華の剣士

小夜時雨

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白い霧

一筋の光を目指して

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 ソリャはどうすればいいとムニルに縋ったつもりだったが、ムニルの口調は穏やかなものの、鋭い助言ばかりだった。
 心の奥底では、何もできない自分に何度も嫌気がさして、なじっていたことに、改めて気づかされた。

(ムニルはいつも優しくて厳しくて痛いところを突いてきやがる…)

 ついこの前のやり取りを思い出しながら、ソリャは深くため息をついた。

(何でここのやつらは戦うんだ。国のためとか民のためとか言ってっけど、それは本音なのか?)

 ソリャはその戦う理由が壮大なものに思えて、実感が湧いてこないのだ。霧の立ち込めるこの場所で、この先に何があるのかわからない不確かでつかみどころのない状態と似ているような気がする。
 そんなとき、ぶんっ と何かを振るう音が耳に入った。ソリャは反射的に身構える。

(こんな朝早くに誰だ…?しかもこんな霧が立ち込めているときに…)

 ソリャもこの場にいるのだから、人のことは言えないのだが、ソリャは誰もいないと思って城の回りを散歩していたので、虚を突かれた。
 ソリャは足音を忍ばせて、そっとその音の主へと近づいていく。

「誰?」

 気配を消すことには自信があり、まさかばれるとは思っていなかったので、ソリャは度肝を抜かれた。
 緊張感を孕みながらも、凛としてひんやリとした空気を伝って、響く声。この声はまさしくあの女剣士だった。
 ソリャは気配を消すのを諦める。そして彼女に姿が見えるように二、三歩前へ出た。

(この状態ですぐ気づくとか、やっぱ武人なんだなぁ)

 一目見ただけでは戦いとは無縁に見える華奢な体格だが、本当の彼女は気高く、強い武人である。最初はソリャもその見た目との違いに、面喰らったことがあった。

「なんだ、ソリャか。」

 ハヨンがほっと息をついて、ソリャの方へ向けていた剣を下ろす。そしてすらりと剣を鞘に収めた。

「ここで何してんだ?」
「朝稽古。」

 彼女らしいと言えば彼女らしい答えである。史上初の女剣士だとか、天才だとよく言われている彼女だが、ソリャにしてみれば人一倍努力家であることの方がすごいと前々から思っていた。

「そう言うソリャは何してるの?」

 警戒を解き、ハヨンが朗らかな笑みを浮かべて問い返した。
 まるで蕾がほころんだように笑うな、と柄にもなく詩的な表現が浮かぶ。そんな自身に身の毛がよだち、苦笑する。

「俺は散歩だ。朝の空気が吸いてぇと思ってな。」

 ハヨンが、へぇ、意外。と独りごちた。その驚きを含んだ声を聞いて、やっぱり意外だと思われるよなぁ、とソリャは気恥ずかしさと、俺が朝に散歩するのはおかしいのかよ、と少しばかりの拗ねた気持ちが生まれる。

(もうちょっとこう、他の奴らからの俺の印象、変わんねぇかなぁ。)

 先程、ムニルとのやりとりを思い出しながら悶々としていた悩み事が再び頭をもたげた。
 ソリャはたしかに口が悪いし、人を警戒するあまり、すぐに攻撃的になってしまう。しかし、孤児院の頃は幼い子供に囲まれて暮らしていたのもあって、本当は普通に仲間と和気藹々とするのに憧れているのだ。

「なぁ」

 ソリャはそう考えながら口を開いた。ハヨンが何?と言うふうに瞬きする。

「あんたは今までの常識を覆して、この男だらけの世界で力を認められているんだろ?それは簡単じゃねえと思うんだけど、どうやって周りの反対を押し切ってきたんだ?」

 武人は強くたくましい男がなるもの。そのことはもう当たり前のこととして、この国の人の意識に植えつけられている。伝説の物語も、活躍するのは男だけだ。そんな常識を壊し、さらに限られた者にしか任されない、王子の護衛役として抜擢されたのだ。
 周囲の印象を変える。ハヨンならば一番やり方を知っているに違いないのだ。
 ハヨンはまさかそんな質問をされるとは思っていなかったらしく、拍子抜けしたようだったが、微笑みながらこう答えた。

「自分がどんな力を持っているのか、みんなに示したの。入隊試験とか、武術大会とかでね。」

 やはりムニルの言うことは、一理あったのか…、とソリャはハヨン自身の言葉によって、納得することができた。

「じゃあ、次の戦にはどうして参加するんだ?自分の主が戦うからか?」
「次から次に質問するね。」

 矢継ぎ早に質問するソリャに、ハヨンは戸惑いを見せつつも微笑む。

「だめだったか?」

 妙な質問だっただろうかとソリャは気まずく思いながら、ハヨンが答えるまで立ち尽くした。

「いや、構わないよ。」

 ソリャは穏やかなその声にほっとする。普段は口も悪く、生意気な態度をとることが多いので、まさかソリャがこんなにも恐る恐る質問したとは彼女は思いもしないだろう。

「私はね、大事な人を死なせたくないから戦うの」
「それはリョンのことか?」

 早く答えが気になって仕方がないソリャは、すぐさまそう問うた。まるで好奇心旺盛な子供のようなその様子に、ハヨンがくすりと笑ったが、ソリャは気づいていない。

「もちろんリョンのこともそう。でもね、その他にもたくさん守りたい人がいるの。母さんとか私の師匠とか。あとは私の住んでいた村の人とか。他にも、城にやむなく残された同期とか上官とかね。それに、リョンを必ず守るようにと私に命じた人。その人は今、敵の最も近くで監視されていて、身動きが取れないと思うの。」

 ソリャはこの人は何て無謀なことをしようとしているのか、と話を聴きながら考えた。
 国民の多くが兵士として駆り出されている今、ハヨンの守りたい人がその中にいる可能性はかなり高い。「じゃあ、次の戦にはどうして参加するんだ?自分の主が戦うからか?」

「ちょ、ちょっと待って。随分と質問するね。」

 矢継ぎ早に質問するソリャに、ハヨンは戸惑い、目を白黒させた。

「だめだったか?」

 気を悪くしたかと落ち込みつつ、妙な質問だっただろうかとソリャは気まずく思いながら、ハヨンが答えるまで立ち尽くした。

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