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異変
胸騒ぎ
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「これほど速く事態が進み始めるとは…その上リョンヤンのやつも何やら私の周りをかぎまわっているようだ」
男は部下と共に薄暗く狭い部屋で話し込んでいた。誰も使っていないからか埃っぽく、ほんの僅かに差し込む光が、埃の粒子がゆっくりと漂っているのを、きらきらと反射させている。部下は落ち着きなく瞬きを繰り返していた。いや、不安だからかもしれない。男の苛立ちは周りの者をはらはらさせるほどに顕著だった。
近頃、男が部下を遣って何かを探らせようてしても、必ずと言っていいほど妨害が入る。どうやら男の動きを察知して先回りをしているようだ。部下は男が怒り狂うとどれほど恐ろしいかを身をもって知っているので、いつ男の堪忍袋の尾が切れるのかと、怯えていた。しかし、その怯えを表に出そうものなら、さらに男を苛立たせることもわかっているので、必死に感情が表に出ぬように押し込める。
こんなにも恐ろしいと思う相手ならば、なぜこの部下は彼を主人と仰ぐようになったのかと、尋ねたくなるだろう。理由は単純だ。部下はこの男に恩があるのだ。貴族ではあったものの没落し、何もかもを失った。そして、あわや一家心中寸前となりかけた際に、唯一手を差し伸べたのが彼だったのだ。
また、この男に仕えていくにつれ、彼は男の不思議な力を目の当たりにした。呪詛や人を操る力など、超人的な力である。逆らえば自身はどうなってしまうのだろう、と考えるほどに恐ろしく、萎縮していく。当初は恩や憧れによって仕えていたが、それらは恐れによって縛られ、昔のことなど幻のように思える。しかし、後悔してももう遅い。行き着くところまで行くしかないと、部下は諦めと、ある種の覚悟をしていた。
「おい、もう少し先にしようと言っていたが、あれを明日実行する」
「あ、明日!?あまりに急なのでは…」
機嫌の悪い男に対して、どう受け答えをしようと考えていると、突然男がそう告げた。
男はいつもそうだ。行き詰れば行き詰まるほど、無理矢理前へと計画を推し進める。気の弱い部下としては、もう少し慎重に動いて欲しい。しかし、男の手腕は大したものなのだろう。無理矢理計画を推し進めても、正体が露呈するようなへまをしたことはほとんどなかった。以前の王の暗殺未遂の時でも、犯人は迷宮入りとなっている。きっとその事による慢心も相まって、このような行動をとるのだ。
「不審に思われて探られているならば、これほど大きな策は遅かれ早かれ露呈する。できるならば早くに行った方が良い。それに」
男は少し笑みを浮かべる。どうやらこの策の成功も確信しているようだ。
「明日ならあいつを排除できる良い機会だ。」
時はもう戻せない。部下は腹の底が冷えるような緊張が湧き上がってくるのだった。
「ハヨン、何を見ている」
「リョンヘ様」
帰路の途中、野原で皆が休息をとる中、ハヨンは燐の方へじっと視線を凝らしていた。彼女の視線はとても鋭く、猛禽類の目を彷彿とさせた。こんなにも険しい表情のハヨンは、初めて見たかも知れない。
「何やら胸騒ぎがするのです」
ハヨンはリョンヘに向きなおってそう言った。
「胸騒ぎ?何か不安なことでもあるのか」
リョンヘは訝しむ。滓との同盟も無事に結び終えた。これで謀反を画策していたものも行動を控えるだろう。そうハヨンとリョンヘは話し合っていたのだ。城内の風向きは良い方へと変わるのではないのか。
「わかりません」
ハヨンがゆるゆるとかぶりを振る。
「何かはわからないのですが、不安にかられるのです。正体がわからないのでさらに…」
「あまりそう悪い方へ考えてはいけない。このところ城内は不穏すぎた。そのせいでお前も悪い方へと考えてしまうのだろう。」
「はい」
そのとき、立ち込めていた暗雲から、雨が降ってきた。ずっと降らずに耐えていたのに、我慢しきれなかったような、そんな雨だった。みるみるうちに、雨足は強くなる。
「皆のもとへ戻ろう」
「はい」
そう言って背を向けたリョンヘの後を、ハヨンが慌てて追う気配がする。一瞬、夏の生暖かい風がリョンヘの首もとを撫でていった。
男は部下と共に薄暗く狭い部屋で話し込んでいた。誰も使っていないからか埃っぽく、ほんの僅かに差し込む光が、埃の粒子がゆっくりと漂っているのを、きらきらと反射させている。部下は落ち着きなく瞬きを繰り返していた。いや、不安だからかもしれない。男の苛立ちは周りの者をはらはらさせるほどに顕著だった。
近頃、男が部下を遣って何かを探らせようてしても、必ずと言っていいほど妨害が入る。どうやら男の動きを察知して先回りをしているようだ。部下は男が怒り狂うとどれほど恐ろしいかを身をもって知っているので、いつ男の堪忍袋の尾が切れるのかと、怯えていた。しかし、その怯えを表に出そうものなら、さらに男を苛立たせることもわかっているので、必死に感情が表に出ぬように押し込める。
こんなにも恐ろしいと思う相手ならば、なぜこの部下は彼を主人と仰ぐようになったのかと、尋ねたくなるだろう。理由は単純だ。部下はこの男に恩があるのだ。貴族ではあったものの没落し、何もかもを失った。そして、あわや一家心中寸前となりかけた際に、唯一手を差し伸べたのが彼だったのだ。
また、この男に仕えていくにつれ、彼は男の不思議な力を目の当たりにした。呪詛や人を操る力など、超人的な力である。逆らえば自身はどうなってしまうのだろう、と考えるほどに恐ろしく、萎縮していく。当初は恩や憧れによって仕えていたが、それらは恐れによって縛られ、昔のことなど幻のように思える。しかし、後悔してももう遅い。行き着くところまで行くしかないと、部下は諦めと、ある種の覚悟をしていた。
「おい、もう少し先にしようと言っていたが、あれを明日実行する」
「あ、明日!?あまりに急なのでは…」
機嫌の悪い男に対して、どう受け答えをしようと考えていると、突然男がそう告げた。
男はいつもそうだ。行き詰れば行き詰まるほど、無理矢理前へと計画を推し進める。気の弱い部下としては、もう少し慎重に動いて欲しい。しかし、男の手腕は大したものなのだろう。無理矢理計画を推し進めても、正体が露呈するようなへまをしたことはほとんどなかった。以前の王の暗殺未遂の時でも、犯人は迷宮入りとなっている。きっとその事による慢心も相まって、このような行動をとるのだ。
「不審に思われて探られているならば、これほど大きな策は遅かれ早かれ露呈する。できるならば早くに行った方が良い。それに」
男は少し笑みを浮かべる。どうやらこの策の成功も確信しているようだ。
「明日ならあいつを排除できる良い機会だ。」
時はもう戻せない。部下は腹の底が冷えるような緊張が湧き上がってくるのだった。
「ハヨン、何を見ている」
「リョンヘ様」
帰路の途中、野原で皆が休息をとる中、ハヨンは燐の方へじっと視線を凝らしていた。彼女の視線はとても鋭く、猛禽類の目を彷彿とさせた。こんなにも険しい表情のハヨンは、初めて見たかも知れない。
「何やら胸騒ぎがするのです」
ハヨンはリョンヘに向きなおってそう言った。
「胸騒ぎ?何か不安なことでもあるのか」
リョンヘは訝しむ。滓との同盟も無事に結び終えた。これで謀反を画策していたものも行動を控えるだろう。そうハヨンとリョンヘは話し合っていたのだ。城内の風向きは良い方へと変わるのではないのか。
「わかりません」
ハヨンがゆるゆるとかぶりを振る。
「何かはわからないのですが、不安にかられるのです。正体がわからないのでさらに…」
「あまりそう悪い方へ考えてはいけない。このところ城内は不穏すぎた。そのせいでお前も悪い方へと考えてしまうのだろう。」
「はい」
そのとき、立ち込めていた暗雲から、雨が降ってきた。ずっと降らずに耐えていたのに、我慢しきれなかったような、そんな雨だった。みるみるうちに、雨足は強くなる。
「皆のもとへ戻ろう」
「はい」
そう言って背を向けたリョンヘの後を、ハヨンが慌てて追う気配がする。一瞬、夏の生暖かい風がリョンヘの首もとを撫でていった。
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