華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
90 / 221
軍事同盟

ともに結びしもの

しおりを挟む
  ついに同盟を結ぶ日となった。
  朝、ハヨンは自室で隊服に袖を通す。この同盟を結んだら明日には帰郷の途につく。そのとき自分の故郷はどうなっているのか。最近、人々の怪しい動きが多いので不安がわき起こる。

(もしかすると、自分が知らないうちに何か小さな動きでもあったかもしれない。)

  城からの早馬や伝令では伝えきれないような、たとえ小さなことでも、リョンヤンやリョンへの身に降りかかるような災いがないか、ハヨンにはそのことばかりが案ぜられる。

(お願いだから…。皆んな無事でいてほしい。)

  父の形見である剣に手を伸ばしながら、ハヨンは祈るように考える。
  そして部屋を出て、隣のリョンへの部屋の戸を叩いた。

「リョンへ様。お迎えにあがりました。」
「ああ、入ってくれ。」

  ハヨンが部屋に入ると、もうリョンへは支度を終えていた。
  気品のある、王族の象徴でもある真紅の衣を纏い、美しい刺繍が施された藍墨茶あいすみちゃの裳は、その赤をに映えており、気品ある色合いに纏められていた。

「では私達はこれで…」

  着付けを手伝っていた、この城の侍女達は部屋からそっと出ていく。

「今日が正念場だな」
「はい」

  朝日に照らされたリョンへの表情はとても柔らかく見える。ハヨンも微笑んで答えた。

「明日にはここを発つが、城に戻ったらまた状況が変わっているかもしれん。それに私達は城を離れていた…。そうであれば完全においてけぼりをくらう。…もし何かあったらリョンヤンを頼んだぞ」
「当たり前でございます。なにしろ私はリョンヤン様の専属護衛なのですから」
(なんでこういうところだけ似ているんだろう…)

  ハヨンは相手を思いやりすぎる二人を、良い関係にも感じるが、一方で苛立ちを覚える。二人には自分の身のことが念頭にないのだ。

「お、そろそろ時間のようだな。では行くか。」
 
  ハヨンはその本音をいつかはぶつけてみたいと思っている。しかし、滓の城を案内する者がやって来たので話は閉ざされたのた。
  同盟の締結は厳かに行われた。皆が静かに見守るなか、滓の王が署名し、その後にリョンへが署名した。
  あとはその署名の写しを書記官が書き取り、正式な印を押してリョンへが受けとる。この書は本国の国王が手にした時からこの同盟は施行される。それまでは仮のものだ。リョンへは写しを丁寧に箱に入れた。
  そこまでの一連の動作を終えて、みなはほっと息をついた。
  その後は大きな仕事を終えた達成感かみな少し表情が明るかった。仕事が本当に終わるのは燐の王城へと戻った時なのだが、やはり山を越えた気にはなるらしい。
  昼食をリョンへとハヨン、その他数人の従者と、滓の王とジンホ、そしてその他数名ととる予定だったのでハヨンはまだまだ達成した気持ちにはなれなかった。
  滓の王は、ジンホを授かったときすでに三十路を過ぎていたらしく、リョンへの父王と比べると、顔には深いしわが刻まれている。しかしその皺はけっして彼を老いたように感じさせるものではなく、むしろ威厳のある物静かな雰囲気があった。
  実際王は口数が少なかったが、口を開けば確信を突く発言ばかりで、鋭い瞳で何事でも見通しているような感覚におそわれた。

「リョンへ殿は武道に通じていらっしゃるそうですな」
「はい、多少は」

  ハヨンは王に話しかけられたリョンへがどのように答えるのか気になってじっと話に耳を傾ける。滓の王は笑った。

「多少ではなかろう。お主は戦の折に王族の中で最も最前線を担う者だと聞いている。それほど信頼されておるのだろう。」

  王子でも落ちこぼれだから、捨て駒なのだ、という噂も燐の宮中では飛び交っているが、第一の理由はそれに間違いないとハヨンも思っている
  以前、一度共に戦ったときはこれほど頼もしい相手はいないと思えたのだ。

「お褒めに預り光栄です」

  リョンへがはにかみながら頭を下げた。

「なんと、リョンへ殿は剣の腕が立つのか。良ければ私と手合わせ願いたいな」

  ハヨンは相変わらず、誰とでも手合わせしたがるジンホの様子に、思わずにやりと笑いそうになる。
  しかし食事中だし、自分もまだまだこの場では下っ端なので顔に力を入れて耐えた。なんだか無愛想に感じていたジンホも、こうなれば可愛らしく思えてきてしょうがない。

「喜んで。城の者がハヨンとお手合わせなさった折に、ジンホ殿は強いと申していたので気になっていたのです。」

  ハヨンは二人の手合わせが観れることに心が躍る。ハヨンとしてはジンホは勝てなかったために悔しい思いをした人物だし、リョンへの強さを信頼している。出来ればリョンヘが勝ってほしい。

「ほう、ハヨン殿もヨンホと手合わせをしたのか」

  そのときハヨンは滓の王に話題を振られて思わず体を強張らせた。どくどくと心臓の動きが、耳鳴りのように聞こえてくる。

「はい。しかしジンホ様とお手合わせさせていただいたことで、私もまだまだ実力が足りないことを自覚しましたので、もっと鍛練を増やそうと思っております。」
「それは違う」

  ハヨンの言葉に被せるようにジンホが話したので、ハヨンは驚いたと同時に何を言われるのかと肝が冷えた。

「この者はとても腕が立つので、ただの力の強い男では負けてしまうでしょう。見た目は細いですし、女人ですが、恐ろしく素早いのと、頭をつかって闘うということを私が知る中では最も理解している者と思います。」

  ジンホの言葉にハヨンはとても驚いた。ここまで他国の従者である自分を褒めるなんて思ってもみなかったからである。

「そうか、燐は様々な人材を見抜き、抜擢する力があるのだな」

  そう滓の王はそう言ってハヨンの方を見、微笑む。その後の食事は和やかに進んでいき、ハヨンはほっとしたのだつた。













しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...