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白い霧
一筋の光を目指して 弐
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「いや、構わないよ。」
ソリャは穏やかなその声にほっとした。普段は口も悪く、生意気な態度をとることが多いので、まさかソリャがこんなにも恐る恐る質問したとは彼女は思いもしないだろう。
「私はね、大事な人を死なせたくないから戦う」
「それはリョンのことか?」
早く答えが気になって仕方がないソリャは、すぐさまそう問うた。まるで好奇心旺盛な子供のようなその様子に、ハヨンがくすりと笑ったが、ソリャは気づいていない。
「もちろんリョンのこともそう。でもね、その他にもたくさん守りたい人がいるの。母さんとか私の師匠とか。あとは私の住んでいた村の人とか。他にも、城にやむなく残された同期とか上官とかね。それに、リョンを必ず守るようにと私に命じた人。その人は今、敵の最も近くで監視されていて、身動きが取れないと思うの。」
ソリャはこの人は何て無謀なことをしようとしているのか、と話を聴きながら考えた。
国民の多くが兵士として駆り出されている今、ハヨンの守りたい人がその中にいる可能性はかなり高い。その上、敵の手中にいる者もいるのである。
「そんなに守りきれんのか?」
「みんなからは甘っちょろい理想だと言われても仕方がないと思ってる。それに、誰も傷つけずに済むとは思っていないし」
ソリャの不躾な質問に不快な様子も見せず、肩をすくめながらそう彼女は返事をした。
なぜそれでも望むのかとソリャは尋ねようとしたが、ハヨンはそれを察したのだろう。続けてこう言った。
「リョンはこれからの戦いで、犠牲が出るとしても、この国の先を思うなら、それを厭わず進むことを決めた。でもそれはリョンの本心ではない…。だから私はそのリョンの本当の願いを叶えるために尽力しようと思う。だってそれは私の願いと同じだから。」
ソリャも最近、リョンへの人となりを理解し始めていた。彼は人一倍情に篤く犠牲を嫌う。その選択は苦渋の決断だったに違いない。
「私もリョンの決めたことに反対はしないし、それが上に立つ者として正しい選択だと思ってる。だから、私は手の届く範囲の人だけでも、勝手に救いたいと思う。」
そんなことできるのか、と聴くのは野暮だと彼女の表情を見てソリャは感じた。一人の力では限界というものがある。孟の城にいる者の力を合わせたとしても、王城の人間の方が圧倒的に有利で、その手からこぼれ落ちる者もいるだろう。そのことを彼女は理解していて、その上で覚悟をしているのだ。
王族を守る武人だというのに、変わった人だとソリャは思った。彼女のいうことを聞けば、甘いと反対する者もいるだろう。城の兵士ならば、そんなことを考える必要はない、主人の身を守ることを第一にしろ、と考えるのが普通だろう。
しかし、ここの兵士達はむしろ、ハヨンのように自分なりの願いや誓いを持ちながら戦いに挑んでいるように思えた。
「まぁ、頑張れ…」
「うん、ありがとう」
上手い言葉が見つからず、ソリャはそう歯切れ悪く励ました。こういったとき、今まで人と関わってこなかった自分を歯がゆく思う。いや、あの街では話しかけても逃げられるだけなので、どうしようもなかったのだが。しかし、今ではここの連中と仲良くなりたいと思っている自分に気づき、少しずつ己に変化が起きていることも知っている。
その時、ソリャはムニルの言葉を思い出した。
『ソリャが今回ここの人たちの力になったことで話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて…。そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。』
もし、それでムニルの言うように自分が変わるきっかけになれるのだったら。この国を変える大きな流れに任せてみよう。そうソリャは気持ちを切り替えることができた。
彼女のように、信念を持ち、動けるようになるように。ソリャは背筋を伸ばし、決して逸らさぬ強い瞳を持つ彼女が、気高く、美しく見えた。
空は随分と明るくなり、霧は薄くなっていた。
「俺、戦に参加する」
「そう」
突然そう口にしたソリャを、ハヨンは驚きもせず、ただ優しい笑みを浮かべて答えた。
ソリャは穏やかなその声にほっとした。普段は口も悪く、生意気な態度をとることが多いので、まさかソリャがこんなにも恐る恐る質問したとは彼女は思いもしないだろう。
「私はね、大事な人を死なせたくないから戦う」
「それはリョンのことか?」
早く答えが気になって仕方がないソリャは、すぐさまそう問うた。まるで好奇心旺盛な子供のようなその様子に、ハヨンがくすりと笑ったが、ソリャは気づいていない。
「もちろんリョンのこともそう。でもね、その他にもたくさん守りたい人がいるの。母さんとか私の師匠とか。あとは私の住んでいた村の人とか。他にも、城にやむなく残された同期とか上官とかね。それに、リョンを必ず守るようにと私に命じた人。その人は今、敵の最も近くで監視されていて、身動きが取れないと思うの。」
ソリャはこの人は何て無謀なことをしようとしているのか、と話を聴きながら考えた。
国民の多くが兵士として駆り出されている今、ハヨンの守りたい人がその中にいる可能性はかなり高い。その上、敵の手中にいる者もいるのである。
「そんなに守りきれんのか?」
「みんなからは甘っちょろい理想だと言われても仕方がないと思ってる。それに、誰も傷つけずに済むとは思っていないし」
ソリャの不躾な質問に不快な様子も見せず、肩をすくめながらそう彼女は返事をした。
なぜそれでも望むのかとソリャは尋ねようとしたが、ハヨンはそれを察したのだろう。続けてこう言った。
「リョンはこれからの戦いで、犠牲が出るとしても、この国の先を思うなら、それを厭わず進むことを決めた。でもそれはリョンの本心ではない…。だから私はそのリョンの本当の願いを叶えるために尽力しようと思う。だってそれは私の願いと同じだから。」
ソリャも最近、リョンへの人となりを理解し始めていた。彼は人一倍情に篤く犠牲を嫌う。その選択は苦渋の決断だったに違いない。
「私もリョンの決めたことに反対はしないし、それが上に立つ者として正しい選択だと思ってる。だから、私は手の届く範囲の人だけでも、勝手に救いたいと思う。」
そんなことできるのか、と聴くのは野暮だと彼女の表情を見てソリャは感じた。一人の力では限界というものがある。孟の城にいる者の力を合わせたとしても、王城の人間の方が圧倒的に有利で、その手からこぼれ落ちる者もいるだろう。そのことを彼女は理解していて、その上で覚悟をしているのだ。
王族を守る武人だというのに、変わった人だとソリャは思った。彼女のいうことを聞けば、甘いと反対する者もいるだろう。城の兵士ならば、そんなことを考える必要はない、主人の身を守ることを第一にしろ、と考えるのが普通だろう。
しかし、ここの兵士達はむしろ、ハヨンのように自分なりの願いや誓いを持ちながら戦いに挑んでいるように思えた。
「まぁ、頑張れ…」
「うん、ありがとう」
上手い言葉が見つからず、ソリャはそう歯切れ悪く励ました。こういったとき、今まで人と関わってこなかった自分を歯がゆく思う。いや、あの街では話しかけても逃げられるだけなので、どうしようもなかったのだが。しかし、今ではここの連中と仲良くなりたいと思っている自分に気づき、少しずつ己に変化が起きていることも知っている。
その時、ソリャはムニルの言葉を思い出した。
『ソリャが今回ここの人たちの力になったことで話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて…。そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。』
もし、それでムニルの言うように自分が変わるきっかけになれるのだったら。この国を変える大きな流れに任せてみよう。そうソリャは気持ちを切り替えることができた。
彼女のように、信念を持ち、動けるようになるように。ソリャは背筋を伸ばし、決して逸らさぬ強い瞳を持つ彼女が、気高く、美しく見えた。
空は随分と明るくなり、霧は薄くなっていた。
「俺、戦に参加する」
「そう」
突然そう口にしたソリャを、ハヨンは驚きもせず、ただ優しい笑みを浮かべて答えた。
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