華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
143 / 221
形単影隻

追いかけっこ 参

しおりを挟む
「は!?」

 白虎がいきなり立ち止まって振り返った。彼の顔には驚愕の色が浮かんでいる。
 今まで人々に煙たがられて来た白虎にとって、思いもしない言葉だったのだろう。
 その場で固まっている白虎に、そのまま追い付けるかとハヨンは思ったが、やはりそううまくはいかない。白虎はハヨンが走り寄る姿を見て我に返り、再び走り出した。
 結局、先程よりも少し差は縮まったものの、白虎が前を走っている。

「一度でいいから、私たち…リョンヘ様の話を聴いて欲しい。お願い!」

 ハヨンは慌ててそう言った。この先からは、屋根が低くなっていることを思い出したのだ。町のことを知りつくし、屋根の上も路地裏も駆け抜けられる白虎と比べれば、圧倒的に不利だ。そして、先程よりも周囲が明るくなり、低い屋根が建ち並ぶ裏路地に入る。
 案の定、白虎は屋根に飛び乗り、その上を走っていってしまった。

(相変わらずとんでもない跳躍力だな…)

 ハヨンが屋根に登るには、雨どいなどいろいろと掴んで、よじ登って行くしかない。ハヨンが屋根が登れた頃には、白虎は遠く先に逃げてしまっているだろう。
 ハヨンは諦めて、もといた場所へと帰ることにした。自分の主や、ムニルを放置してきたことを思い出したからだ。

(いや…、あの二人なら大丈夫だとは思うけど…)

 予想通り、二人とはすぐに落ち合えた。どうやらハヨン達をそのまま追っていたようだ。

「…白虎はどうなった?」

 リョンへが肩で息をしながら開口一番にそう尋ねてくる。

「…逃げられました。ただ、リョンへ様が白虎と話したいことがあるということと、仲間になって欲しいという旨は伝えました。」

 ハヨンはそう端的に伝えた。しばらく三人の間に沈黙がおりる。皆、ひたすら全速力で駆け抜けたので、息を整えるために、話す気力が無かったのだ。
 ハヨンは白虎を逃してしまった悔しさと、リョンヘに対する申し訳なさで、その沈黙が痛かった。

「何というかまぁ、私があなた達のもとに加わったときは血生臭かったけれど、今回は汗臭いわね。」

 ムニルはそう言って額に貼りついた髪を、鬱陶しそうに払った。男性はおろか、女性と比べても長髪に入るであろうその髪は、走ることには適していない。

(髪を切ろうとは思わないんだろうか…)

 ハヨンとて長髪を束ねているのだから、人のことは言えないが、かなりの長髪のため、日常生活でも不便なことが多いだろう。

(まぁ、そこは人それぞれだし、ムニルが気に入ってるのであれば別にいいんだけど)

 ハヨンはそれ以上深く考えることをやめた。

「お前達は強い力を持っているから、厄介なことに巻き込まれやすい。その上、私たちが無理矢理会いに行って、頼み込んでいるのだから、苦労なしではいかないだろう。」

 リョンへは苦笑いしながら、ムニルに答える。

「まぁねぇ…それに、白虎の場合は、自分のことを白虎だと思っていないから、なぜこんなにも私達に追われているのかわからなくて余計に混乱するでしょうしねぇ…。多少手間がかかってもしょうがないのはわかるんだけれどね…」
「ムニルの場合は、髪を短く切ってしまえば、だいぶん楽になると思うぞ。」

 リョンへがからかうようにそう言った。どうやら彼も、ハヨンと同じことを考えていたらしい。その言葉でムニルは肩を跳ねさせ、勢いよく自分の肩から垂らしている髪を腕に抱え込む。

「これは私の大事な髪だから、そんなことしないわよ!というか、私が髪を短くしたら、美しさが半減するでしょ!」

 ハヨンは笑いを押し殺した。見た目は本当に優美な男性なのだが、ムニルの乙女のような発言が何だか可愛らしかったからだ。

(短髪にしたら、ムニルさんって凛々しくなりそう…。どっちにしても似合うとは思うけど)

 ハヨンはムニルの短髪姿を思い浮かべる。中性的な整った顔は似合う髪型も多いので、得しているのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えていたその時、突然笛の音が聞こえてきた。それは一つだけではない。どこかで大勢の人が演奏しているようだ。

「これは何なんでしょうね…?」

 ハヨンは首をかしげる。

「お祭りの準備をしてるってさっき町で聞いたから、多分練習なんじゃないかしら?」

 ムニルの言葉でハヨンは合点がいった。道理で町の人々が屋台に装飾をつけたりと慌ただしかったわけである。
 秋に行う祭りと言えば、無事稲の収穫を終えたことを神に感謝する祭りだろう。ハヨンも何度か母のチャンヒや師匠であるヨウと連れ立って参加したものだ。ハヨンは毎年恒例の子供たちと共に笛での演奏には出なかったが、舞や屋台の裏方としてヨウと共に駆けずり回ったことが多かった。

(懐かしいな…。母さんも、ヨウさんも元気にしているだろうか…)

 長い間会えていない大切な人たちに思いを馳せると、少し胸が痛かった。忙しい上に、敵に監視されていては不味いために、こっそり会いに行けないのも相まって、ハヨンは母やヨウとの連絡がとんと途絶えている。どれ程心配しているだろうと思わず感傷的になってしまった。

(きっと王城での反逆行為は、私達だけの問題ではない…。きっとたくさんの人が心を痛めている…。そのためには、何としても早く解決しないと…)

 ハヨンは白虎に力を貸して欲しいと言う思いが、ますますつのるのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...