華の剣士

小夜時雨

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孟へようこそ

己の正体

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「とりあえず、赤架からここまでひたすら移動してたわけだし、まずはお風呂に入りましょうよ。汗を流すのはもちろん、疲れもきっと和らぐわ」

 ムニルはそう言いながらじりじりと老婆から距離をとる。汗臭いと言われて気にしているのかも知れない。

「そうだね、わしも慣れないことをしたせいか体がそこかしこ痛いよ。」

 老婆も汗はかいていなくとも、長時間馬に乗ったり、負ぶわれたりしていたのだ。体が痛くなるのも頷ける。

「ソリャもどう?一緒に浴場に行かない?」

 一度ソリャに拒否されたものの、ムニルがめげずに誘う。

「いや…俺はいい。」

 相変わらず拒否をするものの、先程のように頑な様子はない。どこか迷いがあるようだった。

「あらそう?じゃあまたいつかね」

 ムニルはあっさり引いたが、いつでも歓迎すると言う意思表示を忘れない。ムニルはそのまま浴場に向かうのか、浴場に近い城の出口の方へ体を向けたが、次の老婆の言葉で動きをぴたりと止めた。

「お前さんとは山で合流してからあまり話していないが…あんたが白虎だね?」
「…白虎…?」

 ソリャが要領を得ない様子で問い返す。その様子を見て、老婆はふむ、と顎に手をやる。

「お前さんはあんまり自分のことを知らないようだね。あんたはずっと自分が生まれて来たことに疑問を持っているように見える。自分のことを知りたいとは思わないかい?」

 老婆の言葉に、白く美しいまつ毛に縁取られている透き通った瞳は揺れ動いた。そして両手を握りしめる。

「お前は俺のことを知ってんのか?」
「そりゃあんたのことは知らないさ。でも、どうしてあんたが人と異なる姿で生まれて来たのか、その理由の幾つかを知ってるだけさ。」
「教えてくれ…!」

 ソリャの食いつきは凄まじく、老婆は目を瞬かせる。しかし、その後はにやりと口角を上げる笑みを見せた。何もやましい事はしていないが、どこか悪人のような貫禄がある。

「そうだね、風呂から上がったらわしの部屋においで。」
「…それは私も聞いてもいい話かしら」

 先程まで黙ってやりとりを見ていたムニルが会話に加わる。ハヨンはその様子に驚く。ムニルは今まで四獣に関する事はあくまでも見返りを求めて、自発的に動く事は少なかった。ソリャのように自己嫌悪を抱く様子は見られないが、それでも四獣に関する事に必要以上に踏み込みたくないと言う立場であると思っていた。

「あぁ、そうだね。それにこの話はあの王子にも関わりのある事だし、王子と嬢ちゃんも含めた四人に話をしようかね」
「いいんですか?」

 まさか自分まで教えてもらえると思っていなかったため、ハヨンは思わず問い返した。勿論、と頷く老婆を見て嬉しくなる。ハヨンは四獣や王族としての繋がりは無いものの、主要な一員と認められているのだと実感できたからだ。

「ではまた、酉の刻(17時から19時)に集まろうかね」
「わかりました。リョンヘ様にもお伝えして来ます。」

 今は正午を過ぎ、申の刻(15時から17時)に差し掛かろうとしている。入浴や赤架での出来事を報告することもぎりぎり可能である時刻だ。ハヨンたちは酉の刻に向けて、ばらばらに散っていった。

________________________________

「リョンも間に合ったね」
「当たり前だ。俺も四獣について気になる事は山ほどあるんだからな」

 ハヨンは老婆たちと集まる約束をした後、その事を伝えにリョンヘのもとへ行くと、彼はまだ人々に囲まれていた。しばらくその場を離れられそうにない様子だったので、間に合うのかと内心心配していた。

「ハヨンちゃん、もっと言っても良いのよ。この人ね、誰にも咎められなかったら日常生活に必要なこと、全部疎かになりそうで怖いもの。浴場でも、疲れを取るためにゆっくり入ればいいのに、烏の行水だったのよ?」

 どうやらムニルもリョンヘの忙しさにはいろいろと思うところがあるようだ。彼の言葉を聞いて、改めてリョンヘを見ると、髪が少し湿っている。どうやら慌てて髪を乾かしたようだ。それに対してムニルとソリャは髪は乾いていた。

「大袈裟だな。別にしっかり体は洗って汚れは落としているんだから。」

 ハヨンはどこまでも仕事第一なリョンヘを、尊敬していると同時に、心配になってきた。

(私たちが口酸っぱく言い続けないと、リョンはいつか倒れる事は間違いない…)
「何を人の部屋の前でごちゃごちゃと喋っているんだい、お前たち。さっさと入りな。」

 ハヨンがリョンヘに何か言おうと口を開いた瞬間、扉を開けて老婆が会話に入ってきた。

「あ、すみません。」

 ハヨン達はそそくさと老婆の部屋に入った。相変わらず最小限の調度しかなく、少し殺風景な部屋だった。以前ハヨンがこの部屋を訪れた時と同じように、寝台に座れと促される。今回は男3人もその状態であり、なんとも窮屈な状況だ。ハヨンは思わずその妙な光景に、笑いそうになる。

「さて、あんたは何て名前だったかね?」

 老婆はそう言ってソリャを上から下へと舐めるように見る。ソリャは緊張したのか少し体を強張らせた。

「ソリャだ」

彼は触れたら壊れてしまいそうな、掠れた声で答える。

「それはそれは。ぴったりな名前だ。」

 老婆は感心したように何度も頷く。ソリャという名前には、雪という字が当てられることが多い。白虎の白い髪や瞳はまさに雪のようだった。
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