
甘えた事をさんざ彼にしてきたが、彼は受け入れてきてくれたのだ。
あと一歩、僕のプライドが邪魔をした。
だけど、そのプライドは必要じゃ無かったのだ。自分を守る為のものは、結局大切な人を傷付けるから。
プ、プルルルルルルッ、プルルルルルル……
呼び出し音が鳴るが、文也は電話に出てくれない。
留守電にもならずに、ずっと呼び出し音だけが鳴っている。
僕は一旦電話を切ると、ラインで話がしたいと要件だけ送って、眠れない夜を過ごした。
◇
「絶対、連れて帰って来てね?」
「解った、行ってきます」
翌日の夜。彼女と僕は仕事が終わってから文也の家に行こうという事になったが、彼女が一緒に行ってしまえばまた話がややこしくなると僕だけが行くことにした。
玄関で茉優ちゃんに見送られ、僕は文也の家に向かう。
あの後、文也からの連絡は無い。
ラインも既読が付かず放置されていて、僕は重い足取りで向かっている。
一度ならず二度も文也の事を僕は袖にしている。幾ら何でも、優しい人だったとしても、勝算は無いに等しい。
文也に対して説得するプランなんて無い。頭でグルグル考えても良い答えは思い浮かばず、直球で勝負するしか無いと、その意気込みのまま来てしまった。
不安しかない状態で文也の部屋の前まで辿り着くと、一度深呼吸してからインターフォンを押す。
ピンポーン。
応答は無い。
出掛けてるのか?
もう一度押すが、やはり反応は無くて僕は文也の部屋の前でしゃがみ込む。
帰ってくるまで、待つつもりだ。
時間が経てば経つほど、文也が遠ざかる事は解っていたから。
どの位……そうしていたのか、両膝の上に額を乗せて、腕で顔を覆っていると廊下を歩く足音で顔を上げる。
視線の先には、俯向きながら歩いている文也と文也の腕に手を絡めている一人の男性が、こちらに向かって歩いて来る。
僕は、ゴクリと喉を鳴らして、ゆっくりと立ち上がる。
まさかの光景に、声が喉に張り付いたような感覚。
昨日の今日で、まさか文也が他の人と一緒に帰って来るとは予想していなかった。
だが、それが文也にとっての答えなのかもしれない。
文也であれば、直ぐに僕以外の人を見付けられる。
外見も中身だって、良い男だと思うから。
僕が立ち上がり自分の部屋の前に誰かがいると解ったのか、文也が顔を上げて僕と視線が合うとその場で歩くのを止めてしまった。
「文也?」
隣りにいる彼が不思議そうに文也を見詰め、次いでは文也の視線を追って僕を見る。
「誰?」
訝しげに僕を見詰めながら文也に問い掛けると、その言葉に文也はハッとし
「知らない」
冷たく僕を見詰めたまま呟き、また一歩づつ歩き始める。
「え?知らないって………」
隣にいた彼は文也の台詞に戸惑いながらも、文也と一緒に僕に近付いてくる。
「邪魔だから、退いて貰えませんか?」
「文也………、あのさ、話がしたくて……」
「俺には無いんで」
玄関先で対峙して、会話をしようとするが文也は僕にキツくそう発すると、僕を無視して鍵穴に鍵を差し込む。
隣の彼も気まずそうに、こちらをチラチラと見ているが僕はそれどころでは無い。
文也を中心に隣の彼が右側、僕は左側で、文也はドアノブを回すと玄関をグイと右側に引く。
このまま話もせずに終わってしまうのか?と、一瞬文也の態度に怯んでしまうが、僕は文也の左腕を掴むと
「僕が悪かったッ!僕は………まだお前を諦めたく無い……」
ギュッと目を瞑り、叫んだ僕の声だけが辺りに響く。
「え、ヤバくね?」
なんの事か解らない隣の彼はご近所の事を言ってるのか、僕がヤバい奴だと思ったのか………、その両方だと思うが、呟く。
目を瞑って言った為、文也がどういう表情で僕を見ていたのか解らず急に不安になって恐る恐る目を開こうとすると、頭の上からはぁ~~~。と大きな溜め息が聞こえて、僕は再びギュッと目を瞑ってしまう。
その直後、掴んだ腕をそのままブンッと振られ、僕はバランスを崩しながら玄関内へと入ってしまう。
直後文也に抱き締められたと思った時には、ガチャリと玄関が閉まる音。
「は?………はぁ!?ちょっと、どういう事だよッ!!」
次いでは直ぐに、文也の隣にいた彼の叫びが外から聞こえたと思うと
「死ねよッ!!!」
ガンッ!と足でドアを蹴る音の後に、部屋から遠ざかって行く足音が聞こえる。
「はぁ………、もうここ住めねーな」
「…………、ごめん」
僕の肩口に額を付けて呟く文也の台詞に、僕は申し訳なくて小さく呟く。
文也はしばらく何も言わずに僕の体に体重を預けて抱き締めているので、僕も何も言えずにそっと背中に両腕を回す。
僕も抱き締め返した事で、ボソボソと文也が呟くが何を言っているのか解らずに肩口に乗っている額に、くっつくように耳を傾ける。
「な、何?」
僕が、耳をくっつけると文也はもう一度小さく呟く。
「もう、………離してやれねーぞ?それにお前から来たんだからな……、責任、取れよ」
拗ねた子供のようにブツブツと言う文也の台詞に、僕はハァッ。と安堵の笑いを含ませながら
「うん、そうする………。ゴメンな………、ありがとう文也………」
回した腕に力を入れてギュッとすると、肩口に当たっていた額がゆっくりと上を向く。
そうして僕と視線が絡むと、そのまま文也の顔が近付くので、その速度と一緒に僕は目を閉じる。
柔らかな唇が僕の唇に触れると、何度かついばまれる。角度を変えてゆっくりと吸われると今度はチロリと舌が唇を舐めるように動くので、僕は薄っすらと唇を開いていく。
「……………、良いよな?」
一度唇が離れて、僕に確認する文也の表情は完全に欲情していて、その表情に僕も煽られてしまう。
何も言えずにいる僕は、回した腕に力を込めてグイと自分の方に引き寄せると、そのまま唇を開き自分から文也の口腔内に舌を差し込む。
言葉を交わさなくてもそれが合図になったのか、僕を抱き締めていた手が僕の服の中に入ってきて肌を弄る。
もう一方の手はガッチリと僕の項に充てがわれて、そのまま僕は固定され壁に押し付けられる。
「ンぅッ……、文ッ……や、……フゥッ……」
口付けの合間に、ここは玄関先だと言おうとするが、唇が離れる度に執拗に追いかけて塞がれるので、言葉を紡ぐ事も出来ない。
着ている服も首元までたくし上げられ、あらわになった乳首を親指で潰される。
「チョッ……!文也ッ………ンン~~……ッ、……玄関……ッ」
何とか外した唇で玄関とだけ言えた僕の台詞に文也は急にピタリと動作を止めて僕の顔を見詰めると
「………、部屋なら良いのか?」
悪い顔付きで僕に呟き、おもむろに両手で僕の腰を掴むとグイと自分の方に引き寄せる。
掴まれた僕の腰は、文也のパンツの中で勃ち上がっているモノにぶつかり、息を飲んでしまう。
「ハッ……、お互いガチガチだな」
……………。そうだ。僕のモノも久し振りに与えられる快感に勃起している。
グリグリとお互いのモノが布越しにぶつかり合い、僕は息が上がるとそんな僕を見て文也が唇を舐めながら
「止めてはもう無しだからな」
興奮に声が枯れているのか、腰にあてていた手から僕の手首を掴み直すとグイと部屋へと誘導される。
「アッ、ま、待って……!靴………」
靴を脱ぐ暇を与えられず、そのまま僕は部屋の中へと入って行く。
寝室に入ってからも執拗にキスをされながら徐々にベッドの方へと追いやられて行くが、僕はグッと手の平で文也の胸板を押し返すと
「待たねぇって言っただろ?」
僕の反応に文也は苛つきながら服を脱がそうとするが
「ま、待ってッ!……ッ、準備、してないから……」
僕の台詞に、ピタリと動作を止めた文也は次いではハァ~ッと溜め息を吐き出し
「……………、解った待ってやる……」
グッと堪えたように呟くと僕を腕の中から離してくれた。
僕は、文也から離れると急いでバスルームへ行くと、抱かれるための準備をする。
◇
ガチャリ。
部屋ヘ入ると、ダウナーな曲が流れ照明がダウンライトだけになっている。
ベッドの上に文也は座っていて、僕が部屋へ入ると一度顔だけこっちへ向けて直ぐにフイと反らしてしまう。
僕は文也に近付くためにベッドにギシリと上がると、両手を広げて文也を抱き締めた。
お互い言葉を発する事は無く、抱き締めた腕を緩めて顔を近付けると、口を開いて舌を伸ばしている文也の口腔内へと僕も舌を伸ばす。
クチュクチュと水音を鳴らして深く口付けていると、ボクサーだけ履いた状態の僕の体の上を滑るように文也の手が滑る。
「フ……ンッ、ハ、ァ……ッ」
なぞるように滑っていた手が、意思を持って僕の乳首へと伸びると、触られている気持ち良さに立ち上がった突起を両方の親指で優しく潰される。
「ンッ……クゥ……」
恥ずかしさに声を抑えている僕に、唇を離した文也が
「オイ、ここはお前の家じゃ無いだろ?聞かせろ」
と、言う。
僕は戸惑いながらも、文也が言うように素直に声を上げていく。
親指で潰すように愛撫していた指先は、人差し指と中指で挟むようにすると、親指の爪先でカリカリと弄られ僕は息を飲む。だが、それを文也が許す筈も無く、僕は
「あッ……、気持ち……、良い……ッ」
「ン、そうだな」
素直に言った僕に満足気な返事が返ってきて、僕は堪らずに文也の口を塞ぐ。
「ンッ、ンぁ……、フッ…………、ンンッ」
舌を絡ませ、文也の舌が上顎をコショコショと舌先で撫でれば、鼻から甘い吐息が漏れて僕はギュッと文也の肩に力を入れると、ググッと文也が僕に体重を掛けてきてそのまま後ろへと倒れる。
僕は肩に置いていた手を移動して文也の着ている服を掴み下からグイグイと上へとあげて脱がそうとすると、キスをしていた文也が楽しそうにフフッと微かに笑い、一度僕から離れる。
そのままバサリッと首から服を引き抜いて露わになった文也の裸体にゾクンと欲情してしまう。
文也は僕が履いているボクサーに手を掛けるとズルッと下におろそうとするので、僕も無言で腰を持ち上げるとそのままボクサーを脚から剥ぎ取られ、既に勃ち上がったモノを握られる。
「ンぅッ……、アッ、ゥ……」
竿を扱き上げられ、もう片方の手の平に唾液をまぶしてそれを亀頭に擦り付けるようにあてがうと、クルクルと捏ねくるようにされてビクンッと腰が跳ねる。
「ア゛、……それッ……」
「気持ち良いだろ?」
「ンぅ~~……ッ、ア゛、気持ち、良い゛ッ」
ぬるついた手の平で鈴口を刺激され、カクカクと腰が無意識に浮いてしまう。
竿を上下に扱いていた手が、一度離れて枕元にあったジェルを掴むとパチリと蓋を開ける音が微かにして、次いでは僕のモノへとトロトロとかけられる。
鈴口を愛撫していた手はカリ部分へと移動していて、流れ落ちてくるジェルを指先が受け止めるとジェルの粘着質を受け止め、ぬるついた感触と共にカリや亀頭を重点的に扱かれる。だが、まだジェルはそのまま垂らされていて、指先で受け止められなかったものがツッ~……と竿から玉、そうして臀部の間を通って蕾へと垂れていく。
「ハァッ……、文也……駄目、だ…ッそれ以上したら……ッ」
達してしまう……。
言わなくてもその続きは僕の反応を見れば一目瞭然で……。文也は、僕に言わせる前に追い上げるように握っていた指に力を入れる。
「あ゛ッ、……イ゛ク……、イッ……クゥッ!」
「イケよ」
呟いた文也の言葉を聞いた途端、僕はガクガクと腰を震わせて勢い良く白濁を飛ばす。
下腹に溜まっていた熱が吐き出される快感に脚先まで力が入っていたが、白濁を吐き出すと同時にゆっくりと弛緩され、ブルブルと快感の名残で太腿が痙攣している。
ハァ、ハァ。と荒い息を吐き出して少しボゥッとしている僕の蕾にニュググッと二本文也の指が挿入してくる。
「……ン、ィッ……あ、ア゛~~~ッ」
入ってきた指はゆっくりと中を広げるように動き始め、僕の弱いか所で止まるとコリッとしている上部分を指先で押し付けるようにグイグイと指を曲げてくるから、僕は喉を仰け反らしてハクハクと空気を噛む。
「晴人、息しろ」
ブルブルと震えている僕の頬に腕を伸ばして指先が触れると、僕はヒュッと勢い良く息を吸い込む。その反動で蕾がキュウッと窄まり文也の指を締め付けると、途端に押されているか所がグニィッと更に指を押し付ける形になってしまい……
「ン゛ッ、~~~~ッッ!グゥぅッ……」
先程よりも強い快感に背中をしならせ、痙攣していた太腿がガクガクと小刻みに上下する。
「もう一本増やすからな……」
文也は苦しそうに呟くと、入れていた指に沿わせるようにもう一本指を内壁へと入れ込み、寝かせていた指を縦向きへと変えて限界まで指を奥へと差し入れる。そうすると前立腺よりも更に奥へと指が収まり内壁の襞へと指先があたる。
「ア……、な、に……ッ?」
そんなに指を奥まで入れてどうするのか?と顔を文也の方へと向けた刹那。
「んッ、グウぅ~~ッ!!ア゛ッ、ィ゛あ゛……ッ」
縦向きにした指が薬指、中指、人差し指と波打つように動き、襞を叩くように愛撫し始めた。その動きが強く、目の前でヂカヂカと星が飛ぶような快感に僕は奥歯を噛み締める。
「イ゛~~~ッ!!!アッ、ぁ゛~~~ッ」
「気持ち良いか?」
指で叩かれる度に尿意に似た感覚が襲って、僕は広げていた両足を無意識に閉じて、膝を擦り合わせてしまう。だが、その行為は文也にとっては邪魔なようで、彼は擦り合わせた膝裏に僕の竿を握っていた手を離し差し込むと、グイッと上に持ち上げた。
「や……、だ、ぁ……ッ、ソコ……そんな、にッ……しな……でぇ……ッ」
「嫌?めっちゃ良さ気な顔してるけど?」
「ンンッ、イ゛~~ッ!」
達したばかりの僕のモノは自分の腹の上でクタリとなっているのに、文也の指が襞を強めに掻く度に腹の奥から得も言われない快感が湧き上がり、僕は少しの恐怖にギュッと両手でシーツを握り締める。
「ア゛~~ッ、ぁ、あ゛ッ……」
「晴人、気持ち良いって言え」
「……ッ、ンァ……、持ち……良いッ、ぎ……持ち゛……ッい゛……ッ」
「ン、そうだ……気持ち良いな?」
文也に促されるまま気持ち良いと言ってしまうと、不思議と恐怖よりも快感を追う形になる。
「あ゛ッ、あ゛ッ、……、イ゛~~~ッ!……ッ、イ゛クッ……でちゃ……」
精液を出すというよりも、尿意でヒクヒクとお腹が波打つ感覚に僕はゾッとし、文也の手を止めてもらおうとシーツから手を離して、グイッと押されている両足を微かに広げその間に震える指先を伸ばそうとしたが、僕の動作の意図を先に解った文也は一層強く指を襞に叩き付けてきたから……
「ヒィ゛ッ!ァ゛…………ッ、ア゛~~~~……」
クタリとなった僕のモノからプシッ、ビュククッ、と溢れるように漏れ出た透明な液体は、臍へと散って重力に逆らわないまま脇腹を伝いベッドへと染み込んでいく。
「ハヒッ、ハァ゛ッ、ハ、ァ……ア゛ッ………、ンぅう゛……」
漏らしてしまった事実に罪悪感はあるものの、それを上回る気持ち良さに頭が真っ白になり、荒い息だけの呼吸を繰り返す。
「潮吹くとか………ッ」
ゆっくりと僕の中から指を引き抜きながらボソリと呟いた文也の台詞に、鈍い思考で潮?と思うが、それも直ぐにニュググッと入ってきた文也のモノの感覚にかき消される。
「あ゛?……、ァ~~ッ」
さんざ中を愛撫され敏感になっている内壁に、張り出したカリ部分がやけにリアルに感じて僕は喉を仰け反らせる。
「………ッ、キッツ……」
呻くように息を吐き出しながら呟く文也に、僕はギュッと閉じていた目を薄く開くと、そこには苦しそうな、けれど快感に顔を上気させている表情があり、僕でこんな顔をしているのかと思ってしまったらガクガクと気持ち良さに全身が震える。
「は……、アッ……めっちゃ、しゃぶってくるじゃん……ッ?」
挿入してから馴染むまで動かずにいてくれていた文也だが、僕が快感に体を震わせているとニヤリと口元を歪めてそう言い、腰を緩く振り始める。
「アッ、……ァ、そこッ……気持ち、良い……」
「好きなトコ?」
張ったカリで前立腺を引っ掛けるように浅く腰を動かす文也は、意地悪そうにそう僕に聞いてくる。……知っているからこそ、そこを重点的に責め立てているくせに……。
「………ッ、好き……、ソコ、好……ぎィッ」
トントンとリズム良く執拗に切っ先で愛撫され、僕は文也に触れたくて両手を伸ばすと微かにフッと笑った気配だけして、次いでは僕の上に文也が覆い被さってくる。
僕の顔の両脇に文也の腕がある。それに僕は自分の手を絡めて掴むと、近付いてきた事で浅く抉っていたモノは先程と同じ襞があるか所へと侵入し、更にはその奥へといこうとしている。
「アァ゛ッ……、文、也っ……ふみ………ッ」
もうこれ以上奥へは無理だと名前を呼ぶと、勢い良くカプリと口を塞がれてしまい僕の音はくぐもって消えてしまった。
そうして何も出来ないまま文也の怒張がグググッとゆっくりとだが確実に入っては駄目なところまで侵入してくる。
「ングぅっ………ッ、ぁ゛ぁ、ンフッ……ン゛ッ、ンン゛ッ……」
喘ぎで母音を発する時に、口が開いて少し声を出せるが直ぐに追ってきた文也の唇で塞がれて鼻から吐息が漏れてしまう。
蕩けきった内壁は、誰も入れた事の無いところまで侵入してくるモノを食い締め、チュッチュッと文也の先端にキスをするように震えていると
「はぁ、ぁ……ッ晴人……入れさせて……」
離れた唇が懇願するように耳元で囁く。
切羽詰まった声音に耳から僕の全身にビリビリと甘い電流が流れ、ハァ、ァッ。と溜め息が気持ち良さに漏れ出た瞬間にグプンッと切っ先が壁を掻き分けて侵入した。
「ア゛ッッ!~~~~~~~ッ!!」
腰から脳天まで貫かれたような快感が襲いピンッと両脚が爪先まで伸び、次いではガクガクと太腿や膝裏が笑ったように震え出すと、僕は背中をしならせて中でイッてしまう。
「ぐ………ッぅ……」
直後に、文也のモノをしゃぶるように締め付けてしまって、上から堪えるようにくぐもった喘ぎが聞こえてくる。
中で文也のモノもビクビクと上下に痙攣し限界が近いのだと解る。だが馴染むまで待つのではなく、腰を振り始めたから僕はガチガチと歯を鳴らして再び強烈な快感を味わう事になってしまった。
壁に引っ掛かりながら切っ先がそれを擦って出入りする度に、ギュプッ、グチッと鈍い水音が耳に届きその音にさえも僕は煽られ、掴んだ腕に爪を立ててしまう。
「イ゛ッ、ぎィ……、ずっと……ッイッ、でるッ!ふみ……ッぁ゛イ゛ッ!」
「はぁッ……、ハッ……ヤバっ、イキ、そ」
「ンぅう゛ッ……イッて……ふみ…ッ」
「ッ……ぁ~~、晴…ッ、イクッ」
「文、也ぁッ……イクッ、イ゛、グッ……、イ゛ッ、~~~~~ッッ!!」
うわ言のようにお互いに呼び合い、文也は徐々に腰の動きを早くしていたが、一度叩き付けるように奥へと腰を打ち付けると、そのまま一度硬直しブルッと体を震わせて僕の中で爆ぜた。
◇
「おかえりなさい」
「あぁ………」
玄関先まで出迎えに来てくれた茉優ちゃんに、文也が気まずそうに返事を返している。
あの後、僕はタップリと文也に可愛がられ、ようやく帰還する事が出来た。
事が終わってベッドから立ち上がろうにも、足腰に力が入らず、プルプルと小刻みに痙攣する足を見て、文也が風呂場まで肩を貸してくれた。
その後は、泊まらせる気満々の文也を説得して、茉優ちゃんが待っているからとこちらに帰ってきたのだ。
僕があまりにもフラフラと歩くものだから、帰りは文也の車に乗って帰宅。
家から近いコインパーキングに車を停めて、家までは文也に肩を貸してもらって……。
「話、できたんだね!」
僕の顔を見て、茉優ちゃんは嬉しそうに微笑んでいるが、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
ダイニングまでフラフラとしてしまう足に気合を入れ、何とかソファーに腰を下ろすと
「何だか、フラフラしてる………」
ボソリと隣で呟いた茉優ちゃんの台詞に、僕はビクリッと肩を震わせ、ギギギ……と茉優ちゃんへ視線を泳がすと、茶目っ気いっぱいにウインクしている彼女の顔がある。
そんな彼女を見て、文也が堪らずといった感じで吹き出してしまう。
「お前の彼女………、一番強いかもな」
「え?今気づいたの?」
楽しそうに会話を繰り広げる二人に、僕は首まで真っ赤になっていると自覚しながら
「茉優ちゃんも……、ありがとう」
ボソリと呟いた僕の横に彼女も座ると、両手を広げて僕にハグをする。
「良かったね、晴君」
「あ!」
そんな僕達を見ながら、文也も声を荒らげながら僕を中心にソファーにギチギチに座ると、僕、茉優ちゃんの上から覆い被さる。
「二人でイチャイチャすんな、俺も混ぜろ!」
笑いながら文也もギュッと力を入れるので
「イヤイヤイヤ、苦しいって!」
僕は中から、くぐもった声を上げる。
「アハハハッ」
楽しそうに茉優ちゃんの笑い声も重なり、ひとしきり団子になった俺達は、三人には狭いソファーに落ち着いて、話をしている。
「あ~~……、なぁ、ここって更新いつなんだ?」
ふと文也が呟く。
「え?………いつだっけ?来月、再来月?」
「もう、そんなになるっけ?どした?」
茉優ちゃんと二人で、いつ頃更新なのか思い出していると
「イヤ、晴人のせいで俺、多分引っ越しだから………」
「え?晴君のせいで………?」
誤解を生みそうな文也の台詞に俺は慌てて、茉優ちゃんに両手をブンブンと振る。
「イヤ、僕のせいだけど……、違うから!」
「お前が悪いんだろ~」
「え………、そんなに晴君、声がヤバい………」
「茉優ちゃん!違うから!それじゃ無いから!!」
やはり変な誤解をしている彼女に、僕は全力で違うと、訴えかける。
そんな僕を肩を揺らしながらクツクツ笑っている文也は、自宅から持って来た鞄を何やらゴソゴソとしている。
「これ、三人で住める家探してるから、また二人で見といてよ」
賃貸の雑誌には付箋が付いていて、おもむろに言われた僕達は一瞬、固まってしまう。
「何だよ、もしかして今のままで良いとか思ってんじゃねーよな?俺は嫌だからな」
僕と茉優ちゃんは、お互いの顔を見合わせる。
絡んだ瞳同士は、嬉しさで揺れている。
ほぼ同時に文也を見ると
「「アハハハッ!」」
僕と彼女は笑い出す。
そんな僕達に驚いたのか、今度は文也が固まり
「イヤ、意味不なんだけど?」
呆れながら溜め息をついている文也に、僕はハグをすると、茉優ちゃんも僕の上に覆い被さり
「「最高!!」」
同時に叫んだ途端に、隣からドンっと壁を叩かれて、三人で固まってしまった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話
こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。
家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?
週末とろとろ流されせっくす
辻河
BL
・社会人カップルが週末にかこつけて金曜夜からいちゃいちゃとろとろセックスする話
・愛重めの後輩(廣瀬/ひろせ)×流されやすい先輩(出海/いずみ)
・♡喘ぎ、濁点喘ぎ、淫語、ローター責め、結腸責めの要素が含まれます。
年上が敷かれるタイプの短編集
あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。
予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です!
全話独立したお話です!
【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】
------------------
新しい短編集を出しました。
詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ヤリチン無口な親友がとにかくすごい
A奈
BL
【無口ノンケ×わんこ系ゲイ】
ゲイである翔太は、生まれてこの方彼氏のいない寂しさをディルドで紛らわしていたが、遂にそれも限界がきた。
どうしても生身の男とセックスしたい──そんな思いでゲイ専用のデリヘルで働き始めることになったが、最初の客はまさかのノンケの親友で……
※R18手慣らし短編です。エロはぬるい上に短いです。
※デリヘルについては詳しくないので設定緩めです。
※受けが関西弁ですが、作者は関東出身なので間違いがあれば教えて頂けると助かります。
⭐︎2023/10/10 番外編追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる