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覚悟
汚れ仕事
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ハヨンは捕らえられている暗殺者の元を訪ねることとなった。尋問の役目を負っている兵士の後を追いながら、ハヨンは尋問と言う言葉について考えていた。
(やはり王に仕える者は、敵の狙いとか知らなければならないことがたくさんある。尋問だってするとは思っていたけど…)
ハヨンは尋問では力づくで行うこともあると言う事実に、多少衝撃を受けていた。その一方で、その必要性についても理解しており、複雑な心境だった。
(確かに私も人と命をやり取りする仕事をしている。けど、私はこんなふうに力を振るいたくはないな…)
割り切らなければ、と言い聞かせようとすると、不快感が込み上げる。周りの景色がぐにゃりと歪んで見えたように感じた。慌てて深く考えることを止めると、少し落ち着く。
以前上官が、王族を守るために誰かを殺すこの世界では、深く考えることはやめた方がいい、と言っていたことを思い出した。こうして板挟みな思いを抱え込み続けると、己の精神が壊れてしまう。そのため、病んだり兵士を辞める者も少なくないそうだ。
(私は疑問に思ったことを抑え続けることはしたくない。でも、良い解決策を思いつくことも難しい…。)
ハヨンは歯軋りしたくなったが、何よりも覚悟を決めきれない己に苛立ちを募らせていた。戦で人を手にかけること、今後尋問で人を傷つけることがあるということ、そう言ったことにどこかで恐れをなしていた。これならば考えることを止め、己の仕事を淡々とこなせる者の方が主人の役に立つ。自身の何もかもが中途半端に思えてきた。
「ここだ。」
兵士の声にはっと我にかえると、彼は薄暗い部屋の鍵を開ける所だった。中は狭い部屋だったが、特に血飛沫も生臭さもなかった。ここでは暴力は行われていないのだ、と思うとハヨンは少しほっとした。
扉越しに、誰かがこちらに背を向けて椅子に座っている所が見える。足枷はつけられていたが、それ以外は自由なようだった。
「特に逃げる様子もないし、逃げ出せる術も持っていない。それに、この人の意思で暗殺を図った可能性は低いから、拘束を緩めたんだ」
ハヨンの拍子抜けた表情を見て、兵士が説明する。昨日の朝礼であんなにも重苦しく話していたので、もっと厳重に扱われていると思っていた。
「やっぱり、誰かに操られていたんですか?」
「この人の話したこと全てが本当だったらあり得るだろうね。」
ハヨンは部屋に入り、男が腰かけている椅子へと向かった。ハヨンの足音を聞いてか、男の背筋は強張る。
「こんにちは。あの、私のこと見覚えありませんか?」
ハヨンは男の椅子の前にしゃがみこみ、わざと無防備な体勢になった。これは武人としてはあるまじきことだ。目の前にいる相手によっては、蹴り放題、殴り放題な状態である。
「…?はて、どこかで見たことがあったか…。」
間の抜けた返事に、ハヨンは脱力しそうになった。この殺気の無さは何だ。ついこの前、ハヨンと一対一で刃を向けあった仲だと言うのに、一切殺意が感じられない。
(本当に自分の意思では無かったのか、彼が類い稀なる役者なのか…)
「ああ、そうだ。君、ヒョンテ先生のお弟子さんだろ?長い間見なかったけど、大きくなったねぇ。」
思いもかけないところで、そんな懐かしい名前を出されて、ハヨンは彼の会話に飛び付きそうになった。
「どうして私とヒョンテ先生のことを…?」
はやる心を抑えながら、ハヨンはそう尋ねた。王都の城から逃げた後、こっそり兵士たちの治療を施してくれた彼は今、どうしているのだろうか。
幼い頃から恩がある医術師のヒョンテは無事なのだろうか。ハヨンたちを匿ったために酷い目に遭ってはいないか、と心配していたのだ。
「私は王都の商人でね。数年前にこの燐の国全体で流行病があっただろう?その時家族全員で世話になっんだ。診療所で先生の周りを駆け回っていたのが印象的で覚えていたよ。」
ハヨン達は大勢の患者を相手にしていたが、彼らには幼い赤い目の少女の姿は珍しく、記憶に残りやすかっただろう。
ハヨンは彼のことを覚えていなかったことが申し訳なく思えてきた。そしてそれと同時に、彼は本当に巻き込まれただけなのだと確信した。もし仮に何者かが孟に差し向けたにしても、ただの一兵士のハヨンの過去まで調べていることはあり得ない。
「今、忙しくて王都に行けてないのですが、ヒョンテ先生はどうされているかご存じですか?」
ハヨンは思わずそう尋ねずにはいられなかった。
「彼なら今も忙しく仕事をしているよ。何せ今の王城は戦のことで頭が一杯だ。最近は王都の見回りすら怠っていて、治安が悪いからねぇ。怪我をする奴も多いんだ。」
王都には近づけないので情報がなかなか手に入れられず、その話は初耳だった。
(やはり王に仕える者は、敵の狙いとか知らなければならないことがたくさんある。尋問だってするとは思っていたけど…)
ハヨンは尋問では力づくで行うこともあると言う事実に、多少衝撃を受けていた。その一方で、その必要性についても理解しており、複雑な心境だった。
(確かに私も人と命をやり取りする仕事をしている。けど、私はこんなふうに力を振るいたくはないな…)
割り切らなければ、と言い聞かせようとすると、不快感が込み上げる。周りの景色がぐにゃりと歪んで見えたように感じた。慌てて深く考えることを止めると、少し落ち着く。
以前上官が、王族を守るために誰かを殺すこの世界では、深く考えることはやめた方がいい、と言っていたことを思い出した。こうして板挟みな思いを抱え込み続けると、己の精神が壊れてしまう。そのため、病んだり兵士を辞める者も少なくないそうだ。
(私は疑問に思ったことを抑え続けることはしたくない。でも、良い解決策を思いつくことも難しい…。)
ハヨンは歯軋りしたくなったが、何よりも覚悟を決めきれない己に苛立ちを募らせていた。戦で人を手にかけること、今後尋問で人を傷つけることがあるということ、そう言ったことにどこかで恐れをなしていた。これならば考えることを止め、己の仕事を淡々とこなせる者の方が主人の役に立つ。自身の何もかもが中途半端に思えてきた。
「ここだ。」
兵士の声にはっと我にかえると、彼は薄暗い部屋の鍵を開ける所だった。中は狭い部屋だったが、特に血飛沫も生臭さもなかった。ここでは暴力は行われていないのだ、と思うとハヨンは少しほっとした。
扉越しに、誰かがこちらに背を向けて椅子に座っている所が見える。足枷はつけられていたが、それ以外は自由なようだった。
「特に逃げる様子もないし、逃げ出せる術も持っていない。それに、この人の意思で暗殺を図った可能性は低いから、拘束を緩めたんだ」
ハヨンの拍子抜けた表情を見て、兵士が説明する。昨日の朝礼であんなにも重苦しく話していたので、もっと厳重に扱われていると思っていた。
「やっぱり、誰かに操られていたんですか?」
「この人の話したこと全てが本当だったらあり得るだろうね。」
ハヨンは部屋に入り、男が腰かけている椅子へと向かった。ハヨンの足音を聞いてか、男の背筋は強張る。
「こんにちは。あの、私のこと見覚えありませんか?」
ハヨンは男の椅子の前にしゃがみこみ、わざと無防備な体勢になった。これは武人としてはあるまじきことだ。目の前にいる相手によっては、蹴り放題、殴り放題な状態である。
「…?はて、どこかで見たことがあったか…。」
間の抜けた返事に、ハヨンは脱力しそうになった。この殺気の無さは何だ。ついこの前、ハヨンと一対一で刃を向けあった仲だと言うのに、一切殺意が感じられない。
(本当に自分の意思では無かったのか、彼が類い稀なる役者なのか…)
「ああ、そうだ。君、ヒョンテ先生のお弟子さんだろ?長い間見なかったけど、大きくなったねぇ。」
思いもかけないところで、そんな懐かしい名前を出されて、ハヨンは彼の会話に飛び付きそうになった。
「どうして私とヒョンテ先生のことを…?」
はやる心を抑えながら、ハヨンはそう尋ねた。王都の城から逃げた後、こっそり兵士たちの治療を施してくれた彼は今、どうしているのだろうか。
幼い頃から恩がある医術師のヒョンテは無事なのだろうか。ハヨンたちを匿ったために酷い目に遭ってはいないか、と心配していたのだ。
「私は王都の商人でね。数年前にこの燐の国全体で流行病があっただろう?その時家族全員で世話になっんだ。診療所で先生の周りを駆け回っていたのが印象的で覚えていたよ。」
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ハヨンは彼のことを覚えていなかったことが申し訳なく思えてきた。そしてそれと同時に、彼は本当に巻き込まれただけなのだと確信した。もし仮に何者かが孟に差し向けたにしても、ただの一兵士のハヨンの過去まで調べていることはあり得ない。
「今、忙しくて王都に行けてないのですが、ヒョンテ先生はどうされているかご存じですか?」
ハヨンは思わずそう尋ねずにはいられなかった。
「彼なら今も忙しく仕事をしているよ。何せ今の王城は戦のことで頭が一杯だ。最近は王都の見回りすら怠っていて、治安が悪いからねぇ。怪我をする奴も多いんだ。」
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