華の剣士

小夜時雨

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城を離れて向かうのは

意外な一面

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そして出立の日。リョンヘ一行は城の大勢の者に見送られながら城を出た。この国のためにもとても重要な使いのため、町を通るときも、人々は額を地面につける最敬礼で一行を見送る。
  ハヨンはこの感覚に慣れなかった。馬に乗り、人々を見下ろしながら闊歩することに、なぜか腹に冷え冷えとする感覚を覚えた。これはハヨンに向けての敬意ではないが、人を従えると言うのは、こんなに奇妙な感覚を持つのだろうか。
  ハヨンはリョンヘの乗る輿の真横にいるのだが、御簾で顔が隠れているリョンヘは、いったいどのような表情をしているのか全くわからなかった。

(人を従える頂点に立つ者は、想像できないほど複雑な感情を持っているんだろうなぁ。)

  権力に酔いしれる者、人々からの視線や妬みに怯えるもの、そういったものはなってみないとわからないことだろう。
  ハヨンは気味の悪い感覚にじっと耐え、人通りが少ない荒野に出た辺りで少しほっとした。

「ここで休息をとる!次の移動までしっかり休め!」

と今回の移動での指揮官であるセチャンが指示をし、皆昼餉の用意を始める。野営用の料理道具をがたがたと音を立てながら取り出したりしている。

「…リョンヘ様。あなた様もお疲れでしょう。しっかりお休みなさって、疲れをお取りください。」

  ハヨンは御簾越しにリョンヘに声をかける。こうして布一枚向こうの相手と話すというのはなかなか奇妙なものだ。

「そうだな。私もずっと座っていて、いささか疲れた。」

  そう言って、リョンヘ自ら御簾を上げて出ようとする。
  側仕えである者が、その様子を見て慌て始めた。

「殿下!そのような…私たちがしますゆえ…」
「構わない。昼餉の用意はどこでしている。私も手伝う。」

  そして御簾を出たリョンヘは、昼食の準備を手伝おうとする。しかし、その場にいた者達に、駄目だと反対されて、リョンヘは馬で辺りを散策することになった。

「あぁー。やっと足を伸ばせる。輿は窮屈だからなぁ」

  同行したハヨンは、皆がいる時のリョンヘと、今の彼の態度の落差に思わず苦笑した。

「ずっと座り続けるのも辛いしね…」
「俺もジンホ王子みたいに馬で行きたかったんだけどなー。何しろ同盟を結ぶ公式的な訪問だからな。」

  和議や同盟を結ぶおりは正装して輿に乗るのが礼儀となっている。ジンホの訪問はあくまでも二国間の仲を深めるというのが名目だったので、ジンホは格式張らずに、馬で訪問しても問題はないのだ。

「リョンはやっぱり自由が好きなんだね。」

  形式ばったものをあまり好まない姿は彼らしいと思う。そして、その自由で周りの人を自然と巻き込んでいく人柄は、人を魅了させる。ハヨン自身も、魅了されている一人だった。

「そうだなぁ…。でも、勿論今回のような王子の仕事も大事だと思ってる…。それにしても、他のみんなとどうにか打ち解けられないものだろうか。みんなに四六時中気遣われるのが一番窮屈だ。」
「え?」
「さっきも料理を手伝おうと思ったら断られたし。俺だって町のみんなに教えてもらったから、簡単なものはできるんだけどなあ。」

  そうぼやくリョンは口を少し尖らせていてなんだか子供っぽい。ハヨンにはそんな姿がかわいいとさえ思えてしまった。

「それは…。リョンの態度が堅いからだと思うよ。」
「堅い⁉俺が?」

  どうやら本人は自覚していなかったようだ。ハヨンは彼の驚きようが面白くて肩を揺らす。馬も彼女の笑い声に反応してぴくりと耳を動かした。

「うん。気づいてなかった?リョンへ様は柔らかい口調で、にこにこ笑ってらっしゃることが多いけど、リョンは口調が硬いし、しかめつらして言ってるもの。いつも町のみんなに話しかけてる表情で話しかければもっと雰囲気変わると思うよ」
「そうかそうか…。俺、王子としている時は、頼りがいのある人になりたいから、どうしても威厳を威厳をって考えちゃうんだよな。そうか、逆効果だったんだなぁ。」

  ハヨンはリョンの、その可愛らしい考えと、意外な一面を知って、なんだか笑いが止まらなくなってしまった。思わず笑い声が出そうになったので、喉に力を入れて止め、口元を手で押さえることで表情を隠す。そうして、何とか笑いの波が治まるのを耐え忍んだ。
  一方リョンヘは、これからの従者達との関わり方について真剣に考えているので、ハヨンが笑いをこらえるために黙り込んでいても気づいていない。
 
「それにやっぱりみんなは王子に雑務をさせるなんて…って思ってるしね。でもやりたいんだったらもっとその事を伝えればいいと思うよ。」

  ハヨンはふう、と息を吐いて心を静めてから、話した。
  ハヨンも主であるリョンヤンが突如ハヨンを手伝いたいと言ってきたら、絶対に戸惑ってしまう。その上、今回は普段リョンへと関わりの少ない家臣や兵士たちもいる。そのため余計にリョンへの申し出を畏れ多く感じるのだろう。
  リョンヤンは相手を困らせてしまうのでは、とあえて一歩ひく所があるが、逆にリョンへは何事にも取りくみたい質のようだ。こういったところで違いが出てくるのはなぜなのか、兄弟というのは不思議だとハヨンは感じた。

「お、そろそろ昼餉ができるかも知れないな」

  ふりかえると、ハヨン達一行が休憩所としている辺りからいくつか煙があがっている。どうやら食事を用意しているようだ。
  馬で駆けて随分と時間が経っていたので、リョンの予想もあながち間違いではないだろう。

「そうだね。そろそろ戻ろうか」

  二人はもと来た道を引き返し始める。

「今まで町ばっかり出向いていたけど、こういうところもいいな。また馬に乗って行きたいな。」
「一人で?」

  ここは殆ど人もいない荒れ果てた所なので、街ではいつも人に囲まれているリョンが訪れる姿を、想像できなかった。

「いや。リョンヤンともまた来てみたいな。リョンヤンはだいたい城の近くにある馬術場でしか馬に乗らないし、こういうの喜びそうだから。」

  そう言えばリョンヤンは体が弱いからか運動するということに憧れを抱いているし、実際武道でも体力の消耗の少ないものはいくつか嗜んでいるようだった。

(そう言えばリョンヤン様とは執務室ばかりこもっていたな…。またあの方の馬に乗るお姿を拝見したいなぁ。)

  ハヨンは城に帰った後、リョンヤンに乗馬について尋ねてみようと心に決めた。


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