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城を離れて向かうのは
苦手な人
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「おや、おはようございます。」
ハヨンは午前中は城の警備の当番だったので、一通りの説明を受けた後、リョンヤンの執務室から出るとばったりイルウォンに出くわした。
「おはようございます。宰相様。」
どうしてだか彼が苦手なハヨンは、できるだけ会話を少なく立ち去ろうと思い、頭を下げ、歩きだそうとした。しかし、彼の あ、少しお待ちを。 という声で足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「リョンヤン様のことなのですが…。最近どうも今まで以上に根をつめて公務をなさっているのですが、どこか心当たりはございませんか?もしお体にさわったらと気が気でないのです。」
ハヨンには十分心当たりがあった。きっと不穏な動きをしている者が誰かを洗い出そうとしているのだ。しかしこんな大事な情報を宰相と言えど漏らしても大丈夫かわからなかったし、こんな誰でも立ち聞きできそうな廊下で話すべきことではない。
「…ジンホ様が来られてから、私も頑張らなければなりませんね、とおっしゃっていた。きっと、ジンホ様によって、仕事への熱意が増したのではないでしょうか。」
とできるだけ平静を装い、イルウォンの目を見て話した。イルウォンは少し目をすがめている。ハヨンの心の底まで見透かそうとしているように思えて、ハヨンは冷や汗をかいた。
「そうですか…。お加減にさわらなければよいのですが…。」
「では、私はこれで。」
ハヨンは一礼して、背を向ける。本当は今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、不審に思われぬよう、ゆっくりと歩くのを心がけた。
(なぜだろう、宰相様から一刻も早く逃げ出したい…。)
ハヨンは廊下の角を曲がり、ようやくほっとした。ここはちょうど日当たりが良い場所のようで、朝日の柔らかな光が射し込んでいる。
(理由もわからずやたらと宰相様に怯えてしまうのはやめたいな。)
なぜだろうか、ハヨンにはいつも彼に血が通ってると思えないのだ。喋る人形と会話しているような、そんな奇妙な恐怖に陥ってしまう。
ハヨンはそんなふうに人を見てしまう自分が嫌になったのだった。
ハヨンはその後、他の隊員達と交代しながら、警備を行う。警備のかたわら、時折イルウォンのことを思い出しては自己嫌悪に陥っていた。
「しかし、随分とお前も出世したなぁ。俺なんかお前の遥か下だぞ。」
穏やかな昼の日差しの中、共に見張りをしている先輩の隊員がそうぼやく。何が、と聞かずとも、もちろん階級のことである。
ハヨンはなんと答えれば良いのかわからず、困った。すみませんと言えば、嫌みっぽいし、そうでしょうと言えば馬鹿にしているようだ。
「…そうですね。私も驚いています。」
やっと無難な答えを捻り出すと、それで間違っていなかったようだ。彼は怒りはしなかった。
「俺達お前が来たときははっきり言って馬鹿にしていたんだ。女が兵士なんて聞いてあきれる。どうせ縁故かその名前を振りかざして来たんだろって。」
「まぁ、そう思われても仕方ないですよね。」
チュ家は名だたる武人の名家だったし、合格する者がただえさえ少ないこの白虎に、男よりも力の劣ると思われがちな女がしれっと入隊するのだ。普通は何事かと思うだろう。
「でもそうやってお前がだんだん人に認められていくのを見て、俺は間違ってたんだなぁと思う。視野が狭かったんだなってな。すまんな、たまにお前に嫌な態度であたったこともあったかもしれん。俺は未熟者だな。」
彼はそう謝ってきたが、ハヨンは彼から嫌がらせを受けたり、嫌味を言われたことはない。ハヨンに直接嫌がらせをした者は別の人物だ。そういう者はまず、謝ってこない。自分がしていることに自覚が無いだろうし、あったとしても見下していた相手に謝るようなみっともないことを自分が許せないのだ。
「誰だって嫌だと思う人ぐらいいますよ。それに先輩は全然未熟者じゃあありません。でも、私のことを気にかけてくださってありがとうございます。」
ハヨンはそう言いながら、自分だって宰相のイルウォンが苦手で妙な態度をとってしまうことに恥ずかしく思えてくる。
(先輩のように、苦手だと思っている人と話せる方法はないかな…。)
今朝のことを考えながらハヨンはイルウォンへの歩み寄りについて頭を悩ませるのだった。
ハヨンは午前中は城の警備の当番だったので、一通りの説明を受けた後、リョンヤンの執務室から出るとばったりイルウォンに出くわした。
「おはようございます。宰相様。」
どうしてだか彼が苦手なハヨンは、できるだけ会話を少なく立ち去ろうと思い、頭を下げ、歩きだそうとした。しかし、彼の あ、少しお待ちを。 という声で足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「リョンヤン様のことなのですが…。最近どうも今まで以上に根をつめて公務をなさっているのですが、どこか心当たりはございませんか?もしお体にさわったらと気が気でないのです。」
ハヨンには十分心当たりがあった。きっと不穏な動きをしている者が誰かを洗い出そうとしているのだ。しかしこんな大事な情報を宰相と言えど漏らしても大丈夫かわからなかったし、こんな誰でも立ち聞きできそうな廊下で話すべきことではない。
「…ジンホ様が来られてから、私も頑張らなければなりませんね、とおっしゃっていた。きっと、ジンホ様によって、仕事への熱意が増したのではないでしょうか。」
とできるだけ平静を装い、イルウォンの目を見て話した。イルウォンは少し目をすがめている。ハヨンの心の底まで見透かそうとしているように思えて、ハヨンは冷や汗をかいた。
「そうですか…。お加減にさわらなければよいのですが…。」
「では、私はこれで。」
ハヨンは一礼して、背を向ける。本当は今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、不審に思われぬよう、ゆっくりと歩くのを心がけた。
(なぜだろう、宰相様から一刻も早く逃げ出したい…。)
ハヨンは廊下の角を曲がり、ようやくほっとした。ここはちょうど日当たりが良い場所のようで、朝日の柔らかな光が射し込んでいる。
(理由もわからずやたらと宰相様に怯えてしまうのはやめたいな。)
なぜだろうか、ハヨンにはいつも彼に血が通ってると思えないのだ。喋る人形と会話しているような、そんな奇妙な恐怖に陥ってしまう。
ハヨンはそんなふうに人を見てしまう自分が嫌になったのだった。
ハヨンはその後、他の隊員達と交代しながら、警備を行う。警備のかたわら、時折イルウォンのことを思い出しては自己嫌悪に陥っていた。
「しかし、随分とお前も出世したなぁ。俺なんかお前の遥か下だぞ。」
穏やかな昼の日差しの中、共に見張りをしている先輩の隊員がそうぼやく。何が、と聞かずとも、もちろん階級のことである。
ハヨンはなんと答えれば良いのかわからず、困った。すみませんと言えば、嫌みっぽいし、そうでしょうと言えば馬鹿にしているようだ。
「…そうですね。私も驚いています。」
やっと無難な答えを捻り出すと、それで間違っていなかったようだ。彼は怒りはしなかった。
「俺達お前が来たときははっきり言って馬鹿にしていたんだ。女が兵士なんて聞いてあきれる。どうせ縁故かその名前を振りかざして来たんだろって。」
「まぁ、そう思われても仕方ないですよね。」
チュ家は名だたる武人の名家だったし、合格する者がただえさえ少ないこの白虎に、男よりも力の劣ると思われがちな女がしれっと入隊するのだ。普通は何事かと思うだろう。
「でもそうやってお前がだんだん人に認められていくのを見て、俺は間違ってたんだなぁと思う。視野が狭かったんだなってな。すまんな、たまにお前に嫌な態度であたったこともあったかもしれん。俺は未熟者だな。」
彼はそう謝ってきたが、ハヨンは彼から嫌がらせを受けたり、嫌味を言われたことはない。ハヨンに直接嫌がらせをした者は別の人物だ。そういう者はまず、謝ってこない。自分がしていることに自覚が無いだろうし、あったとしても見下していた相手に謝るようなみっともないことを自分が許せないのだ。
「誰だって嫌だと思う人ぐらいいますよ。それに先輩は全然未熟者じゃあありません。でも、私のことを気にかけてくださってありがとうございます。」
ハヨンはそう言いながら、自分だって宰相のイルウォンが苦手で妙な態度をとってしまうことに恥ずかしく思えてくる。
(先輩のように、苦手だと思っている人と話せる方法はないかな…。)
今朝のことを考えながらハヨンはイルウォンへの歩み寄りについて頭を悩ませるのだった。
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