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炎
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古賀は台所で慣れないお茶を入れ、ベッドと小さな丸テーブルが一緒になっている部屋にいる木内刑事の元へ向かった。彼は身長160㎝の小柄で小太り。上下黒のスーツ姿に、紺色のネクタイを付けていた。年齢は50代くらい。髪は白髪だらけだがシルバーブロンドの整った髪型をしている。恵比須顔で、強面刑事とはかけ離れた印象だ。
お茶を出すと悪いねっというような仕草でお茶を飲む木内刑事。古賀はその前に座った。
「あの、話って言うのは…」
「話というのはね、君の会社の遠橋さんが殺された事件のことなんだけど、まだ解決の糸口が全然見つかっていなくてね。というのも、殺害現場に証拠らしい証拠がまったくないんだ。あれだけ争った形跡があるのに、まったく変な話だよ」
「そ…そうすっか…」
「そこで、聞き取り調査の方から重点的に先に進めていこうかと思ってね。古賀さん、遠橋さんに恨みを持っているような人って、何か心当たりってありますかね?」
「いやあ、全然…。僕が入社する前、パワハラで何人か辞めていったっていう話は聞きますけど…それ以外は何も…」
ふむ。といった面持ちで古賀の話を聞いている木内刑事。
「やっぱり、職人気質で当たりが強いっていうか、そういうところがあったんで恨まれてたんすかね。わからないっすけど」
「なるほど」
木内刑事はお茶をくいっと飲み干すと、少し雰囲気が変わった。
「パワハラと言えば、古賀さんもけっこう、被害にあっていたと聞きましたが」
「え?」
「いや、私の時代ではそういうのって当たり前だったんですけどね、やっぱり今の子って打たれ弱いですから、古賀さんもけっこう、辛かったんじゃないですか?」
古賀は一瞬、困惑したが、これまでパワハラに対して共感してくれる大人は少なく、ましてやこの年代の男性がそう言ってくるれるのも初めてのことだったのでついホロっときてしまった。
「あはは。まあ、そういう業界ですから、覚悟してたんですけどね。もうしんどくて、毎日泣きそうでしたよ。そのストレスのせいで技術も上達しないし、いいことないっていうか。ほんとに」
「それは大変でしたね。私もね、君くらいの年齢の息子がいてね、正直許せないんですよね。死者に対してこんなこと言うのは気が引けますが」
「そうですか、息子さんがいらしたんですね。今、日本中でパワハラ問題になってますもんね。今もどこかで、辛い思いをしている人がいるって考えると、僕も許せないですよ。殺したやりたいくらい。許されないですよあんなの」
古賀は自分の殺意が露になっていることに気付き、慌てて木内刑事の顔を見た。彼は心なしかにやついているように見えた。しまった。
「お気持ち、よくわかりますよ古賀さん。今日はお忙しい中、貴重なお話を聞けて良かったです。私はこの辺で失礼させていただきますね。お茶、ごちそうさまでした。何か思い出しましたらご連絡ください」
木内刑事はそう言って名刺を机の上に置いた。
車で走り去っていく木内刑事を見送り、誰もいなくなった部屋で古賀は1人考えていた。部屋をウロウロしてはその場へ転がり、うんうん唸っている。
あの刑事、俺を誘導尋問しやがったな。
彼は燃え上がった殺意を鎮めるのと、このままだと容疑者として調査されてしまうんじゃないだろうかという不安を消すため、勢いに任せて遠橋にやっていた妄想の人殺しを木内に対して実行することにした。
20時になってようやく警察署から出てきた木内は駐車場へ向かい、自家用車であるグレーの乗用車に乗り込み車を出発させる。
国道を走っていく木内の車。信号待ち中、ポケットから煙草を取り出し、ライターで火つけ大きく息を吸い込んで吐き出す。白い煙が車内を満たした。
信号が青に切り替わり再び車は走り出す。
木内刑事は、しばらく信号がなく、車通りも少ない区間を軽快に差し掛かり、警戒に飛ばし始めた。スピードは制限速度をオーバーして時速80kmを超えている。その時、煙で満たされた車内の後部座席から、包丁をもった古賀の手がぬっと木内刑事の首に伸び、首を切り裂く。血しぶきが舞い、フロントガラスは真っ赤に染まって前が見えない。
車は左右に大きくバランスを崩しながら走った後、道沿いにあったコンビニ向かっていく。駐車場でたむろしている若者たちが慌てふためていて逃げていき、車はコンビニに激突してやっと止まった。
プスプスと音を立てている車にコンビニの店員が恐る恐る近寄ると、ゴトンッとボールのようなものが運転席から落ちてくる。
「ヒッ」
思わず悲鳴を上げた彼が見たそれは、血に塗れ白目を向いた木内刑事の頭部だった。
3日後、その事故は八見市のニュースの一面を大きく飾った。
お茶を出すと悪いねっというような仕草でお茶を飲む木内刑事。古賀はその前に座った。
「あの、話って言うのは…」
「話というのはね、君の会社の遠橋さんが殺された事件のことなんだけど、まだ解決の糸口が全然見つかっていなくてね。というのも、殺害現場に証拠らしい証拠がまったくないんだ。あれだけ争った形跡があるのに、まったく変な話だよ」
「そ…そうすっか…」
「そこで、聞き取り調査の方から重点的に先に進めていこうかと思ってね。古賀さん、遠橋さんに恨みを持っているような人って、何か心当たりってありますかね?」
「いやあ、全然…。僕が入社する前、パワハラで何人か辞めていったっていう話は聞きますけど…それ以外は何も…」
ふむ。といった面持ちで古賀の話を聞いている木内刑事。
「やっぱり、職人気質で当たりが強いっていうか、そういうところがあったんで恨まれてたんすかね。わからないっすけど」
「なるほど」
木内刑事はお茶をくいっと飲み干すと、少し雰囲気が変わった。
「パワハラと言えば、古賀さんもけっこう、被害にあっていたと聞きましたが」
「え?」
「いや、私の時代ではそういうのって当たり前だったんですけどね、やっぱり今の子って打たれ弱いですから、古賀さんもけっこう、辛かったんじゃないですか?」
古賀は一瞬、困惑したが、これまでパワハラに対して共感してくれる大人は少なく、ましてやこの年代の男性がそう言ってくるれるのも初めてのことだったのでついホロっときてしまった。
「あはは。まあ、そういう業界ですから、覚悟してたんですけどね。もうしんどくて、毎日泣きそうでしたよ。そのストレスのせいで技術も上達しないし、いいことないっていうか。ほんとに」
「それは大変でしたね。私もね、君くらいの年齢の息子がいてね、正直許せないんですよね。死者に対してこんなこと言うのは気が引けますが」
「そうですか、息子さんがいらしたんですね。今、日本中でパワハラ問題になってますもんね。今もどこかで、辛い思いをしている人がいるって考えると、僕も許せないですよ。殺したやりたいくらい。許されないですよあんなの」
古賀は自分の殺意が露になっていることに気付き、慌てて木内刑事の顔を見た。彼は心なしかにやついているように見えた。しまった。
「お気持ち、よくわかりますよ古賀さん。今日はお忙しい中、貴重なお話を聞けて良かったです。私はこの辺で失礼させていただきますね。お茶、ごちそうさまでした。何か思い出しましたらご連絡ください」
木内刑事はそう言って名刺を机の上に置いた。
車で走り去っていく木内刑事を見送り、誰もいなくなった部屋で古賀は1人考えていた。部屋をウロウロしてはその場へ転がり、うんうん唸っている。
あの刑事、俺を誘導尋問しやがったな。
彼は燃え上がった殺意を鎮めるのと、このままだと容疑者として調査されてしまうんじゃないだろうかという不安を消すため、勢いに任せて遠橋にやっていた妄想の人殺しを木内に対して実行することにした。
20時になってようやく警察署から出てきた木内は駐車場へ向かい、自家用車であるグレーの乗用車に乗り込み車を出発させる。
国道を走っていく木内の車。信号待ち中、ポケットから煙草を取り出し、ライターで火つけ大きく息を吸い込んで吐き出す。白い煙が車内を満たした。
信号が青に切り替わり再び車は走り出す。
木内刑事は、しばらく信号がなく、車通りも少ない区間を軽快に差し掛かり、警戒に飛ばし始めた。スピードは制限速度をオーバーして時速80kmを超えている。その時、煙で満たされた車内の後部座席から、包丁をもった古賀の手がぬっと木内刑事の首に伸び、首を切り裂く。血しぶきが舞い、フロントガラスは真っ赤に染まって前が見えない。
車は左右に大きくバランスを崩しながら走った後、道沿いにあったコンビニ向かっていく。駐車場でたむろしている若者たちが慌てふためていて逃げていき、車はコンビニに激突してやっと止まった。
プスプスと音を立てている車にコンビニの店員が恐る恐る近寄ると、ゴトンッとボールのようなものが運転席から落ちてくる。
「ヒッ」
思わず悲鳴を上げた彼が見たそれは、血に塗れ白目を向いた木内刑事の頭部だった。
3日後、その事故は八見市のニュースの一面を大きく飾った。
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