九異世界召喚術

大窟凱人

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一部 皆殺し編

九つの世界の住人

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 ライドはカーテンの隙間からこぼれる朝日と、鳥たちの囀りで目を覚ました。隣ではミリーがまだ眠っている。今年の夏は猛暑で、連日、寝苦しそうにしていたのに今日はとても気持ちよさそうな寝顔だ。深い森の中にいるような、清涼かつ澄み切った空気が部屋の中には漂っていた。
 なんなんだ今朝は。やけに涼しいし爽やか。いつもより気温がグッと下がっていて、すごく心地いいぞ。あぁ…これは二度寝不可避…。
 彼は布団に倒れ込み、再び夢の中に突入しようと目を閉じた。

「おはよう。ライドよ」
「おわあああ!」

 ギールが突如目の前に現れた。身体が木で出来ているためか、ほとんど無表情。木の顔の隙間にある二つの黒い溝からは黄金色の瞳が浮かんでいる。ライドはびっくりして仰け反り、隣のミリーにぶつかってしまった。

「いて。も~なんなのよ~。いい夢見てたのに。あ、ギーちゃんおはよ」
「うむ。おはようであるぞ。ミリー」
「すっごく気持ちよく眠れたわ~。これ、ギーちゃんのおかげ?」
「世界樹には空気を浄化し、近くに住む生き物には恵みを与える故、そうかもしれぬ」

 花でも咲いてきそうな会話をしている2人の間に挟まれているライドは、昨日のことを思い出した。
 そうだった。昨日は種を植えて、もの凄い巨大な樹が生えたんだ。それで、このギールという精霊が現れて…。きっと村は大騒ぎになるだろう。どうしたもんか。
 
「あの…ギール。昨日の話の続きなんだけど、ギールは俺とミリーと契約して、その、召喚術みたいなことが出来るようになっているってことでいいんだよな」

 ライドは恐る恐る質問した。

「うむ。いつでも我を呼び、我が力を使うとよい」
「私も、精霊と契約するなんて初めてだよ。そうだ。朝食食べ終わったらどこかで試してみない?」

 朝食はポタージュとパン、それにチーズ一切れといったメニュー。ミリーがポタージュを作りライドがパンとチーズ、野菜を切り分けた。ギールの分も合わせて今日はいつもより多めに。質素だが、不作続きの地で暮らす貧困農民には精いっぱいの内容だった。
 切り分けた野菜をポタージュの中に入れ、湯気が立ってきた。おいしそうな香りがただよってきたものの、作っている途中で2人はふと気付いた。

「ギール、あのさ、ギールも朝食食べる?」
「我に食事は不要である」

 ライドとミリーは顔を見合わせる。
 てっきり朝食は食べるものだと思い込んでいた…。それともう1つ、聞かなくては。

「あとさ、パンとか、このポタージュに入っている野菜とかって、ほら、植物でしょ?ギーちゃん的に気にならない?ギールって樹の精霊なんだし…」

「うむ。我は万物と繋がっている存在である故、気にならない。全ては循環するのだ。人間とは不思議なことを気にする生き物であるな」

 2人はほっと胸をなでおろした。
 
 朝食を食べ終え、3人が家の外に出ると景色は一変してた。殺風景だった村の至る所に木々が生い茂り、世界樹との間を様々な鳥が往来している。さらに、鹿や兎が周辺を闊歩していて、まるで森の中だ。ライドとミリーは次に、振り返って我が家を見てみた。家の屋根や壁には苔が生え、苔からは見たこともない植物が芽生えている。呆気に取られていると、ライドはハッと何か思い出し、家の裏手に回った。ミリーとギールは彼の後を追う。
 ギールが家の裏手に行くと、畑は世界樹が出来た事によって完全になくなっていた。

「そんな…」

 ガックリと肩を落とすライドにギールが話しかける。

「案ずるでない。家の裏手にあった畑だが、村の外れに移動させておいたのだ」

 ギールに案内されてやってきた村はずれの畑では、今まで見たこともないような大豊作だった。

「これもギールがやったのか…」

「そうである。この地は魔獣の森から闇属性の魔力の影響を受けていたうえ、土の質も良くなかった。だが、どちらも解決済みだ」

 魔獣の森は世界樹の成長とともに消失し、土も今までと違って肥えていた。位置的には世界樹のふもとではあったが、日の光が当たるように世界樹の枝をコントロールしているようで、朝陽がばっちり差し込んでいる。地下水脈をこの地に来るようにしたり、ミミズなどの生物を多く呼び寄せることで、不毛の大地を豊かな地に様変わりさせてしまっていた。そして、植物の異様な成長速度は、世界樹の魔力のなせる業だった。

「とんでもない精霊だな、ギール…」
「ギーちゃんすごい!」
「これだけでない。先程、力を試したいと申したな。いい場所がある」

 ギールがそう言うと、世界樹からいくつも枝が伸びてきた。枝はシュルシュルと音を立てて編み込まれ、あっという間に2人を乗せるカゴになった。ギールに促されるまま、ライドとミリーはカゴに乗り込む。
 2人を乗せた木のカゴはぐんぐん上昇していき、森の遠く向こうに地平線が見えてきた。気持ちのいい風が吹き、白い渡り鳥が目の前を通り過ぎていく。ここヤステナ大陸は周りを海に囲まれているので、地平線の先には海に面している王都ベラがある。さらに海を越えると巨大な大陸が存在している。大陸の中央には魔獣の森と山々がひしめいているせいで町や村のほとんどは海の近くに作られていた。スロガ村も一時は移動を考えたが、貧しく山で生きる術しか知らない彼らは村にしがみつくしかなかった。
 広大な森を抜けた、まばらな樹木の群落まで見渡せるほど高くまでやってきたところで、カゴは世界樹の上に降りた。そこは枝が丹念に敷き詰められた広場だった。
 ここもギールが俺たちのために作ってくれたのか…つくづく凄い精霊だ。

「うむ。では、力の説明をするぞ」

 水の世界「水女」
 機械の世界「ジャンクロイド」
 蟲の世界「ギガントヘラクレス」
 雷の世界「雷虎」
 風の世界「かまいたち」
 炎の世界「火龍」
 闇の世界「血の狩人」
 石の世界「ゴーレム」
 戦いの世界「戦鬼」

「特に詠唱もいらぬ。心の中で彼らの名を呼べば現れ、憑依させたいときはそう指示すれば憑依する。召喚を解きたい時は、そう命令すればよい。二人同時に同じ世界の者を召喚することはできない。これにより、うぬらが体力や精神力を消費することはない。」

 2人は驚愕し、顔を見合わせた。
 まさか、神話や超古代文明レベルの召喚だとは…。

「ではさっそく、やってみるか?」

 ライドは頷き、とりあえず一番被害が少なそうな水女を呼んだ。
 水女よ!出でよ!
 すると、空中から突如全身が水でできた4mほどの水女が現れた。後ろに空を背負っているので風景に溶け込んでいるが、それいがいは艶やかな女性の姿である。

「本当に現れた…」
「あなたが私を呼んだのね。命令はなに?」

 美しい澄み切った声で水女はライドに話しかけた。

「そうだな…じゃあ、飲み水をくれないか?ミリーと2人分」
「お安い御用よ」

 水女はそう言うとライドとミリーの前に一塊の水を作り出した。2人はそれを手ですくい、飲みだす。

「ぷはー!うまい!こんなうまい水は初めてだ」
「ほんと!それに水女がいれば水に困ることはないわね!最高~。村の皆にも分けてあげなきゃ」

 ギールと水女は、もっと派手に能力を使うと思っていたのか、神妙な面持ちで2人を見守っている。

「他には?」
「ある!だけど、え~っと…いいのかな」
「なんだ?恥ずかしがらずに言ってみよ」
「その、池を作って欲しい」
 キョトンとする水女。

 ライドは服を脱ぎ下着姿になって、水女が作り出した空に浮かぶ池に入った。その水の中を水面まで泳いでいく。水中は、太陽の光が乱反射してキラキラと輝いていた。

「気持ちいー!夏に泳げるなんて何年ぶりだろう」

 スロガ村は内陸にあり、飲み水に乏しくましてや泳げるような河なんて近くにはなかったので童心に帰ってはしゃいでいるライド。後からミリーも水面から顔を出した。
 2人は泳いだり浮かんだり、水遊びを一通り楽しんだ後、水女に頼んで木の広場まで降ろしてもらった。

「水女、ありがとう。あと、憑依させるって言うのはいったい…」

 水女はニコっと微笑むと、人型から水になってライドの方へ川の流れの様に飛んで行った。水はライドの身体を取り巻き、彼は完全に水の中に入った。段々呼吸が苦しくなり苦しそうなライド。

「ライド!」
「ミリーよ。大丈夫である」

 次第にライドの肉体は水に溶けていき、ゆっくりと人の形になっていた。ライドの形をした水だ。

「これは…」

「それが憑依である。水女と同じ能力が扱える。緊急時には憑依の方が便利だが、その状態で死ぬと、本当に死んでしまうので注意する必要がある。ちなみに、召喚された者が死んでも召喚術師には影響はない。元の世界に戻るだけだ。しかし、次に同じ者を召喚するまで一日以上時間がかかる」

「もし戦闘なったら、戦闘力のない私達は9人がやられた時点でアウト。その前に憑依で逃げるのが無難ってところかな?」
「うむ。そして、合わせ技も使える。ミリーよ、風の世界の住人かまいたちを召喚してみるがよい」
「え?うん。やってみる」

 ミリーはかまいたちを召喚した。こちらも水女と同じく無色透明だが、竜巻のようなつむじが木の広場の地面を削り、その風がこちらにも吹いてくる。正確には図れないが3mほどの全長だ。

「オイラにあまり近寄ると皮膚が切れるぞ。離れて話すのがいいぞ。ケケッ」

 イタチのような動物が風の中心から姿を見せ、悪戯っ子のように笑いながら語りかけてきた。

「やだ、可愛い。かまいたち、よろしくね」
「このかまいたちと、水女の力を合わせると、風に乗せて水を早く動かしたり、その気になれば嵐や津波を起こすこともできる。やってみるがよい」
「かまいたち、竜巻を起こして」

 かまいたちは風の中に消え、竜巻を起こした。風が吹き荒れて今にも倒れそうなほどだ。

「ライド、大量の水をかまいたちに向けて放出して」
「わかった」

 ライドは竜巻に向かって大量の水を放った。水は竜巻に吸収され大きな水の渦になった。

「かまいたち、その渦を上空に出来る限り飛ばして、最後に四散させて」

 ミリーがそう指示すると、かまいたちは渦を上空に飛ばした。200mほど上がったところで限界が来たのか、かまいたちはその渦を四散させた。渦は小雨となって世界樹に降り注ぎ、虹を作った。

「すごいわ!かまいたち」
「このくらい楽勝さ。ケケッ」
「あとは、うぬらのやり方次第で使い方は無限にあるだろう」
「そうだな…まあ、冒険に出る予定もないから、村の状況が良くなるように役立ててみるよ」
「そうね~。水と食料の問題は解決だから、次はパン屋とかケーキ屋さんとか?入植者も増えそうね~。その前に村長に話さないと。というか、ライド、その状態から戻ったら?」
「お、そうだな」

 ライドは憑依状態を解き、水女とかまいたちには元の世界に戻ってもうことにした。

「いつでも。お待ちしております」
「オイラとまた遊ぼうぜ。ケケッ」

 そう言って水女とかまいたちは空に消えていった。
 その後も、ライドとミリーは能力の使い道をあれこれ話し、夢を膨らませていると、ギールが何かを察知した。
 黙りこくっているギールに気付いたライドが話しかける。

「ギール?どうかしたか?悩み事か?」
「うむ。実は、世界樹の根は、今のところヤステナ全域に根が伸びていてな」
「うんうん。それで?」
「その表面で起こっていることは、ある程度把握できるのだ」
「なんでもありだなギール…」
「王都の方で、異常が起きているのだ」
「異常…?」
 
 ギールは2人の方をじっと見た。 

「数万の軍勢がこの村に向かって行進している」
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