139 / 221
形単影隻
贖罪 伍
しおりを挟む
白虎ははっと目を覚ました。そして、自分は今、ある空き家の床に寝ていたことを思い出す。だんだん秋めいてきた夜風が、部屋の中にすきま風として入ってきて、少しだけ身を震わせた。悪夢にうなされたせいか、背中に汗をびっしょりかいていて、体にそっと吹きつける風は、余計に寒く感じた。
「良かった…」
白虎はほっと息をつく。先程までのことも十分とらうまだが、これから先に起こったことで、自分の犯した罪への意識に何度も苛まれていたからだ。白虎は脳裏に浮かびかけるその光景を、鮮明にならぬよう脳内から払い退けながら、歩き出す。
空き家の外に出てみると、戸口に食料が置いてあった。これは白虎が孤児院を出てから、白虎の寝泊まりしている所には誰かが食料を置いていくようになったのだ。
しかし、これは誰かの優しさではないと白虎は知っていた。誰かが白虎に食事を与えれば、その町では暴れないと噂していたのを聞いたことがあるからだ。
(…別に襲おうなんて思ってねぇけどな…)
白虎は食料の包みを取り上げた。時折、この容姿のせいか生肉が置かれていることがあったが、今回はそうではないようだ。軽く、柔らかい感触が手に伝わる。包紙を開けると、小麦粉を発酵させた饅頭だった。
白虎はその場で饅頭にかぶりつく。先程孤児院の夢をみたからか、久しぶりに一人での食事を寂しく感じた。
(でも俺は一生一人だ。誰も俺に寄り付かねぇし、その方が身のためだ。こんな見た目をしていたら、どこに行っても白い目で見られる…。俺は一人でいる方がいい。今日の昼間に会った女も、この町で少し過ごせばわかるはずだ。)
白虎はもう一つの食料の包みがいつもより重たい気がした。開けてみると火打ち石が入っている。最近の夜は冷え込む。薪がないと使えないが、火打ち石があるのは助かった。
(…。誰か俺が寒いかと気にかける者でもいるのだろうか…。)
白虎はその考えを慌てて消し去った。こうやって気まぐれな優しさに嬉しくなったときほど、誰かに石を投げられたり、罵られたりすることが多いのだ。
(誰も信じてはいけない…。信じた方が辛くなる。)
白虎はそう考え、火打ち石を包みにしまい直した。
__________________
一方、ハヨン達は白虎の幼い頃を語る老人の話に聴き入っていた。随分と時間が経っていたらしく、ほんの少し肌寒い。老人はただ淡々と物語を語るようにして言葉を紡いでいく。
「ある日わしはここを留守にしていた。その時を狙ったんじゃろうな。白虎が生意気だからと気に食わなかった年上の連中が、白虎を袋叩きにしたんだ…。どうやら大勢の力でなら白虎に勝てると思っていたらしい。」
「…彼はどうなったのですか…?」
ハヨンはおそるおそる尋ねる。今も白虎は生きているのだから、大事には至らなかったのだろうと思ったが、幼い折の喧嘩というものは、年の差による体格の違いは大きな弱点となる。ハヨンはその事を思い出して肝が冷えたのだ。
「あの子はあちこち軽い怪我はしていたが無事だった。ただ、問題なのは他の連中の方じゃ。あの子はどうやら一時的に我を失ったようで、その場にいた者は全員重症を負ったのだ。それも殴るとかではない。爪で引き裂いたり、咬んだような傷が数多くあった…」
老人が帰った頃には白虎は我に返って逃走した後だった。孤児院での出来事は既に近所の者達に知られており、蜂の巣をつついたような状態だったようだ。
そして町の人々は口々に白虎を非難した。
「彼もたしかに許されないことをしたけれど、それには理由があったのだし、彼だけを非難するのはなんだか酷いと思います…」
ハヨンはそう不満を老人に訴えた。老人はハヨンをじっと見ながらそれを聴いていたが、その目には悲しみが透けて見えた。
「あなたの言いたいことはわかる。わしもあの子には申し訳ないことをしたと思っておる。じゃがな、わしがその真実を知ったのは随分後になってからなんじゃ。それに、他の者に真実を語っても信じてはくれなかった…。きっと彼は恐ろしいという固定観念だけで、全てを遮断してしまっているのだろうな…。」
暫しの間沈黙が流れる。人を超えた力に怯えてしまうことはハヨン達にもわからないことはなかった。そのため、白虎に関して過敏になっている人々をただ責めるのも違うこともわかっていた。そして、自身の異端さのために、人々から疎まれる怖さも、ハヨン達は感じたことがあった。
代々受け継ぐ力を持っていないこと、容姿が人と違うこと、自分以外に同性の剣士がいないこと…。
それぞれ違うものの、特異とみなされるあの視線の痛さを、皆知っているのだ。
「…どうして後から真実がわかったんですか?もしや、誰かその場にいた者が…?」
リョンヘはそう優しく老人に問う。先程の話題は根深いと感じたからだろう。少しだけ緊張感が解ける。
「実は争いが起こる前に、あの子を驚かそうと、木の上に隠れていた子供がいたんじゃ。最初は怖くて何も言えなかったのだそうだが、しばらくしてわしに教えてくれた…。それに幼い子らは彼を慕っていたから、彼はそんなことはしないと言っていたし、今でも彼を気にしているようだしな。」
「そうだったのですか…」
町には白虎を憎む者しかいないのだと思っていたので、ハヨンは少しだけほっとした。
「良かった…」
白虎はほっと息をつく。先程までのことも十分とらうまだが、これから先に起こったことで、自分の犯した罪への意識に何度も苛まれていたからだ。白虎は脳裏に浮かびかけるその光景を、鮮明にならぬよう脳内から払い退けながら、歩き出す。
空き家の外に出てみると、戸口に食料が置いてあった。これは白虎が孤児院を出てから、白虎の寝泊まりしている所には誰かが食料を置いていくようになったのだ。
しかし、これは誰かの優しさではないと白虎は知っていた。誰かが白虎に食事を与えれば、その町では暴れないと噂していたのを聞いたことがあるからだ。
(…別に襲おうなんて思ってねぇけどな…)
白虎は食料の包みを取り上げた。時折、この容姿のせいか生肉が置かれていることがあったが、今回はそうではないようだ。軽く、柔らかい感触が手に伝わる。包紙を開けると、小麦粉を発酵させた饅頭だった。
白虎はその場で饅頭にかぶりつく。先程孤児院の夢をみたからか、久しぶりに一人での食事を寂しく感じた。
(でも俺は一生一人だ。誰も俺に寄り付かねぇし、その方が身のためだ。こんな見た目をしていたら、どこに行っても白い目で見られる…。俺は一人でいる方がいい。今日の昼間に会った女も、この町で少し過ごせばわかるはずだ。)
白虎はもう一つの食料の包みがいつもより重たい気がした。開けてみると火打ち石が入っている。最近の夜は冷え込む。薪がないと使えないが、火打ち石があるのは助かった。
(…。誰か俺が寒いかと気にかける者でもいるのだろうか…。)
白虎はその考えを慌てて消し去った。こうやって気まぐれな優しさに嬉しくなったときほど、誰かに石を投げられたり、罵られたりすることが多いのだ。
(誰も信じてはいけない…。信じた方が辛くなる。)
白虎はそう考え、火打ち石を包みにしまい直した。
__________________
一方、ハヨン達は白虎の幼い頃を語る老人の話に聴き入っていた。随分と時間が経っていたらしく、ほんの少し肌寒い。老人はただ淡々と物語を語るようにして言葉を紡いでいく。
「ある日わしはここを留守にしていた。その時を狙ったんじゃろうな。白虎が生意気だからと気に食わなかった年上の連中が、白虎を袋叩きにしたんだ…。どうやら大勢の力でなら白虎に勝てると思っていたらしい。」
「…彼はどうなったのですか…?」
ハヨンはおそるおそる尋ねる。今も白虎は生きているのだから、大事には至らなかったのだろうと思ったが、幼い折の喧嘩というものは、年の差による体格の違いは大きな弱点となる。ハヨンはその事を思い出して肝が冷えたのだ。
「あの子はあちこち軽い怪我はしていたが無事だった。ただ、問題なのは他の連中の方じゃ。あの子はどうやら一時的に我を失ったようで、その場にいた者は全員重症を負ったのだ。それも殴るとかではない。爪で引き裂いたり、咬んだような傷が数多くあった…」
老人が帰った頃には白虎は我に返って逃走した後だった。孤児院での出来事は既に近所の者達に知られており、蜂の巣をつついたような状態だったようだ。
そして町の人々は口々に白虎を非難した。
「彼もたしかに許されないことをしたけれど、それには理由があったのだし、彼だけを非難するのはなんだか酷いと思います…」
ハヨンはそう不満を老人に訴えた。老人はハヨンをじっと見ながらそれを聴いていたが、その目には悲しみが透けて見えた。
「あなたの言いたいことはわかる。わしもあの子には申し訳ないことをしたと思っておる。じゃがな、わしがその真実を知ったのは随分後になってからなんじゃ。それに、他の者に真実を語っても信じてはくれなかった…。きっと彼は恐ろしいという固定観念だけで、全てを遮断してしまっているのだろうな…。」
暫しの間沈黙が流れる。人を超えた力に怯えてしまうことはハヨン達にもわからないことはなかった。そのため、白虎に関して過敏になっている人々をただ責めるのも違うこともわかっていた。そして、自身の異端さのために、人々から疎まれる怖さも、ハヨン達は感じたことがあった。
代々受け継ぐ力を持っていないこと、容姿が人と違うこと、自分以外に同性の剣士がいないこと…。
それぞれ違うものの、特異とみなされるあの視線の痛さを、皆知っているのだ。
「…どうして後から真実がわかったんですか?もしや、誰かその場にいた者が…?」
リョンヘはそう優しく老人に問う。先程の話題は根深いと感じたからだろう。少しだけ緊張感が解ける。
「実は争いが起こる前に、あの子を驚かそうと、木の上に隠れていた子供がいたんじゃ。最初は怖くて何も言えなかったのだそうだが、しばらくしてわしに教えてくれた…。それに幼い子らは彼を慕っていたから、彼はそんなことはしないと言っていたし、今でも彼を気にしているようだしな。」
「そうだったのですか…」
町には白虎を憎む者しかいないのだと思っていたので、ハヨンは少しだけほっとした。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる