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孟へようこそ
急ぎ足
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戦が近いうちに始まると知ったハヨン達は、一刻も早く蒙に戻るために山道を急いだ。
この山は整備された道が殆どないため、今は徒歩で移動しているが、山を抜ければ連れている馬に乗れる。流石にチェヨンには体力的にも負担が大きいため、兵士が交代で背負って移動している。
伝書鳩の方はというと、人の足でも赤架から蒙まで一日かかるか、という距離なので、もう孟の城に着いている頃だろう。
「こちらの方が幾分か早いと思われるのですが、どうしましょうか?」
先頭を歩いていたハヨンはそう言って一行を振り返る。ずいぶんと険しく、細い道のため、体力を削るかと思ったのだ。
「いや、大丈夫だ。今は一刻を争っているし、どんなに険しくとも近い方を選ぼう。」
リョンヘが即答する。やはり、皆体力が人並外れているので全く息を切らしていなかった。先程も高低差のきつい山道を走るようにして来たのに、みな散歩でもしているかのような雰囲気である。
「承知しました。」
ハヨンは険しい道を進む。不揃いな大きさの石がそこら中に散らばっており、しっかりと踏みしめても安定しない。ハヨンはまだ体力に余裕はあるものの、どうしても他の面々よりも息が荒い。
(どうしてだろう…この違いはどこから生まれてきたんだろう…?)
ハヨンは流れ落ちる汗を拭いながら大きな岩を乗り越えた。
(幼い頃から男に混じって練習してきたから、ハヨンは女だから、体力が…とか、力が…とよく言われては来た。でも、そんなのを理由にしたくない。何か良い代替案を考えるか、鍛えないとな…。)
ハヨンはここ最近、執務に追われて朝の自主練習を中止したことがあったのを思い出した。また、赤架では目立つのは厳禁だったので、剣を鞘から抜くことさえ、ほとんどなかった。
(もっと早く起きよう。あと、剣を使えない日の鍛え方を考え直そう。)
そう心の中でこれからの城での生活について計画を立てる。もうしばらくすると戦が始まる。もっと精進せねばと己を叱咤した。
初めて戦が始まると聴いたときは驚いたし、不安なことも沢山思い浮かんだが、なぜかハヨンは戦が怖いとは思わなかった。
(何でだろう…。むしろ前に戦を経験したような、そんな感覚がある。おかしいな。今回が初めてなのに、自分の実力を発揮する場だと興奮してる…)
ハヨンは思った以上に自分が落ち着いていることが不思議でならなかった。
辺りが橙色の光に包まれる頃、ハヨン達はようやく山のふもと付近にいた。寒い季節にも関わらず、高低差のきつい山道を走ったので汗まみれだった。
「もういやよ、私。こんなべとべとになって。帰ったらすぐに浴場に飛び込むわ!」
いつもはきっちりと服を着こなしているムニルが、服を少しはだけさせている。服からちらりと見えた首筋は汗が光っていた。
「そうだな、今日はみんなで浴場に直行しよう。俺もこんなに汗をかいたのは久々だ。」
ムニルの言葉に賛同したリョンヘも、髪まで湿り気を帯びている。いつもさらりとした空気を纏い、見た目も爽やかな好青年であるリョンヘが、こんなにびっしょりと汗をかいているのが新鮮だった。
「ソリャもきっと驚くぞ。あそこの街は他の街と比べても浴場の設備が整っているんだ。多分、孟の町を牛耳っている豪商が、無類の風呂好きだからかも知れないが…。」
ハヨンも何度か町の浴場に行ったことがあるが、リョンヘの言う通りだった。以前ハヨンが母親と暮らしていた町の浴場の何倍も広かったのだ。
また、城の方でも仕事を終えるとすぐに眠気が襲ってくるので、城の簡易な風呂で烏の行水なんてこともざらにある。
立派な浴室は王族や貴族のみの特権なので見たことがなかった。孟の城では、リョンヘが皆気にせず入れとは言っていたが、今までの習慣や、ハヨンを気遣って風呂に入るのを躊躇う者がいると申し訳ないので、相変わらず自室の簡易の風呂に入っている。
「風呂…。いつも川で水浴びしているから、そっちの方が馴れてるし、俺は川か池に行く。」
ソリャはそうぶっきらぼうに答えたが、どことなく視線が泳いでいたので、もしかすると少し困惑したのかもしれない。
物言いははっきりしているが、表情に出やすい性格のようなので、ハヨンはだんだんソリャの言い回しと本音はどう思っているのかを汲み取ることに慣れてきた。
「そうか…。じゃあまたあんたの気の向いたときで良い。一緒にまた浴場に行こう。」
リョンヘもソリャへの関わりかたを心得たようで、めげずにそう誘った。
この山は整備された道が殆どないため、今は徒歩で移動しているが、山を抜ければ連れている馬に乗れる。流石にチェヨンには体力的にも負担が大きいため、兵士が交代で背負って移動している。
伝書鳩の方はというと、人の足でも赤架から蒙まで一日かかるか、という距離なので、もう孟の城に着いている頃だろう。
「こちらの方が幾分か早いと思われるのですが、どうしましょうか?」
先頭を歩いていたハヨンはそう言って一行を振り返る。ずいぶんと険しく、細い道のため、体力を削るかと思ったのだ。
「いや、大丈夫だ。今は一刻を争っているし、どんなに険しくとも近い方を選ぼう。」
リョンヘが即答する。やはり、皆体力が人並外れているので全く息を切らしていなかった。先程も高低差のきつい山道を走るようにして来たのに、みな散歩でもしているかのような雰囲気である。
「承知しました。」
ハヨンは険しい道を進む。不揃いな大きさの石がそこら中に散らばっており、しっかりと踏みしめても安定しない。ハヨンはまだ体力に余裕はあるものの、どうしても他の面々よりも息が荒い。
(どうしてだろう…この違いはどこから生まれてきたんだろう…?)
ハヨンは流れ落ちる汗を拭いながら大きな岩を乗り越えた。
(幼い頃から男に混じって練習してきたから、ハヨンは女だから、体力が…とか、力が…とよく言われては来た。でも、そんなのを理由にしたくない。何か良い代替案を考えるか、鍛えないとな…。)
ハヨンはここ最近、執務に追われて朝の自主練習を中止したことがあったのを思い出した。また、赤架では目立つのは厳禁だったので、剣を鞘から抜くことさえ、ほとんどなかった。
(もっと早く起きよう。あと、剣を使えない日の鍛え方を考え直そう。)
そう心の中でこれからの城での生活について計画を立てる。もうしばらくすると戦が始まる。もっと精進せねばと己を叱咤した。
初めて戦が始まると聴いたときは驚いたし、不安なことも沢山思い浮かんだが、なぜかハヨンは戦が怖いとは思わなかった。
(何でだろう…。むしろ前に戦を経験したような、そんな感覚がある。おかしいな。今回が初めてなのに、自分の実力を発揮する場だと興奮してる…)
ハヨンは思った以上に自分が落ち着いていることが不思議でならなかった。
辺りが橙色の光に包まれる頃、ハヨン達はようやく山のふもと付近にいた。寒い季節にも関わらず、高低差のきつい山道を走ったので汗まみれだった。
「もういやよ、私。こんなべとべとになって。帰ったらすぐに浴場に飛び込むわ!」
いつもはきっちりと服を着こなしているムニルが、服を少しはだけさせている。服からちらりと見えた首筋は汗が光っていた。
「そうだな、今日はみんなで浴場に直行しよう。俺もこんなに汗をかいたのは久々だ。」
ムニルの言葉に賛同したリョンヘも、髪まで湿り気を帯びている。いつもさらりとした空気を纏い、見た目も爽やかな好青年であるリョンヘが、こんなにびっしょりと汗をかいているのが新鮮だった。
「ソリャもきっと驚くぞ。あそこの街は他の街と比べても浴場の設備が整っているんだ。多分、孟の町を牛耳っている豪商が、無類の風呂好きだからかも知れないが…。」
ハヨンも何度か町の浴場に行ったことがあるが、リョンヘの言う通りだった。以前ハヨンが母親と暮らしていた町の浴場の何倍も広かったのだ。
また、城の方でも仕事を終えるとすぐに眠気が襲ってくるので、城の簡易な風呂で烏の行水なんてこともざらにある。
立派な浴室は王族や貴族のみの特権なので見たことがなかった。孟の城では、リョンヘが皆気にせず入れとは言っていたが、今までの習慣や、ハヨンを気遣って風呂に入るのを躊躇う者がいると申し訳ないので、相変わらず自室の簡易の風呂に入っている。
「風呂…。いつも川で水浴びしているから、そっちの方が馴れてるし、俺は川か池に行く。」
ソリャはそうぶっきらぼうに答えたが、どことなく視線が泳いでいたので、もしかすると少し困惑したのかもしれない。
物言いははっきりしているが、表情に出やすい性格のようなので、ハヨンはだんだんソリャの言い回しと本音はどう思っているのかを汲み取ることに慣れてきた。
「そうか…。じゃあまたあんたの気の向いたときで良い。一緒にまた浴場に行こう。」
リョンヘもソリャへの関わりかたを心得たようで、めげずにそう誘った。
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