華の剣士

小夜時雨

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形単影隻

仲間 弐

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 その時、白虎の体に衝撃があった。白虎の思考は思わず停止する。そして力強いものに己の体が包まれた。

「な、何だ!?」

 突然のことに、慌ててその正体を引き離そうとすれば、頭上から声が降ってきた。

「初めまして!あら~白くて綺麗な肌ね!手入れをちゃんとしたら、きっと真珠みたいだわ~!私はムニルよ。貴方の兄弟みたいなものなの。よろしくね。」

 ムニルと名乗った男は、熱い抱擁を交わし、白虎の頭を勢いよく撫でた。白虎はこのように人と関わったことがなかったため、呆然としていた。そして暫くして我に返る。

「お、おう。よろしく。」

と何とか返事をした。先ほどまで、これからのことで不安でいっぱいだったにも関わらず、今は驚きでそのようなことも吹き飛びそうになっていた。そして何より、彼の言葉の最後が気になった。

「そ、それで兄弟みたいなものって言うのはどういう意味だ?」

 白虎はムニルの腕を外そうともがきながらそう尋ねた。ムニルはその彼の動きを見て、意外にも絡めていた腕をすんなりと解く。

「私もね、あなたみたいに変わった力を持ってるのよ。うーん、今の季節、服を脱ぐのは寒いんだけどねぇ」

 と、彼はごそごそと動き出した。どうやらムニルは服を脱ごうとしているらしい。

(え!?どういうことだ?脱いだら何かわかるんだ!?)

 白虎は彼の意図が掴めず、何とか思考を巡らせる。しかしムニルが服を脱ぐまでに、何か行動をとることは叶わず、考え事をしながら彼を凝視するような状態となった。
 白く滑らかな肌は空の月と同じように柔らかな光を放つ。その光は人の視線を自然と集め、不思議な感覚がした。
 白虎の驚愕や感嘆を余所に、ムニルが体を反転させる。白虎は思わず息を呑んだ。暗闇で見えにくいため、それが何なのかは分からないが、ムニルの白く美しい肌とはまた違い、何かで背中が覆われている。凝視しても、その何かはわからない。しかし、ある予感がして白虎はごくりと唾を飲み込んだ。
 側にいた武人の女人がムニルの背中を灯りで照らす。すると、灯のぼんやりと温かな光をその何かがきらりと反射した。碧い鱗がつやつやと光っている。

(これは…。そんなまさか…。)

 白虎は孤児院の頃に院長から聴いた四獣の伝説を思い出す。ムニルが伝説の青龍であるのかは定かではないが、己と同じ異形のものなのだ、ということはひしひしと感じていた。

「どう?わかったかしら。」
「おう…」

 白虎は呆然とムニルの背を眺めていたが、そう生返事を返す。ムニルはその返事を聞くと、手早く服を着直した。

「うーん、流石にこの時期に服を脱ぐのは寒いわね。で、あなたはもう一つの姿には変化できるの?さっき腕は変化していたけど。」
「もう一つの姿…?」

 ムニルの問いの意図が分からず、白虎はおうむ返しに聞いた。

「ええ。おそらく、伝説の白虎のように、白い虎になると思うのだけど…」

 どことなく自信なさげにムニルが答える。しかし、白虎はどういう意味なのかさっぱり分からず、眉をひそめる。

(どういうことだよ…。そんな虎になれるんだったら、俺は森で野生の虎にでもなってたし。その方がよっぽど気楽だ)

「うーん、私自身、あなたがどんな姿になるのか正確には分からないしねぇ…うまく説明が出来なくてもどかしいわ」
「もしかして自分が何者なのかわかっていないと、変化できないんじゃないか?それとも年齢的な問題とか…」
「ああ、自覚がないというのが理由じゃと思うな。それに、変化した姿は白い虎であっておるよ」

 二人のやり取りを静かに見守っていたリョンへがムニルと白虎を見比べながらそう言い、老婆も頷いた。
 白虎は、ハヨンやリョンへよりも幼い。捨て子で孤児院育ち、街に出てからの日付の感覚はほぼ失われているため、正確ではないが十四歳程度といったところである。また、孤児院を逃げ出してから人との関わりはほぼ絶たれ、あったとしても敵対した状態なので、精神的な年齢も、その頃とあまり変わらない可能性はある。

「えーっと、あなたは白虎って言う伝説の生き物の生まれ変わりなの。だから人とは違った力を持ってるのよ。」
「白虎…」

 ムニルの言葉に、白虎は思わず目を瞠り、ぼそりと呟くと、声は掠れていて、小さかった。口をついた言葉は実感がなく、夢で食事をしたときのような空虚な感覚が口の中に広がった。

「ちいせぇ頃に、孤児院で聴いたことがある。国の歴史を習ったときだった…。本当に四獣は存在しているのか?」

 己が異形として生まれた理由、蔑まれて生きてきた理由、己自身を呪いながら生きてきた理由、それが全て国を守るためにあったというのか。白虎は伝説の四獣は国を守り、万能な存在だと考えていた。
 しかし実際はどうだろうか。白虎は人の恐れを抱かれたり、一方で国を守らねばならない存在だと言われたりと、己の意思に関係なく、人々の言葉に振り回されるちっぽけな存在のように白虎は感じてしまった。

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