華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
146 / 221
形単影隻

人々は恐怖に踊らされる 參

しおりを挟む
(危険だけれど行くなら今しかない…!リョンへ様をお守りしなければ。)

 ハヨンとムニルは目配せをし、頷き合う。二人はやぐらの残骸の方へと走り出した。男たちの間をするりとぬけ、リョンヘの姿を彼らから隠すようにして、前に立った。

「な、何だお前たちは…!」

 突然男たちを押し退けて入り込んだハヨンとムニルに男たちは各々の武器を向ける。しかし彼らの刃先はかたかたと音を立てながら動き、狙いが定まっていない。おそらく、恐怖と緊張から手足が震えているのだろう。

「私達はこのお方に付き従う者。このお方に危害を与えるつもりなら、悪いけれど、阻止させてもらう。」

 ハヨンはそう答えて拳を握り、構えをとった。剣なしで戦うのは久しぶりである。

(相手が武器をもって襲ってくるとは言え、相手はみんなリョンへ様の大事な民の一人。今は我を忘れているからこうなっているけど、本当は傷つけてはいけない相手。なら、剣で戦うわけにはいかない…。)

 ハヨンは彼らの様子を見ても、素手で十分闘えると踏んだ。

「戦いというのは本能的に、思わず興奮するものだ。しかし、そこで己を抑えて、冷静に戦える者が真の強者だとわしは思う」

 ハヨンはいつの日か、修行の中でヨウに言われたことを思い出す。こういった、相手に傷を負わせずに、逃げられるような戦いをするのであれば、尚更だと考えたのだ。
 ハヨンは頭の中で考えていたことを一度、全て追い出して空にする。
 その時、風がハヨンの外套の頭巾をはためかせ、その度に彼女の顔がちらりと覗く。男達は彼女の赤い瞳が燃えるように輝いていることに気がついた。

「お前も化け物か…!これ以上化け物にこの町を乗っ取られてちゃかなわねぇ!お前ら行くぞ…!」

 そう言って、一斉に男たちが鎌や棍棒を携えて走り寄って来る。彼らは目をぎらつかせ、獣のようだ。恐怖に追い詰められ、今まで押さえてきたものを爆発させると、これほどに殺気に溢れるものなのかと、ハヨンは感じた。

「二人はとりあえず逃げて!私とムニルで相手をするから…!」
「いや、そういうわけにはいかない。俺も加勢する…!」

 リョンは主だからと特別扱いをされることが嫌いな人間だ。そのためかハヨンの言葉を拒否する。

「何を言ってるの…!?まずはリョンも白虎も無事でいないと、今回のこと全部水の泡じゃない!早く行って!」

 ハヨンは我を忘れてリョンヘにそう言い放ち、一人の男を投げ飛ばした。
 リョンへは少し俯きながら、
「悪い、先に行く。」と囁いて、白虎に声をかけていた。
 ハヨンが見ていたのはそこまでだった。ムニルと夢中になって戦い、隙を見て逃げ出すまでにはかなりの時間がかかったのだ。一斉にやってきた男たちを伸した直後、それを遠くから見て警戒していた男たちは怯んだ様子を見せた。その隙に二人は逃げたのだ。

「王子と白虎の彼はどこにいったのかしら…」

 珍しく髪が乱れているムニルは、そう言いながら町を抜ける道を歩く。その道の先には森があり、夕焼けに染まる空に黄色の煙が上っていた。
 何か非常事態が起きて、ばらばらになったときはそこに集まると約束していたのだ。この煙を見れば、宿で待機していたチェヨンや、他の場所を探索していた兵士も気付いて集まって来るだろう。

「無事ならこの先にきっといるはずよ」

 ハヨンは口の端が血でにじんでいる。武芸の達人ではない街の人々に、手加減をして戦うというのは、思っていた以上に難しかった。刃物は避けたものの、大勢でかかって来られれば、棍棒などはかわすのでやっとだった。
 ハヨンとムニルが、人々の目を避けるようにして森についた時分には、すっかり辺りも暗くなっており、灯りを持ってきていなければ、何も見えなくなっていただろう。
 森の小道を分け入るといくつかの人影が見えた。馬に兵士と二人乗りをしている老婆と、その側に一人の兵士、そして、岩の上に腰掛けるリョンヘと、その隣に居心地悪そうに座る白虎がいた。
 警戒したように兵士が灯りを掲げるが、ハヨンとムニルが近づいてきて、顔を確認するとふっと緊張感を解く。
 リョンへは素早く立ち上がり、ハヨンたちの方へと歩み寄る。

「無事で良かった…。」

 ぼそりと呟いて、ハヨンとムニルの背をとんとん、と軽く叩いた。リョンへがこのように素直に恐怖や心配などを表すことは滅多になかったので、二人はなされるがままにいた。

(リョンへ様は武道に秀でた方だ。そんな方が、部下を置いて逃げろと言われるのは屈辱だったのかな…。実際、最初は嫌がってたし。普段ならば冷静に判断して白虎のことも視野に入れた動きをとれたはずだ。相変わらず心配性な人だ…)

 ハヨンはそういったところが自身の主の魅力であり、愛しく思う所だが、一方で毎回心配していては心がもたないとも思った。

「リョンへ様。私達は強いんですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ。主なんですから、こきつかってやろうって気持ちで私達を使ってもらって構わないんです。」

 ハヨンはそう冗談めかして言う。思わず主人を思って陰った心など知られたくはなかった。

「ちょ、こき使われるなんて私はやぁよ!」

 ムニルは焦ったようにハヨンに詰め寄る。しかし、ハヨンはそんなムニルをにやにやしながら受け流した。

「もう。でも、確かに私は伝説の青龍よ?そんなやわじゃないんだから、心配するのはお門違いってものよ。」

 ムニルは少し鼻白んだような反応を見せてはいるが、それは照れ隠しだろう。

「…。そう、だな。ハヨンも立派な私の護衛だし、ムニルも強い…。私はもっと頼ることにするよ。」

 気を遣わせて悪かったな、とリョンへはハヨンの頬を撫でた。その時の表情は何だか泣き出しそうにも見えて、ハヨンはなぜこんな表情をしているのか察せず、戸惑った。

「そうよそうよ!ハヨンちゃん、あなたが色々危険な目にあってて、取り乱してたんだから。その上、ハヨンちゃんを困らせたら駄目なんだからね。」

 リョンヘの言葉に、なぜかムニルがむきになって怒っている。

「え?」

 ハヨンは自分がそんなにも取り乱している覚えがなく、突然のことに間抜けな声が出てしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風
ファンタジー
 この時代において、最も新しき英雄の名は、これから記されることになります。  素手で魔獣を屠る、血雨を歩く者。  傷つき倒れる者を助ける、白き癒し手。  堅牢なる鎧さえ意味をなさない、騎士殺し。  ただただ死闘を求める、自殺願望者。  ほかにも暴走お嬢様、爆走天使、暴虐の姫君、破滅の舞踏、などなど。  様々な異名で呼ばれた彼女ですが、やはり一番有名なのは「狂乱令嬢」の名。    彼女の名は、これより歴史書の一ページに刻まれることになります。  英雄の名に相応しい狂乱令嬢の、華麗なる戦いの記録。  そして、望まないまでも拒む理由もなく歩を進めた、偶像の軌跡。  狂乱令嬢ニア・リストン。  彼女の物語は、とある夜から始まりました。

お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。 恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。 で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。 「は?」 「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」 「はっ?」 「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」 「はあっ!?」 年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。 親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。 「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」 「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」 なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。 「心配する必要はない。乳母のスージーだ」 「よろしくお願い致します、ソニア様」 ピンと来たわ。 この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。 舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?

婚約破棄されまして(笑)

竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です! (∩´∀`∩) コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです! (∩´∀`∩) イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます! ご令嬢が婚約破棄される話。 そして破棄されてからの話。 ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。 飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。 そんなワチャワチャしたお話し。な筈!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

(完)そんなに妹が大事なの?と彼に言おうとしたら・・・

青空一夏
恋愛
デートのたびに、病弱な妹を優先する彼に文句を言おうとしたけれど・・・

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...